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若い二人


 1


 同日。時間は夜。

 場所は変わって、雷蔵の家。

 部屋から出て来た男は眠れなかった。

 いろいろと思考が渦巻いて。

 気も高ぶっている。

 一番大きな悔やみは、誘拐されていた海原摩魚の救出をあと一歩のところで失敗したことだ。この感情は、いったいどこへと吐き出したら良いのだろう。それにしても、喉が渇いた。台所へと歩いていき、流し台の蛇口に浄水器を取り付けて赤褐色の湯呑みに水を一杯いっぱいに注ぎ込んだ。そして、一気に口へ運んでいく。喉仏が上下に動いていくと、食道に流し込む音も大きく響いていく。自身で聞いていても気持ちの良い音だった。飲み終えて、空になった湯呑みを静かに台に置く。器を握り締める手に力が入る。この仕事は十六歳のときから続けている。その都度の失敗は数え切れないくらいにしてきた。してきたが、やっぱり悔しいものは悔しい。目を瞑って眉間と鼻筋に皺が寄った。そして、ギリ と僅かな音を鳴らすほどに歯を食いしばった。

「雷蔵」

 そう名を呼ばれて首を横に向けると、三年にも渡り長く仕事を共にしてきた相棒が、こちらを心配な面持ちで見ていた。いつの間に隣りへと来ていたのやら。気配に気づけなかった己を思ったとき、軽く笑みがこぼれた。その相棒は、声をかけてきた。

「眠れなかったんだね」

「そっちこそ同じじゃねえか」

「んはは……。“あちら”が一枚上手だったよ」

 榊雷蔵と仕事を長く伴にしている相棒、つまり、瀬川響子が複雑な顔でそんな言葉を吐きながら人差し指で頬をポリポリと掻いた。ポニーテールにしていた髪の毛は解いており、肩に掛かっていた。雷蔵の隣にきて別の赤褐色の湯呑みを手に取り、水を注いで勢い良く飲み干したあとに口を尖らかすと、息を長く吐き出していく。空の湯呑みを流しの中に置いたあとに、細くて柔らかい指を恥ずかしげに彼の手に乗せてきた。

 雷蔵は驚いて息を呑んだ。

「ど、どうしたんだ? 急に」

 なるべく顔を向けずに聞いた。

 響子が、静かだがはっきりとした声で答えていく。

「あたしも、あんたと同じくらいに悔やんでる。そして、自分を責めてる」

 その言葉に思わず手を握り返してしまった、そのとき。

 響子と目を合わせていた。

 その表情は、今にもこぼれ落ちてしまいそうになる涙を必至に堪えているようだった。それに対して胸が討たれない訳がなく、雷蔵は口を強く結んで響子を見つめる。

 ふと我に帰って、握っていた手を放した。

「はは……。俺、どうかしてるな」

 力の無い笑いをして頭を片手で抱えながらその場を立ち去ろうかとしたときに、寝間着の袖が掴まれる。驚いて振り向いてみたら、響子は顔を俯かせいた。

「……いいよ」

「……」

 今、消え入りそうな声であったが、はっきりと「いいよ」と聞こえたのだ。薄々は感づいてはいるものの確固たる確証に自信が持てなかった為に、雷蔵が答えに困っていたところ、俯いている彼女は更に言葉を出していく。

「して……いいよ」

 掛けていたブレーキが外れた瞬間だった。それはもう、傾斜が急な坂道を自転車で下っていたとしようか。全力でブレーキのレバーを手で押さえていたが、下り終わりを示す交差点が見えても手を弛めることなく目指していた途端に、高い音を上げてブレーキが飛んで外れたのと同じ。のような、心理状態で、ソレが無くなった雷蔵は腕を広げて目の前の彼女を抱きしめようとしていた矢先のこと、素早く両手首を掴まれた。

「イヤ……。ここじゃ、恥ずかしい……」

「な、なんで?」

 質問をした直後に、雷蔵の手首が引っ張られていた。

 そして、戸惑いが顔に出ていた。

 彼女は、化粧を落としている唇を開いていく。

「誰かに見られたらいけないし。あたし、ほら、まだまだ若いからさ。こんなことでしか解消方法が見付けられなくって。その、身体に“悪い物”溜めとくのは良くないし。こんなときにお互い吐き出そうよ。ーーーね」

 最後の「ね」に最高の笑顔を浮かべていた。

 それでは、同意の上ならば。

 二人は別室へと行き、熱い時を過ごした。




 2


 翌日。

 朝を迎えた響子は顔を洗い終えてタオルで拭っていたときのこと、二階の客室から下りて来たニーナとタヱから目を合わせられるなりに、クスクスと笑われてしまった。正確には、ニーナは機嫌よく「よお、おはようさん!」と爽やかに挨拶してくれたのだが、タヱとなると「おはようございます」と礼儀正しく声かけてくれたものの、二度ほど響子の顔をチラ見して嬉し恥ずかしげに小さく笑っていたのだ。

 まあ、なにはともあれ。

 タヱの落ち込みが治ったのは良かったとしとくか。

 で。

 今度は、みなもが不機嫌な顔をしていた。いや、それは表だけではなくて、内面からイライラとした物が感じられる不機嫌さだ。朝ご飯を皆と囲って食べながらも、響子にはひと言も口を聞いてはこなかったほど。いや。視線でネチネチと責められていたような気がする。

 動かなければ摩魚を救出できない。

 行動開始だ。


 寺町通り。

 ニーナが先頭を歩いている後ろで、響子から距離を置いて並んで“みなも”は歩いていた。気になって顔を伺ってはみたものの、ワザとそこを見ようとしない感じであったのだ。しかし、今日に限って女三人も揃って見事なくらいのシンクロ率の高い服装とはどういうことか。デザインの違いやメーカーの違いはあるものの、上は綿生地のタンクトップに、下はジーパン。誰かひとりくらいスキニーかボトムパンツ履いていてもいいんじゃないの、と、愚痴りたくなる。タンクトップに至っては、揃いも揃って全員が真っ白だし。唯一の救いは髪型の差か。

 ―かーっ! なんであの子たちひとっ言も、口を開かないのかねぇーー。口喧嘩くらいしなさいっつーの!――

 ニーナは後ろの娘二人に呆れていたようだ。

 そして。

「着いたよ」

 ニーナに連れられて来た所は『黒部モーターズ』と白地に黒の極太明朝体で描いてある看板の、自動車板金整備工場であった。その建物の横の駐車場に、艶消しブラック一色のフェアレディZがあった。多分、社長の愛車であろう。そして、入り口に立って中を見渡してみたら意外にも広いその工場内部。ボロボロの見覚えのある白い車を発見。

 先に中に入っていたニーナが、片手で拡声器を作って呼びかけた。

勝美まさみさーん、尾澤菜おざわなでーす」

「はいよー!」

 それに呼応した声が無人の工場から聞こえたかと思った直後のこと、深緑のクラウンの下から黒い繋ぎ姿の美しい女が出てきた。背中を乗せていた台から身を起こして立ち上がってみると、女は百七五センチと思われる長身。そしてなによりも、野生種の猫科を連想させるほどに魅力的な整った顔立ちに、繋ぎ姿からでも解るスタイルの良さ。髪型は仕事が仕事である為に大巻きの癖毛を乱雑に括っていたようだが、この女の魅力は損なわれておらず。繋ぎ姿の美女は工具を箱にしまい込んだのちに、軍手を外して洗面台で手と顔を洗い流して三人の元へと歩いてきた。

「やあ、いらっしゃい」

 驚いたことに、化粧しておらず。

 しかし、充分に魅力的な顔。

 そして、驚いたことが後ひとつあった。

勝美まさみ先輩!」

 素っ頓狂な声を上げてしまった響子。そんな後輩を微笑ましく思ったのか、勝美と呼ばれた女はにっこりとした。

「ああ、響子ちゃん。私の実家に来るのは初めてだったっけ」

「はい。お邪魔します」

 響子に遅れて、みなもも頭を下げた。


 黒部勝美くろべ まさみ。普段は実家の自動車整備を仕事にしているが、その実は雷蔵や響子たちと同じ護衛人である。

 勝美が後ろに首を回して「貞之」と呼んでポケットから五百円硬貨を取り出した。すると、貞之と呼ばれた青年が深緑のクラウンのボンネットカバーから「はい」と姿を見せて、ニーナたち三人に軽く頭を下げる。

「お客さんが来たから、飲み物買ってきてくれ。お前も休憩入っていいぞ」

「ありがとうございます」

 勝美から投げられた硬貨を受け取って、少し笑顔を浮かべた。

 休憩時間。

 ワザと響子とみなもを出入口に残したニーナは、勝美まさみを連れて工場の内部に入っていった。だが、あくまでも二人の姿が確認できる場所を選んだ。ニーナは「いただきます」と礼を言ってアメリカンの缶コーヒーを開けてひと口飲んだあと、話しを切り出した。

「あの……。マイ、スカイライン治りますか?」

「無理」

 一秒と待たずの速答。

 思わず目を見開いた。

「な、なんで?」

「なんでって……」

 腰に軽い拳を当てた立ち姿の勝美が、ブレンド缶コーヒーを空にして工具箱に置くと答えを出していった。

「ルーフべこべこ、フロントぐっしゃり、リアぐにゃぐにゃ。ニコイチしても高くつくよ。いったいなにを相手に戦ったのさ?」

「シボレー」

「なるほど」

 数秒間の沈黙が流れた。

「やっぱー、直せません?」

 いろいろと内装を改造した程に、愛着のある我が車。思い詰めた顔で勝美にダメもとで言い寄った。ニーナから詰められても動じることなく、答えを出した。

「まあ、ニコイチした方が手っ取り早いね」

「ニコイチ」

 生気の無い返事ののちに肩を落とした。が、少し決意した目つきをすると、再び勝美を見る。

「背に腹は変えられません。ニコイチでお願いします」

 頭を下げた。

 すると、勝美はニーナの頭を少し撫でて、終わった手を下ろすと笑顔になる。

「ニーナは、本当にあの車が好きなんだね」


 一方そのころ、響子とみなもはというと。

 相も変わらず言葉ひとつも交わしていなかった。そんな友の姿に、さすがの響子もいい加減に限界だったらしくて、心のヒューズが弾け飛んだ。

「なにさ。勝手にひとりでイライラきちゃってさ。なにあったか知らないけれどさ、それを、あたしに八つ当たりなんかして。言いたい事があったらはっきり言ったらどうなんだ!」

 早口気味の言葉を叩きつけた。

 みなもも負けてはいない。

「ふん! アンタこそ夜中あんなことやっといてよく言えたもんだね」

「あ、あんなこと?」

 マズい。思い当たるぞ。

 そして、ここで今日初めて響子の目をキッと睨み付けて、言葉を怒涛に吐き出した。

「ええ、あんなことよ! お姉ちゃんがよけいどっか行っちまってアタシは悶々としてたってのに、あんたたち二人ときたら居間でヤッてヤッてヤリまくってて。その後は風呂場でソープランドごっこですか?―――全く、いい御身分だこと。仕事が仕事なだけに溜まるモノも溜まりますってか!」

 と、言い切った“みなも”は一瞬にして顔面蒼白になり、自身の仕出かしたことを後悔した。空の缶コーヒーをギュッと握って慌てて響子から目を逸らしてしまう。

「みなも」

 力無く呼びかけてくる友の声が聞こえてくる。

「雷蔵、貸そうか?」

「…………。へっ?」

 間抜けな声と共に、再び響子に顔を向けてしまった。

「ま……、マジ……?ーーーひ、ひと晩? 二晩?」

 覗き込むように、友へと不安げにたずねていく。

 当の響子はというと、虚空を一点見つめて考えていた。

 すると、決まったのか、みなもの前に人差し指を立ててこう断言。

「ひと晩!」

 数秒の沈黙が続く。

 道路を駆け抜けていく車のエンジン音が、幾つも響いていった。

 そして沈黙は破られる。

「はいはいはい! お嬢さん方! そこまでにしといてね!」

 ニーナが渋い顔をして手を叩きながら、工場出入口の二人へと声を投げつけて歩いて来た。

「ニーナお姉さんの予想がつかない展開はよしてね。それと、響子ちゃん」

「はい?」

 と、ニーナに顔を向ける。

「この悪いお手々を下げてちょうだいな」

 そう言いつつ、響子の立てた人差し指をグイと下げたあと。

「あんた、護衛人と依頼人の約束事を忘れたの?」

 と、少し厳しい顔を見せて注意した。

 そして、奥にいた勝美も出入口へと歩いて来て、二人に微笑みかけると話しかけてきた。

「響子ちゃんと、そこのあなたは同級生だね」

「はい」

 みなもの返事。

「私たちの仕事ってね、同級生の依頼がよく来たりするんだ。初仕事が同級生の場合が多いんだよね。響子ちゃんの一番上のお姉さんは歌子さんていうんだけどさ、その人の初仕事も同級生だったんだよ。で、ふとした拍子で口喧嘩していたね」

「あの、黒部さん」

「なあに?」

「失礼ですが、高校のご出身は?」

セントマリアンナ女学院だけれど」

 その答を聞いたみなもの顔が驚きになり、ハッと息を呑んで開いた口を手で抑えた。今度は祈るように手を合わせて瞳をキラキラと輝かせ始めると、黄色い声を上げた。

「あ、アタシもその女学院出です! あなたがあの黒部勝美さんだったのですね! お会いできて光栄です!」

「“あの”って、なに?―――まあ、いいや。そんなに喜んでくれて嬉しいわ。よろしくね」

「はい!」

 なんと、勝美と響子とみなもの女三人は同じ高校の出身だった。そして、みなもはなぜか期待の眼差しをニーナに送る。ジャーマン娘は「はっ!」として目を大きく見開くと、手のひらを胸元まで上げて慌て気味に振った。

「あ、あたしは違うわよ。共学出身だからね!」





 3


勝美まさみさん、あの濃い緑色のシートはなんですか?」

 工場の角の方向へと腕を伸ばして指をさした。

 不意にニーナの目に入ってきた奥に鎮座していた物体。

 家族と護衛人の同僚たちに隠れて走り屋をしていたドイツの魔女は、なぜか、そのかんがはたらいて、目についた地味なシートを被せられていた車と思われる物体にただならぬモノを感じ取ってしまった。この指摘にその方へと首を向けて見せたとき、一瞬だけ真顔に変わった黒部勝美くろべ まさみだが、顔を戻してみんなに微笑みを向けた。

「ニーナったら、本当に鋭いなあ」

「え? やっぱりなにかあるんですね」

 こう聞いたときのニーナは真剣な表情を浮かべていた。

 とくに隠していたわけではなかったが、見つかった以上は仕方ない。なので、勝美は不快な素振りと表情は見せておらず。それどころか、手招きをしだした。

「凄いの見せたげる」

 ニッコニコな顔で断言した。

 工場の角にあったそれは、意外と埃を被っていることがなく、実にキレイなもの。ひょっとしたら、定期的に点検か手を入れられているのかもしれない。

「ちょっと手伝って」

「はいはい」

 微笑んでいる勝美まさみからの頼みに、ニーナも笑顔で応えて一緒に濃緑色のうりょくしょくのシートに手をかけて、ゆっくりと引いていった。そうして現れてきたものは、暗い緑色の車体。よく磨かれてツヤツヤと光っており、昼の日差しを反射していった。車体の後部まで完全な姿を現したとき、ニーナはたちまち目を見開き、驚愕した。

 勝美まさみは嬉しそうに紹介していく。

「じゃーん! 潮干ミドリちゃんの車でーす」

「ま、ま、マジ、か……。これ、これって、トヨダAAじゃないっすか……!」

 吹き出す脂汗とともに、ニーナは声を絞り出した。

 もちろん、普通のクラッシックカーにあらず。

 どこもかしこも手の入ったフル改造の車体だった。

 ところどころ形がおかしい。分厚いルーフが気になる。

 改造車のボンネットを愛おしく撫でて、勝美は口を開いた。

「そう。ニーナの言う通り、これはトヨダのAA。私が推している、潮干ミドリちゃんから頼まれてね。月一ツキイチで点検と定期的に走らせているんだ。去年の八月のまつ、彼女のお母さんと一緒に私のところまで来てくれてさ、そのときに一年間この車を見る契約を結んだんだよ」

「そうだったんですね。というか、勝美さん、潮干ミドリのファンだったんだ」

「デビューしたときから彼女をずっと推しているよ」

「そりゃまた、ディープな」

 本物のファンを発見して、ちょっと引いたニーナ。

 だが、先の話しに出てきた言葉が気になって。

「そういえば、一年契約なんですか? だったら、もうすぐ期限が切れますね。ーーーでも…………」

 少し悲しい表情を浮かべ。

「でもね、その潮干ミドリさんは行方不明になったんですよ」

「それは私も知っているわ。けれどね、ミドリちゃん、引き取りにきますって約束してくれたのよ。母親のリエさんの前で」

「え? なんですか? それ?」

「私だって分からない。でも、彼女がそう言う以上は帰ってくるんじゃないかしら」

「はーー。まるで先の出来事が分かっているみたいな口ぶりですよね。天然ってわけでもなさそうですし」

「確かに、ミドリちゃんは天然じゃないわね。どちらかと言えば、リエさんかな」

「お母さんの方が天然って面白いですね。今度、機会があったら会ってみたいです。ーーーあの、ちょっと、この車のこともいろいろ聞いていいですか?」

 ウズウズしていたニーナ。

 早く改造車の話しに戻りたかったようだ。

 車好きな後輩の護衛人の気持ちが分かり、勝美は笑みを浮かべた。

「いいよ。ただ、私が分かる範囲までなら答えるからね」

「その言い方だと、やっぱりコレ、そーとーいじくっているみたいですね」

「化物よ、その車」

「ば、化物……」

 嬉しそうに化物呼ばわりした勝美に、動揺する。

 気を取り直して、手のひらをトヨダAAに向けてかざした。

「せっかくだから、覗いてみます」

 ガラス越しに見えている内部を保護しているフレームを除いての、魔法を使った透視をしていく。すると、数々と青白い線とともに浮かび上がってきた車体内部の“臓物ぞうもつ”に、ニーナは驚きの汗を吹き出してきた。時間はそんなにかからず早々と終わり、魔法を解いて手を下ろして改めて勝美まさみに顔を向ける。

「化物ですね」

「でしょ」

「開けちゃいけないヤバい物がいろいろと詰まっているんですけど、この車。コントロールパネルのいろんなスイッチは、この外装に繋がっていて、ここで“ぶっぱなす”ヤツじゃないっすね。中に見えるパイプで組んだフレームは、まるでラリーカーみたいですけれども、それ以上のことを想定していますよね? 絶対」

「そうなのよ。私、ミドリちゃんから釘を刺されてね。点検のとき以外は動かさないでくださいって言われたわ。ーーーボディの“がわ”なんだけど、それ、全くの別物に変えてあるからね。通常の素材の本来のボディは、どこかに保管してあるらしいわ。あと、ガラスじゃないわ。特殊カーボン仕様の防弾よ。ボディもそう、銃弾を全部弾き返す素材だからね」

「すげえ……! なんで、本当にここまで改造しているんすか」

 驚愕と感嘆が思わず洩れた。

 フロントに回り込んで、下半分の全面を覆うバンパーに注目。

 それは、黒鉄色に塗られた物だった。

「なんでマッドマックスよろしくガードが付いてんのよ」

「ああ、これ? 取り外しは可能よ」

「ですよね。じゃないと町の中を走り回せないな」

 お次はバックに回って、マフラーが普通かどうか確かめていく。

 すると、後部バンパーを突き破る形のデザインで、後輪の内側から銀色の筒が二本突き出ていた。しかし、これはよく見ると、筒状ではなくて円錐形の先っぽを断ち切ったようなデザインの物であった。よってこれは、マフラーというよりどちらかと言えば。

噴射口ふんしゃこうじゃないっすか! え? なにかロケットエンジンに点火でもするんですかね? あたし、噴射口が付いている車って、バットモービルしか知らないんすよ! なんで、あんな華奢な美女が貴重な車をここまで化物に仕上げているんですか! ぶっちゃけ、これ一台で武装勢力を全滅させられますよ。ミドリさん、長崎で戦争でもするつもりなんすかね?」

 興奮と驚愕と恐怖とが入り混ざって、一気にまくし立てた。

 顔を上気させて、歓喜にうち震えている。

 最後まで聞いていた勝美まさみが、静かに頷く。

「彼女ね。これを見ながら、この車が必ず動くときがきますとも言っていたよ。隣で見ていたリエさんはドン引きしていたけれどね」

「そうだったんですか。しかし、なるべくならこういう化物を使わないで済みたいですね」

「そうね。私もそっちの方がいいと思ってる」

「…………。でも、ミドリさん本当に行方不明になって消えているんですよ。引き取りに帰ってるのかな……」

「ミドリちゃんがそう言っている以上は、必ず帰ってくるよ」





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