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摩魚姫、軟禁生活を満喫する


 1


「おばさーん。おかえりなさい」

「あらあら。はい、ただいま。亜沙里ちゃん、ありがとうね」

 小走りしてきた亜沙里から玄関で出迎えてもらい、海淵海馬うみふち みまは目じりが下がっていく。息子の龍海たつみと荷物を両手持ちであったが、“明るい亜沙里”から出迎えられて、そんなことを忘れてしまいそうになった。

「おばさん。おかえりなさい。お邪魔してまーす」

「あ、あら。摩魚ちゃんまで……。はい、ただいま」

 同じように小走りで出迎えてきた摩魚に、海馬みまは驚くも、笑顔になった。これで終わりかと思いきや。

「おかえり! おばさん、おかえり!」

「あらら。蘭ちゃんまで……。はい、ただいま」

 最後は盃戸蘭に迎えてもらって、微笑んだ。

 まるで、娘が三人いるかのような心境。

 と同時に、三人娘の後ろに目線を飛ばしていく。

 もう小走りしてくる女の子はいないわよね?

 すると、渡り廊下の奥から母の帰りを小走りで出迎えてくれる、娘の海淵真海の幻影をほんの一瞬だけ見たような気がした。真海まみは一昨年に、蛇轟ダゴンの生贄として教団から捧げられて失った。


 それは、鈴の鳴るような声で。

「お母さーん。おかえりなさい」


 その思い出に、赤色の瞳がたちまち潤んでいく。

 嗚呼、駄目。私は弱くなってしまった。

 せっかく可愛い女の子たちが迎えてくれたんだから、今は泣くよりも喜ばないと。

「みんなありがとうね。ーーー三人とも、お腹空いたでしょ? ちょうど良かった。今からお昼にするからね」

 そして、摩魚たち三人から荷物を持ってもらい、昼ごはんの準備に取りかかっていった。その前に、まずは優先的に買ってきた食料を冷蔵庫と冷凍庫へと振り分けて収納して、それ以外の保存食やお茶やコーヒーなどを所定の引き出しや棚に補充していった。その他の荷物の振り分けや片付けは、腹を満たしてからすれば良い。冷凍庫から冷凍チャーハンを四袋取り出したときに、亜沙里から声をかけられて振り向いた。

「おばさん。私も一緒に作ります」

「あらーん。ありがとう」

 それから。

 刻んだ玉葱と魚肉ソーセージを海馬が炒めていたその隣で、亜沙里は冷凍アサリとブナシメジを使ったお吸い物を作っていた。刻みネギを入れたあとに仕上げの溶き卵を注いで一品を済ませて、隣で先ほどの炒め物に冷凍チャーハンを加えて手際よく火を通している海馬みまに話しかけていく。

「それ、なんか多くないですか?」

「あとから二人の“お客さん”がくるからね」

「お客さん……?」

 なぜか、一瞬だけ顔が強張った。

 炒め終えたチャーハンの火を止めて、隣の亜沙里に微笑みを向けた。

「大丈夫。学会と教団の人は来ないわ」

「良かった……」

 安堵の溜め息と笑みを見せた。

 直後、は!と驚きに一変する。

「ヤバ! 五人分しか作っていなかった」

「大丈夫大丈夫。他のインスタントスープがあるから、好きなの選ばせましょ」

「いいんだ?」

「いいの」真顔。

 このあとサラダを足して配膳していった。

 それぞれ選んだお茶も添えて、さあ!いただきます、しようとしたとき。屋外から二台分のエンジン音を聞いて、海馬みまは箸を置いて立ち上がり、玄関へと足を運んでいった。


 そして。

「お疲れさまです。お邪魔しまーす」

「お邪魔しまーす。お疲れさまです」

 海淵海馬を先頭に、摩周ヒメと浜辺銀はまべ しろがねが入ってきた。立ち上がった龍海が美女二人へ向けて「いらっしゃい。お疲れさまです」と軽い会釈をして出迎えた。応えるように、ヒメと浜辺銀からニコヤカに手を振られる。摩魚が笑顔で「ヒメさーん。こんにちは」と手を振って声をかけてきたので、摩周ヒメも笑みを浮かべて「はい、こんにちは。ーーー摩魚ちゃん、今日はどうしたの? 大学は?」と、訳を知りながらも声をかけていった。実は、三日前に長崎大学で妹のホタルを迎えにきたさいに、誘拐された海原摩魚の身辺調査をしにきていた榊雷蔵と会って話しを聞いていたから事情は知っていたのだ。すると、摩魚は恥ずかしそうに後ろ頭を掻いていき「“気づいたら”ここにきていました」と意味ありげにひと言だけ答えた。

 そのような隣での会話に気づいていない浜辺銀。

 箸を止めていた娘に腕を広げて笑顔で声をかけていく。

「あーさりー!」

「母さん!」

 “明るい方の”亜沙里が母親に飛びついて抱きしめた。

 これをニコニコ笑って見ていた摩魚と盃戸蘭。

 これに気づかないわけがなく。

「あれ? 摩魚ちゃん。今日はお泊まりにきたの?」

「お久しぶりです、おばさん。しばらくお世話になります」

「あらあら。はい、よろしく」

 愛娘を抱きしめたまま、一秒二秒ほど沈黙。

 一昨日の海馬みまへの電話を思い出した。

「…………そういえば、この間ね。みなもちゃんが女の子二人を連れて私の家まで来たんだけども。なんか、うちの娘から“あなた”のことその三人に話したらしいのよ。で、そのあと私が帰ってきてみたら、お膳がスライスされたりキッチンがへこんだりしていたんだけど。ーーー摩魚ちゃん、あなたなにか知らない?」

「へえ……。みなもがねえ」

 物珍しそうに呟いたあと。

「私にはちょっと分からないです」

「そう? それなら仕方ないよね」

 笑みを向けてお膳にいる“姫様”に話していた母親のそばでは、亜沙里は脂汗を顔中に吹き出していた。そして、これをヒメから見られていたようで。白色のサマージャンパーをハンガーに掛けたあと聞いた。

「亜沙里ちゃん、スッゴい汗なんだけど」

「ななな、なんでも、ない、でぃえす」

 そのような亜沙里に気づかない母親。

 娘をハグから解放した浜辺銀は、笑みを見せた。

 肋骨までのサマージャケットをハンガーに掛けながら。

「母さんとヒメ、お腹空いちゃった。今からお昼をご馳走になるね」

「うん」

 亜沙里は、嬉しそうに返事をした。

 海馬みまが微笑んで二人の来客に「さあ、どうぞ。スープはそこにインスタントがあるから、好きなの選んでね」と促していった。ヒメはなめこ汁、浜辺銀はホウレン草スープを取って小型のどんぶり鉢に入れてお湯を注いでいく。長四角いお膳に、折り畳み式の正方形のお膳を継ぎ足して、それを囲うように皆が座っていく。龍海が襖を背にして奥に、窓のある漆喰の壁を背にして順に母親の海馬みま摩魚まなを挟んで手前にヒメ、全体が漆喰の壁を背にして盃戸蘭はいと らん浜辺銀はまべ しろがねを挟んで手前に亜沙里。ちなみに、移動式の台に二〇型の液晶テレビを乗せていて、食事する形態によって位置を調整できるようにしていたため、今日の昼ごはんの場合は、先ほど来客の美女二人の入ってきた廊下の障子戸のある漆喰の角に付けて置いていた。正直、テレビを点けなくとも“明るい”面々だったせいで空気と話しには困ることもない。

 ないのだが。

 ニコニコと箸を持ちながら、手を合わせて。

「いただきまーーす」

 小型どんぶり鉢のホウレン草スープを混ぜながら、浜辺銀は向かい合わせの“姫様”に聞いていく。

「摩魚ちゃん。本当に久しぶりだよね。こうして亜沙里とも会ってくれて、お泊まりもしてくれるみたいだし。あなたたちの高校生のときを思い出して、あたし、楽しくなっちゃった」

 実に“明るい”母親だった。

 娘の亜沙里も、本来は“こう”であろう。

 級友の作ってくれたアサリのお吸い物をひと口啜って器をお膳に静かに置いた摩魚が、ちょっと口を強めに結んだあと言葉を出していく。ちなみに、風呂上がりであるために当然化粧などはしていなかったが、摩魚の唇はまるで透明のリップを引いているようで艶やかであった。

「んーー。あ、あのね、おばさん。…………その、私」

「うんうん」

 と、次の言葉に期待していく浜辺銀。

 そんなときであった。

 “姫様”の隣で、なめこ汁をひと口啜ったヒメが器を静かにお膳に置いて、摩魚越しに海馬みまからリモコンを受け取って礼を返してから液晶テレビを点けた。各テレビ局の中でも比較的に観やすい編集をしている番組を選んで、お昼の報道バラエティーに固定した。ヒメは軽く鼻で溜め息を着いて、向かい合わせのソバージュの美女に話しかけていく。

「ねえ、しろがね。今から楽しもうってときに悪いんだけどさ」

「なになに?」

「これ」

「んん?」

 ヒメからクイッと顎で軽く指された液晶画面に注視した途端、浜辺銀の顔からたちまち笑顔が消えて驚きへと一変した。



 2


 二〇型の液晶画面に映し出されていたのは。

 本社から派遣された美しい女性リポーターがマイクを片手に、カメラへと向かって報道しているところだった。しかもそのロケーションは、長崎大学のキャンパス内である。

 以下、ニュース映像。

『私は今、誘拐されたという海原摩魚さんが通っていた長崎大学に来ています。彼女が姿を消してから五日。なんの情報もありません。噂によると新興宗教が関わっているとのことですが、はたして“どう”なのでしょうか』


 ブフォーーッ!と吹き出した、浜辺銀と海原摩魚。

 食べ物が口に入っていなかったのは幸いだった。

 腹を抱えて笑い出したのは、浜辺銀。

 大きく数回ほど咳き込んだ、海原摩魚。

 そして浜辺銀は、お膳から座布団ごと身を引いてからも大きく笑い続けたあとに、ヒーヒーと軽い呼吸困難を起こして目もとの涙を指で拭い、息を整えていく。

「ざっけっな! じゃあ、なんで摩魚ちゃんがここにんの! あんた誘拐されたのと違うの! まるで誘拐の目にあった被害者に見えないんだけど! どちらかと言ったら友達のとこにお泊まりにきた感じなんですけど! なになに? いったい、なにがどうなっているていうわけ? ワッッケわかんないだけど!」

 と、電光石火のごとく座布団から立ち上がり、液晶画面と摩魚を交互に指さしていきながら、額に青筋を浮かべて稲穂色の瞳を見開き鈍色の尖った歯を剥き出して、怒りとともに捲し立ていった。ゼーゼーと息を切らして気持ちを落ち着かせたのちに、下ろした腕の拳を握りしめていき、摩魚を睨み付けていった。

「どういうことか、説明してちょうだい」

「私、油断したんです」

「…………え?」

 予想していなかった答えに、不可解な表情を浮かべた。

 次は、愛娘から手招きをされる。

「母さん、とりあえず座って食べよう」

「え? あ、うん」

 と、亜沙里の隣に座布団を引いてきて座り直した。

 愛娘と盃戸蘭に挟まれるかたちになっている浜辺銀。

 だいぶん冷静さを取り戻したのか、今度は不思議そうに目の前の“姫様”を見て話しを再開していく。

「ねえねえ、摩魚ちゃん。そもそもなんで海馬みまさんの妹さんのとこに来たの? 確か、ここに来るのは初めてだよね?」

「ええ、そうです」

「だよね」

 スープの具材を口に入れて咀嚼していく。

 ひと口啜って流し込んだあと、器用に箸で掬ったチャーハンを口に運んでいった。口を閉じて咀嚼しながら、摩魚に質問をしていく。

「それで?」

「それなんですが」

 と、相づちを打って口の中のチャーハンをお吸い物で流し込んで、具のブナシメジを三つばかり箸で摘まんで口に入れた。菌糸の繊維を噛みきっていく景気の良い音を鳴らしていく。口を閉じての咀嚼だが、口内で顎が動くごとに鳴り響いていった。火は完全に通しているが、このブナシメジの繊維じたいに“コシがある”らしい。心なしか長めに噛む回数が多い。あるていど噛み砕いて擦り潰したあと、手元の湯呑みに入っていた緑茶で流し入れた。これら摩魚の一連の動きに、可愛さを感じて見とれていた女性一同。龍海にいたっては、黙々と食事をしながらも皆の様子を伺っていた。

 摩魚は、湯呑みを静かに置いて話しを続けていく。

「少し長くなりますけど、順序立てていいですか?ーーー私のためにも」

「それは構わないわよ。ーーーで、あなた自身のためにもって?」

「ほぼほぼ五日間夢を彷徨さまよっていたんで、頭の整理をつけたい。そういった理由があります」

「それもそうね。じゃあ、あたしたちに話しを聞かせて」

「ありがとうございます」

 そう礼を返して、微笑みを向けた。

 その微笑みからは、キラキラと輝くものが放たれていたのを見たような気がした。実際には当然“そんなこと”はなかったのだが。



 3


「ーーーーと、いうわけなんです」

「へえー、なるほどね」

 そう話し終えた摩魚に、浜辺銀はお茶を啜っていく。

「しかしあれよね。やっぱ毅君は許せないな」

 ちょっと不機嫌な顔で、ヒメが気持ちを吐いた。

「あれは駄目だわ」

 摩魚が磯辺毅から受けた不快な出来事に、浜辺銀も嫌悪感を示した。摩魚が誘拐される数時間前、潮干タヱとその連れの磯辺毅と初めて会ったときのことで、“姫様”のはだけた白い左肩を見て欲情を抑えきれなくなってしまった毅が蛙のような長い舌で、“姫様”の左肩から乳房にかけて舐め回したことであった。

「彼は“そういうこと”があるから問題があるのよ」

 真顔で同意していく海馬みま

 そして最後は、亜沙里。

 話しを聞いていくうちに嫌なことを思い出したようで、段々と苦い顔を見せてきた。

「うへえーー。摩魚は“おっぱい”までされたんだ」

「なになに? あなたも蛙君からなんかされた?」

 興味津々と身を乗り出してきた“姫様”。

 ちょっと沈黙したあと、再び口を開いていく亜沙里。

「私、家で裸で目が覚めることがあってね」

「……え……?」

「その日も“それ”だったんだけど、そんなときに限って磯辺さん、いつの間にか私のそばに来ていたんだ。あなたも知っていると思うけど、うちに家に八畳間とお膳があるじゃん。その畳の上で裸で目を覚ましたら磯辺さんがいたのよ」

「え……? 怖っっ!」

「怖いもんてのじゃないのよ。声が出せなくなるくらい死を覚悟したんだから。そしたらね、磯辺さん“汚された身体を、綺麗にしてあげるんだな。”て言って蛙みたいな長い舌を出してきてさ、それを私の身体中に這わせいったんだよ」

「うげえ……」

「恐怖と嫌悪感と、あと、あの舌ってなに? あれで舐められたら無理矢理快楽を引きずり出されるんだけどさ。勘弁してほしいのよ、マジで。その三つが合わさってね、私、動けなくて泣きながら身を任せるほかしかなかったのよ。それで、あの舌で私の中で出し入れをしていたときに仕事場から母さんとリエおばさんがちょうど帰ってきてね、二人ともブチギレして怒鳴り散らしながら磯辺さんを殴り飛ばして蹴飛ばしたあと、玄関から投げ飛ばしてくれたんだ」

「良かったよね、二人に助けてもらって」

「マジ良かったよ。あのままだったら、最後までヤられていたかもしれないから。私、龍海以外には許したくないし。ますます母さんとリエおばさんが好きになっちゃった」

 すると、隣から頭を撫でられた。

「娘からそんなに好かれて、母さん、嬉しいなあ」

 愛おしく愛娘に微笑みを向けていた浜辺銀。

 亜沙里も、隣の母親に笑みを向けた。

 そして、しばらく鼻を啜る音のみが八畳間に鳴り続いた。


 仕切り直して。

 若干まだ白眼の充血を残した摩周ヒメが確認していく。

「あなたが誘拐されたときに見たのって、赤い六芒星の魔方陣だったんだ」

「魔女が、女王陛下万歳!て叫んで拳を突き上げたときに足下にソレが現れたんです」

 と、ジェスチャーを交えて説明する摩魚。

 そして“姫様”が拳を下ろしたのを見届けて。

「なにそれ? 極右のブリカスじゃん」

「ええ。なんかヤバい人たちでした」

「それで、そのままさらわれたんだ?」

「そうです。私の油断でした」

 摩魚のこの言葉に引っかかったヒメ。

「なにそれ? 油断してなきゃ誘拐されていなかったってこと?」

「そうです。ーーー私、人質にされていた妹が磯辺さんから助けられたときに安心してしまったんですよ」

「みなもちゃん、良かったじゃない。安心してなにがいけなかったのよ?」

「次にタヱちゃんが魔女を蹴飛ばしてくれたおかげで、よけい安心してさらに周囲に怠慢になってしまったんです。ーーーで、そのあとでした。足下から魔方陣が頭まで上がってきたときには眠っていたんですよ。そして、目が覚めたらこの家にいたというわけです」

「ふーん。あなたが珍しいわね。まあ仕方ないんじゃない。身内が助かったときに息が抜けるのはしょうがないでしょ」

 と、妹を見るかのような笑みを浮かべた。

 摩魚もヒメのこれに応えて、微笑んだ。

 浜辺銀も我が娘を見るような笑顔を浮かべていた。

「ここに連れてこられた理由が分かって良かったよ。けれど、摩魚ちゃんて、なんか習っていたの?」

 と、浜辺銀からの問いに“姫様”が答えていく。

「はい。格闘技を少々」

「へえ。それは素敵ね」

「ありがとうございます」


 それから。

 いろいろと歓談したあと、皆は楽しい昼ごはんを終えた。

「今日はありがとう。楽しかったよ」

「ほんと。ご馳走になっちゃった。ありがとうね」

 摩周ヒメと浜辺銀が、海淵海馬うみふち みま海淵龍海うみふち たつみと浜辺亜沙里と海原摩魚と盃戸蘭はいと らんに別れを告げて、隠れ家こと海淵流海うみふち るみの家をあとにした。このあと、洩らした龍海たつみのひと言「楽しかった」に、周囲の女性陣は驚きを見せていった。そして、亜沙里が龍海の横顔を見て笑顔になり。

「楽しかったね」

「ああ、そうだな」

 龍海も亜沙里に顔を向けた。

 盃戸蘭から楽しそうに手を繋がれて、亜沙里は八畳間に引っ張られていく。姉妹のような女二人のあとを追うように、龍海もゆっくりと足を進めていった。そして、玄関に残ったままの海馬みま摩魚まな

「摩魚ちゃん」

「なんですか?」

「食器洗うから、ちょっと手伝ってもらっていいかしら?」

「はい。手伝います」

 こう、静かに声を交わした女二人は、台所へと向かった。


 食器を洗って拭くという流れ作業を摩魚に手伝わせながら、海馬みまが話しかけていく。

「ねえ、摩魚ちゃん」

「はい」

「あなた、ピアス空けていたかしら?」

「……え……っ?」

 不意打ちに、思わず硬直した。

 この“姫様”を見た海馬が、小声で。

「なにごともないように振る舞って」

「はい……」驚きは隠せないが、続けるしかない。

「もう一度聞くわ。あなたって、耳の穴空けていたっけ?」

「ええと……。これは……、その……」

「ほら。手が止まっているわよ。ーーーやっぱりね。さっき見えたとき、おかしいと思ったの。あなた、いったい何者なの?」

「それはまた、来るべきときにでも……」

 気まずそうに、はぐらかそうと試みた。

 が、しかし。

「私はね、摩魚ちゃんが高校生のときから知っているの。そこの龍海と亜沙里ちゃんを通してね。十年近くも“彼女”と機会があるたびに会っているから、その子のお母さんほどじゃないけれど、どういう女の子かっていうのが分かるのよ」

「そう……、ですよね……」

「そういうことで、あなた、エクステかウィッグで“彼女”になりきっていたでしょうけれど、その穴もファンデーションで埋めるなりしていたら私に気づかれなかったかもよ?」

「まいったなあ……」

 食器棚に最後の一枚をなおして、感心していく。

 海馬の追い討ちは続く。

「私にだけでも打ち明けなさい。そして私も、あなたが摩魚ちゃんのように振る舞い続けるから」

 この海馬みまの笑顔は、信用に値する表情であった。

 そうして摩魚は少し背伸びして、強面の美女に耳打ちしていった。



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