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ニーナ☆ジェシカ☆の、マジカル・ドライビング・バトル☆


 1

 海原摩魚うなばら まなが誘拐されてから五日が経ち。

 海淵龍海うみふち たつみに家に移転してきて二日経過。

 そして、榊雷蔵と瀬川響子が海原みなもからの依頼を受けてからも五日ほどが経った日。


 昼飯時。

「通りャンせえーー、通りャンせえーー! コーコハーー、ドォコノー細ー道ーじゃーー!―――天神様ノー、細ー道じゃー。―――チョットーォ通ーしてー、クダシャンセーー! エエェーイエエェーイ! コノ子ノォー、七アァツノォーオ祝イニーー! イイーーイイェーーーイ!」

 大波止に建つ大手百貨店の立体駐車場五階にて、ジミー・ボンドがアフロを揺らしながらなにやら有名な唄を、適当なアメージング調にして熱唱していた。弟の白塗りのジョニーは、兄の唄に乗ってリズムを取っている。立体駐車場五階内部全体に響き渡っていくジミーのガラガラ声。


 店内から五階駐車場へと向かう長身の美女が二人。ひとりは、浜辺亜沙里。もうひとりは、ジェシカ・ボンド。地下食品売場で購入した昼食と今晩の食材を抱えていた。亜沙里の服装はもちろん、両肩を出したサンドイエローのドルマンのサマーセーターと、太股を半分ほど出した赤黒いスカート。それとジェシカは対照的に、キャリアウーマンを思わせるウォームグレーのスーツに、同色の膝丈スカート。店内の照明にブロンドを煌めかせながら、白い歯を見せて笑顔になる。

「ヘイ、ミス亜沙里」

「なーに?」

「ミー達ノ分マデ、せんきゅーネ」

「いいってー、いいってー。あなたたちを雇ったのはフナさんと日並さんなんだし、お金の心配はいらないよ。さらに頑張ってもらわないとね」

 満面の笑みをジェシカへ向けた。

 ちなみに、ここ数年間は教団と院里学会からの出費は受け入れておらず。以前は、虹色の鱗の娘が生贄に捧げられる一週間くらい以前から海淵家のところで生活をともにするという流れで、教団と院里学会からの生活費が出されていたが、六年前に儀式を行う“やぐら”が完成したとたんに海淵海馬うみふち みまから「これから先の生贄候補の女の子たちの面倒は、私たちが見ます。そして、私が生活費を持ちます」と強く断られてしまい、それじゃあしょうがないということで現在に至るまで任せてもらっている。一度は亜沙里にもその“むね”を伝えたはずであったが、マインドコントロールのおかげで忘れてしまっているらしい。まあ、そういった経緯もあっての今の買い出しである。

 そして、亜沙里とジェシカは仲良く並んで目的の階に到着して足を進めていたその先で、目を剥いて驚愕した。

「カーゴメ、カーゴメ! エエェーイエエェーイ! ウゥーーウーイエエェイ!」

「イエエェイ! カーゴメ!」

「カーゴノナーカノオォーオオォー、鳥ハーー!」

「トオォーーリハー!」

「イーツイーツ、デエーヤアアァーーウ! ウゥーーウイエエェーー!」

「ウゥーーウイエエェー!」

 ブラウンのシボレーの傍で、ジミーとジョニーが今度はゴスペル調にノリノリで合唱していた。アフロを縦ノリで揺らし、弟と仲良く手拍子をしながら唄っている。ジェシカ、姉として恥ずかしくなってきた。

「ヘイ! じみーぃ、じょにーぃ! なにレッツソング、シテルノ!?」

「Oh、じぇしか! 知ラナイノカイ? ぼく達ハ『つくつくほうしの鳴く頃に』ノ主題歌ヲ熱唱シテイタノサ」

 ジミーは得意気に姉に答えた。



 2


 同時刻。

 同じ百貨店。

 尾澤菜・ヤーデ・ニーナと瀬川響子が、駐車場五階を目指して買い入れた昼の分と今晩の分とを運んでいた。

 ニーナが笑顔を見せて響子に話しかける。

「やっぱり、雷蔵の作る料理を知っている響子ちゃんを連れてきて良かったね」

「なんですか? 急に?」

 そう言葉を返して、頬に熱を持ってくるのが分かった。

 ニーナは話しを続ける。

「あなたたちを見ていると、実に微笑ましいんだよ」

「ちちちょっと、からかわないでください」

 嗚呼、顔が熱い。

 ニーナは微笑んで、さらに続けた。

「あら? からかってなんかいないもの。だってあなたたち、三年も続いているんでしょ?」

「ええ。仕事です、から」

「嘘が下手ね。―――この仕事って男女二人一組が普通であるからこそ、長く続いているあなた達は望ましいんだよ。それに、昨日見た響子ちゃんの行動は、どうやら雷蔵との関係が順調な証拠かな。―――んふふ。あたしもビリーにあんなに甘えてみたいなぁー」

 そう微笑んで言われて、響子は赤い顔を俯かせ気味にした。



「ヘイ、ヘイ! ミス亜沙里ノ前デ、ミットモナイ姿ヲ見セナイデヨ。ミー達あめりかノ信用ニカカワルカラ」

「Oh! れでぃノ前デ失礼シマシタネ!―――ミス亜沙里、あいむそーりぃーネ!」

 姉から注意されてしまい、次は亜沙里へと向けて、ジミーとジョニーが頭を下げる。ギブスから見える指先をヒラヒラとさせながら、亜沙里は答えた。

「いやいや、そこまで謝らなくたっていいよ。てか、あなたたちそんなにも退屈だったわけ?」

「イェス!」

「あ、そ」

 ジミーとジョニーの爽やかな笑顔で答えられて、ちょっと引き気味な笑みを浮かべた。と、そこへ。

「あのときのエロ人魚!」

「あのときの魔法使い!」

 ぱったりと鉢合わせしてしまったニーナが、亜沙里と同時に声を出した。瞬く間に駐車場五階内部全体に立ち込めていく緊張感により、二組の空間が張り詰めて凍っていくのが分かった。そして踏み出そうかとしたとき、お互いの手荷物を見てしまい、食いしばって睨み合う。

「まずは、この荷物を置いてからよ」

「そういえば、そうね。そうしましょ」

 ニーナの言葉を受けて、亜沙里が返した。

 そして、お互いの車へと向かっていく。



 3


 しばらく目線で火花を散らしながら、それぞれ車に乗り込んでいった。ニーナと響子は白いスカイラインに。亜沙里とボンド三姉弟はブラウンのシボレーワゴンタイプに。

 タイヤ周りと車の下を確認したジミーが運転席に座って、前後左右の安全と巻き込みを確認したのちにシートベルトを掛けた。最後はご丁寧にも左ウィンカーまで点滅させたではないか。まさに、ドライバーの鑑である。

 彼は優良ドライバーに違いない。

 そんなアフロ頭に、助手席の亜沙里がいらっときた。

「なにやってんの!」

「ヘイヘイ、皆サンしーとべるとヲ掛ケテ。発進デキナイヨ」

 ちょっと困った感じなガラガラ声で促す。

「ヘイッ、じみーぃ! 敵サンハ目ノ前ダヨ!? サッサト運転シナサイ! コノ、さかー!」

 姉から阿呆サカーと呼ばれる始末。ジェシカの言葉に渋々従ってエンジンを噴かすジミーが、安全性を確かめながら「アノがーるずマダころガス様子ナイネー」と言ったときのこと。車内からニーナがシボレーの連中を目で追っていた直後、機を見計らうなりに「響子ちゃん、シートベルト掛けた?」と、隣が首を上下に動かしたのを確認して、ギヤをバックに素早く入れたと同時にアクセルを全開に踏んだ。スカイラインの後ろにはなにもなく筒抜け状態で、これを知らずにシボレーが次の角を曲がってきたとき、車の尻を突進させていった。

 これにギョッとした亜沙里は、アフロ頭に催促する。

「飛ばせ、飛ばせ!」

「くたばれえぇーーっ!」

 ニーナの雄叫びと共に、スカイラインの後部とシボレーの側部が激突。バンパーの砕ける音と、車体のヘコむ打撃音とが五階駐車場内部に響き渡っていく。1トンを超える衝撃が亜沙里たちを襲い、スカイラインは止まる事なく、そのままシボレーを押していき他の車に追突させた。その間に、シボレー車内では脳震盪にも等しい振れが起こり、運転席のジミーを含めて四人が振り子の如く激しく揺れて内装に身体をぶつけてしまい、不幸にもジョニーが頭を窓ガラスに打ちつけて気絶した。スカイラインに乗るニーナと響子にも衝撃がくる。ムチウチになったかと思えた。そして、シボレーから離れて前進させて停車。

 ニーナがハンドルを力強く握り、口を尖らせて呟いた。

「もう、一丁!」


 ジミーが頭を振って呻くなり、三人を見て。

「皆サン、しーとべるとヲ掛ケマシタ?」

 その質問に叫ぶ亜沙里とジェシカ。

「掛けた掛けた!」

「ハリアップハリアップ! ムービッムービッムービッ!」

 気絶したジョニーを介抱しながら、アフロ頭の弟に催促。そして、シボレーを再発進させたすぐ横には、スカイラインがエンジン全開に噴かして突進してきていた。

「おおおーーりゃあああーーーっ!!」

 ニーナのスカイラインのから間一髪のところで脱出。

「ヤアアアーーっ! じみーぃ、コノママGoGoGoGoGo!」

 姉の声援を受けて、シボレーが全速力になる。駐車していた車にぶつかりそうになり、ギリギリのところで停車してタイヤが高い音を鳴らす。

「逃がすか!」

 歯を剥いて叫ぶニーナ。

 スカイラインも全速力で発車。

 シボレーの後を追ってスカイラインが迫る。二台の車はハンドルを切って、短い上に直角カーブの連続する通路を下っていく。タイヤが摩擦熱を帯びて、煙りを上げる。ニーナはドリフトをきかせて、それぞれのカーブを乗り切ってシボレーに追いつくと、フロントを思い切り追突させた。その衝撃で加速した拍子に無人料金所を破壊して、立体駐車場から吐き出される。シボレーはこのまま目の前の建物へと突っ込むかと思われたが、ジミーのハンドルさばきによって逃れて公道を走っていく。舌打ちして、ニーナがアクセルを踏む。助手席の響子から声が飛んできた。

「ニーナさん! 魔法!」

「え? 魔法?―――ああ! 魔法ね!」

 指摘に気づき、車を走らせながらハンドルに向けて六茫星の魔法陣を指で描き、呪文を送る。スカイラインのハンドルが輝きをはじめたと同時に、シボレーの車内ルーフに青い魔法円陣が現れて光り出した。それを見た亜沙里は、後部座席のジェシカに言葉を投げた。

「ジェシカ! 魔法!」

「魔法? Oh、魔法ネ。―――先手必勝Yo!」

 そして「女王陛下万歳!」の叫びとともに拳を振り上げてルーフを突き抜けて、スカイラインのハンドルから現れた拳はニーナの顔面ド真ん中にヒットした。

「ぐわぶっ!」

「ぎゃあ! ニーナさん!」


 シボレー車内のジェシカ。

「手応エアリネー!」


「畜生、あのアメリカンが!」

 鼻にティッシュで栓をしたニーナが吠えたあと、ハンドルのクラクションを思い切り鳴らしたと同時にシボレー車内で、耳障りな不快音が鳴り響いていく。亜沙里とジェシカが耳を押さえて“しかめっ面”になっていたが、ジミーだけは楽しそうだった。

「ホホッ! ゥヲッホー!」

「アフロ、なに楽しそうにしてんの! ジェシカ、魔法でなんとかしてよ!」

 歯を食いしばって叫んだ。

 ジェシカ、渋い顔で首を横に振る。

 それを見て舌打ち。

「あの魔法使いめ! 畜生ーー!」


「わーっはっはっはっはっはっ! ざまあ味噌! 思い知ったか、エロ人魚!!」

 スカイライン車内で勝ち誇るニーナの横で、響子はぐったりとしていた。とっさにクラクションを鳴らす手を止めて介抱する。

「わあ! 響子ちゃん。しっかりして!」

「あたしは大丈夫、だから、早く連中から、摩魚さんの居場所を、聞き出そう」

「オーケー!」

 そして、でこぼこベコベコなスカイラインとシボレーが車線変更を繰り返していき、片や逃げろ片や追いつけと必死になる。ジェシカが再び「女王陛下万歳!」と唱えて拳を突き上げた。すると、運転席側の窓ガラスに赤く輝く五茫星の円陣の浮かび上がった中から拳が現れて、ニーナの横っ面を殴りつけた。口内を切って、血を撒き散らす。青筋立ててハンドルに手のひらを翳したニーナが、こう叫んだ。

「ベルリンの壁え!」

 そして、衝撃波の壁が現れて、シボレーを目指して真っ正面から迫って来た。これにジェシカは、そくざに拳を前方に突き出して叫んだ。

「女王陛下万歳!」

 赤い五芒星と青白い六芒星とが真っ向から衝突。

 ニーナ、ジェシカ。

 お互いに出し惜しみなし。

 全力投球で魔法をかける。

 と不意に、ニーナが魔法を解いた瞬間、勢い余ったシボレーは哀れ工事中の段差にタイヤを躓かせた結果、車体は跳ね上がって回転してアスファルトへとルーフから落下。さらにその反動で、もう一度跳ね上がってシボレーは着地した。フロントとバックがボロボロのスカイラインを路肩に停めて、ニーナと響子は素早くシボレーのもとに駆け寄る。車内を見渡してはみたものの、そこには亜沙里の姿だけなかった。いるのは、バテているボンド三姉弟のみ。響子がジミーの胸倉を掴みあげ、ニーナはジェシカの胸倉を掴みあげ、二人は同時に恫喝した。

「浜辺亜沙里はどこだ!」

「ヘ、ヘーイ。ミーがペラペラト、オ喋リスルト思ッテ?」

 ぜぇぜぇと息を切らしながら、ジェシカはニーナに“とぼけて”みせた。

 取り敢えず、110番。



 4


 ボンド三姉弟を、海原摩魚誘拐事件の共謀罪として現行犯逮捕した。別行動していた雷蔵たちも、長崎県警察署へと急いで足を運んだ。護衛人たちに同行して立ち会った刑事は、雷蔵の高校からの友達でもある稲葉輝一郎。身体つきは雷蔵に比べて線は細いが、着痩せするタイプらしくて、その実は鍛えた肉体を潜ませている。同期で部下の松本秀次と鬼束あかりの二人を連れて、取調室に現れた。マジックミラーのある大きめな部屋にジェシカとニーナがいて、別室では稲葉刑事たちと雷蔵たちとが様子を見ている。縁無し眼鏡を正して、稲葉刑事は雷蔵に労った。

「お手柄だったな。―――で、あれで良かったのか?」

「ああ。響子の申し出を押しのけたニーナが代わりに吐かせてやると言い出したからな」

 その隣りで、みなもと響子が無言でマジックミラー越の取調室を見ていた。

「まだ頭クラクラするでしょうけど、あんたに摩魚さんと亜沙里の居場所を吐いて貰うから」

 ステンレス製の机を挟んで、ニーナがジェシカに睨み付けた。

「ミーハ怪我人ヨ、モウ少シ労ッテホシイワ」

「アメリカン! これ以上痛い目見たくなけりゃ、とっとと吐いちまえ」

 机を拳槌で叩いて怒鳴る。

 それに動じもしないジェシカが歯を見せて、ニーナへと囁くように語りかけてきた。

「ヘーイ、じゃーまにぃ。CIAヲ敵ニマワスツモリ? ソレヨリサ。ミー達ガ逮捕サレテカラ何分経ッタノ?」

 瞬間、ジェシカの額が机に叩きつけられた。

 痛さに目をしばたいて言葉を投げる。

「アウチ! ナニスンノサ!」

 胸倉を掴まれて、鼻先がすれすれに触れ合う寸前まで顔を近づかせたニーナが凄んできた。

「ヘイ、アメリカン。こちとらCIA関係ないんだよ。手前ぇがひと言喋ってくれるだけで、ひとりの女が助かるんだ。海淵龍海の居場所を吐いちまえ」

「じゃーまにぃ。ミスター龍海ハすくーるヲ卒業シテ引ッ越シタヨ。担任ダッタ、ミス冬美カラ貰ッタ住所ハ無意味ダワ」

 歯を剥いて答えた直後。

「んな事ぁ百も承知してんだよ。吐けよ! アメリカン!」

 ニーナは声と拳をジェシカの頬に飛ばした。次はジャケットの襟足を掴みあげて椅子から引きずり下ろすと、ジェシカを壁に叩きつけて腹に膝を射し込んだ。

「手前ぇが流暢に喋れるてのは知ってんだよ! その片言気取りやめろ!」

 その言葉にジェシカは薄笑いをした。

「お馬鹿さん。あなたたちがどう頑張ろうが、蛇轟秘密教団の動きを止めることはできないんだから。我々は我々で、無尽蔵のゴールドの為であればなんだってやってやるさ。若い女の、ひとりや二人。くだらん」

「誰がアンタの講釈聞くかよ。居場所を吐けってんだ!」

 今度は床に投げ飛ばした。

 気道が一瞬詰まって、ジェシカは咳を切った。

 しかし。

「ははははは! ゲルマンの魔女よ、ミーを幾ら殴ろうが蹴ろうが無意味。しょせんはイングリッシュの魔法には劣る」

「時間稼ぎしてねえーで吐けってんだ! 阿呆!」

 胸倉を掴んで、ジェシカの後頭部を二度壁に叩きつけた。痛さに目をしばたかせつつ、ニーナに笑みを見せて答えていく。

「ええ、言うよ。言うから、その代わり我々にも後ひとり人質が必要なの。それでプラスマイナス・ゼロってどーお?」

「人質だって?」

「海原みなもを少しお借りするわ」

 言葉の後にニーナの手を弾いて蹴飛ばして、マジックミラーに拳を突き出した。

「女王陛下万ざ…………」

「させるかあ!」

 ニーナの叫び声が上がった瞬間に、ジェシカは身体を吹き飛ばされて壁が窪むほどに叩きつけられたあとにずり落ちて、床へ突っ伏した。マジックミラーには、六角星の円陣が焼き付いている。

 ジェシカの髪の毛を掴んだ。

「とっとと吐けよ」

「糞っ垂れゲルマン娘が!」

 と、悪態をついた途端に床へと叩きつけられた。

 ニーナはジェシカのブロンドを掴み取り、無理矢理立たせて机に投げつける。

「美人顔にこれ以上痣を作りたくなけりゃ、吐けよ」

「全く! どうしてゲルマン人ってのはこうも野蛮なの!」

 痛さに頭を押さえて怒りを吐いたジェシカの顔に向けて、手のひらを向けたとき。

「分かった分かった分かった! そうカッカしない。ミスター龍海の現住所を教えてやるわ、だからその手をどけなさい」

「ようし、話せ」

「中島川二丁目、三の――――」



 ジェシカが取調室にあっていた同時刻、龍海の居間に亜沙里と食材が赤い五芒星の円陣と共に現れた。亜沙里が彼を呼んだら、摩魚を担いだ龍海が襖を開けて出てきて、蘭を連れて円陣の中に素早く入り込んだ。そして、赤い円陣は垂直に浮き上がると中の四人を消した。



 稲葉刑事は機動隊を連れて、川沿いに建つ一軒家を包囲して懐から拳銃を静かに抜き取り構える。機動隊員へと指示を送って扉を蹴り破り、家屋に突入した。家中の窓ガラスを破って機動隊が次々と突入して、誘拐犯を獲補したものかと思われた。

 が、すでに蛻の殻。

 容疑者、海淵龍海。

 共犯者、浜辺亜沙里。

 そして、海原摩魚。

 誰の姿もなかった。

 稲葉刑事が上司に無線。

「こちら稲葉。横溝警部補」

『こちら横溝』

「ホシ、行方不明者共々に現場に居らず。蛻の殻です」

『畜生。あの魔法使いにやられたか。現場を調べて署に戻って来い』

「了解しました」

 無線を切って、再び家屋に入る。



 5


「そこで仲良くカードでもして、遊んでろ」

 牢屋の中にいるボンド三姉弟へと声を投げつけて、横溝警部補が部署に戻って来た。

 横溝正則。既婚者。

 いつも、ブラウン系の三つ揃いを着用。長身で顔が整っている。しかし、精悍で厳しい印象あり。

「稲葉、ちょっと来い」

「はい。警部補」

 呼ばれて、遠くでなにやら話し始めた男二人。真剣な顔つきで言葉を交わしている。お互いの顔が、ひじょうに近かった。

 ピピッ カシャッ

「きゃー、横溝警部補と稲葉君ちかぁーい!」

「あかり、撮れた?」

「撮れました撮れました!」

 あかり刑事が、デジカメのシャッターを切って興奮する。先輩の蛭池愛実刑事から、そう訊かれたので答えた。

 ニーナが御手洗いから戻って来るなりに、鬼束あかり刑事のもとに寄ってきてデジカメ画面を覗き込んだ。

「あかり、お疲れさん。―――わお! ナイス・ショット」

「お疲れ様ですニーナさん。でしょ! もう、口が触れ合う寸前ですよ!」

「嗚呼……、このままブチュウーっといってほしいような、ほしくないような、じらした距離感がたまらない……」

「だって、眼差しが真剣なんですよ。稲葉君、眼鏡だし。ああ、まだお話ししてる」

 なにやらハァハァが始まった。

 らしい。

 端から見ていた、みなも。

「ニーナさん、元気だなぁ」



 大波止。

 大手百貨店に瀬峨流蔵せが りゅうぞう刑事と倉田里沙くらた りさ刑事が聞き込み調査をしていた。勿論、人相描き担当の二階堂信治刑事を同伴。

「オーバーオールの女の子?」

「ええ。けっこう背の高い子でしたよ、髪の毛が銀色の」

 靴売り場の店員の答えるその先には御手洗いがあり、物々しく数名の警官によって立ち入り禁止区域となっていた。婦人用の手洗い場から若い女の遺体が発見されて、それは、衣服を剥ぎ取られて下着姿のまま便座に突っ伏していた。死因は頸椎の破壊。うなじに容疑者と思われる指の痕が残っており、どうも握り潰したらしい。同じく、百貨店に付随する波止場にも船内に数名の男性の遺体が認められて、各所に非常線を張っていた。

 瀬峨刑事は連絡を入れる。

「警部補はん、こちら瀬峨でス。はい、事情聴取の終わり次第テープを持って戻りますさかい。はい、おおきに」

 渋い顔して通話を切った。




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