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浜辺亜沙里


 1


「いらっしゃい」

 亜沙里が明るく出迎える。

 みなもは緊張をしていた。

「お久しぶりです」

「あら! みなもちゃん」

「はい。海原みなもです」

 昔と変わらぬ亜沙里を見て、笑みがこぼれる。

 懐かしい思いがこみ上げて、みなもに笑みを向けた。

 そして、黒いワンピースの女に目線を移す。

「タヱちゃん。久しぶり」

「ご無沙汰しています」

 タヱは警戒気味に挨拶をした。

 最後は、七三分けツインテールの魔女に気づいて。

「はじめまして。あなたは?」

「はじめまして。私は、尾澤菜・ヤーデ・ニーナです。今回、海原摩魚さんの件について伺いました。よろしくお願いします」

 と、軽い会釈して挨拶したニーナ。

 これに対して、亜沙里が明るい笑顔を見せる。

「見たところ、あなたが一番のお姉さんね。素敵」

 それから、皆に微笑みを向けた。

「玄関で立ち話しもなんだから、いらっしゃい」

「お邪魔します」


 浜辺亜沙里は、冬美から聞いた通りの外見であった。摩魚と並ぶ程の均整のとれた顔立ちは、ほぼ左右対称。卵形の輪郭。高い鼻梁に、猫のような目。その瞳の虹彩は稲穂色をしており、中の瞳孔に至っては縦に長細くてまさに猫目であった。黒く長い髪の毛は、濡れたようにしっとりとしている。そして、長身でありながらも均整のとれたスタイルに長い脚。まるで、そんな素晴らしい体型を出し惜しみなどしない衣装だった。両肩を出して更には大胆にも胸元も見せているサンドイエローのドルマンサマーセーターに、下は太股が半分露出している赤黒いスカート。もちろん素脚だった。

 まずそれで気になったのは、招かれて板張りの廊下を歩いているときに、亜沙里の足下が若干おぼつかなかったこと。要するに、疲労からくるふらつきだと判断できた。みなもたち三人が八畳間に案内されたときに、ふすまと漆喰を塗った壁の角にあったこの部屋には不釣り合いな小さめな青いポリバケツが目に入った。そういえば、家の中に案内されたときから男たちの臭いがしてむせ返るようであった。それに加えて、男の体液の臭い。みなもとタヱとニーナはともに男性経験があるせいか、この家でなにが起こったのか、なにが行われていたのかがある程度の察しはついてはいたが。ついていた、が、しかし、部屋に不釣り合いな青いゴミ箱から見えてしまった物により、みなもとニーナはしかめっ面になって口元を手で押さえて、タヱは後ろを向いて軽い嗚咽を漏らした。それは、使用済みのコンドームが白い男の体液を入れたまま複数捨てられていたからだ。三人ともに、この部屋でなにが起こったのか、亜沙里がなにかされていたのかが嫌というほどに分かった。この女の扱われ方を分かってしまった以上、ニーナたちはなんだか物悲しくなってきた。あと、怒りも。教団はいったい、ひとりの若い女に対してなにをしているんだ、と。

 そして、亜沙里が台所に行ってお茶を用意している間。

 浄水器から水をヤカンに入れて、ガスコンロに点火。

 ニーナはもうひとつ気になった臭いを感じ取っていた。

 臭いとは言っても、物理的なものではなく、妖気や霊気などの超常的なものの臭い。魔女であるニーナには、この部屋で妖術を使った者がいると感じたのだ。それと、亜沙里からも感じ取れる“術”を使われた痕。まさか、さっきの黒いワンボックスカーの連中のひとりが妖術を使って亜沙里から自我を奪ってからの間で、複数の男たちで彼女の身体を意のままにしたのかと思ったそのとき、ニーナは拳を力強く握りしめていった。


 亜沙里は、お湯の沸くまでの間、鼻歌をはじめた。

 来訪した三人娘のゴニョゴニョ話し。

 真ん中のニーナから切り出した。

「ねえちょっと。彼女、聞いてたのと違ってメっチャ可愛いんですけど!」

「そうなんですよ。年下の“あたし”から見ても亜沙里ちゃん困るくらい可愛いんですよ」

 みなもも同意していく。

「ねえ。あの明るくて可愛い感じ、にゃんこみたいでしょ」

 タヱと続いた。

 キッと鋭い目付きで、みなもを見る。

「あの子のお母さん、美人確定で間違いなしね」

「はい。ソバージュの似合う綺麗な人ですよ」

「母親に旦那さんいるの?」

「いいえ、いないです」

「え? シンママ?」目を見開く。

「お父さんは、行方不明とかなんとかって。亜沙里ちゃん言ってました」

「は? 蒸発して消えたの?」不可解な顔になる。

「昔聞いたんですが、海に入っていったそうですよ」

「へ? 入水自殺?」驚き歯を剥いた。

「上がってこないし見つかっていないから、行方不明とされているんですってよ」

「なにそれ……。まさか、海底が故郷って言わないでしょうね?」

 これに、タヱが驚きを見せた。

「ニーナさん。それちょっと、凄い……」

「なにが凄いの」

 予想外の誉められに、動揺していく。


 そして。

「どうぞ、陰洲鱒町の煎茶です。美味しいですよ」

 笑顔の亜沙里は、トレイから茶を配っていく。女から出された煎茶からは、磯の香りが鼻を通り抜けていった。みなもとニーナがひと口を啜って味わう。

「うわ……! 美味しい」

「凄い……、煎茶なの?」

 二人は目を輝かせる。

「はい、タヱさん」

「ありがとう」

 みなもから茶を口元へと運んでもらい、煎茶を味わった。そして、口を拭ってあげる。

 タヱは、大きな瞳を緩やかに細めて。

「これが陰洲鱒町の煎茶だもの。うまいよ」

 そんな反応を示す、タヱに目をやりながら、亜沙里は茶を啜っていた。そして湯呑みをお膳に置くと、薄い唇に付着した茶を舌で舐めとった後に薄笑いを浮かばせて、女三人に言葉を切り出していく。

「私に話しって、なに?」

 と、鈍色の尖った歯を見せた。

「聞こうじゃないか」

 先ほどまでの、明るく可愛らしい感じから一変した。

 声のトーンが、若干低くなったか。

 彼女の変化を察したニーナは、両端に座る二人にアイコンタクトしたあと、質問をしていく。

「家は、いつもこんなに薄暗いの?」

「ああ、それか。見ての通り私は目の色素が薄くてね。だから当然、太陽光に弱くなる。昼間はサングラスが必需品さ。―――他は?」

「お身体の変化というのは、いつごろから?」

「ずいーぶん、直球だねー。まあ、個人差はあるけれど、私は高校二年の夏休みに入る少し前にね、手のひらと足の指に小さな水掻きが生えてきたのが最初かな。次は首筋と肩に鱗が現れたり、消えたりしていたよ。ーーーあと、この目とこの歯と耳は生まれつきさ」

 そう言った亜沙里の肩に目を向けて見ると、プラチナ色に輝く美しい鱗が生えている。そう、耳にも特徴があって、これはこの場にいるタヱとも共通していた物で、外耳は人の耳の“それ”であるが、内耳はというと魚の鰓“えら”のようなヒダが複数上から下に並んでおり、まるでシャッターみたいであった。

 ここでニーナは、本題を投げてみた。

「あなたが海原摩魚さんを襲った、というのは本当?」

「……え?」

 一瞬垣間見せた、明るい亜沙里。

 しかし、それもただちに引っ込められた。

「なんだ、それ? 冬美先生から聞いたのか?」

「ええ」

「んふふ。―――そうだよ。摩魚を襲ったのは、私。我慢ができなくてねーー。今でも覚えているよ、摩魚の唇の感触と味」

 と言うと、亜沙里は己の唇を指先で撫でていく。その顔は、過去の出来事を思い出したのか、少しばかり恍惚としていたようだった。みなもは、拳を力強く握り締めて、湧き上がってくる黒い感情に耐える。違う!あたしが見ている亜沙里は、亜沙里“じゃない”!

「なんだよ? あなたたち、私のなにを聞きに来たわけ? まさか、甘酸っぱい学生の思い出話しを、わざわざここまで聞きに来たなんて言うんじゃないだろーよ」

 その言葉ののちに、亜沙里は立ち上がって歩き出して、ニーナとタヱの間に座り込む。そして、タヱの頬に唇を近づけた。

「タヱちゃん、随分と女らしくなったよね」

「ヤメてください」

「んふふ、可愛い」

 そう囁いた次は、ニーナをよけて“みなも”の席へと回り込み頭を抱き寄せて熱い息をかけていく。

「嗚呼……、なんて綺麗な蛇轟ダゴンに捧げたい。けれども、あなたは陰洲鱒の血を引いていない。あなたは摩魚とは違う」

 みなもの耳元で囁きながら、ニーナとタヱを睨む。

「そうそう、余計なことはしないほうがこの子のためじゃぞ。お二人さん」

 こう告げたのちに、みなもを畳にゆっくりと押し倒していった。

「わざわざ敵地にノコノコとやって来たんだ。ひとつイイ事を教えてやるよ」

 亜沙里が、タヱとニーナに目を配って話しを続ける。

「みなもちゃん、あなたね、摩魚とは赤の他人なんだよ」

「知ってる」

「し、知ってる……?ーーーでもちょっと話させてくれないかな?ーーー実際、あなたの両親は間違いなくあの魚屋の御夫婦だ。だけどね、摩魚だけは養子だったんだよ。あなたが産まれる前にね、赤ん坊の頃の摩魚を預かったのさ。だから摩魚に陰洲鱒の血が流れてて、あなたには陰洲鱒の血が流れていないの。ーーーんふふ。―――摩魚の曾祖母の孫娘はね、蛇轟秘密教団の創設者教祖である摩周安兵衛の追っ手から逃れて長崎まで来たんだ。そして長崎の男と結婚してさ、子を産んだ事までは良かったんだけれどその後、潜伏していた場所を嗅ぎ付けられちゃってねー。夫婦で逃げたんだ。で、もうこれ以上逃げ切れないと悟った結果、その日たまたま店を営業中だった海原鮮魚店の若夫婦にね、切羽詰まった顔で「この子をお願いします」と頼み込んだらしくてさ。まあ、あなたの御両親が人柄の良かったせいかその赤ん坊を責任持って育て上げたんだよ。海原摩魚としてね。―――まあ、ひとつ付け加えておくとあなたの言う曾祖母は、“一応”母方の祖母ってことになってんだけれどさ。どうよ?」

「ああ……あぁ……」ー違う! 亜沙里ちゃんは、こんな黒い空気じゃない人だ!ーー

「どうした? 全部初めて聞いた事ばっかりでしょ?―――ふふ……。私もね、それを初めて知った高二のときはショックだったなぁーー」

「うう……」

 人離れした威圧に身動きができなかった。

「なに? 泣きたいの? 泣きたいのね? 分かる! 分かるわぁーー。大好きなお姉ちゃんが実は赤の他人だった上に、その実は異形の町の住人たちの血を引いていただなんて! なぁーーんてねん。―――ざけんな! 甘ちゃんがよーっ! こちとら嬉しいんだ。蛇轟様に近付けるのは私たちだけではなく、私の好きな摩魚も蛇轟様と共に生きてゆけるんだと思ったときは、興奮が湧き上がって湧き上がって抑えが利かなくなっちゃってさー。だから、あの日、摩魚を抱こうと実行したんだよ。しかし邪魔が入っちまった! あの糞売女くそばいた教師の冬美が蹴飛ばしやがったんだよ! 人であろうと“穢れ”じゃ! 許さぬ!」

 これは、人格とは違うものを感じていた。

「ふふふ。もう邪魔はさせないよ。おや? 力が入ってないのね? じゃ、いただきまぁーーっす」



 2


 みなもの外耳から丁寧に渦を描くように内耳へと、亜沙里は舌を這わせていく。異形な威圧に押されて、みなもは身体を動かすことさえできなかった。そして、亜沙里は舌を真っ直ぐにすると、みなもの耳の孔へと挿していく。みなもが身体をビクッと痙攣させて、呻き声を漏らす。その反応を確かめた亜沙里は、目を細めて邪悪な笑みを浮かべたそのとき、眼が人の“それ”とは反転して黒眼と銀色の瞳に変化した。そして、口を更に開いて鋭く尖った歯を剥き出して、顎を小刻みに振動させていった。

 ズグッ

 タヱの爪先が亜沙里の腹に入り込む。目を剥いて口が尖り身体を折った。内臓が歪んで、胃液の逆流を催してくるが、そんな余裕も与えて貰えずに胸元に踵を食らって身体が吹き飛び、お膳の上に背中から落下。呻きながら上体を起こしたときに目の前に足の甲がきていたので、とっさに両腕を上げて顔面を庇ったが、駄目押しの蹴りを食らって身体が飛んで畳へと落下した。亜沙里は嗚咽しながらやっとのとことで起き上がれたときに、視界に入ってきたのは手のひらを翳していたニーナの姿。

「嘘でしょ……?」

 その言葉を出した瞬間、ニーナから発せられた円形魔法陣は、亜沙里の身体に直撃して台所へと吹き飛ばした。流し台に背中を強打して腰を床に落として、ベタ座りの姿勢で上体を折ってうつ伏せになった。ステンレス製の流し台が、亜沙里のぶつかった形にへこんでいた。

 これは相当なダメージを受けたはず。

 が、しかし。

「がはぁっっ!」

 亜沙里が眉間と鼻筋に皺を力強く寄せて、苦しそうに血塊けっかいを吐き出して息を吹き返して、ゆっくりと正面を向いていく。両手を床に突いて、両膝も突いて、四つん這いの姿勢をとった。苦痛を漏らしたあとに前傾に構えた。タヱも片膝を畳に突いて構える。そして、お膳を挟むかたちで陰洲鱒の女二人による、尖った歯を剥き出しての威嚇合戦がはじまっていった。

「かっ!」

「かっ!」

「かっ!」

「かっ!」

「しゃっ!」

「しゃっ!」

「かっ!」

「かっ!」

 そして、再び二人は睨み合いに突入。数秒間の睨み合いによる威嚇ののちに、歯を剥き出したまま亜沙里はニヤリとして、頭の後ろから黒くて細い物体が一本捲れ上がってきたと思ったら、三つに割けて伸びていってタヱたち三人を狙ってきた。

 亜沙里の反転した眼をハッキリと確認したニーナ。

「妖気よ! 気をつけて!」

 両端の二人を引かせて、両手のひらを構えた。

 とっさの六芒星の魔方陣で壁を作った。

 鞭を打ったような乾いた音を家中に響かせて畳とお膳を切断したのみで、三つの的を外したが諦めずに今度は殺意を込めて四つに割けて振るっていったとき、それぞれ三人の肉を斬ることができた。出血はしていたが、傷は浅かった。三人を技で仕留め損ねた亜沙里は、台所から飛びかかってきてタヱに組み付くとそのまま壁にぶつかって、腹に膝を三発打ち込む。タヱは呼吸を合わせて、腹に食らう膝蹴りのダメージを最小限に抑えた。そして、壁を力強く蹴飛ばして亜沙里に肩を当てて脱出。畳に倒れ込んだ女二人は素早く身を翻して立ち上がり、腰を落として半身に構えた。亜沙里が息を短く吐き間合いを詰めて、身体をひねって脚を蹴り上げてきたところをタヱは頭を下げて後退すると、片脚を軸に回転して踵を蹴りやった。顎を引いて踵を避けた亜沙里が、今度は脚を横一線に振ってあばらを狙っていくも、タヱから膝を上げられて防御される。そして脚が下がった隙を見たタヱは畳を思い切り蹴って垂直に飛び上がり、至近距離からの足刀を繰り出した。だが、亜沙里は上体を前に倒しながら足刀をかわして更に左足で踏み込んで跳ね上がると、側転宙返りして着地した先には、タヱが身を回転させて円弧を描いて踵を振ってきた。その踵から上体を下げて避けた亜沙里は踏み込んでタックルをして、畳に叩きつける。背中を全面強打して痛さに喘いだが、両脚を振って力強く跳ね起きて着地した。その反射神経と耐久性に、亜沙里は驚いた。タヱの打ってきた鞭のような蹴りが、横っ面を襲ってきたが反射的に腕を上げて頭を防御してすぐに、隙を与えんとばかりに拳を放つも、虚しく空を殴りつけたのみでそこにはもう、タヱたち三人の姿はなかった。



 3


 亜沙里が玄関から出てきたときには、すでにニーナたち三人は白いスカイラインに乗りこんでキーを回してエンジンに点火していた。アクセルを踏むことを繰り返して、エンジン全開に噴かして発車。亜沙里が門の所まで来ていたとき、半クラッチにしてギヤを三速から四速へと素早く変えて、アクセル全開にさせて踏んだ。加速されたスカイラインは、白い風となり、長崎の海岸線道路をを駆け抜けていく。みなもが助手席側からバックミラーを覗いてみると、そこに映っていたのは走ってくる亜沙里の姿。

「ま、マジで!」

 みなも、目を剥いて驚愕。

 後部座席のタヱも。

「げげっ……っ!」

 そんな亜沙里は、全力疾走してくる。そして、国道で亜沙里がホップ、ステップ、ジャンプと三段跳びをした。両腕を左右に広げて、スカイラインに飛び付かんとするも、タッチの差で空振りをして片膝で着地。すぐにまた走り出した。走る、走る、走る、走る。そうして車との距離が近付いてきたとき。再び三段跳びをした。

 ホップ

 ステップ

 ジャンプ

 ルーフの上までに追い付いてリヤウィンドウとトランクの上に落下して、へばり付いた。それを見たニーナが、顔面蒼白で叫んだ。

「ぎょえええーー! なんなの! この人! 普通追い付くかよ!」

 亜沙里はリヤウィンドウにしがみつきながら再び頭の後ろから例の武器を捲り上がらせていき、白いルーフに斬り傷を付けていく。黒眼と銀色の瞳で睨み付けながら、その攻撃を三度ほど繰り返していき、車体を刻んでいく。

「畜生ー! まだこれ買ったばかりなんだぞーーー!」

 ニーナが半ベソ気味になって雄叫びを上げた。

 みなもから言葉が飛んできた。

「ニーナさん、魔法でなんとかしてくださいよ!」

「魔法で? なんとか?」

「はい」

「よし、運転代わってね!」

「どうぞ!」

 みなもにハンドルを預けて、シートベルトを外したニーナは後部座席へと乗り込んで見上げたそこには、リヤウィンドウを叩き割らんとして執拗に拳を打ち込んでいた亜沙里の姿が目に入った。鋭い目付きで睨みつけて、歯を剥き出して声をあげた。

「亜沙里さん、“あなた自身”は悪くない。ーーーでも、あたしの車に傷つけたね! 痛い思いさせてやる!」

 二本指を突き出して、空間に正三角形を互い違いに重ねて描いて、リヤウィンドウに手のひらをかざした瞬間に、青白く光る六茫星ろくぼうせいの円形の魔法陣を打ち出した。スカイラインの後部にへばりついていた亜沙里の身体を円形に輝く青白い光りが貫いたそのとき、一気に車体から引き剥がして、吹き飛ばした。宙で身体を旋回させたあと車道に落下して、アスファルト道路へと叩きつけられた。余力で路上を転がって、うつ伏せになった。

 遠くなっていく亜沙里の姿を、後部座席で見つめていたニーナが呟く。

「まさか、死んだ……?」



 アスファルト道路で頭から血を流して倒れ込んでいた亜沙里は息を吹き返すと、這いずっていき、海岸線沿いのテトラポットに手をかけて立ち上がった。大きく息を切らして、頭部の他にも出血をしていた。開いた目は、まだ黒眼に銀色の瞳であった。怪我した片足を引きずりながら家路に向かって行く中で、亜沙里は呟きを漏らしていく。

「くそーっ……、あの魔法使い……。いつか絶っっっっーーーー対にお返ししてやるからな。ぁ痛たた……」




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