キャンパスにて その2
1
『古武術』
と、書かれたところに到着した五人。
そこはもう、部屋というよりは館だった。
ただし、体育館より少し小さい建物。
ノックして「こんにちは。石神でーす」と言ったら、戸の向こうから「はーい、どーぞー」と鈴の鳴るような若い女性の声が返ってきた。なので、両開きの戸を引いて入っていった。
「お邪魔しま…………」
里美は笑顔で挨拶をしかけていたところ、思わず息を飲んだ。
風を斬る音を鳴らして、長くて黒い線が伸びて銀色の閃光を走らせていた。踏み込みと同時に突いたとき、片方の腕を伸ばしたその先に光った銀色刃物までの距離は、目測だけでも三メートル以上ある印象だった。板張りの床のはずだが、大きな音すら立てていないとは。突いた腕を引いたのと一緒にもう一歩踏み込んで、端と半ばの両手持ちにしたと思ったら、さらに一歩入って下から上へと斬りあげた。そして下ろした物を脇に挟んで身体の向きを変えたと同時に、銀色の光を横に走らせて止めたあと、軸足から踏み出しに変えて両手で真ん中を持って黒い長い“それ”をくるくると回してさらに一歩踏み込んで、脇に持って薙ぎ払い、半ばのあたりを両手に持ちかえて一歩二歩と踏み出すごとに下から上へ上から下にと斬りつけたとき、三歩目の踏み込みで足を止めた。そして、出した足を引いて姿勢を正して片手に持って静かに回したあとに端を床に着けて、玄関に立つ雷蔵たち五人に顔を向けた。
「いらっしゃい」
そう、鈴の鳴るような声で歓迎してくれたのは、まるで西洋人形のように美しい女性だった。黒い道着の袴姿が実に様になっている。そして、手に持って床に立てている物は、薙刀。
櫛田美姫、三十歳。古武術部臨時顧問。
瓜のような輪郭の中には、ほぼ左右対称に整った造形を持っている顔立ちに、切れ長で優しい目もとには赤茶色の瞳、腰まである明るく赤茶けた髪の毛をソバージュにかけていて、襟足でくくっていた。その髪色に見合うかのように、色白で細い身体は意外にも長身で、百六七センチもあった。
微笑んだまま、美姫は五人に手招きをする。
そして裸足で移動して、皆を壁側に寄せた。
「久しぶりね、雷蔵君」
「櫛田さん、お久しぶりです」
軽く会釈したあとに少し間を空けて話しかけた。
「七人。さっきので七人斬り殺しましたね」
「あら? よく見ていたのね。嬉しい」
この二人のやり取りを見ていた有馬教授ら四人。
後ろに立つ背の高い痩身気味な無精髭の中年男に注目した。
「おや? 民間伝承以外にもご興味を持たれたんですか?」
赤茶色の瞳の眼を緩く弓なりにさせて、微笑みかける。
有馬教授は白髪交じりの頭を掻いたあとひと言。
「摩魚君が君のいるサークルでも活動していたと聞いてね、“親のような身”として興味を持ったんだ」
「あらあら。微笑ましいわね。ーーーでもね、その摩魚ちゃんなんだけど。今日は一度も姿を見ていないんですよ」
その直後、ホタルから切り出してきた。
「摩魚さん、誘拐されたんだって」
「誘拐されたんですよ」
「拐われちゃった」
「誘拐するとは、不届きな」
「といったことで、妹さんから依頼を受けて取り戻すために経緯を聞いてまわっているんだ」
次々と衝撃の言葉を浴びせられた美姫。
薙刀を静かに床に置いて、ペタンと座り込み顔を両手で覆った。
「最悪……!」
美姫がショックを受けている中で、時間差で新たな人物が雷蔵たちのもとに歩いてきた。シャワーを浴びてきたようで、さっぱりした顔つきになっている。
「おや、珍しいお客さんね」
秋富士恵美。大学四年生。
突出した美しさは海原摩魚に並ぶほどもあり、構内二人目の姫様。
そして、武家の秋富士家のひとり娘。
身長も百七〇センチもあり、色白で線が細い身体の中に鍛え上げた筋肉を持っていた。腰より下まである長い艶やかな黒髪をポニーテールにしていた。黒いティーシャツにジーパンというシンプルだが、スタイルの良さもあって絵になっていた美人。長刀を入れた革製の鞄を肩にかけて美姫の横に並んだ。ショックで座り込んでいる赤茶けたソバージュ美人と来客の五人へと目配せしたのちに、一番手前に立つ雷蔵に声をかけた。
「いったいなにがあったんだよ。まさか、あんた美姫さん泣かせた?」
「まさか。俺が人を泣かせるために“ここ”まできたと思っているのか」
「いいや。ーーーじゃあ、なんでよ?」
少しムスッと口を尖らかせて、聞き返した。
すると、横で座っていた美姫が膝を伸ばして立ち上がり、黒い袴に付いた埃をはたいて姿勢を正して、恵美に顔を向ける。その目もとは、若干泣き腫らしたあとがうかがえた。
「うふふ。私の摩魚ちゃんが誘拐されちゃった。どうしよう」
「うわあー! マジか!」
二人目の“姫様”、絶叫する。
再び、雷蔵に顔を向けて聞いていった。
「なんで? なんで? なんで? ねえ、なんで? お前なにをしたんだよ? 私の推しがなにしたってのよ?」
「誘拐したのは俺じゃないし。やったのはCIAと教団の連中だし」
「はああ? 摩魚ちゃん、天下御免の中央情報局に喧嘩でも売ったってのかよ!」
「なんでだよ」
今までとは全く違う反応に、雷蔵は動揺していた。
「虹色の鱗を持っていたといった理由で、次期生贄として蛇轟秘密教団が雇ったCIAから誘拐されたんだよ。俺と響子は彼女の妹さんから依頼を受けて、探しだして取り戻すために摩魚さんの足どりを探っているんだって」
「え? あの子、そんな綺麗な鱗を持っていたの?」
「だそうだ。俺は見てないから分からないけれど」
「てか、そもそも。摩魚ちゃん、陰洲鱒町の人だったっけ?」
「生まれはそうだな。でも、育ちは魚屋さんだ」
「…………?」
「どうした?」
「あんまり私に難しいこと言わんでよ」
「なんでだよ。お前、俺と“本職”の同期だろ。察しがつくよな」
ちょっと呆れた。
「顔は綺麗なのにな。ーーーまあ、でも、強さがあれば問題なしだ」
「き、綺麗って言われちゃった……」
目線を雷蔵から五人に広げて、頬を赤くした。
そんな恵美を見て、美姫は微笑んだ。
このような三人のやり取りに疑問を持った里美が、隣に立つ好青年の逞しい腕を肘で軽く小突いて言葉を投げていく。
「ねえ、雷蔵さん。あなた、なんでこんな綺麗どころと親しく話しているのよ? そこのホタルちゃんともいい。初対面じゃないのが驚きなんだけど。前からの知り合い?」
「え?ーーーああ。こちらの二人は俺の同業者。護衛人も勤めているんだ。まあ、別に隠すことの仕事じゃないし。ーーーホタルさんとは、今回のとはまた別に前々から依頼を受けていた陰洲鱒町絡みでリモートで面会していたことがあったから、それで」
うんうん、と笑顔で頷いていく美姫と恵美。
これを聞いていたホタルは微笑みを見せて、口を開いた。
「私の姉と一緒に面会したこともあったよね」
「ヒメさんだろ? 君がさらに成長したみたいな姿で姉妹そっくりだったよな」
「言い方、言い方」
大好きな姉のことを褒められていると分かり、笑顔で突っ込む。
「といったことで、摩魚さんがここのサークルではどうだったかと話してもらえないか」
「そうねえ。活動する日は必ず着替えを用意していたわね」
「着替え? 道着じゃないんですか」
美姫の答えに、雷蔵は疑問を持った。
「そうなの。あの子、一定の拘りを持っていたみたいでね。“そういう場面に遭遇した場合”に、相手は道着に着替えるまで待ってくれないでしょうって言っていたのよ、摩魚ちゃん」
「まあ、そうですよね」
「面白い子でしょ?ーーーあとね、私の薙刀が届かないんだよ」
「は? さっき見た突きで三メートル以上あるのに、それが届かない?」
「全部の振りが届かないの。当たらないし掠りもしないの」
「当てようとしていたんですか?」
雷蔵は動揺を含んだ驚きを抑えて声に出した。
その銀色の先端部を潰してあるとは言え、本身である。
この問いかけに、美姫は鼻で軽く溜め息をついて。
「摩魚ちゃんがね、当てても構わないって言ってきたのよ。そのほうが自身の鍛練にもなるからって。笑顔でそう言われちゃった」
「俺、依頼対象には避けてきたけれど、興味わいたな」
「うふふ。異性として“じゃない方”の興味なのね。君らしい」
「そうですね。俺には響子だけなので」
「あらあら。おのろけ、かしら」
目は笑って、歯を剥き出して青筋を立てた。
「微笑ましいよね」
隣に立っていた恵美は、少しばかり身を引く。
その様子を目で追っていた雷蔵。
「そういえば、お前の方はどうだったんだ?」
「あ、え? ま、摩魚ちゃんと?」
「もちろん」
「私も同じように頼まれたから、刃は潰してあるけど、“これ”で振ったり突いたりしてみたよ。だけどやっぱり届かなかったし掠りもしなかった。その上、懐にあっさりと入られちゃった」
「…………。手は抜いていないよな?」
「ないない」
「んーー。もしかすると、本当だったら魔法使いの懐に入れたかもしれないな」
推測していく雷蔵に、美姫が割って入ってきた。
「摩魚ちゃんと互角かそれ以上に闘える相手って、もう、麗華と満月くらいしかいないわよ」
「うわ。ひとりは元締じゃないですか」
「あと、麗子さん!」
美姫が笑顔いっぱいにこの名を出した直後、雷蔵はブフォ!と吹き出した。
2
「他に聞きたいことある?」
恵美から笑顔でそう言われて、雷蔵はちょっと考えたあと話し出す。
「摩魚さんと潮干ミドリさんは二人でワンセットだと聞いてきたんだけど、本当かな?」
すると、目の前の美姫と恵美だけではなく、両側に立っていた里美とホタルと聡子たちも同じように頬を赤くして驚きを示した。そして、里美から話してきた。
「本当もなにも、二人は恋人どうしだったんだよ」
「へえ、そりゃ意外だな」
「ひょっとして、大親友だと思ってた?」
「ああ。そっちだと思ってた」
「あの二人、私たち脇から見ても相性の良さはバッチリだったんだから」
「そりゃ微笑ましいな。ーーーじゃあ、ここに来たことあるのか」
「あるよ。去年の春頃だったかな。摩魚ちゃんのお誘いで、ゴッツイ改造車に乗ってきて。二人とも見映えが段違いに良いから、駐車場がモーターショーになったんだよ」
この話題に聡子も食いついてきた。
「一昨年の冬もミドリちゃんを連れてきたじゃない。あとは、去年の六月と七月にも」
「そうだった、そうだった」
思い出した里美。
「そうそう、その即席モーターショーなんだけどさ。だいたいの“ここ”の女の子たちが摩魚ちゃんとミドリちゃん目当てにカメラ小僧と化していたのよ。私と聡ちゃんも。そしてホタルちゃんも」
「逆に、男の子たちはミドリちゃんの改造車にドン引きしていたんじゃないかな。機械工学部の豊君なんか、青筋立てて怒りながら改造車を舐めるように見ていたよね」
「けしからん、けしからん。って言いながらさ」
「確かアレ、トヨダAAだったっけ? 外装は原型を残した形だったんだけど、素材というかガワが別物にすげ替えられていたのよ。あと、ガラスが特殊カーボン仕様になっていたり、内装なんて鉄パイプのフレームが入っていて、まるでラリーカーみたいだった」
「でも、ボディーカラーは地味だったよね」
「なんて言ってたっけ?」
「確か……、中島系……。暗緑色中島系って言ってた。ーーー他にも、濃緑色てのがあるんだってさ。私から見たら一緒だったけれど、ミドリちゃんは暗緑色が好みらしいよ」
里美と聡子の会話に。
「へえ、意外と渋い色が好みなんだ」
感心をあらわす雷蔵。
「その即席モーターショーのとき、潮干ミドリさんは着替えをしたのか?」
その問いに里美が返す。
「うん。ちょっと着替えてくるねと言って、明るめの抹茶色のワンピース姿になってね。太ももが半分くらい出ているミニスカで可愛かったよ」
「彼女、どこで着替えてきたんだ?」
いつの間にか真顔になって質問していた雷蔵に、美姫が答えた。
古武術部の板張りの床を指さしていきながら。
「ここ。ここの更衣室を使ってもらったのよ」
「そうですか。ーーー悪いですが。ここの部室の更衣室、盗撮されていましたよ」
「ええ?」
「この大学にいる馬鹿野郎が、ミドリさんの着替えを盗撮して動画サイトに上げていたんですよ。石神さんの証言と動画内のミドリさんの衣装と色が一致するんだ」
「…………。ミニスカワンピースの明るめの抹茶色だったってこと?」
「そうです。ミニスカワンピースで明るめの抹茶色だったんです」
「もーー、やだーー!」
再び両手で顔を覆って、うつむいた。
雷蔵は目線を恵美に流して。
「おい。ここに学会員はいるか?」
「ん? 私たち女に危害を加えない限りは籍を置かせているけれども」
そう言って、自身の背後へと首を回して確認していく。
胸元の銀色に輝く十字架のネックレスをしている、在校生の男女が総勢十五名。それ以外の男女の生徒は二〇名ばかり。恵美の視線に、院里学会の学会員生徒たちは息を飲むほどに緊張していった。そのような秋富士家のお嬢様の横顔に、雷蔵から声をかけられる。
「危害を加えられていないならいい。まあ、櫛田さんと恵美さんが強いからだろうな。恐ろしくて手を出せないんだろう」
こう言ったとき、微かに口角を上げた。
次に、美姫に顔を再び向けて。
「櫛田さん。俺の考えからしたら、盗撮を仕掛けたのは後ろの奴らではないですね。やるとしたら、写真と映像をやっている奴らです」
「…………? 本当?」
「本当だと思いますよ。なんなら、今から俺が彼らに確かめてきましょう」
雷蔵がそう言ったときは、すでに美姫と恵美を避けるように動いて、後方で集まっている部員たちへと向かっていた。部室に上がるときは、もちろん革靴を脱いでおり、よく磨かれた床板の上を白いソックスで歩いているのだが、それが、滑る様子が全く見られなかった。この好青年の足元にも注視していった在校生の学会員たち。そうして目の前に立ち止まったとき、雷蔵は適度に力を抜いた感じで拳も弛くしていた。学会員の生徒たちとそれ以外の生徒たちの顔と身体つきを確認するかのように見渡していったのちに、部員全員を視野に入れて質問していく。
「はじめまして。俺は榊雷蔵です。ーーー前置きなしで君たちに聞きたい。潮干ミドリさんが“ここ”で着替えをしている姿を盗撮された映像が動画サイトに投稿されていた。場所は、そこの更衣室だ。ーーーよって、この中に、盗撮機材を設置した人はいるか?」
と、斜め前に『更衣室』と書かれた白い木の扉を指さして目配せしていく。その言葉を聞いたサークルメンバーの内ひとり、少し髪の長い男子生徒が驚いた表情で周りと見合わせたあとに恐る恐る手を挙げてきた。この男子の首からは、当然のように院里学会の十字架のネックレスが下げられていた。この勇気ある行動に、雷蔵は顔を向けて腕を下ろして声をかける。
「どうした?」
「あ、いえ、その……。ここが盗撮されていたなんて、俺たちは初めて知りました。とくに、女の子たちは俺たち男子以上に驚いています」
「そうか。ありがとう。君は何年生だ?」
「三年生です」
「君たちじゃないなら、じゃあ、少し前にこの部室に来た“部外者”はいるか? 学会員でなくともいい。ここ長崎大学内をうろうろしていても怪しまれない、在校生だ。思い当たる人物はいるかな?」
この質問に、細い切れ長な目をした卵顔のワンレングスの女子生徒がゆっくりと手を挙げてきて、雷蔵を見つめた。この女子生徒の首からも、学会の十字架が下がっている。
「私と隣の章子たち、見たんです」
「“部外者”をか」
「はい」
「どんな奴だった?」
「二人とも眼鏡をかけて、長い黒髪をポニーテールにしていた小柄な女の子でした」
「二人?」
「はい。二人です。ひとりは写真部の裕美さんでしたが、あとひとりはなんだか女の子にしては線の細さが違っていて、なんて言うのかな? 線が固いというか。男っぽいんです。男っぽい女の子とは全く別の男っぽいんです」
「なるほど。そいつ、女装の可能性もあるな。あとひとりに見覚えは?」
「ないです」
「貴重な情報をありがとう。助かったよ。君は何年生だ?」
「あそこの恵美さんと同じ、四年生です」
「君たちの勇気ある行動に感謝するよ。強くなってくれ」
こう礼を述べて、雷蔵は再び美姫たちのもとに戻ってきた。
西洋人形のような美女に微笑みを向けて。
「思っていた以上の“収穫”を得てきました。やっぱり“部外者”が見学または取材と言って盗撮機材を仕掛けにきた可能性が高くなりましたよ」
「ええ……。もー、やだー。ーーーまあ、私の部員たちじゃないと分かって良かったけれど。気持ち悪いなあ」
「それはそれで」
「な、に、が?」
動揺する美姫をしり目に、雷蔵は言葉を続ける。
「俺、ここが終わったら写真部に行ってみようと思います」
「あのパパラッチ気取りの女の子がいるところね」
「知っているんですか」
「迷惑者で有名よ」
「迷惑者ねえ」
「迷惑者よ。とくに、陰洲鱒の女の子たちへのつきまといは酷いんだから。そこのホタルちゃんも例外じゃないわね。あとは、摩魚ちゃんにもつきまとっていてね。彼女のプライベートまで探りに行っていたみたい。ーーーでも、今日は写真部の“アレ”の姿は見ないわね。どこほっつき歩いているのかしら」
「なるほどねえ。じゃあ、潮干ミドリさんも写真部のパパラッチ気取りの標的にされていた可能性が高いなあ。ーーー今日は姿を見ないって、いつもは大学内をうろちょろしているんですね」
「しているわね。たいがいの在校生たちに目撃されているから、ろくに講義を受けていないんじゃない?」
「駄目だな、それ」
「駄目よね、それ」
3
「恵美さん、テニスサークルに彼氏がいるだろ」
と、武家の“姫様”を見て声をかけてきた雷蔵。
この突然の質問に、恵美は頬を赤くする。
「いる、けれど。…………なに?」
「悪いが。ここに来る前にな、鷺山製薬で摩魚さんのことを聞き取りしていたときに、潮干ミドリさんの話しも出てきてさ。製薬会社にいる学会員の研究員たちの雑談を聞いてしまった人から、その会社の学会員の後輩、テニス部の部員たちがミドリさんを挿入する手前までレイプしていたという話しを俺は聞いてきたんだよ。だから、俺はこのあとそのサークルメンバーに話しを聞きに行きたい」
「は? え? は? え?」
おいおい。さっき出た写真部に行く話しはどうしたよ?
愛しの彼氏の所属しているサークル内で、性犯罪が起こっていたらしいということを知って、恵美は戸惑い動揺していった。雷蔵は無情にも言葉を続けていく。
「俺も正直、嫌だ。嫌だけど、この場合は双方から話しを聞いて検証したほうがいい」
「いいいい嫌なら、やめればいいじゃん」
「体育会系のサークルは日本の大学の暗部だと思っている。あえてそいつらの話しも聞いてやるんだよ。なにせ“お坊っちゃん”たちだ。口から出任せの可能性だって大きい」
この雷蔵の話しに、有馬教授が口を挟んできた。
「口から出任せか……。しかしな、雷蔵君。四日前に私のもとにきた摩魚君は、ミドリ君が“そういう目”にあっていたから助けたと言っていてね。もし君がそれでもと言うのなら、地獄に飛び込むことになりかねんぞ」
この護衛人の青年を心配している口調をしていた。
雷蔵は白髪交じりの痩身ぎみの中年男に瞳を流したあと顔を向けて、微かに口角を上げて返していく。
「なあに。もしものときは殴り飛ばしてやりますよ」
大学の地獄に出向くこと決定。
の、前に。
「私たちは盗撮の道具を今から探すから、あとは任せたわよ」
「オーケー。いろいろと、ありがとうございました」
美姫と雷蔵はお互いに手を振って別れを告げた。