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摩魚姫、級友と再会する


 1


 闇の中。

 なにやら喧騒が聞こえてきて、その声に意識を持っていった。するとそれは、女と男の言い争いであったようだ。なんとかまぶたが動きそうだったので、僅かな隙間だけでも開けてみた。目に入ってきた光景は、怪我した額と骨折した腕を治療中の女と魚顔の男との口喧嘩。虚ろな感覚で、二人の言い争い内容に耳を傾けていく。

「なんで諦めてたんだ!」

「相手が思っていた以上に手強かったんだ!」

「言い訳しないで! ミドリと摩魚が仲良かっただなんて、私は嫌だ!」

「お前だって摩魚の妹から雇われた連中に痛めつけられたんだろ? ミドリのことはこの際しょうがない」

「しょうがないだって? なんの為にあの忌々しい女を蛇轟様に捧げたわけよ! 虹色の鱗がたまたま生えていたってだけで、ミドリは生贄になれたんだ!」

「その結果、亜沙里は蛇轟の捧げ物から外されたんだったな?―――そうだろ? 良かったじゃないか」

 男がそう言い終わった直後に、頬を叩かれた。男は打ち返さずに、黙ったまま女を見ていた。すると、今度は、女が男の首に腕を巻いて唇を重ね合わせた。頭を傾けてさらに唇を密着させて口内で舌を絡め合わせているようであった。やがて、女が口を離したのちに、男を上目遣いで恍惚と見つめていた。

 なんだか、このまま二人を放って置いたら、どちらかが押し倒して男女の行為を始めてしまいそうであった。




 2


 時間は夜。

 榊雷蔵が長崎大学で三度の戦闘をしたその同日。

 瀬川響子が少林こばやし遊園地で磯野フナと戦闘をした同日。

 そして、収穫したVHSの観賞会を始めた時間と重なる。


 海淵龍海うみふち たつみとのキスを終えた浜辺亜沙里はまべ あさりが、六畳間に横たわる海原摩魚うなばら まなの動きに気づいて歩み寄ってきて、胡座をかいて片膝を上げた。亜沙里の脚の間が視界に入った瞬間に、女は虚ろながらも驚愕をしてしまう。それは、下着を穿いていなかったからだ。動揺を抑えつつ、摩魚は上体を起こして横座りの姿勢になって亜沙里の顔を見てなんとか声を絞り出した。

「あなた……、亜沙里だよね……?」

「ああ、間違いなく私は浜辺亜沙里だ。久しぶりだね、摩魚まな

「ええ、久しぶり……。―――ここ、どこ?」

「ここは龍海たつみの家だよ」

「海淵君の?」

 摩魚が頭を抱えて記憶を整理し始めた。

 ―確か、奇妙な三姉弟に変な魔法をかけられて……。ええと、名前はーー。――「……ボンド……」

「ボンド……?」

 摩魚に確認するように訊き返した。

「あのCIAのボンド三姉弟のこと?」

「……そう。あのときは、女の人から魔法をかけられて。それから意識が……」

 摩魚の声には力が入ってはいないようだったらしく、身体じゅう軽い麻痺を起こしていた。亜沙里は座り込んだまま龍海に首を回して、ひとつ聞いた。

「ねえ、喋っちゃっていい?」

「構わん」との返事を貰って、再び摩魚に向き直ると薄笑いをして話しを続けていく。

「まあ、私たちと同じだからいいよね。―――先ずはさ、アメリカが陰洲鱒町に眠る無尽蔵の金鉱脈に目を付けてね、欲しいと言ってきたんだよ。その上、こんな妖しい宗教を取っ払ってキリスト教に置き換えろだなんて要求してきたものだからさ、安兵衛さんが腹を立ててね。金鉱脈は好きなだけやるが、蛇轟様はお前達の好きにはさせん!だなんて押し切ってくれて、私たちもホッとしているわけよ。―――で、次はね。宗教の存続は認める。しかし、生贄を捧げるなどという人道を無視した儀式は行うなだとさ。アメちゃんって口うるさいよね。それに断固反対を掲げた摩周安兵衛さんが再び現れて、鱗の娘あっての蛇轟様だ。それを止めろと言うのは、我々から蛇轟様を奪うに等しい。そして蛇轟様あっての金という事も忘れるでない。それでも我々に止めろと言うのであれば、君達の都市を蛇轟様に頼んで破壊していただこうか。と、最後は、ちと脅しが入ってたんだけれどね。結局のところ、交渉成立。―――だからこの件にアメリカが関わってんのよ」

 亜沙里の話しを聞き終えたとき、摩魚の中に驚きが生まれた。それは、アメリカが陰洲鱒町と取引をしていたこと。四日くらい前にに有馬哲司教授から聞いていた町の実態が話しと違っていたということは、この浜辺亜沙里は“なにかを”吹き込まれているのだろうと察知した。摩魚の記憶では、亜沙里は本来はネアカの女の子だったはず。このような挑発的な口調と冷めた眼差しではなかった。もっと猫のように愛らしい目をしていた女の子である。それと、摩周安兵衛は本当に町長にしかすぎないので、自治体としては信仰の自由には関与できないはずである。町長がアメリカ合衆国と金鉱脈で交渉なんてしていないし、できない。多分、教団が勝手に取り引きをしたのだろう。

「おや? 驚いているね」

 亜沙里は真剣な顔で摩魚を見つめながら、聞いてきた。

「なんに驚いているんだ?」

「アメリカが、教団、と……取り引きして、いたこと……」

 嗚呼、声に力が入らない。

 これを受けた亜沙里は、鈍色の尖った歯を見せた。

「私はよく知らないけれども、なんか教団の太いお客さんらしいよ。アメリカって」

「太い、お客さん……? なに、それ?」

 睡魔と目を覚まそうとする意識がせめぎあって揺れていた。

 そのような摩魚を気にすることなく、亜沙里は怪我していない方の手を伸ばすと、摩魚の整った輪郭に優しく当てて、そして労るように撫で下ろしていく。切ない眼差しで摩魚を見つめて、語り出した。

「あなたは私の大切な人……。虹色の鱗を持つ女でもあるあなたを、蛇轟様に捧げないわけにもいかない」

 亜沙里の言葉に摩魚は口を強く結んで、目の前の女を睨み付ける。

「ミドリさんは“あなた”たちと同じ町の仲間なのに、知らない仲じゃないはずよ。助けられたはずなのに。どうして消えてしまったの?」

 全てを言い終わらない内の摩魚の顎を指で持ち上げて、微笑んで話していく。

「その力強い表情も綺麗だよ、摩魚……。そそる顔だ。―――ミドリはあなたと違って忌々しい女だったんだよね。“なにかと”しゃくに障る女だったよ。しまいにはなにをトチ狂ったのか、芸能界に出ていったね。自分ひとりで光りを浴びようなんて甘いね。私たちは陰洲鱒。蛇轟様と共にあるのさ。それも、深い深い海の底に……。しかし、あなたはミドリと違って癪に障らないし、忌々しくもない。だから本当は共に永く生きていきたい。でも綺麗なあなたは“鱗の娘”、蛇轟様への捧げ者。変えられないことがあるの」

 なんという女であろうか。

 ミドリを摩魚と較べた上に、忌々しいか癪に障るかの極感情になっていたとは。高校生のころに親しくしていた亜沙里とはあまりにも違い過ぎて、戸惑いを覚えた。



「話しは、終わったか?」

 龍海の言葉に頷いた亜沙里が摩魚のもとから離れていった。

 ふすまの閉じられる音を眠気の中で聞いた。

 薄暗い六畳間の中で横たわる摩魚は、下唇を噛み締めて拳を握っていく。

 ー変えられないことなんか、あるものか! ミドリちゃんだって変えようとしていたはず。ーー

 そうして再び、深い深い意識の海の中へと潜っていった。




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