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VHS観賞会『漢!藤岡隊! UMA捕獲大作戦! 水棲怪獣たちと激闘!』編


 1


 次へと行くまえに。

「それ、どのくらい前のですか?」

「六年前の日付だねー」

 タヱから聞かれたニーナが、テープの背中を確かめる。

 そこで、思い出したようだ。

「あー。姉が十七のときですね」

「うわっ! 美少女じゃん!」

「んふふーー。私の姉は、いつだって綺麗ですよ。すっぴんでも」

 ここで、タヱが初めて自慢気な笑顔を見せる。それを見ていたニーナ、みなも、響子は微笑ましい表情をした。みなもが、タヱにたずねてみる。

「撮影の状況って覚えてる?」

「いいえ、あまり必要なことではなかったので」

「確かにねー。まあ、それはいいとしてーー。タヱちゃんとミドリさんは、高校は一緒だったの?」

「はい」

 これまた衝撃的な事実。

 その町に高校があったということ。

「陰洲鱒町には昔から小中高をまとめた町立陰洲鱒学校があります。母も姉も私も“そこで”高等部までいって卒業しました」

「そ、それは大事な情報だわ」

 小中高の一貫校があったことも知れた上に、姉妹の母親も陰洲鱒学校の卒業生だった。そして、次のVHSテープを入れて二本目を再生していく。




 2


 晴れ晴れとした青空が映されて。

 バアアァーーーーーン!と、タイトル出現。


 おとこ!藤岡隊!

 UMA捕獲大作戦!!

 水棲怪獣たちと激闘編!


 そして、タイトルの消えたと同時に画面は暗転して、セーターの編み目が映し出された途端にレンズが引いていき、マイクを持った女の上体になったところで止まった。女は大変整った顔立ちに、黄金こがね色の髪の毛を腰の辺りまで伸ばしていた。

 ポーズを付けていきながら、自己紹介を始めていく。

「全国の皆様! はじめまして!

 胸無し。

 男無し。

 仕事無し。

 無し無し尽くしなレポーター、潮干ミドリでっす!」

 なんと、潮干ミドリだ。

 女のトークはもう少し続く。

「実は私、久々のお仕事だったから気合い入れてスカート穿こうなんてしたらねー、ミドリ!今度のは過酷なロケだからヒラヒラした物穿くな!…………なあんて社長から怒られてしまいました。え? だからなんだ? だって?―――やだー、もう。分かりませんかぁー? ほら、大事なデートと大事なお仕事のときには勝負時っていいません? だから、ほら、今日の私のインナーは特別ガーターベルトですよ。純白のレース柄! ただし、秘密の小窓は付いてませんから。ね」

 最後は斜めショットになり、肩を竦ませて恥ずかしげに「うふ」とモーションなんかをかけはじめた。すると、そのVTRを観ていたスタジオのメンバーと、スタッフたちとの笑い声が。喋るたびに、陰洲鱒町の町民特有の鈍色の尖った歯が見えているわけではなく、エナメル質の人の白い歯をしていたが、これは特注のマウスピースだったことがあとから判明した。潮干ミドリのソロシーンは続いていく。

「え、そろそろ本題に入れ?―――失礼いたしました。―――えー、私は今、噂の怪獣“蛇鮹へびだこ”が出るとされています長崎市の野母崎にいます。豊富な魚貝類が穫れて味わえる街の長崎ですね。今回は私たちはそういった場所にております」

 と、ミドリはトークをしながらも歩道を歩き、バッチリとカメラ目線で解説をしていた。そして、ミドリがある男の立つ所まで来ると紹介しはじめた。

「そして、先ほども言いました長崎の水棲怪獣すいせい かいじゅう、蛇鮹を捕獲するべく立ち上がった男がおられます。―――皆様お馴染みの、藤岡隊隊長の藤岡猛ふじおか たけし氏です!」

「いやあー、ははははーー。皆さんこんにちは。藤岡猛です。バラエティーは、どーも苦手でねーー。ははははーー」

 我等が藤岡隊長の御登場だ!

「隊長殿、はじめまして! 私、今回レポーターを務めさせていただきます、潮干ミドリといいます。よろしくお願いします」

「はい、よろしくー。若いのに偉いなあ。過酷なロケになるよ」

「ありがとうございます。お水は大丈夫です」

「いやあー、ははははー。頼もしいねー。では、ここで、いつもの隊員たちを紹介しよう。みんな、ご挨拶だ」

 藤岡隊長の手招きと共に、若い青年たちが五名ばかり出てきて横に整列するなりに自己紹介をしていった。元気よく、力強く、声を張り上げて。マイクを持ったミドリは、それぞれの隊員たちの顔立ちを丁寧に見ていくと、目を輝かせて感嘆した。

「うわー。皆さん全員、ハンサムぞろいですねぇー。隊長殿、この中から、おひとりだけお持ち帰りしてもよろしいでしょうか?」

「潮干君それは困るよー、ははははー。ひとりたりとも隊員を欠かす訳にはいかないからねー。ははははーー」

 藤岡隊長とミドリとのやり取りに、またもやVTR越にスタジオメンバーとスタッフたちとの笑い声が響く。美形な風貌と見事なスタイルの割には、気取らない事を言う潮干ミドリレポーターのギャップに隊員たちは笑いを堪えている。

 藤岡隊長が隊員たちへと、勇ましく呼びかけたのだ。

「よし、今から、海の怪物“蛇鮹”を捕獲にゆくぞ! お前たち、付いてこい!」

「ラジャー、隊長殿!」

 隊員たち、一糸乱れぬ呼応をして藤岡隊長と共に出発した!

「え、あ、もう行かれますか? 隊長殿!?」

 そして、後を追うようにミドリが行く。

 しかし、いったいいつごろ、仕事のロケーションの一時的とは言えミドリは地元長崎市に帰ってきていたというのか。服装からして、冬場から春にかけてだと思われた。その上、撮影の舞台が浜辺親子の住む賃貸住宅街の先だということ。



 一旦コマーシャルになる。

 大手飲料水メーカーの映像には、波打ち際の浜辺をワンピース型の水着で駆けるミドリの姿。海水が胸元と太股に跳ねてかかる。場面は変わり、汗ばんだミドリが瓶入りの飲料水を片手に何やら男性と戯れる姿が映し出されて、そして、じゃれあった結果から瓶の口から飛び出した飲料水の滴がミドリの頬と鼻梁にひっかかる。やがては飲料水は、ミドリの鼻梁を伝い落ちていき、鎖骨から胸元へと流れていった。そして、ミドリの顔を映して緑色の瞳を流した場面で、商品名の表示。

 無添加のフルーツ

 マリンオレンジ

「飾らない最高の、わ・た・し」と、ミドリのナレーションが最後に入って終わる。次は鉄道の普通のCMだった。



 CMが終わってからというものその肝心な番組本編は、民放独特の諄いと思える引きの映像の挿入やら、町の住人たちへとの聞き込みの際に画面上に出てくるゴシック体やら極太明朝体などの極彩色字幕、大袈裟なまでの雄々しい音楽の流れ、そして、「驚愕の事態が!!」「驚くべき展開が待ち受けていた!」「緊急事態発生か!?」「信じられない出来事が!!」などの力みたっぷりなナレーションの入りにより、それを観ていた雷蔵たち全員が退屈を露わにさせてきた。このくどいまでの引きは、民放が長い間に築き上げた視聴者を引き留める独特の技法の結晶でもある。らしい。

 だが、ミドリのレポーターぶりには退屈はさせられなかった。代表的な場面を挙げるとすると、ひとつ目は、波が荒々しく打つ岩場で目的のUMAユーマ蛇鮹へびだこを探している藤岡隊長と隊員たちに混ざってミドリが協力している姿があり、加勢するのは良いものの、黒海鼠くろなまこを発見するなりにワザとらしいリアクションをとり、それを大胆にも掴み取って海鼠の硬直した筋肉の弾力さと表面のヌルヌル感に場違いな台詞を言うなど。

 以下のように。

「いやん……っ! かたぁい……、ふとぉい……。ああ……、凄いヌルヌル……」

 次は、波打ち際の岩場を藤岡隊と共に渡っていくとき。

 張り付いた海苔やらに足を滑らせて。

「あん……っ。ちょっと……」

 あと他は、露天販売にある魚に指差して。

「この鯵って、私の近所の笹竹さんに似ていますね」

 漁業経験者の隊員に。

「海の男の方々って、やっぱり初体験は海鼠ナマコを使うのでしょうか?」

 とまあ、いろいろとまあくせのある女芸能人をアピールしていた姿を視聴者へと観せていた。二時間枠でこれだけ見せつけていれば、他の事務所からお声がかかりそうなもの。だが、現実は陰洲鱒町の出身といったことで活字による袋叩きの目に合う。それから番組は、結果的に蛇鮹は発見も捕獲もできずじまいで幕を閉じた。

 特番のテープを退屈気味に観ていた雷蔵たちを除いて、タヱだけは、じっと表情を変えることなく番組の最初から最後まで、我が姉の仕事姿を目に焼き付けていたのだ。




 3


「いやあーー、ミドリさんて気さくだねぇー。やっぱりあの人、プロだわ」

 テープを取り出したニーナからの、ひと言。

 みなもの感想も入る。

「アタシ、なんだか親しみが湧きました」

「美人なんだけれど、可愛らしいよね」

 響子にも受けが良かった。

 雷蔵がここでようやく口を開く。

「あの飲料水の、結構エロかったなあ」

「いいいろいろと、びびっびっくりしたんだ、な」

 毅にも衝撃的だったらしい。

 響子がなにかに気づいた。

「ねえ、やっぱり、ミドリさんてどこかで観ていたのよ。さっき流れていたアカツキ飲料水のCMと、E.W生理用品のCM、ヨシボウ(芳原紡績科学工業)のファンデーションのCMといろいろ」

「アタシも思い出しました。他は確か、日焼け止めのクリームのCMに、自動車災害保証保険のCM。あと、生ビールのポスターにもなっていました」

 みなもも、ミドリの出演していた過去の映像を思い出したらしい。

 ミドリは本当に、一時的本当に一時的ではあるが、各事務所と各視聴者を魅了していたようだ。


「もう、時間も時間だし寝るか」との雷蔵のひと言により、皆がそれぞれ床につく。

 庭から鈴虫と蟋蟀の涼やかなる合奏の響き渡る時間。居間にあるテレビのブラウン管が点いて、ミドリの映像を映し出していく。胡座をかいて観ていたのは、タヱひとり。それは、例のインタビューテープ。映像の始まりにはなんと、ミドリが長崎大学のお手洗いで化粧をしている姿からだった。鏡に向き合った素顔のミドリが、自身で化粧を施している姿を淡々と映していた。その様子からまるで、姉から妹へと向けて化粧の施し方を教えているふうに感じられたのだ。続いてインタビュー映像に移ると、先ほどまで観ていたバラエティーと打って変わって、ミドリの喋りは落ち着きを払っていた。写真部部長の片倉裕美かたくら ゆみの質問に一言一句、実に丁寧に答えている。それは、タヱに語りかける姿そのものだったのだ。ブラウン管に映る姉の姿を、タヱは黙々と観ていた。その黒いワンピースの下の胸の中には、思い巡らせたものがいっぱいに満ち溢れ出てきて、やがてそれは大きな稲穂色の瞳から頬を伝い黒いワンピースの裾へと落ちていった。




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