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母親たち part1


 1


 時間は少しさかのぼって。

 今年の六月下旬。


 ㈱長崎大黒揚羽電電工業。

 長崎市外。諫早市。

 だだっ広い敷地内には、工場が三棟と設計部と広報部と総合を兼ねた社屋が二棟がある。この会社を象徴するマークは、名前の通りにナガサキオオクロアゲハという揚羽蝶の一種をデザインした物。一部の社員たちからは、とくに設計部に所属する潮干リエという女性社員からは「バトラみたい」と喜ばれた過去がある。

 潮干リエ。

 この女性社員は腰まである黄金色こがねいろの髪の毛を持ち、色白で細身のひじょうに美しい女であった。会社には美人な女性社員はたくさんいるが、リエは突出していたのだ。若い女性社員の誰かが言っていた「リエさん。神がかっていますね」と、その美しさは神がかりだった。身の丈は百八〇センチにもなる高い身長に見合った、長い四肢。ほぼ左右対称に造形された顔立ちは、切れ長な目に緑色の瞳、高い鼻梁と瑞々しい唇、キメの細かい肌。これらは、リエのためにあるかのように思えた美しさだった。あと、どこはかとなく放たれていく色香は、とくに女性たちに好かれていた。そして、左手の薬指には結婚指輪が輝いている。そのリエは、初婚であった。夫は漁師の舷吾郎。二人の愛娘、長女のミドリ、次女のタヱがいる。うちひとりの長女のミドリが、五年前に生まれ育った陰洲鱒町を出て、東京へと飛び立ち芸能界に入って長崎出身の芸能人として活躍していた。そのミドリが一昨年、所属事務所に不定期の休暇願いを出して地元長崎に帰ってきて、昨年は教団から生贄として捧げられて“消えた”ことにより、ここ一年間はほぼ連日連夜によるテレビ番組でのあることないこといい加減な憶測と御用学者たちの身勝手な推測などが、ミドリの失踪をカルト教団との関わりを飯のネタにしていた。それと、地元メディアだけでなく、東京の大手マスメディアからの報道陣が職場の前や自宅にまで押し掛けていたのだ。最初のうちはインタビューに真摯に対応していたミドリだが、限度を全く考えていないマスコミの群れに疲労ストレスを感じて、女性社員たちに評判だった神がかりな美しさは半減した印象に変わり、目もとにはくましわが刻まれ、緑色の瞳も若干濁った感じをさせた。仕事着も、以前までは制服の暗い青色のベストの中に着る桜色のカッターシャツはジャーマングレーを着用することが多くなって、桜模様のヘアバンドはダークグレーに変え、いつもは桜色のリップを仕事用で引いていたが今はそれすらもしておらず、乾いてた唇になっていた。よく愛用していた制服の暗い青色の膝丈スカートから、同色のスラックスのパンツスタイルに変えていた。この変化は、リエがこれまで受けたマスコミからの精神的ダメージが大きかったことを物語っている。

 その潮干リエだが。

 彼女は今、社内の休憩所で中休みをとっていた。

 全ての窓は、ブラインドカーテンを閉めている。

 熱中日除け対策もあるが、マスコミへの対策が大きい。

 こうしたことは、リエを守るためである。

 会社として、大事な社員を守るのは至極当然のこと。

 そのリエは、赤い自販機のそばにあるパイプ椅子に腰を下ろして、脚を広げ、両膝に両肘を乗せて上体を沈めていた。愛する娘のうちひとりが、数年ぶりに東京から長崎に帰ってきたと思えば、カルト教団から奪われて“消えて”、マスメディアから執着されて、結果出てくるモノは重い溜め息。喋る声も低くなっている気がした。

 ーミドリ……。帰ってきてすぐどこかに行っちゃって、もう一年近く経つじゃない。私、これ以上は耐えられない。母さんはもう限界です!ーー

 エスプレッソの缶コーヒを片手に、隣に座った磯野マキに気づいたので声をかけた。

「……お疲れ……」

「お疲れさまです」

 広報部の美しい女性社員の磯野マキは、リエの疲労ストレスの中から必死に作り出した笑顔を見て、辛くなった。うなだれる黄金色の髪の友達の背中と横顔に、銀色の瞳を流す。クリアーのリップを引いた薄い唇の下唇を噛んで、出そうな涙にえる。目鼻立ちのくっきりとした美人であったが、“人”とは違う容姿のマキ。切れ長な目は、黒い眼に銀色の瞳。全て尖った歯は二列に並び、薄い唇。魅惑的な“うなじ”を持つ首筋には、五つのえら。しかし、長い首のラインに添って収まっているために、目立つことはない。白肌は白肌だが、人間の白さとは違う少し紫と青みの入った白さであったが、大変キメの細かいためにまるでファンデーションを着けている印象があった。ひと言で言えば異形であったが、その美しい造形と人の良さは社内でも評判は良かった磯野マキ。はっきり言うと、彼女は人間ではなく人魚という種族と人との混血であった。マキの制服も暗い青色のベストと膝丈のスカートである上に、オレンジ色のカッターシャツをインナーにして着ていた。

 そんなマキが、年齢は十歳ほど上のリエを心配していた。

 相変わらず笑顔は可愛いけど、今はそれが辛い笑顔。

 無理して愛想を振る舞っている印象を抱えた。

 今の“あなた”を見るたびに心を痛めてしまう。

 なんとかして、この状況から助け出せないか。

「リエさん」

「なあに? マキちゃん」

「今の時間も、会社の前で報道機関がカメラを構えてあなたを出待ちしています」

「なんですって?」

 こう力無くも驚いて顔を上げたリエは、パイプ椅子から立ち上がり窓に歩いていき、ブラインドカーテンに指をかけて隙間から外の様子を伺う。確かにいた。いくつかの報道局が三脚にカメラを付けて構えている。緑色の瞳の目を見開き、怯えの入った驚きとともに頬を痙攣させた。ブラインドカーテンから指を外して、うつむく。すると、いつの間にか隣に立っているマキに気づいて、顔を向けた。

「あのていどの群れなら、わたくしの妖術でなんとかできます」

 と、妖気を使い閉ざされたブラインド越しに報道陣を見て。

「あなたは、わたくしの大切な人。このようなことは、もうたくさんです。正直、あの人たちを“はい、さようなら”したいわ」

「ふふ……。その気持ち、ありがとう。だけど、そんなことしては駄目よ。あなたのためにならない」

 リエは暗い微笑みで友達を見て、こう諫めたのち。

 閉じたブラインドに顔を向けた。

「仮にそんなことしたら、私とマキちゃんは地獄に……。ンフフフフ……」

 口元の端を上げて暗い笑い声を出していった。

 リエのこの言い方にハッとする。

 ーああ! リエさん、ネガティブすぎる発言です! 早く本当に彼女のためになんとかしないと。このままだと闇堕ちしてしまいますわよ!ーー「リ、リエさん。少しでもご家族との楽しかった思い出を考えてください。そうしたら、ちょっとばかり明るくなることができると思いますのよ」

「ンフフフフ。ありがとうマキちゃん。確かに、アーパーにでもなれたら楽しいかもしれないわね。ンフフフフ」

 残ったエスプレッソを飲み干して空にすると、ダストボックスの缶ビン入れを目掛けて、潮干リエ投手、第一球を振りかぶって投げました!長い脚を天井高く振り上げて、大きい一歩を踏み出して、穴を狙い撃ちして空き缶を投げたそのとき、小さい音を立てて穴を通過してボックスの中に入ったのだ。口角を上げて白い歯を剥いて、ニィーっと薄気味悪い笑顔を見せた潮干リエ。そして両膝を浅く折って肘を曲げて拳をおっ立てた。

「ヨッシャー!」

「ああ……。すごい……。穴にキレイに一発で入れるなんて……。リエさん、神がかってますわね。わたくし、赤ちゃんできちゃいそう……」

 ほんのりと顔を赤らめたマキが、頬を両手で持って恍惚とした。

 これには、さすがに動揺するリエ。

「マキちゃん。それはいくらなんでも下品すぎない?」

「……え?」

「え?って、あなたねえ。ーーーまあでも、舷吾郎さんが私の“ミット”に球を入れてスリーアウトを決めてくれれば、クソガキの三匹くらいできるかもね」

「リエさんも、なかなか下品ですわよ」

「ンフフフフ……」

 このリエの様子を見ていたマキは、ふと思った。

「あのぅ。下世話で申し訳ないんですけど。リエさん、旦那さんとは最近でもいとなまれてます?」

「ん? それ、もうここ半年以上レスが続いているけれど。ーーー仕事から帰ってきたらご飯食べてお風呂入って、あとは別々の布団で寝るだけの生活が続いていたからね。舷吾郎さんとデートすら行ってないし。乾ききっているかもしれない」

「それはいけませんわね。今夜から試されてはいかがです」

 再びパイプ椅子に二人は腰を下ろした。

「そうしてみようかな。ーーーと、言いたいけれど。帰ってきたら家の前にはマスコミがたかっていてね。舷吾郎さんとヤった日にゃ、私たちのポルノが週刊誌を飾りそうで、したくてもできないのよう!」

 そう言って、リエは両手で顔を覆って上体を沈める。

「あーーー!ーーーうちの娘が芸能人やったことで、身内の私たちがここまでカメラに毎日囲まれるって思わなかったわ! 今まで他人事で見ていたけれど、今はもう勘弁して! あの子、消える最後まで私に芸能界に入る理由をがんとして話してくれなかったのよー!ーーーミドリ! 母さん、どうしたら良いの!」

 心配したマキは、上体を伏せて悩むリエの肩にそっと手をやる。

「リエさん。泣かないで」

 このひと言に反応して、幽鬼のような顔をしておもてを上げていく。

 ヒュードロドロと聞こえてきそうな表情であった。

「ンフフフフ……。ありがとうマキちゃん。でもね私、涙も“おつゆ”も渇れ果てちゃって、流したくても流せないの」

「ひぃっ!」

 思わず悲鳴をあげてしまった。

 相変わらず美しいが、さすがに幽霊のような顔つきは怖い。

 一気に脂汗が吹き出してきた。

 心臓が大きな音を立てて鼓動を鳴らしていくが、必死に声をしぼりだしていった。

「おおお、“おつゆ”って! もう! リエさん、綺麗な顔でそういうことおっしゃるの、いい加減やめていただけません? 見ていて辛くなります」

「ごめんね。やめようやめようと思っていてもね、出てちきゃうのよ。駄目て分かっていてもね、私の気持ちを無視して口が勝手に開いて出てちきゃうのよ。こんなになったのは初めてなんだよ。百年以上生きてきて、どうしたら良いのかもどうすれば良いのかもなにをしたら解決できるのか、なにを考えてもできない。戦時中戦後と助けてきた女の子や助けられなかった女の子も今までいたけれどさ、今は私自身を助け出せないでいるんだよ。有子ちゃんも助けられなかったし、真海ちゃんも助けられなかったし、そして、じぶんの娘ミドリさえも助けられなかった。ーーーこれは、二三年前の報復よね。そうに決まっているわ。あのマスコミの群れも、きっとフナさんの手先だわ!」

「ええと。マスコミ関係は、さすがに、わたくしのお母様とは関係ないと思いますけれど」

 百年以上生きてきてとは?

 見た目は三〇代の美しい女性だが、違うようだ。

 そしてマキも、人魚との合の子だが二〇代にしか見えない。

 そんなことよりも。

「でも、ミドリさん。聞いた話しだと“消えた”んですよね?」

「そうそう。あの子ったら、目を虹色に光らせて“消えた”と思ったら帰ってきて、またどっかに行っちゃった」

「…………。え? 帰って、きて…………?」

「あ。ーーーいや、その、それは、東京から帰ってきてということで…………」

「リエさん。どこを見ているのです?」

「ウヘヘ。ごめんねー、マキちゃん。私、今は上手く話せないみたい」ーあぶねー、あぶねー。ーー

「もう、リエさんったら」

 なにかを隠しているのをチラ見せしてしまった。

 しどろもどろと誤魔化したリエ。

 元気の抜けた笑顔を見せられて、マキは軽い溜め息を着いた。

 陰謀論まで出てくるとなると、リエの精神状態は健全とは言えなくなってくる。というか、前々から病んでいた。本当だったら、会社に休暇願いを出して治療にはげむべきであるが、リエは“そう”しなかった。どちらかと言うと、できなかったのだ。なにかとメディアが記事にすることになるからだった。本当だったら全てを流したら良かったのだが、リエは途中からできなくなって一時期は情報の“沼”にまって酷いことになった。ミドリの関連記事があれば買って読んで、それはリエ自身も記事にされて、それを己が読むはめになるといった状態の“沼”を味わった。SNSでも酷いめに遭った。タヱからは、無視しておけば良いよと言われたが、一度ハマってしまったら抜け出すことは困難だった。陰洲鱒町のことを知らない人が多い。その文化と土着の神と信仰も知らない人が多い。しかし、広く行き渡ったのは新興宗教団体の蛇轟だごん秘密教団と、性的な面のみ強調されて知られた夜這いという名のマッチングイベント。世間は夜這いという名前に踊って踊らされて陰洲鱒町を叩き、陰洲鱒町の女たち娘たちを叩き、淫売女と罵った。そして、潮干ミドリも例外ではなく、主に金髪淫売女と指をさされていた。そもそも、町長の摩周安兵衛が町の女性たちが希望の相手をアンケートで取り、それぞれが楽しい時間を女性たちの主導で行われているマッチングイベントである。通い婚とも言っていた。

 要するに。

 潮干リエはマスメディアから追い込まれて、病んだ。

 そのような友達を見ているうちに、磯野マキは涙が出そうになっていた。そこはグッと堪えて、リエの肩を優しく抱いてあげた。

「リエさん。しばらくお休みされてはどうです? 自宅療養する手もありますわよ」

うちで? 私に休めっての?」

「はい。わたくし、もう見ていられません。あまりにも可哀想で」

「可哀想? 私が?」

「はい」

「マキちゃん。あなたねえ……」

 突然、リエの目付きが怒りに変わった。

 マキは恐怖を覚えていく。

 リエの緑色の瞳は金緑色に光を放ち出したのだ。

 ゆっくりとパイプ椅子から立ち上がり、マキを見下ろす。

 そして、瞳の光りはしだいに強くなっていく。

「私が、可哀想だって?」

 これを見たマキは、直感で殺されると感じた。

 ーリエさん。かなり不安定になっているわ! どうしよう! わたくしのひと言が、殺意に火を点けてしまったのね! このまま殺されるのね。大切な人から、殺されてしまうのね。ーー「リエさん……」

 マキは全身の力を抜いて、まぶたを閉じた。



 2


「リエちゃん。あなた、鬱病うつびょうでしょ?」

「私の可愛いマキちゃん、殺すのだけは勘弁してよね」

 現れた二人の女性たちのひと言により、リエは我に帰って、マキは危機一髪のところで命を救われた。

 設計部部長の八爪目那智と、広報部部長の八爪目煉。

 双子姉妹の長身の美人上司である。

 身長は百七五センチのモデル体型。

 リエとマキよりも百歳以上年下の、三三歳。

 暗い青色のベストと膝丈スカートの制服に、艶消し黒のワイシャツをインナーに着ていた。

 腰まである黒髪が天然ソバージュの美人の八爪那智やつめ なちが、縁無し眼鏡を指でただして歯を見せた。薬指には婚約指輪が光っている。

「社長命令が出たぞ。リエちゃん、一週間から一月ひとつきの間自宅療養してちょうだい」

「あの阿保アホ設計長、なかなか認めないから私たちが社長に直談判してきたよ」

 腰まである茶髪をハーフアップにして蜘蛛の髪留めをしている、黒目勝ちな色白美人の八爪目煉やつめ れんもそう言いながら親指を立てた。

 美人双子上司の話しを黙って聞いていたリエは、乾いた唇を開いていく。

「鬱病は感染うつるんですか?ってね。なんつって」

 歯を見せて口角を上げた。

 これを見た那智と煉。

 ー駄目だコイツ。早くなんとかしないと。ーー

 腰に両手を当てて仁王立ちになる八爪目那智。

「あなたの様子がおかしいなと思っていた早い段階から、設計長に酷くならないうちに療養させてくださいって訴えてたのに、あの馬鹿、変にネットで知識を得たもんだから医者でもないクセに、あれは鬱病に入らない、とかって得意気に今まで突っぱねてきてたんだよ」

「今回ばかりはアイツを飛ばして私と那智と他の女の子たちが、あなたを心配して休ませるように言ってきたし、社長命令が出たし、堂々と胸を張って休みなさい」

 こちらも、仁王立ちで腕を組んだ八爪目煉。

「張る胸がないんですが、それは」

 リエからの返しに沈黙する美人双子。

 お互いに胸を見合せた。

「私たちも張る胸ないけどね」

 と、声を合わせる。

 そして、マキの胸元に三人の視線が刺さっていく。

 これに気づいて、頬を赤くして両腕で胸を隠した。

「わ、わたくしだって……、その……」

「あるじゃん」

「あるよね」

「あるある」

 リエから始まり、那智と煉へ続いた。

 そんなことよりも。

 と、そこへ、暗い青色の作業着姿の美青年がやってきた。

 今から休憩時間のようだ。

「良かったね。社長命令なら今からでも休んだほうがいいですよ」

 実に爽やかな声だ。

 明るい茶髪をかき上げながら、歩いてくる。

 長身モデルかと思ってしまうくらい、さまになっていた。

 色白で細身の美形な男子である。

 切れ長でも明るい印象のある稲穂色の瞳、高い鼻柱に艶やかな唇。身長はリエよりも五センチ高い、百八五センチ。四肢が長い。話すたびにチラチラと見える、全て鈍色に尖った歯。これらは陰洲鱒町の町民の特長でもあった。

 この美青年の登場に、美人双子の上司は振り向く。

「お? 電電工業の一番のイケメンが現れたぞ」

「いらっしゃい。甚兵衛くん」

 那智と煉からニコニコと手招きされる。

 彼は、斑紋甚兵衛はんもん じんべえ。二七歳。

 つい先月に婚約したばかりであった。

 各部署の上司二人から間を空けてもらい、軽い会釈をして通過してリエから間合いを取って立ち止まった。やつれた黄金色の髪の毛の美女と顔を見合せて、鈍色の尖った歯を見せて笑う。

「僕もマキさんも前々から設計長に話しはしていたんですよ。でも駄目だったんで、後ろのお二方に一昨日頼んで社長に直談判してもらいました」

「ありがとう、甚兵衛くん」

「いいえ。どういたしまして。ーーーちなみに、あなただから“こうした”んです。ホタルさんを可愛がってくれている、リエさんだからですね」

「? それって、どういう?」

「あなたの娘さんだったら、多分スルーしていたと思います」

「私の娘……。どっちの子を言ってんの?」

「タヱさんではない方の娘さんですね」

「なによ、それ。ちゃんと名前言いなさい」

「リエさんの一人目の娘さんです」

「はああ? ちょっと甚兵衛くん! あの子にはちゃんと潮干ミドリって立派な名前があるのよ! なんで名前で呼んでくれないの!」

 力強く一歩踏み出して、目の前の美青年を強く指さした。

「君ね、ミドリになんか恨みでもあるっての!」

 これを静かに見ていた甚兵衛が、落ち着いた声を出していく。

「僕の婚約者である、ホタルさんを泣かせた人だからですよ」

「そ……! それ、は……! そう、ね……。そうだったわ……。ミドリのヤツ、じぶんのわがままで君の大切な人を泣かせてしまったんだものね……。ーーーごめんね。ごめんなさい」

 甚兵衛のひと言により、リエは力が抜けていって、指していた腕をゆっくりと下ろしていった。茶髪の美青年の言葉は容赦なく続く。

「謝ってもらって申し訳ないですが。そこはちゃんと、あなたの一人目の娘さんの口から言ってもらわないと困ります。とくに、ホタルさんへ」

「も……、もうやめて。あの子は、ミドリはもうこの世にいないのよ! 出てこいって言われても無理なんだよ! そこまで君が言うなら、ここにミドリを連れて来てよ!」

 両方の拳を強く握りしめて、歯を剥いて叫んだ。

「ねえ、甚兵衛くん。私、どうしたらいい? なにをしても否定されてしまうんだよ。なにをしても記事にされてしまうんだよ。なにをしても動画にされてしまうんだよ。なんにもしなくても、なんらかの形になってしまうんだよ。私、もう……。母さん、もう……、なにをしたら最善なのか分からなくなっちゃった……」

 不意に全身の力が抜けきって後ろに倒れそうになってところを、とっさに駆け寄ってきた磯野マキから両肩を抱かれて支えられる。八爪目那智と煉が斑紋甚兵衛を通り抜けてリエのもとに歩み寄り、身体を支えていった。

 那智が廊下の真ん中あたりに立つ茶髪の美青年を睨み付ける。

「おい、甚兵衛。お前の気持ちも分かるが、リエさんは私の部下だ。もう充分言っただろ。これ以上彼女を叩くな」

 この言葉に、甚兵衛は下唇を噛んでいく。

 すると、向こうの廊下から新たな女性が現れた。

「リエは、あたしの部下でもある」

 このひと言に、甚兵衛の目付きは変わった。

 彼との間合いは、三メートル以上か。

 稲穂色の長い髪の毛を真ん中分けにした、長身の美女。

 三角白眼の中に輝く黄緑色の瞳。

 ほぼ左右対称に美しく造形されたかのように整った顔立ちは、目鼻立ちがくっきりしていた。色白で細身の身体に、長い四肢を持ち。全て鈍色に尖った歯をしていた。彼女も陰洲鱒町の住民であった。身の丈は、百七五センチ。服装は同じように暗い青色のベストと膝丈スカートの制服と、黄土色のブラウスをインナーにしている。

 現れた稲穂色の髪の毛の美人に、リエたちが振り向く。

 那智は、安堵した声をかけていく。

うしおさん、お疲れさまです。休憩ですね」

「ああ。いかにも。ーーーと、言いたいけど。リエと今から帰るよ」

 潮と呼ばれた女は、那智に柔らかい笑みを向ける。

 この美しい女性は、黄肌潮きはだ うしお

 通信設計部部長。

 陰洲鱒町に生まれて育った女。

 地元のビール醸造所に嫁入りして約三〇年。

 そして五年前に、ひとり娘の有子が虹色の鱗の娘として蛇轟ダゴンに生贄として捧げられた。クリアーのオレンジのリップを引いた唇を、強めに結ぶように口角を下げて言葉を続けてきた。

「甚兵衛。お前、楽しいか? メンタルがボロッボロの無抵抗なリエを叩いて楽しいか? ホタルちゃんの件は本当に可哀想だと思ったけれど、リエは毎日“これ”だぞ。メディアからの包囲網から逃げられないんだよ。ーーーあとな」

 次の瞬間、黄肌潮は斑紋甚兵衛の目の前に立っていた。

 間合いは三メートル以上だったはず。

 彼との身長差十センチをものともせず、言葉を投げてきた。

「お前、少し黙ってろ。ーーーガキが」

 鈍色に尖った歯を剥いてのひと言。

 黄緑色の瞳から睨まれて、圧倒される。

「あたしのリエを泣かせるな」

「分かりました」

「分かればよろしい」

 笑顔になる。

 そして、二歩三歩と後ろに退いてリエたちに振り向く。

「今日は半ドンで上がるから、シャワー浴びてきて。あたしも今からシャワー浴びるから。ーーーそして、あんたの車は置いたままにしときなさい。あたしの車で送ってってあげるよ」

 黄肌潮のこの前半の言葉に、リエはもちろん、マキと那智なちれんはたちまち顔を赤くした。あと、潮干家の自宅はマスコミの包囲網があるので帰宅が難しくなっていた。自宅療養の情報が漏れようものなら、今以上にメディアが精神病を話題のネタにして新しい追い込みが始まるだろう。だから、リエをどこに送るのかが気になったのだ。なので直接、黄肌潮に聞いてみる。

「私、どこに行くの?」

「ん?ーーー決まっているでしょ。あんたのプラトニックな不倫相手のところよ」

「もう、やだ。うしおさんったら」

 満更でもなさそうな微笑みを浮かべて、頬を赤く染めた。

 「リエの“友達”のところということで、舷吾郎さんに話してきたわ。そしたら、なら安心だ!って旦那さん喜んでいたよ」

「ありがとうございます」

「よし。行動は早いほうがいい。あたしも通信設計長に早退することを伝えてきたから、あんたもシャワー浴びて着替えてきて。さっさと帰るよ」

「はい」

 リエは指で目もとの涙を拭い、笑顔で返事をした。



 3


 そして昼をまわって。

 黄肌潮と潮干リエは私服に着替えて、会社の駐車場に停めてあるシャンパンゴールドのファミリーカーへと乗り込んだ。黄肌潮は、黄色いブラウスにデニム生地のジーパン。潮干リエは、白いカッターシャツに白い膝丈のプリーツスカートであった。あと、黄金色の髪の毛にはダークグリーンのヘアバンドをしていたが、それは割られた痕を修復してセロテープで巻いていたのが印象的だった。ブラウンの後部座席に腰かけてシートベルトをかけたあと、手で感触を確かめていくリエ。

うしおさんの車、どれくらいぶりだろう」

「さあ? あたしもあまり覚えてないや」

 そう笑顔で返してシートベルトをかけて、ハンドルを握る。

 意外とカメラの群れの裏を行くことができた。

 エンジンに点火して、アクセルを吹かしていく。

「出発進行ー」


しろがねのとこなら、安心して療養できるでしょ」

「本当。それ聞いて、びっくりしたよ」

 電電工業の敷地から出てからの会話。

 幸いにも、報道機関の車は追ってきていない。

 だがやすやすと安心はできないため、バックミラーで怪しい車両が見られないかを確認しながらも運転をしていた。車内でのリエは、いくぶん少しかは愛らしい笑顔を取り戻していたようだ。ハンドルを操作しながらも、黄肌潮きはだうしおは会話を続けていく。

「あんたも知っていると思うけどさ。うちの有子がミドリちゃんと関係を持っていたなんて、驚いたよ。なんの冗談かと思ってしまったよ」

「ええ。そのこと、初めて週刊誌で知ったもの」

 微かに口角を上げた。

 バックミラーでリエの表情の変化を見ながら。

「だいたい、私たちの町じゃさ、あまり人様に干渉しないようにしているからさ。よっぽどのことがない限りはお節介はしないし、されないし」

「そうねえ。ーーーそもそもさ。虹色の鱗が出てくるときっていったら、気分が良いときと気持ちいいとき。だいたいこのあたりでしょ」

「そう。一番出やすいのが、好きな人としているときだよね」

 この黄肌潮の口ぶりは、まるで自身にも虹色の鱗があるかのようだ。流れる景色を見ていたリエが、この言葉にバックミラーを見て、運転をしているうしおと目を合わせる。そして、頬をほんのりと赤く染めた。

「ええ。それは確かだわ。心と身体を通じ合わせているとき」

「そうでしょ? そうだよね。だから、あの週刊誌の記事はおかしいわけよ。誰かが二人の行為を覗いていないとネタとして持っていけないし、生贄にもならない。なる必要なんてないんだよ、生贄なんて」

 ハンドルを操作していたが、眉間に皺を寄せる。

 表情から力を抜いて語りを続けていく。

「犯人捜しをするわけじゃないけどさ。教団では亜沙里ちゃんが虹色の鱗を発見したときの連絡係にされているけれども、別にちゃんといるはずでしょ。私たちの島というか町をうろうろして、覗いて回って、マインドコントロールされている鱗の女の子に口伝くちづてして、まるでその子が発見して報告したかのようにしている人たちが」

「可能性として、いないとは言えないよね」

「信者ども。今は二〇年以上前と違って、倍に増えたからさ。頭が痛くなるよ。それが町の外まで広げてよ。その結果がミドリちゃんの次の虹色の鱗の娘が見つかったって言うじゃない。あたし、もうどーしよーかと思って。仮に、鱗子の娘さんだったら最悪だよ」

「嫌。私だって、それだけは避けたいよ。だってせっかく好きな人と駆け落ちできたんだもの、鱗子ちゃん。それだけは私も嫌」

「リエも同じだったんだ。良かった」

 バックミラー越しに、うしおは笑みを見せた。

 それから、目的地まで歓談している間。

 リエが思い出したかのように切り出してきた。

「なんの因果かしらね」

「どうしたの?」

「有子ちゃんとミドリが関係持っていただなんて。まるで、私とうしおさんだわ。私、高等部を卒業したばっかりのときだよね。あなたが初めての人をつとめてくれたのは」

「ええ。そのときの“あなた”は、とっても可愛くって綺麗で。その日、町一番、島一番のイイ女を独占することをできて、とても素敵な一日だったよ」

「あなた、当時、私の憧れだったんだからね。独占したのは私も同じだよ。ーーー本当に、とても素敵な一日だったよね」

 そうこうオトナの会話をしていたうちに、砂利を敷いているだだっ広い駐車場にシャンパンゴールドのファミリーカーが入っていき、雑木林を背にして車を停めた。周りを見渡すリエが、不思議そうな顔をする。

うしおさん。しろがねの家、だいぶん通りすぎたけれど。ここ、どこ?」

 見た範囲だと、報道機関と思われる車両は一台もおらず、トラロープで仕切られた砂利敷きの駐車場には黄肌潮のファミリーカーのみがポツンとあるだけだった。この様子に不安どころか安堵していたリエがいた。

「マスコミの目から引き離してくれたんだ。ありがとう、うしおさん」

 “やつれ”ていながらも、礼を言った笑顔は可愛かった。

 バックミラーで見ていた黄肌潮は、これに鼓動を高鳴らす。

 落ち着け。落ち着け黄肌潮。落ち着けあたし。

 物事には、まず手順というものがあるだろ。

 いきなりは不味い。全てを壊しかねない。

 小さく深呼吸して、言葉を出していく。

「いいってことよ。さすがに野母崎までリエが来ているだなんて思わないだろうし。なにせ、あたしの車だ。仮にもし、付きまとってきたら警察呼ぶつもりだよ。ーーーあと、しろがねは今は勤務中だから、帰ってくるまではあと二時間から三時間以上かかるから、ここで時間でも潰しておこうよ。こうしてリエと一緒に二人きりでって、ずいぶん久しぶりだしね。あたしは退屈していないよ」

 そう言うと、両腕を斜め後ろに伸びをして、欠伸をひとつ。

 物事には手順があるのよ、あたし。

「あのさ、リエ」

「なあに?」

「自宅に帰ったとしても、報道機関の包囲があって、夜は旦那さんとただ寝るだけがずっと続いているんでしょ? あんたそれも含めて悩んでいたじゃない?」

「そうだわ。そうなのよ。家に帰っても舷吾郎さんとイチャイチャすることができないんだよ。というかイチャイチャするどころか、その先の営みまでしたいのに! 私の“ミット”に舷吾郎さんの球でスリーストライクを朝まで極めてほしくてたまらないんだよ! 仮に勢いに任せてヤっちゃったら、全国に私たちのポルノが出回っちゃうんだから無理よー!」

 両手で顔を覆って、上体を伏せてしまう。

 今度は顔を上げて歯を剥いて、青筋を浮かべていた。

「好きな者どうしだからただ一緒にいるだけで良いってのは幻想だということを、ここ毎日実感しまくりだわ! なんにもしない、ベタベタもイチャイチャもできない、会話だけじゃ限界があるのよ! よりによって舷吾郎さん、私に気を遣ってくれているから、なおさら辛いわ。なりたくないのに、レスになってしまっているのよ! 精神的にぬくもればいいってだけでは駄目。物理的な温もりも必要なんだから。ーーーああ。早く物理的にも温もりたい!」

 遠吠えのような姿勢で、最後のひと言に訴えをまとめた。

 リエの話しを最後まで聞いていた黄肌潮は、唇を開く。

「そのレスのこと、なんだけどさ」

「どうしたの?」

「あたしを使って解消していくというのはどうだろう?」

「え……!」

 友達のこの思わぬ提案に、リエは背筋を伸ばして頬を赤くした。

 いや。会社を出る前に黄肌潮から出された指示で予想はついていたはず。シャワー浴びて着替えてきて、と。遠回しであったが、リエにとってこのひと言を聞いただけで身体の中の奥底が潤ってくる感覚を感じはじめていた。

「うし、お……、さん……」

「あたし、リエが抱きたいんだよ」

 決意を述べて、運転席のドアを開けて後部座席に移動してきた。後部座席のドアを閉めると、リエの隣にくっついて座ってきた黄肌潮。黄金色の髪の美女の肩を抱き寄せて、顔を近づける。

「ずーっと会社から考えていた。あんたを、町一番の島一番のイイ女、潮干リエをまた独占したいって」

 指で顎を持ち、乾いた唇を見る。

 その手首を優しく握ってきたリエ。

「ありがとう、うしおさん」

 笑顔になって、歯を見せた。

 黄肌潮も笑みを浮かべて、鈍色に尖った歯を見せた。

「あんたの歯。普通の人ので、羨ましいよ」

「あなたのこそ、その尖った歯がチャーミングよ」

「ふふふ。あのときと同じこと言っているね」

「ふふ。本当ね」

 そして、二人の唇が近づいていく。

「リエ。今日だけ言わせて」

「なにを?」

「好きだよ」

「私も、好きだよ」

 唇を重ね合わせて、長めの口づけを味わっていく。


 いったい、どれくらい経ったのか。

 倒していた後部座席から身を起こした黄肌潮は、色白で細身の裸に黄色のレース柄のブラジャーを着けて後ろのホックを掛けたあと、腰骨ラインのレース柄の黄色いパンツを穿いていく。隣から起き上がってきた潮干リエが、スレンダーな白い裸の胸元を白いカッターシャツで隠すように持ち上げた。二人とも行為を終えて、余韻でいまだに身体が火照りを覚えている。身体中を桜色に染めて、顔の“やつれ”具合がさっきまでとは比べ物にならないくらい、生き生きさを少し戻していたリエ。黄肌潮と顔を見合せて、軽いキスを交わす。そんな楽しい時間のさなか、バックミラーに映るカメラを構えた小柄な人物を発見したうしお。血相を変えて、後部座席のドアを開けて車内から飛び出し、フロントから回り込んで逃走していく小柄な人物を追いかけていく。下着姿で裸足だろうが関係ない。今のを盗撮されて一番まずいのは、なにをいおう潮干リエだ。車内から悲鳴と恐怖の声があがっていくのを、黄肌潮は聞いた。ちょうど対角線上の枠に停めていた、紺色の軽ワゴンへと乗り込む小柄な影に追いついてボンネットに回り込んで、フロントガラスからその憎い顔を見ることができた。

 女?

 若い。まだまだ二〇代か。

 眼鏡をかけて、長い黒い髪の毛をポニーテールにしていた。

 十字架のネックレスを確認。

 コントロールパネルに立ててある十字架に『院理』と書かれた物に目が引かれた。うしおはこれに嫌な予感がした。

 ーまさか、この女、院理学会いんりがっかいの学会員か?ーー

 車内から黄肌潮を睨み付けていた眼鏡姿の小柄な女が、突然に「どけ! くぞ!」と怒鳴りあげて、エンジンを点火した。アクセルを吹かして、容赦なく発進させてきた。間一髪のところで飛び退けて、片膝を突いて着地した黄肌潮は、その黄緑色の瞳に車体ナンバーを焼き付けていった。


 自身のシャンパンゴールドのファミリーカーへと上下下着姿の裸足で戻ってきた黄肌潮は、後部座席のドアを開けて、潮干リエの具合を確認した。

「ごめんね、リエ。あのチビがいたなんて、気がつかなかったよ。あたしのせいだ」

「いいの。あなたと過ごせた楽しい時間は確かよ。でも、あの逃げた人は許せない。許してたまるものか。他が許しても、私が許さないから」

 胸元を隠したまま静かにそう言ったあと、緑色の瞳を金緑色に光らせた。そして、もとの緑色の瞳に戻す。

 それぞれ衣服を着直しながら、二人は言葉を交わしていく。

「“アレ”、どんなのだった?」

「女だったよ。小柄で若い女」

「女? 顔立ちは見れたの」

「長い黒髪で眼鏡かけてた」

「小柄で若くて長い黒髪で眼鏡……。どっかで聞いたような」

「あとね。最悪なことに、学会員だったのよ」

「え? 学会員って、院理学会の?」

 上着のボタンを掛けていた手が止まる。

「そう。ヤバいカルト宗教の院理学会」

 ブラウスのボタンを掛けながら、黄肌潮は言った。

「学会員は、あらゆるところに散らばっているからなあ。しかしあのチビは、見た目の若さからしたら、学生の可能性もあるかもしれないわね」

「車持っていたんでしょ?」

「ええ。軽ワゴンだけどね。あれは多分、自家用かな」

「もしも本当に“アレ”が学生だったら、自家用持っててとなると……。あまり考えたくないけど、宗教二世の路線も出てくるよね。ーーー最悪……」

 黄金色の髪にブラシを掛けながら、二度目の“アレ”呼ばわり。

 この場合のリエは、対象に嫌悪感を示している。

 稲穂色の髪にブラシを掛けていきつつ、話しを続ける。

「まあ、いずれかはじぶんにかえってくるんじゃないの? ひとつ自慢しとくとね、あたしのドライブレコーダーは4Kで、たとえ激しくブレても画像処理すれば顔立ちがハッキリと特定できてしまうんだなこれが。あのチビの映像をバッチリ録画しといたから、心配ないよ」

「場合によっては、“アレ”を警察に?」

「そう。警察に」

 クリアーオレンジイエローのリップを唇に引いていきながら、今後の場合を想定したことの決意を述べた。この黄肌潮の様子を、リエは見つめていた。視線に気づいて顔を向ける。これにリエは微笑み。

うしおさん、綺麗」

「ありがとう。“あなた”も綺麗だよ。ーーーそういや、あんた愛用のリップはどうしたの? あのクリアーのやつ」

「バッグに入っているよ」

「久しぶりにつけてみたら。これからしろがねんところにお世話になりに行くんだし」

「それもそうね」

 ニコッと笑って、バッグからコンパクトとリップを取り出して、久々に己の唇にクリアーを引いていった。この様子に、黄肌潮は見とれていた。

「綺麗……」

 恍惚ぎみに呟いた。



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