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日本語を使うということ 2

作者: G.Heron

4年前くらいに同じように考えた。

私にとって日本語とは何なのかと。

今の気持を書いておく。


最近は生活の中で3つの言語を使うことが当たり前になってきた。マレー語もビジネスレベルになってきた。


一番よく使うのはマレー語。家族との会話や商談時に非常に役立っている。ざっくばらんな話もできる。親しみを感じている。


英語も重要である。何かを勉強する時や新しい概念を知るときに使う。情報アクセスにも欠かせない。翻訳にも使うし生きていくのに必要不可欠なパートナー。重要なことを話したり、自分の気持を正直に正確に表現できる。


日本語は主に仕事で外国人とやりとりするときに使う言語という立ち位置。後はwikipediaなどの情報源で日本語版の方が情報が充実していると使う。


以前と少し違って、気持というよりはそれぞれの言語が持ついいところを活かして使い分けるようになった。例えば日本語は歴史や地理に関する情報に強い。植物については英語の方が総じて強い気がする。地元の観光ならマレー語は最強。


日本語で生活すると息苦しくて辛い。でも情報へのアクセスや外国人のお客様とのコミュニケーションツールとして使うなら便利。地下鉄やコンビニエンスストアを使うような感覚に近いかもしれない。


マレー語は普段使いするから日常という感じがして落ち着く。アイスティー飲んでちょっとゆっくりしながら在宅で働いてる、日常って感じが近い。


英語は自分と向き合ったり勉強したり、思考するのに使うコア。図書館で考え事したり、真剣な議論したりするイメージ。安心感がある土台。


日本語は便利な道具といったところだろうか。

ありがとう日本語。Chat gptみたいにサポートよろしくね。

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