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摩周ヒメ

 ここで初登場する摩周ヒメは、脳内で沢城みゆきさんの声を当てて書いています。


 1


「ホタル。帰ろっか」

 本日、一番の美女登場。

 笑顔で車椅子の妹を見て、姉の摩周ヒメは声をかけた。


 摩周ヒメ。

 螺鈿島の陰洲鱒町町長の摩周安兵衛と摩周ホオズキの長女。

 百八〇センチもある身長に、鍛え上げて適度に付いた筋肉による胸と腰回りの膨らみと腰の締まりを有している、実にメリハリのきいた身体の持ち主。これは、母親のホオズキから受け継いでおり、妹のホタルもその成長途中であるがゆえに、保証済みであった。膝下約十センチの、脹脛から腰骨まで切れ上がったスリットが左右に入った襟付きの白いワンピースの中央と左右の縦に三列平行に走る、細いレースの飾りがあった。襟の真ん中から白いスカーフネクタイを下げている。黒褐色のストッキングに五センチのヒールの黒い足首ブーツ。そして摩周ヒメは、美貌の持ち主でもあった。眉毛がないのは、母親から末娘のマルまで共通していたから、これは遺伝である。小さめな顔には、ほぼ左右に整った造形の中心を走る高い鼻梁。切れ長でも大きめな眼の中に、稲穂色の瞳と縦長の瞳孔。張りと艶のある唇には、ローズレッドのリップを引いてあった。そして、話すごとにチラチラと見える、鈍色の尖った歯。それから、なによりも特徴的だったのが、足首まである黒髪は、猫ッ毛というかシャギーの入った感じで、それを七三分けにしてハーフアップにした上にポニーテールからの大きな太い一本の三つ編みにしていた。

 端をレースで飾った白い日傘を畳んで、妹以外の面々を見ていく。

 他者から見ても、摩周ヒメはずいぶんと感じの良い美人であった。

 ひとりの好青年と、それを取り囲む美人たちに驚いていく。

「あれ? 里美ちゃんに聡子ちゃん。恵美ちゃんまで。みんな仲良くどうしたの? サークルは?」

 ホタルを含めた女四人無言の笑みで、中央の好青年を指さす。

「あら? あらららら? 君は雷蔵くん?」

 稲穂色の瞳を緩やかに弓なりにして、笑みを浮かべた。

 心なしか、声のトーンも上がっていたようだ。

「女の子に囲まれて、なにしてんの?」

海原摩魚うなばら まなさんについて、聞いて回っていたんです」

「はいはい。摩魚ちゃんね。ーーー彼女、本っっっ当にお姫様みたいで綺麗よね」

 雷蔵からの答えに、ヒメは瞳をキラキラとさせて返していく。

 楽しそうに話す美しい姉に、口を結んだホタルが腕を伸ばした。

「ん」

「あ、え。日傘持ってくれるの?」

 ヒメから手渡された白い日傘を受け取り、妹は小さめな鈍色の尖った歯を見せてニッコリと笑う。健気で愛らしいホタルに、ヒメも微笑んだ。

「あらー。ありがとうね」

 そんなホタルを見ていた女三人。

「きゃわ」

「きゃわん」

「きゃわいい」

 里美、聡子、そして恵美の順。

「うふふ」

 と、我が妹に目じりを下げたのちに、再び雷蔵に顔を向ける。

「ーーーで。その摩魚ちゃんがどうしたの? ひょっとして、依頼受けた?」

「その彼女の妹さんから依頼を受けて、姉が魔法使いと教団から誘拐されたから取り戻してほしいと。だから俺たちは今、摩魚さんを奪還するために彼女の人物像を知るために聞いて回っているんです」

「は? まままま摩魚ちゃんが、誘拐された?」

 目を見開き、驚愕する。

「なんで? どうして? どうしてよ?」

「俺と響子は直接は見ていないんですけど、摩魚さん、虹色の鱗の持ち主だったらしいですよ。そういった理由で、教団が彼女を次期生贄として誘拐したそうです」

「ああ……、もう……。なんで、こうなるの……」

 両手で顔を覆って、しゃがみこんだ。

 そして、しばらく沈黙したのちに。

「死ぬ」

 と、絶望を呟いた。

 ホタルも同じ言葉を呟いたので、本当に姉妹そっくりである。

 これを黙って見ていた雷蔵が、ホタルを見てのひと言。

「面白いほどに、君と同じ反応だな」

「面白いわけがないでしょ!」

 鈍色に尖った歯を剥いて、強く突っ込んだ。

 これに後ろ頭を掻いていく雷蔵。

 車椅子から降りたホタルと恵美から支えられながら、ゆっくりと立ち上がり、二人に礼を述べて三度みたび目の前の青年護衛人を見る。力の抜けた笑みで、声をかけていく。

「うふふふふ……。ここの大学だけで、女の子が三人も生贄になるなんて。一昨年の真海ちゃん、去年のミドリちゃん。確かに二人は陰洲鱒町の出身だけど、摩魚ちゃんは育ちは違うのよ」

「前の二人はそうなりましたが、今年は“そうはさせない”。俺たち護衛人が終わらせてやりますよ」

「そ、そうだったわね。君と響子ちゃんはその仕事だったよね」

「はい」

「期待しているからね」

 そう、決意の目で雷蔵を見つめて、両肩に乗せた両手でグッと掴んだ。

 三回か四回ほど、青年の肩を指先で“もみもみ”していく。

 なにかを感じて、ヒメは黙りこんだ。

 確認するために、あと一回揉んでみた。

「ん? んん?」

 指先が跳ね返される肉の弾力に、動揺していく。

「んんんん?」

 顔を少し近づけて。

「ちょっと、失礼するわね」

「ええ、どうぞ」

 不快な気分ではなかったから、了承した。

 ヒメは両手で、雷蔵の筋肉を確かめはじめた。

 両肩から始まり、上腕二頭筋、下腕。

 両手を水平に上げてもらい、胸の横、あばら、脇腹。

 しゃがみこんで。腰、太腿。と、堪能していった。

 股間の位置で、驚いた顔を浮かべて。

「……凄い……!」

 と、溜め息まじりに感嘆した。

 そして両膝を伸ばして、雷蔵の黒い瞳を見ていく。

「君さ、想像以上にバッキバキに鍛えてない?」

 下ろした手を腰にやっていた雷蔵が、ヒメの感想に、片腕を力こぶのポーズにして歯を見せて口角を上げた。

「ありがとうございます。ーーー日ごろから鍛えていますから。この肉体、親と相棒に感謝です」

 この二人の様子を、ホタルまでの女四人が含み笑いで見ていた。

 そんな姉のキラキラとした表情に、ホタルはアレ?とかんづいた。

 ギャラリーに見られているのも構わずに、ヒメは瞳を輝かせる。

「ねえねえ。私のも触ってみてよ」

「……え?」

 これにはさすがに動揺した雷蔵。

 だいいち、響子以外の女には誘われても拒否してきたが。

 このヒメに対してはなんだか違っていた。

 感覚としては、相棒の響子とひじょうに酷似している。

 初対面のリモートで面会したときからであろう。

 まあ、よく分からないや。

「私が君に触ったように同じにしていいからさ」

「ど、どうしようかな」

 押されて悪い気はしない。


「あらー。ヒメさんが珍しいわね」

 静観というか、楽しんで見ていた里美が切り出してきた。

「そうだよね。だいたい、ヒメさんに馴れ馴れしいうちの男子たちに、触んな!って強く拒絶して払いのけるもんね」

 聡子も以前、目撃していたようだ。

「それ、片タマにされないだけマシじゃんね」

 含み笑いで乗ってきた恵美。

 この言葉に、吹き出しそうにしていたホタル。


 ヒメと雷蔵に戻して。

「お願い。触ってみてよ」

 ニッコニコなヒメに、決意した雷蔵は応えようとした。

「では、失礼します」

「どうぞどうぞー」

 彼女の両肩に両手を乗せて、指先で揉んでいく。

 外観からは決して分からない、異質な肉の弾力を感じとった。

「ん? なんだ、これは……?」

 動揺していく。

 両肩から下がっていき、上腕二頭筋、下腕。

 両腕を水平に上げてもらい、胸の横、あばら、脇腹。

「あんっ……」

 胸の横に手を当てられたときのヒメの反応。

「変な声出さないでください」

 焦る雷蔵。

 作業再開して。しゃがみこんで。腰、太腿。

「んん……」

 腰の筋肉を両手で揉まれたときのヒメ。

 再び焦りを見せた雷蔵だったが、股間の位置で驚きに変わる。

「変な声出さないでくださいってば」

「ごめん……。でも……」

「しかし……。これは、凄い……!」

 両膝を伸ばして、雷蔵は濃い稲穂色の瞳を見つめていく。

「陰洲鱒の町の人たちは一般人の数倍の筋力と瞬発力、そして耐久力を持っていると聞いていたんですけど、あなたは“それだけ”ではないようですね。ーーーなんかこう、さらに上乗せして鍛えているというか。上手く言えないんだけど、とにかく素晴らしい。ーーー例えばもし、フルパワーであなたが戦ったら、いったいどうなるんだ?」

 この感想に、ヒメは両腕をあげて力こぶのポーズをとった。

「おほほほほ。ありがとうありがとう。こう見えても私、ちゃんと鍛えているのよー! 嬉しい!」

 満面の笑みで喜んでいく。



 2


「摩魚ちゃんのことで聞いて回っているんだよね」

「そうです」

 誘拐されたと聞いて一度はショックを受けたが、雷蔵のおかげで回復したヒメが話題を戻してきた。

「初対面だったときから、私にニコニコとしてきて、人懐っこくて可愛い女の子だったのよ。まるで、もうひとりの妹ができたみたいで、嬉しかった」

「え? 妹? 年齢的に?」

「ざけんな」

 雷蔵からの突っ込みに、鈍色に尖った歯を剥いた。

 摩周ヒメ。今年で百二二年目を生きる女。

 人生二周目の二十代を迎える。

「君とは親しいけど、礼儀は必要でしょ」

「必要な場合と必要ではない場合があります」

「フルパワーでタマ潰すぞ」

「はははは」

「大学までなにしにたの?」

「誘拐された摩魚さんについてです」

「そうよね。そうだよね」

 雷蔵が、仕切り直しで切り出していく。

蛇轟ダゴン秘密教団と院里学会が協力関係にあることをご存じですか?」

「知っているよ」

「そうですよね」

「学会連中“ここ”にも散らばっているけれど、町だけでなく島じゅうをハエみたいに飛び回ってウザいったらありゃしない。教団施設にはね、連中、しょっちゅう出入りしてんの。だからズブズブだよ」

 この言葉に、ヒメからホタルへと目線を動かしたのちに再びヒメに戻した雷蔵は、ひとつ確認する。

「なるほどね。ーーーあと。潮干タヱさんと磯辺毅さんが、依頼人と一緒に俺たちの事務所にきたんですけど、彼らは教団の信者だったといったわけではないんですよね?」

「タヱちゃんとつよしくんでしょ」

「はい」

「あの二人はただ、施設内をうろうろしていただけだったみたい」

「それは、探っていたと見てもいいのかな」

「そうね。そう見てもいいんじゃないかしら。ーーーでもねー。毅くんは、よく分からない」

「分からない、とは?」

「本当にただ、彼はうろうろしていただけかもしれないってこと」

「それってまさか、散歩していただけの可能性じゃないか」

「だからそうなんだってば」

「ヤバいな」

「なに言ってんの。ヤバくないでしょ! 君は毅くんのことなんだと思ってんの?」

「蛙」

 黒い瞳でヒメを真っ直ぐと見つめての答えだった。

「間違ってはいないわね」

 稲穂色の瞳で雷蔵を真っ直ぐと見つめて納得する。

 腕を組んで話しを続けた。

「タヱちゃんはね、施設に出入りするときなんかは関係者や学会員や信者たちに愛想よく笑顔で挨拶していたり雑談していたりしていたみたいよ。それで彼女なりに独自に情報と内部の状況を把握していたみたいなの。あとは、生贄になる虹色の鱗の女の子たちに関することを知ろうとしていたみたい」

「したたかですね」

「そうね。タヱちゃん、なかなかのやり手だと思うけど」

「そのタヱさんと磯辺さんの二人が、誘拐される前の摩魚さんの前に現れて同行したと聞いたんですよ。もしかしたら、なんらかの方法で、次期生贄候補が摩魚さんだと事前に知ったんじゃないですかね」

「…………。なによそれ? 私でさえ、摩魚ちゃんが鱗を持っていたことも誘拐されたことも今の今まで知らなかったのに」

 ちょっとムッとして動揺もした。

 腕をゆっくりと解いて下ろしていく。

「私だって知りたいよ。あの二人がどうやって事前に知ったのかって」

「不思議ですね」

「本当に不思議よね」

 お互いに微笑んで見合って納得した雷蔵とヒメ。


「今から帰るところを引き止めて申し訳ないと思っているのですが。まだ少し摩魚さんのことを聞きたいので、お願いします」

「今さらそれ言う? ねえ、今になってそれ言うわけ? 君と話してどれくらい経っていると思ってんの? なんで最初にそれ言わなかったの? お姉さん分からないんだけど」

 雷蔵の仕切り直しに、目と鈍色に尖った歯を剥いて驚愕するヒメ。

 ヒールの高さもあり、目線は青年とほぼ同じ。

 腕を組んで口を強く結んで、稲穂色の瞳を鋭くした。

 雷蔵も黒い瞳の切れ長な目を鋭くする。

 切り出してきたのは、雷蔵のほうから。

「海原摩魚さん、海水浴にはよく行かれていたと虎縞福子さんから聞いてきたんですけど、もしヒメさんとも一緒に行ったことがあったなら教えてください」

「あのさ、雷蔵君さ。本当に君って人はさ」

「海原摩魚さんて泳げる人ですか?」

「泳げないよ」

「泳げないんだ」

「“かなづち”なのに、海水浴は好きだったみたい」

「不思議ですね。もしかして、友達と一緒にいることが楽しいのかもしれない」

「そういえば、諫早まで行ってきたの?」

「はい」

「福子って綺麗だよねー」

 組んだ腕は解いて下ろしていた。

「ええ、まあ」

 この濁した返事にヒメは、おや?と思って聞いた。

「向こうで、なにかあった?」

「摩魚さんについて、いろいろと話しを聞けました。福子さんは、主に陰洲鱒町の女の子たちの保護者代理として海水浴に付き合っていたと言っていましたね。それで、海原摩魚さんにも代理で同行したのは、浜辺亜沙里さんを母親のしろがねさんの代わりに連れて行く流れでだそうです。摩魚さんと亜沙里さんは友達だったみたいですね」

「だったら、私も去年と一昨年ならホタルと一緒にその子を連れて行ったことがあるわね」

「へえー。そこまで海水浴が好きなんだ。泳げないのにな」

「それなら多分、水着姿の女の子たちを目当てだと思うよ」

「なんすか? それ?」

 思わず出た驚愕。

 ヒメはホタルの頭を優しく撫でたあと、会話を再開。

「摩魚ちゃん、ああ見えてけっこうスケベだからね。水着姿の綺麗どころを見つめている目がキラキラとしているんだから」

 これを知った雷蔵は少し沈黙する。

 そして、再び口を開いていく。

「それってじゃあ、水着姿のヒメさんと福子さんも舐めるように見ているってことですよね」

「馬鹿! なに言ってんの! 彼女が、そんなわけ…………あるの…………?」

 顔を真っ赤にして否定はしたが、車椅子からの目線に気づいて妹を見て聞いた。すると、ホタルは自信あり気に首を上下に動かしていく。

「摩魚さん、どちらかと言ったらビキニが好きみたい。姉さんと福子さんビキニでしょ? 幸せいっぱいな顔をして姉さんと福子さんを見ていたよ。ーーーあと、付き合いのあったミドリさんの水着姿も。真海さんのも。私のも。そして、里美さん、聡子さんのも漏れなく」

 秋富士恵美は摩魚とは海水浴には行ったことがなかったため、除外。

 里美と聡子も顔を赤く染めていった。

「確かに摩魚ちゃん、私水着の女の子たちを見るのが好きなんだ!ってニコニコしながら言っていたけれど。あれ、冗談じゃなかったんだ」

「あの子、自他ともに認める“かなづち”なんだけれど、その割りの海水浴好きには“そういった理由”があったのね……」

 しばらくは口を閉ざしていた恵美だったが、聡子のあとに続いて話し出してきた。

「ガチレズじゃん」

 実に嬉しそうというか楽しそうなひと言。

 当然、摩魚のことを指している。

「推しが美女でスケベで百合だなんて、ますます推せちゃうね」

 なんとも言い難いニヤケ面になっていた。

 せっかくの美人がもったいない。

 これを見ていた里美が、ヒメに向き直り。

「それを言うなら、ミドリちゃんも彼女と同じですよ」

「スケベで百合ってこと?」

「美女も入れてください、美女も」

「美女でスケベで百合。で、いいのかしら?」

「はい、オッケーです」

 里美とのやり取りをしていたヒメは、半笑いになっていた。

「ミドリちゃん、スケベだったっけ?」

「ちょっと浮気性な面もあるスケベです」

「でも、スケベは悪いことじゃないよね」

「ですね」

 二人のやり取りを静観していた雷蔵は、お前たちなにを話しているんだよ、な顔を浮かべていた。



 3


 そうして。

 海原摩魚の情報だけではなく、潮干ミドリに関することも聞けた。

 雷蔵からヒメまでの六人が、いろいろと話していた中で。

 駐車場から構内へと入っていった、小柄な黒髪ポニーテールの眼鏡姿の女性を目撃した数名。里美から口を開いていく。

「あ、片倉さんだ」

「パパラッチ気取りの“ご帰宅”じゃん」

 と、ホタルが小さめな鈍色の尖った歯を見せて続いた。

 そんな二人の顔を見た雷蔵は、里美に聞いていく。

「今のアレが、問題の写真部の人か?」

片倉祐美かたくら ゆみって言ってね、長崎に帰ってきたミドリちゃんを一昨年から去年までつけ回していた上に、掴んだネタで脅して独占取材まで持ち込んだのよ」

「誉められない行動だな。誉められない行動だが、メディアを気取るなら、人から外れているのが業界では“普通”なのかな?ーーーまあ、これは俺の想像に過ぎないからな。ーーーあと、その独占取材までできたってのは、もちろん写真部だけではできないよな? それをするなら、その専用の機材がないと無理だろ」

「もちろんそうよね。ーーーねえ、雷蔵君。それを誰が協力したと思う?」

 歯を見せて笑みを浮かべた里美。

 雷蔵は、腕を組んで口を開いていく。

「撮影の協力できるのは、まあ、放送部だろうなあ」

「ご名答。ーーーホタルちゃんがさっき言っていた、放送部の彼氏こと、深沢文雄っていう小柄なヒョロガリ眼鏡の男が率先して彼女の裕美さんに協力したのよ」

「…………。何者なんだ、その二人?」

「十字架のネックレスはしていないみたいだけれど、院里学会に“えらい”協力的なところは確かね」

「へえー。キナ臭いなあ。あの二人、十字架はたんに下げていないだけだと思うね。まあ、それもあとで分かるだろうな」

 口角を上げて、不適な笑みを浮かべた。

 この雷蔵の表情に、里美は驚く。


「あの子か……。あの眼鏡の女の子が、ミドリちゃんを苦しめていたのね……」

 もうその姿のいない出入り口を見つめていたヒメが低い声で呟いた。そして、雷蔵たち五人に向き直る。

「あなたたちも知らないわけじゃないでしょ? ミドリちゃんが家族で買い物をしていた写真が週刊誌で記事にされていたこと。あれ、加工なしで載せたのよ。リエもタヱちゃんも舷吾郎さんも、顔出しされていたんだから。ーーーおまけに、写真の提供に小さく『U.M.』って書いてあったけれど、あれはミスリードよ」

「なるほどな。海原摩魚、とも取れる」

「あと、臼田幹江。彼女のイニシャルも『U.M.』」

「臼田幹江? 誰ですか、その人?」

「東京にいたころのミドリちゃんの恋人。大手芸能事務所の女優で、長い黒髪の綺麗な女の子だったのよ」

「それは、また……。凄いなあ……」

 小さな事務所のミドリと大手事務所の女優が、恋人どうしだったことに感嘆していった雷蔵。ヒメは構わずに続けた。

「まあ、そのミスリードなんだけどさ。写真部のあの子、片倉祐美さんって名前でしょ。ユーエムにしたかったなら、なにも姓名の頭文字だけじゃなくてもできるのよね。祐美、ワイユーエムアイ、真ん中を取ればユーエム。ーーーと言っても、これは私の推測にしか過ぎないんだけどね」

YouTubeユーチューブに投稿されたいた動画のハンドルネームも、同じ『U.M.』でしたよ」

「え? マジ?」

 両手で顔を覆ってしゃがみこむ。

 本日、二度目。

「もーー、やだーー、最っっっ悪!」

「ああ、ヒメさん、落ち込まないで」

 今度は恵美から支えられて立ち上がる。

 もちろん、車椅子から降りたホタルからも。

「もー、姉さん。続きは家で、家でね」

 家でも落ち込めというのか。

 ありがとうと返して、目もとの涙を指で拭う。

「本当に地獄じゃないの。ここ」

 口角を下げて鈍色の尖った歯を剥いて、校舎を睨み付けた。


 ヒメは腕時計を見る。

「あらら。もう、一時間近くも経っちゃった」

 五人に笑みを向けた。

「あなたたちと話していたら、あっという間ね。楽しかったわ。ーーーじゃあ、ホタルを連れて帰るね。ーーー雷蔵くん、君に会えて良かったよ。響子ちゃんにも、よろしくね」

 そのホタルが手を振る。

「雷蔵さん、今日はありがとうね。ーーー里美さん、聡子さん、恵美さん、また明日」

 摩周姉妹に手を振って返していく四人。

 代表して、雷蔵が送り出す。

「今日は本当にありがとうございました。また会いましょう」




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