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VHS観賞会『漢!食材独り旅』編


 1


 細い緩やかな隙間から差し込む光りに、響子は思わず手のひらでひさしを作って眠りから覚ました。目に飛び込んできたのは、雷蔵が心配そうに見守る顔。意識を回復した響子の様子を見た雷蔵はたちまち安堵して、微笑みを向けた。

「良かったー」

 ひと言だけだった。

 しかし、響子にとっては、そのひと言だけで充分だったのだ。少しばかりウルッときて、寝ぼけ眼を擦る仕草で涙ぐんだ瞳を拭って誤魔化した響子。

「看ていてくれてたんだ?」

 ちょっとイジワルく聞いてみる。

「看てたよ」

 と、雷蔵から即答された。

「……嬉しい」

 布団からゆっくり上体を起こしていき、雷蔵の胸元に頭を寄せて腕を伸ばして彼の首に巻き付けていくと、顔を上げて頬を擦り寄せていった。響子は嬉しかった。そして、いっぱい甘えたい。といった感情で、心の器が表面張力を有するほどに充たされてしまい、なんだか自身の気持ちに素直になっていた響子が、雷蔵の口元へと唇を近付けていった。

 デレデレな雷蔵が後ろ頭を掻いていく。

 笑顔にまじえた困り顔で申し訳なさそうに。

「いやあーー、響子。俺はスゲェ嬉しいんだ。けれども、ちと場所が悪過ぎだぜ」

 そう言って指を差した。

 雷蔵の指す方へと顔を向けてみたら、吃驚仰天びっくりぎょうてんときた。それは、雷蔵へと擦り寄る響子を見詰める、女二人が瞳をギンギンにさせていたからだ。

「あちゃー、教えちゃ駄目じゃん」

「いやあ、ははは。見ていたアタシまで熱くなっちゃった」

 みなもとニーナが、それぞれ残念がって己の頭をペシッと軽く叩く。女二人は仲良く座布団に正座していた。みなもが言葉を続けていく。

「惜しいなあ! この後どういった順番でコトに運ぶのか見たかったのにぃー」

「あー、もう。せっかくいいムードだったのに。まことに残念!」

「真っ先に連絡を受けて、響子のために大学を飛び出して行ったんだもの。まだ聞き込みの途中だったのに、それを投げ出してよ」

「本当。あんたどんだけ響子ちゃんが好きなんだよってか」

 このまま放って置くとさらになにか言われ続けそうだと判断した雷蔵が、堪らずに割り込んだ。

「お、おいおい、その辺にしてくれ。俺の家にたのは、なにかするためだったんだろ?」

「あ、そうそう。ビデオ観賞しますよ、お二方」

 ニーナは機嫌の良い笑顔でことを伝える。

 響子はというと。

 固まっていた。




 2


 ニーナがデッキにカセットを挿入すると、テープが回り始めて映像がブラウン管に映し出されていった。



 壮大なテーマ曲と共に雪の被さる美しい大自然の連なりが出てきて、そして、鮮やかな青空へと移り変わり、力強い筆文字がタイトルをえがいていく。

 そこで、ババアァーーン!


おとこ!食材独り旅』


 すると、ひとりの男にフレームが寄っていき、自己紹介を始めた。

「皆さんー、どうもーー。俳優の藤岡猛ふじおか たけしです」

 少し長い黒髪を生やした、猫のような愛嬌ある顔した中年男。太い眉毛。太い鼻。そして、太く重厚な声。親しみのある笑顔で顎をなぞっていた指は、太く、頑丈で、立派な拳ダコだ。

 名優、藤岡猛。

 男のデビュー作は、影のある青年が苦悩を抱えながらも変身して悪の組織と戦う、変身ヒーロー番組であった。大怪我を隠しながらの撮影した事は、過去の逸話として語られている。最近は専ら、ボランティア活動にバラエティー番組と幅広い。だが、男は芯からの武道家。空手、剣道、居合、合気道。全てにおいて達人級である。

「いやあーー、ははははー。バラエティーは苦手でねー。―――おっと、失礼しました。今日もやって参りました、おとこ!食材独り旅。今回は長崎県長崎市に数多くあるという島のうちひとつの螺鈿島。その中の陰洲鱒町。そこに食材を求めて行ってみたいと思います。いやあー、ははははーー。今日はちと寒いかなー」

 そして、場面は大波止の埠頭へと変わり、藤岡猛が立っていた。

「えー、今から私は陰洲鱒町行きのフェリーに乗ります。そろそろ到着するころですかねーー」

 汽笛の音が聞こえてきたのと同時に、レンズは海の方を映すと、遠くに白い船が向かって来る姿。やがて埠頭に到着すると桟橋が用意されて、それを藤岡猛は渡っていき、フェリーに乗り込んだ。船長の紹介があったりする。

「えー、皆さん。この方が私を陰洲鱒町へと案内してくださる船長さんです」

「どんも、はずめまひて」

 船長は帽子を取って、お辞儀した。藤岡猛がその顔を見て、感嘆する。

「ははははー、実に個性的なお顔ですねーー」

「はい、最近、首のたるみが気になりましゅ」

「いやあーー、ははははー。そればかりは年齢的なお悩みですねーー、ええ。では、お願いしますねー。ははははー」

「かしこまひりまひた」

 汽笛を鳴らして、陰洲鱒町行きフェリーは出港した。

 三〇分後と字幕が表示。

 陰洲鱒町へと到着。

 フェリーから降りるなりに、山々の描く稜線を眺めていく。

「うーん、素晴らしいですねーー。晴れ晴れとした空に、山々の連なり。ええー、まさに大自然ですねー。ははははー」

 映していたのを気づいたのか、カメラを見る。

「いやいやー、失礼しましたー。ははははー。私は今、陰洲鱒町へと着きました。さあ、今日の食材を求めて訪ねて行きますよー。ははははーー」

 町中を映していく景色は、島の一番大きい山の『尾叩き山』を中心に住宅街がフレームに入っていった。様々な色の屋根瓦と屋上や店舗。そして、まるで鱗に見える岩が形成している『鱗山うろこやま』は先端部が断ち切られた格好で、その上に実に仰々しい石造り建築の巨大施設があって、そこから先の下の崖っぷちへと伸びた木造建築の建物の組み合わせがひじょうに印象的に残った。さらにその奥のほうの山のような巨大な岩らしきものは、表面がまるで脂の乗った旬の魚を捌いた肉の断面に輝く虹色のようで、この世のものとは思えないほどに異質な美しさであった。この岩の名は『螺鈿岩らでんいわ』という。この中腹より少し上に土着の荒神『螺鈿様らでんさま』をまつっている神社があり、その中腹より下の辺りに『螺鈿温泉』といった観光の名所があった。同行していたプロデューサーをはじめとして、これらと本編を撮影していたカメラマンや音声担当や照明担当などの撮影スタッフたちは船酔いに似た感覚を味わったらしいが、藤岡猛にはなんともなかったそうだ。

 流石は、名優である。

 後々《のちのち》に判明したことだが、この螺鈿島らでんしま自体が大変磁場が強かった。そのため、とくに異常のない町中まちなかの建物や道路などが、歪んでいたり狭まっていたりしているように見えてしまう錯覚を味わう場合がある。それはもともと、この島が昔からのパワースポットとして機能していたこともあった。

 やがて、藤岡猛は取材先のとある一軒家に到着。家の外を見ると、そこには、色素の薄い髪の毛を三つ編みにした少女が作業着姿で、なにやら魚身らしき物を指で広げて網を張った木枠へと並べている仕事風景を発見。すると、ひと段落したのか、頭を上げると額についた汗を腕で上品に拭った。そしてまた、その少女と同じ髪の色をした別の少女が家から出てくると、嬉しそうに駆け寄っていく。ボサボサ頭の少女の両肩には、マントを掛けてあって両腕は完全に隠れていた。

「いや、ははははー。これは微笑ましい光景ですなぁー。ははははーー」

 和んでいる藤岡猛の目の前に、その同じ家から出てきた顔中に髭を蓄えた中年男を発見。こちらへと向かってきた。年は、名優より若い。それはまるで、山男。失礼だが、とてもじゃないが漁師には見えない。見かけは、どちらかと言えば猟師である。ゴム手袋とゴムエプロンやゴム長靴よりも毛皮のベストや藁の長靴が似合う男でもあった。しかし、この中年男は山師ではなく漁師であったのだ。そして、その中年男を隣りに並べて藤岡猛は紹介を始めた。

「えー、皆さん。今回、私を食材へと案内してくださる方をご紹介しますー。潮干舷吾郎しおひ げんごろうさんです」

「初めまして。潮干舷吾郎です」

「いやあー、潮干さん。極みの干し烏賊と干し身があるそうですが、ご紹介お願いします。ええー、ははははー」

「ええ、もう、早速どうぞ」

「ありがとうございます。いやあー、潮干さん立派なお髭をお持ちしていますねー。ははははー」

「それは光栄です、ははははーー」

「いやあー、ははははー。潮干さん、あの実に可愛らしい女の子たちは、何者でしょうかー?」

「ええ、私の娘たちです。ミドリと、タヱといいます。いやあ、私に似なくて良かったですよー、ははははーー」

 そして藤岡猛は舷吾郎から案内されて、加工場に着く。

「ほほうー。これがその、陰洲鱒町から生産されている『潮干さんちの一夜干し』ですかー。ははははーー」

 名優が手に取った烏賊の一夜干しは、なかなかの肉厚で指から伝わる感触も弾力性がある。藤岡猛は、このコーナー恒例でもある、食材の香りを嗅ぐことを始めた。名優が太い鼻に一夜干しを近づけると、うっとりとした顔で香りを吸い込んでいく。

「んんーー。磯の香りがそのー、フワーッと通り抜けていきますねー」

「どうぞ、ガブリといっちゃってください」

「いいんですかーー?」

「どうぞどうぞーー」

「では、いただきますよー」

 舷吾郎から快くすすめられて、藤岡猛は大胆なひと口をいただいた。もにゅもにゅと顎を動かして、名優が噛み切っていく烏賊の肉から出てくる旨味を堪能していく。

「んんーー、んんーー」

 名優の笑顔はより一層、親しみを増す。

 藤岡猛、感激。

「んんー、幸せだなぁーー。―――いやあー、この肉厚な烏賊を噛めば噛むほど磯の香りが口の中に広がってですねーー。ははははー。旨いですー。肉厚なんですけれども、柔らかくて烏賊の肉汁が染み渡りますねーー。んんー、旨いーー」

「いやあーー、ありがとうございますー」

 その後、名優は舷吾郎から一夜干しの炙り焼きもいただいて幸せに満ちた笑顔をしていった。

 やがて、藤岡猛がフェリーへ乗っている映像が映り出て、『おとこ!食材独り旅』のコーナーは無事に終わる。




 3


 映像を見終わった皆が、口を開いて話しだす。

「タヱちゃん、ミドリさん、凄い可愛いんん!」

 ニーナが潮干姉妹の若い姿に萌え萌えとなっていた。みなもと響子も同じようであったらしい。

「タヱちゃん、小さかったあーー!」

「もうーー、可愛すぎ!」

 タヱはこのとき、顔から火を噴いていた。

 すっかり忘れていたらしい。

 それと、姉の若さに驚いていた。




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