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黄金の果実と嘘の教え

作者: ウォーカー
掲載日:2024/09/01

 天界。空高く、雲の上よりも遥か高くにある場所。

そこには神々と呼ばれる存在が住まう草原が広がっていた。

神々は人間たちが暮らす外界を見下ろし、いつも感心していた。

「人間たちは毎日、必死に生きている。

 生きるために働き、老いて身体を壊して死んでいく。

 毎日、食べて寝るだけの我々とは大違いだ。」

神々は身体が老いることも壊れることもないため、毎日を好きに生きている。

そんな神々は自らの行いを悔い、人間に恩恵を施そうと考えた。


 下界。人間たちが暮らす場所。

町外れの、ある教会に、天から光が降り注いだ。

光が降り注いだところには、立派な樹が立っていた。

教会の聖職者は、すぐにそれが神からの恩寵だと気がついた。

「おお、神よ。お恵みに感謝致します。しかし、この木は一体・・・?」

するとその問いに答える声が、天からもたらされた。

「迷える人間よ。それは天界の樹。黄金の果実を実らせる。

 丈夫で、何の世話をしなくとも、黄金の果実は収穫し続けられる。

 黄金の果実は美味で、お前たちの辛い生活を癒やしてくれることだろう。

 毎日、必死で働くお前たち人間への、我々からのせめてもの施しだ。

 黄金の果実の樹は、やがて下界のいたるところに芽生えるだろう。」

天からの光が止み、声も聞こえなくなった。

聖職者は奇跡のような出来事に、ただただ神に祈りを捧げていた。


 神が人間に与えた、黄金の果実とそれを実らせる樹。

果たしてそれはどのようなものなのか、聖職者は興味をそそられた。

人々に紹介する前に、自分自身で確かめてみたくなった。

教会に生えた樹には、既に黄金の果実が実っていた。

黄金の果実は、眩く金色に輝いていた。

芳醇な香りを放っていて、香りを嗅ぐだけで聖職者は喉を鳴らすほどだった。

堪らず、聖職者は黄金の果実に手を伸ばした。

黄金の果実を樹の枝からもいで、口に運ぶ。

すると、一口噛んだだけで、口の中にとてつもない快楽が暴れまわった。

「・・・美味い!これは何と美味な果実であろうか。」

黄金の果実の味は、単純に美味とは呼べない、快楽の塊だった。

あまりの美味しさにその聖職者は、不安に駆られた。

黄金の果実は美味すぎる。

このようなものを、無分別な人々に与えてしまって良いものだろうか。

ただでさえ、人々は、無知で欲望にまみれた存在。

黄金の果実を与えれば、どうなることだろう。

きっと人々は、黄金の果実の美味に溺れ、

黄金の果実を手に入れるために汚れ、奪い合い、争い合うことになるだろう。

その聖職者はそう考えた。

だからその聖職者は、黄金の果実を人々に広める時に、一つの教えを授けた。

「この樹に実る黄金の果実は、神から与えられし恩寵の賜物。

 芳醇な香りと、最上の美味を与えてくれる。

 しかし、気を付けよ。

 この黄金の果実は、人間には猛毒を与える。

 最上の美味を味わえば、その者には必ず死が訪れる。

 だから、黄金の果実は口にしてはならない。

 香りを楽しむに留めるべきだ。」

それがその聖職者が説いた教え、嘘だった。

人々が黄金の果実の美味に溺れてしまわないように、

黄金の果実には毒があると嘘を付けて広めたのだった。

人々はまさか聖職者が嘘を付いているとは思わず、教えを忠実に受け取った。

「おお、ありがたや。

 神からの恩寵はこの身に余るもの。

 決して口にせず、香りを楽しむに留めます。」

敬虔な人々は、黄金の果実を決して口にせず、香りを存分に愉しんだ。


 そのようにして神から下界にもたらされた黄金の果実。

人々は聖職者の教えの通りに、食べずに香りだけを愉しんでいた。

だが、人々が全て敬虔な者たちだとは限らない。

不心得者がいるのもまた必定。

ある者は、黄金の果実を独り占めしようとした。

しかし採っても採っても実り続ける黄金の果実を採り続けることができず、

余った黄金の果実を踏み潰して地面に埋めて捨ててしまった。

そんな潰れた黄金の果実ですら、人々は掘り起こそうとし、奪い合いになった。

ある者は、芳醇な香りだけでは我慢できず、黄金の果実を口にしてしまった。

「・・・美味い!こりゃあなんて美味さだ!」

黄金の果実を口にした者は、その美味に酔いしれた。

しかし、聖職者の教えによれば、黄金の果実は食べれば死ぬものとされている。

だから、黄金の果実を口にしてしまった人々は、どうせ死ぬのだからと、

ある者は自暴自棄になって暴れ出し、人々や動物などを傷つけ暴れまわった。

ある者は悲観し、崖から海へと身投げした。

我慢できず、黄金の果実を口にしてしまった者が現れる度に、

豹変した者に人々は蹂躙されることになった。

人間は黄金の果実を口にしようがしまいが、いずれは老いて体を壊し死ぬ。

だから、人が何らかの理由で死ねば、それは黄金の果実を口にしたせいだと、

黄金の果実が猛毒であるという教えの信憑性が増すことになった。

また、ある者は、黄金の果実が必死の猛毒であるという教えに目をつけた。

殺したい相手の食事に、こっそりと黄金の果実を混ぜて食べさせた。

するとあまりの美味しさに黄金の果実を食べさせられたことを知った者は、

怒り狂い、そして自らの運命に悲観した。

黄金の果実が毒であろうがなかろうが、

それを他人に食べさせることは殺意を立証する。

他人に黄金の果実を食べさせた、あるいは食べさせようとした人は、

殺人者として追われ、見つかればはりつけにされた。

どうせ磔にされるならと、追われる者たちもまた自暴自棄になった。

あるいは、対立する国の高官に黄金の果実を食べさせようとして、

国と国との紛争に発展したこともあった。

本当に黄金の果実を食べさせようとしたのか、その真偽は定かではない。

しかし、食べれば死ぬ美味なる黄金の果実の存在は、

毒殺の策略を想起させ、それだけで十分に紛争の元になった。

また、国境などの境界付近に実った黄金の果実は、

それが誰のものかと争い奪い合う元となった。

このようにして、人々はやがて、

黄金の果実を巡って争い傷つけ合うようになっていった。


 下界に黄金の果実がもたらされたから、しばらくの後。

人々の生活はすっかり様変わりしてしまっていた。

一度でも、黄金の果実を口にした人々は、その美味に夢中になり、

黄金の果実を手に入れる以外の労働は疎かにされてしまった。

無限に実り続ける黄金の果実を求めて、人々は奪い合い争い合う日々。

黄金の果実の美味を独占したい、その心が人々を凶暴にさせた。

自暴自棄になった人々は、毒があるという教えを知りながら、

それでも黄金の果実の美味に溺れていた。

あるいは、黄金の果実に毒があるという教えが、人々を自暴自棄にさせた。

黄金の果実を安定的に手に入れられない人々は、

黄金の果実を手に入れるためなら、人殺しから身売りまで何でもした。

すると、黄金の果実を手にした人々もまた、

それを守るためには何でもせざるを得なかった。

奪われる前に食べるしかない、そう考える者もいた。

ある者は黄金の果実を高額で販売し、恨みを買って殺された。

あまりにも美味な黄金の果実は、人々を夢中にさせ、争わせた。

一部の敬虔な人々だけが、未だに黄金の果実を口にすることなく、

争い傷つけ合う人々の様子に心を痛めていた。

そんな人々の様子を遥か高くから見下ろす神と呼ばれる存在もまた、

自らが原因となった惨状を嘆き心を痛めていた。

「私は、日々を必死で生き抜く人間に、せめて報いたくて、

 黄金の果実を与えたはずだったのに。

 まさか、その黄金の果実が、人間を堕落させる原因になってしまうだなんて。

 今更、黄金の果実を取り上げても、

 黄金の果実の味を知った人間は、元には戻るまい。

 取り返しのつかないことをしてしまった。」

だから神は、もう一度だけ下界に恩恵を施すことにした。


 ある日、天から眩い光が下りてきた。

光は世界中をあまねくく照らしていった。

「あの光は何だ?」

「また神からの恩寵じゃないか!?」

その光を人々は見たことがある。

あの黄金の果実を実らせる樹がもたらされた時と同じ。

だから、人々は期待した。

今度はどんな素晴らしい恩恵がもたらされるのか。

照らされたのは、黄金の果実とそれを実らせる樹だった。

そうして光が止んだ後。

人々は我先にと黄金の果実を口に運んだ。

今度はどれほどの美味がもたらされたのか。

あるいは、食べれば死ぬ猛毒が失くなったのかもしれない。

期待に胸を躍らせた人々は、すぐに失意に陥った。

「ぺっ!ぺっ!」

「なんだ、こりゃあ?」

「これが黄金の果実か?」

再び神の恩恵がもたらされた後。

黄金の果実は、その芳醇な香りも、最上の美味も、全て失っていた。

黄金の果実は今や全てがすっかり変わってしまった。

見かけは毒蛇のように禍々しく、

香りは生き物の死臭のように不快で、

味は腐った泥団子のように不味いものになっていた。

黄金の果実は今や、毒があろうがなかろうが、

誰も食べたがらないものになってしまった。

そうなって初めて、人々はこれが神罰なのだとさとった。

「私達は、なんて愚かだったのだろう。」

「奪い合わなくとも、神は無限の黄金の果実を与えてくださったのに。」

「私達は黄金の果実の味に溺れ、あまつさえ人を傷つける毒薬として使った。」

「神は私達の罪に怒り、神罰を下されたのだろう。」

そうして人々は、黄金の果実に溺れるのを止めることになった。

いくら悔いても、もうあの最上の美味は戻ってはこない。

人々は大人しく、元の辛く苦しい生活に戻らざるを得なかった。

それを内心、歓迎していたのは、

最後まで黄金の果実を口にしなかった敬虔なる人々。

人々が黄金の果実を失い、争い合うのを止めた姿を見て、

敬虔な人々は人目につかないように、そっと神に祈りを捧げていた。


 神と呼ばれる存在からの二度の恩恵の後。

人々が暮らす下界には、不味い果実を実らせる樹が大量に残された。

黄金の果実の美味を知っている人々なら絶対に口にしない果実。

だが、それを毎日の糧とする人々もいた。

それは、日々の食べ物すら満足に用意できない、貧しい人々。

不味くとも無限に実る果実は、

貧しい人々にとっては、飢えを満たしてくれる貴重な食料。

不味くとも奪い合う必要もなく無限に得られる果実、

それは紛れもなく、神の恩恵だった。

人々に無限の美味をもたらすはずだった、黄金の果実。

しかし今や黄金の果実はその美味を失った。

誰がどこで何を間違えたせいなのか。

「どうして神は、こんな不味い食べ物を、私達に与えたのだろう。」

何も知らない人々は、恨みがましい目で天を見上げながら、

今日も不味い果実で飢えを満たしていた。



終わり。


 間違った教えが人々を惑わすという話を書こうと思いました。

そうしてできたのがこの、黄金の果実と嘘の教えです。


黄金の果実には毒がある。

聖職者は人々を心配して嘘の教えを授けたのですが、

その教えが被害を大きくしてしまいました。

あるいはそんな教えなどなくとも、

人々は無限の黄金の果実を巡って争ったことでしょう。

独占欲もまた欲望であり際限がないものだからです。


最後には信仰心とは無関係に、貧しい人々が救われました。

もっともその恩恵は苦く、感謝する気にはなれなかったようですが。


お読み頂きありがとうございました。


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