雷蔵、キャンパスの地獄へ行く
昔投稿した『MAD LOVE IN MIDNIGHT』から秋富士恵美を含めた四人が登場します。この書き物とは平行世界なので、恵美の性格を変えました。ただ、恵美のピュアな部分は変えていないと思います。
『テニス部』
茶色い木製の扉に白文字でこう書かれた部屋に到着した、榊雷蔵御一行。石神里美、摩周ホタル、間嶋聡子、有馬哲司教授らに新たに加わったのは、秋富士恵美だった。陰洲鱒町出身であり芸能人の潮干ミドリが性被害を受けたと言われたテニスサークルの部室には、恵美の彼氏である御藏隆史がいるからだ。これは絶対に話しを聞き出さないといけないと思い、恵美は雷蔵たちに同行した。不安に高鳴る胸の鼓動に圧倒されながらも、心の奥底では彼氏の潔白をどこか信じていた恵美が、意を決してノックしていく。
「秋富士恵美です」
「お? 珍しいな。入れよ」
感じのいい声に迎え入れられて、ノブを回して踏み入れていくと、そこにはテニスのユニフォームを身につけた御藏隆史の姿があった。そして、彼氏の両脇には大柄な筋肉質の男が二人立っている。二人ともに空手着姿で黒帯。名は、木田恒明と佐渡晴之と言う。その部室には、当然、男三人だけではなく、その後ろにテニス着の男たちと空手着の男たちとラグビー姿の男たちと柔道着の男たちの、総勢二〇名以上も確認することができた。こんなに集まっていったいなにをするつもりだったのだろうか?この疑問に、恵美は恐怖も抱きつつ新たに後ろの二人を部屋に引き入れた。後からきた二人のうちひとりを見た隆史と恒明と晴之ら二〇名以上の男たちの顔色は、たちまち警戒心に変わっていった。
それは。
ひとり目、摩周ホタル。
二人目、榊雷蔵。
ホタルは知っている。以前に一度は襲った女だったからだ。
しかし、榊雷蔵の顔は隆史たちには初見の人物だった。
今の今まで見たことがなかった男。意外と大柄な、目測は百八五センチくらいの身長か。細身に見えるけど“ガタイ”が良い。予想以上に鍛え上げた身体を持っている男のようだ。そして、顔つきには邪悪さが感じられない。なんなんだ?この野郎は?
意気がっていた二〇名以上の体育会系の成人男性たちの空気を、入ってきただけで一変させてしまった護衛人、榊雷蔵。しかし、この好青年にはお構い無しなわけで。様々な顔立ちと様々な身体つきと所属するサークルのユニフォームなど、多種多様な二〇数人の男たちへと目配せしてチェックしていった雷蔵。忘れずに、首から下がる十字架のネックレスも確認していった。隆史は誇らしげに下げている。恒明と晴之は“無し”か。あとは、当然のように半数近くが学会員たちだと確認。なるほど、十字架無しは“おこぼれ”をもらっているのか。
口もとに笑みを浮かべて軽く会釈する。
「はじめまして。俺は榊雷蔵です。今日はちょっと、君たちに話しを聞きにきました。海原摩魚さんと潮干ミドリさんのことについて確認したいです」
「なんだ? お前? 恵美とそこの鱗女を引き連れて俺たちと一緒にヤるのに来たんじゃないのかよ」
「そうだなあ。今は、そんな気分じゃない」
隆史の挨拶なしな上に無礼な言葉に引っ掛かりを覚えて、眉間に皺が寄る。だがまあ、“今は”殴り合いにきたわけではない。
「君たちの話しを聞きにきたんだ。後ろの二人は気にしなくていい」
「気にしなくていいって、お前何様なんだよ? “お勤め”を送迎する新しい奴じゃないんだ? 俺たちは“お勤め”の鱗女を待っているんだよ。“お話し”するだけなら用はない。帰ってくれないか」
「“お勤め”する鱗女って、なんだ?」
この質問に隆史は気が乗ったのか、嘲笑を浮かべた。
「なんだお前、知らないのか? 陰洲鱒の鱗女のことだよ。そこの車椅子も鱗持ってんだろ?ーーー陰洲鱒の女はさ、気持ちよくなると鱗が浮き出てくるらしいけど、いまだに俺たちは見たことがないんだよ。トイレの盗撮動画には、ちゃんと鱗が確認できるのにな。ーーーまあ、いい。その“お勤め”ってのはさ、教団から俺たちに奉仕してくれる陰洲鱒の鱗女を待ってきてくれるんだよ。ここにいる在校生の女たちよりレベルが高いしスタイルも良いし、なにより、スケベだしな。一般の女たちより役に立っているぜ」
得意気に語る言葉を黙って聞いていた雷蔵だが、眉間に皺が寄る。
「その“お勤め”の女たちは、お前たちが教団に協力していてはじめて提供してくれるのか?」
「そうだ。ギブアンドテイクさ」
「ギブアンドテイク、ねえ」
「…………。なにが可笑しい?」
隆史の目付きが鋭くなった。
雷蔵にはどこ吹く風である。
「別に。ーーーその“お勤め”をする鱗の娘は、あとどれくらいでここに来るんだ?」
「お? お前、興味があるのか?」
「隆史。あなた、陰洲鱒の女の子たちにソイツらと一緒になって酷いことしてたの?」
堪えきれなくなった恵美は、口を挟んできた。
“お勤め”待ちのリーダーが、今の彼女に目線を合わせる。
「酷いこと? よせよ。相手は鱗の生えたスケベな化物だぜ。俺たちがこの十字架のもとに慈悲深く人として接してやってんだよ。ーーー恵美、お前。未開の町の連中を人扱いしてんのか?」
「未開? あなた、なに言ってんの? ホタルちゃんがいる前で、よりによって……」
「お前こそなに言ってんだ? やっぱお前は顔と身体だけイイ女だったな」
「隆史…………」
涙声になっていた。
ここで雷蔵からの制止が入る。
「恵美さん。その辺りでいいだろう」
この態度が隆史にとって癪にさわったようで。
「なあ、お前、本当に何様だよ? 身分くらい言ってみ?」
「“身分”……?」
隆史の言葉に、半笑いになった。
吹き出しそうになったところを、とっさに手で口を塞ぐ。
回れ右して、恵美とホタルに目配せしていった。
女二人も、口を強く結んで震えていたようだ。
どうやら、恵美もホタルも笑いを必死に堪えていたらしい。
気力を振り絞って抑え込み、再び隆史たちに向き直った。
「いや、失礼した」
軽く詫びを入れた雷蔵に、隆史は眉を寄せた。
「なんだよ、お前?」
「榊雷蔵。探偵やってるんだよ」
「探偵? 探偵がなにしに来たんだよ。女二人も連れてきてヤらせないなら用はないし、聞きたい話しもするまでもない。帰れ」
「あのなあ。お前さっきからその突っぱねた態度ばかりして、俺の用件にひとつも応えようともしねえじゃねえか。お前も、後ろで突っ立っているそこのお前たちも、もう二三か四の男だろ? いつまでも“坊や”してんじゃねえよ。話しを聞きにきたって下手に出てんだろ? さっさと済ませて、お前たちの望む“お勤め”が着くまで間に合わせろよ、お坊っちゃん」
「この……! オッサンが……!」
最後の“お坊っちゃん”に青筋を浮かべて、後ろの柔道着を呼び寄せた。
「おい! 月輪! この探偵に分からせてやれ!」
「はいよ。ーーー鱗女とヤる前のウォーミングアップか」
こう呟いて前に出てきた男は、月輪大造。二四歳、柔道部部員。雷蔵よりも縦横に大きい男だった。身長は百九五センチ、体重は百キロ超えの重量級。
「悪いな、探偵のオッサン。お前ウザいから投げさせてもらうぞ。そして、後ろの二人で鱗女がくるまで俺たちの時間潰しをさせてもらうぜ」
「お前らなあ。俺は話しを聞きにきたんだ。誰が好き好んで喧嘩しにくるよ?」
困った顔で言ったとき、大造から襟首を掴まれた。
そして、踏み込んでそのままぶん投げようとした、が。
「お?」
動かない。
というか、動かすことができない。
踏ん張り、腕を上げていく。
「この……!」
駄目だった。
やり直しのために雷蔵に再び向き合うと、腕に指をさされていた。
肝心のその雷蔵の顔は、恵美とホタルに向けていて。
「二人とも、見たか?」
「見た」
仲良く声をそろえて答えたのを確認して、笑みを見せた。
「こうなっちゃあ、仕方ないな」
ひとつ呟いて再び隆史たちに顔を向ける。
「先に手ぇ出したの、お前らだからな。キンタマ引き締めろ」
「は……?」
次の瞬間、大造の腕に肘を振り下ろされて、関節が反対方向に曲げられた。同時に、黒い革靴の先端部が股間に突き刺さっていく。たまらず激痛に声を上げようとして口を大きく開けたとき、大造の肩と股間に腕を回されたと思った次は、床から軽々と持ち上げられて頭と尻をひっくり返された。そして、ラグビー部員全員と柔道部部員を目がけて投げつけ、一気に五人の男たちを気絶させてしまった。
榊家格闘術、根抜き。
“本当は”頭を地に叩きつけて石榴のように潰す技。
投げた姿勢をただして、残りの男たちを見る。
「だからキンタマ引き締めろって言ったろ?」
「この野郎!」
掴みかかってきた柔道部部員と拳を振るってきた空手道部部員の間に大胆に入ってきた雷蔵は、すり抜ける手前で帯の横を掴んで、一気に身を引く。すると、体格の良い男二人は投げ飛ばされてしまい、柔道部部員と空手道部部員にぶち当たって気を失った。柔道部部員は全滅して、空手道部部員は恒明と晴之を含めて五人ほどに減った。蹴りを放ってきた刈り上げ頭の空手道部部員の脚をかわして、力強く足を払って床に頭を叩きつけた。背後から上段の蹴りをしてきた眼鏡の空手部員から頭を下げて身を引いたら、その眼鏡の部員は回転して中段の蹴りに変えてきた。雷蔵は膝を上げて中段蹴りを防御してすぐに、グーンと脚を伸ばして、爪先を眼鏡の空手部員の下腹部に刺して白目を剥かせて身体を折って気絶させた。次は、雄叫びを上げて踏み込んできた無造作ヘアの空手部員の頭を狙って、鞭のように脚を振り上げて叩きつけた。
「次」
と、言ったときはすでに、テニス部の隆史を除いた部員たちの前まできていた雷蔵。ラケットで頭をカチ割ろうとして振り上げたところで、踵で横から膝を折られて横顔に手のひらを当てられたと思ったときは、床に頭を打ちつけていた。横から振られてきた角刈り部員のラケットを抜けて腕を脇に挟んで捕まえて、隣にいた茶髪の部員の足を踵で踏みつけて潰して膝で下腹部を刺して、泡を吹かせてしゃがみこませた。腕を捕まえていた角刈りの部員を振り回して晴之にぶつけたのちに、あっという間に恒明の間合いに入っていた。青筋を立てて拳が振るわれてくるも、雷蔵はわずかな動きで避けていったところの背後から、ロン毛のテニス部員がラケットの振り上げられてきた。これを後ろに跳ねて背中をロン毛の部員に当ててそのまま転倒したあとに、後転して立ち上がり、飛びかかって拳を打ってきた恒明から身を避けて自爆させた。晴之と角刈りの部員が起き上がっていくのを確認して、二人に下腹部に踵を刺して身体を折って顔を下げたところを後ろ廻し蹴りで横から二人いっぺんに吹き飛ばした。
そして、残るは。
「残るは、お前だけだな。大将」
隆史を見て口角を上げた。
汗ばんではいるが、息は上がっていなかった。
二〇数人と闘っても、まだまだ余裕はありそうだ。
ラケットを持つ手まで震えていく。
怒りと恐怖に隆史は負けていた。
「この!」
恐怖を振り払って怒り任せにラケットを振るっていく。
雷蔵に足を引っかけられて床に腹を強打。
痛さに悶えて身体を丸めていった。
胸ぐらを掴まれて強制的に雷蔵と見合う体勢にされた。
「おい、大将。潮干ミドリさんになにをしたか話してくれよ」
「誰が……、お前なんかに……」
「ああ、そうかい」
呆れた言葉を吐いた直後に、隆史の顔の傍で床が弾けて破片は頬に当たった。雷蔵はなにをしたかというと、親指で押えていた中指をバネのように弾いて青白い玉を飛ばして床に小さな穴を空けたのだ。そして、再び“デコピン”の構えにした。
「今度はその“オデコ”に穴を空けてやるぞ」
「分かった! 分かった! 分かった! 話してやる!」
「よーし、正直に話してくれるか」
「ミドリをそこに寝ている奴らとヤったのは本当だ。ただ、挿れる寸前で摩魚の野郎に邪魔されたんだよ。あと少しでミドリの処女を破れたってのに、あの姫様、ナイト気取りしやがって。ーーーアイツの尖った歯が嫌だったから手でさせて、俺のザーメンを顔にかけてやったのも本当だ。それとな、突っ込んでいない以上は未遂だよ未遂。もとから汚い女どもだ。院里の十字架のもとに俺たちは人として扱ってやろうとしていただけだ!」
「レイプしといて、なにが未遂だ。なにが“人”として扱ってやっただ。未遂もクソもあるか」
「芸能人気取っている金髪淫売の鱗女じゃねえか! 化物に人としてなにかを教えてやっただけだろうが!」
こう言った直後、隆史の頭が床に叩きつけられていた。
完全に意識が飛んでしまったようだ。
片膝を突いたまま、雷蔵は女二人に顔を向けてニヤケる。
「悪い。手が“滑った”」
そして、膝を伸ばして立ち上がり、恵美とホタルのもとに歩いてきた。先ほどのニヤケ顔とは違って、二人に向けたのは微笑みだった。しかも、やりきった感が満々の笑顔。そして、入り口に立つ女二人の前で立ち止まる。
「おかげで情報を引き出せた。ありがとう」
この青年からの礼の言葉を聞いたとたんに、恵美とホタルは堪らなくなったのか、飛びついて抱きしめた。
「ありがとう! ありがとう!」
「わーん! ありがとう!」
これにはさすがに驚きを見せた雷蔵だったが、すぐに微笑みに変わって二人の頭を優しく撫でていく。この護衛人の好青年にとって、相棒の瀬川響子以外の女は姪っ子か従姉または妹の感覚だったので、恵美とホタルにも例外なく“そのように”接していった。