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野母崎のガソスタにて


 1


 亜沙里から逃げ切ったニーナたち三人は、その先にあるセルフサービス式ガソリンスタンドへと辿り着いていた。自慢のスカイラインの給油口へと差し込んで燃料を充填開始したニーナが、ホットパンツの後ろポケットから煙草を取り出して一本を口に挟むと、女二人にそれを差し出して「一服いかが?」と聞く。

「私は吸いません」

 と、タヱが返したのち。

「ありがとう。けれど、アタシ禁煙中です」

 と、みなも。

 女二人にそれぞれ断られたニーナ。

「あ、そーですかい」

 なんだか御機嫌斜めに返事した。購入したての新車を、しかもモデルチェンジ前ので改造済みのスカイラインを傷だらけにされたものだから、不機嫌になるもの無理はない。スタンドの端で一服を吹かしながら、ニーナは眉間に皺を寄せて、更には鼻の孔から煙りを勢いよく噴出させている。舌打ちして吐き捨てた。

「畜生ーー、あのエロ人魚め……。このお返しは絶っっっっーーーーー対にしてやるんだから」

 エロ人魚。

 浜辺亜沙里のことらしい。

 “あの惨状”を見たあと口から出た言葉である。

 愛車をボロボロにされたことが鶏冠にきていたらしい。

 亜沙里が直接攻撃してきた訳ではないが。

 そうとは分かってはいるのだが。

 ニーナの中では、“それ”と愛車は別問題である。

 みなもはニーナの車を気の毒そうに見ながらひと言。

「亜沙里ちゃんの髪の毛、凄いなぁ。ルーフとフロントガラスが痛々しい……」


 静かに波打つ海岸線。

 潮の香りが流れる。

 長崎市にある野母崎は、釣りのスポットとして緩やかに釣り人達が集まる場所だった。


「あーー、そうそう。燃料代、割り勘ね」

 一服終わらせたニーナは、振り向いて二人にそう言った。携帯灰皿に煙草をこねくり回して消していく。すると、タヱは気まずい顔で。

「すみません。榊さんのところに財布置いてきちゃいました」

「ああ、タヱちゃんはイイの。可愛いから許す。マジで可愛いからねん」

 ニーナはそう言葉を返すと、タヱに歯を見せて笑顔になる。そして、みなもがニーナの鋭い視線にギクッときた。

「え? アタシですか!?」

「持ち合わせありそうなの、あなたしかいないでしょ。タヱちゃんは可愛いから許すけれども、あなたは美人だから奢ってあげるのはナッシング。あなたから奢られるのも、ノーセンキューね」

「ちょっと、ニーナさん」

「なに? 文句ある?ーーーこっちは車貸してんのよ。いいじゃん、そのくらい。第一、アタシの他に美人なんて許せない。美人はアタシひとりで充分」

 いけしゃあしゃあと言ったのちに、ニーナは二本目の煙草にジッポーで火を点けた。ご機嫌斜めにもほどがある。

 依頼人からお金を巻き上げるとは。

 ニーナが煙りを吹かしながら。

「タヱちゃん、陰洲鱒の人達ってさ。あんなキワモノ系が多いの?」

 と深刻な顔して聞いた。

 その問いにタヱは、ちょっと沈黙したあと口を開く。

「さっき亜沙里さんから聞いたように変化は個人差によりますが、全く現れる様子が無い方々もいますよ」

「んー、確かあれって陰洲鱒面いんすますつらと呼ばれてんでしょ?」

「はい」

「でもまあ、顔立ちがどうとかってよりもさー。宗教にありがちな、アレ、生贄を捧げるって習慣が分からないのよねーー」

 くわえ煙草をしながら、しかめっ面になったニーナはポケットからジャーマングレーのスマホを取り出して、なにやら検索をし始めていく。タヱが話しを続ける。

「私と母さんと父さんが知る限りでは、いまだにその蛇轟ダゴンって自体を見たことないんですよ。それなのに虹色の鱗の女の子たちを生贄にしているというのが、理解できません。ーーーだいいち、その金鉱脈から取れる量も昔ほどたくさん取れてません。それでも、教団は年に一回、生贄を捧げています」

「あった、あった。―――そうそう、年一回だね。夏の終わりか。ーーー本当だ。生贄には、“虹色の鱗の娘”って指定しているなぁ。ーーーでもさ、町の住民がその神様をいまだに見たことないってのもおかしいよね」

「はい。ーーーそもそもというか、ダゴンを“本気で信仰している”のは教団の人たちです。私たち町民はそれほど重要視していません。豊漁と豊作を螺鈿様と一緒に祈願していたていどですから。そして私の姉も昨年、ダゴンの生贄にされました。実は亜沙里さんもその候補に上がっていたのですが、摩魚さんの鱗が完全に確定した時点で、彼女は蛇轟の生贄候補から外されたと考えます」

 みなもとニーナは、二度に渡る衝撃を受けた。タヱに姉がいた事と、しかもすでに人身御供になっていた事実に加えて、亜沙里が過去に生贄の候補として挙がっていた事だった。

「お、お気の毒に……」

 二人は、言葉ハモらせて贈る。

 それに対して、タヱは瞳を伏せると礼の会釈をした。



 2


 先のタヱの言葉に、ツインテの魔女がハッとした。

 そして、ルーフ越しにブロンドヘアの娘を見ていく。

「あのさ、タヱちゃんさ。あなたのお姉さんってまさか、長崎出身の芸能人の潮干ミドリさんじゃない?」

「はい、そうです。どうして分かったんです?」

「あなたがミドリさんと似ているからよ」

「ありがとうございます」顔をほころばせる。

「いいえー。ーーーでもなんで、ミドリさん虹色の鱗って分かったんだろう」

「なんか、教団の他にも“協力者”がいて、それらが連絡係になっているようです」

「連絡係、ねえ……」

 これを聞いて、ニーナは呆れ顔で呟いた。

 そして再び、タヱを見る。

「昨日、雷蔵から資料のコピーを送ってもらったんだけどさ。すげー枚数と内容量の中のひとつにあったのよ。今まで生贄にされた虹色の鱗の娘たちの顔写真とプロフィールのリストが」

「はい」

「で、さ。みんな若くて綺麗なのよ。ーーーあたし、腹立ったわ。なんで、こんなに若いたちばかりが犠牲にならなきゃいけないのと。教団の奴らとこれを始めた連中が許せなくなってね」

「はい。私も同じです」

「しかもさ、一番最初の生贄があなたんとこの町長さんの姪っ子じゃないの」

「ええ」

「そのリストの今んとこ一番最後に載ってたんだわ。あなたのお姉さん、潮干ミドリさんが。彼女、当時まだ二二歳なのよ。まだまだ将来のある可愛い可愛い女の子じゃない。なんであなたたちの町の娘たちが、こんな目に遭わなきゃならないのよ、全く」

「ありがとうございます」

 この気持ちの露呈に、タヱは感謝して会釈で礼を返した。



 そして。

「また、ほぐす糸が出てきたぞーー!」

 二服目を終えたニーナが頭を掻きながら呟く。

 携帯灰皿で吸い殻をこねくり回して消した。

 給油を済ませた自慢のスカイラインに乗り込んで、車内の二人に声をかけた。

「あたしの勘だと、タヱちゃんのお姉さんは大学と関係していたかもしれない。―――これから絞り込んで片っ端から聞いていくよ。二人とも大学まで付き合ってちょうだいね」

 と、最後は笑顔でお願いした。



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