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―青の章―

ー <アルクス大陸 虹彩会議場 > ー


アルクス大陸全ての領、その各代表者らはアルクス大陸の中心であり、また不可侵領域の中心でもある虹彩会議場へと足を運ぶ。


虹彩会議場の周りは荒れ果てた地面、露出した岩以外に何もなく、草木もほとんど生えていない。しかしながら虹彩会議場の存在そのものは景観とミスマッチしているぐらいには、立派な造りになっている。


虹彩会議場内の1室、六角形の部屋の真ん中には色相環を彷彿させる円卓、そして各領の代表者らが座れるような3つごとに区切られた椅子が置いてある。予め席も定められており、各代表者たちは椅子に座った。


「今日の議長はオーランゲ領だ。オーランゲ領の誰でもいい、議事進行を頼む」


どこかから聞こえてきた言葉に、オーランゲ領、ネーブル代表が挙手する。


「オーランゲ領、精神力代表のネーブルです。それでは虹彩会議を始めます。本日の議題は先日行われたミラージュコア破壊作戦後の経過について、クルムズ領から。また、先日起きたアズーロ領のダム制圧事件について、アズーロ領からそれぞれ報告願います」


「まずはクルムズ領からよろしく頼むわ」


オーランゲ領、知力代表のニコール代表の促しにより、クルムズ領のケマル代表が座りながら軽く会釈した。


「クルムズ領、知力代表のケマルです。各領代表者の皆様、まずは謝罪を申し上げます。先日クルムズ領で行われたミラージュコア破壊作戦において、兵士派遣にご協力いただいたオーランゲ領、ヒスイ領、アズーロ領の兵士たちにおかれましては、こちらクルムズ領の兵士と同様、オーラが纏えない状況で帰ってきたかと存じます。元々虹彩会議の記録に残されていた“BOS”の記述には、オーラが纏えなくなる可能性があることはご承知おきかと存じます。皆様におかれましても――」


ケマル代表は少し俯き気味に、それでいて淡々と報告していく。


「――以上のことを謝罪するとともに、今後クルムズ領においては各領の兵士らのオーラの回復に全霊を持って取り組む所存でございます」


ケマル代表は横にいるエメル代表とともに立ち上がり、深く一礼した。すかさずアマレロ領の武力代表者が口を出す。


「ところでよぉ……お前らのところの武力代表、ゴルドの生死はどうなったんだ? さすがに知らない……ってわけではないよなぁ……?」


「(やはり聞かれるか……)」


ケマル代表は苦虫を噛み潰したような表情だ。


「……生憎とゴルド代表自身はまだ行方不明が続いています。生死は不明ですが、まずは各領の兵士たちの安否のほうが優先かと」


ケマル代表の横にいるエメル代表は堂々と返答した。


「今回のミラージュコア破壊作戦の招集、及び現場の指揮を執ったのはゴルド代表だったはず。各領の兵士がオーラを纏えずに帰ってきたという重大な失態について、その責任は誰がどう取るつもりなのか、ぜひ教えていただきたい」


今度はアマレロ領の知力代表者がクルムズ領の代表者たちに追撃する。


「……今はまだ、領の立て直しもあり、私やエメル代表がその責任を取れるわけではない。本来であれば我々は退陣するべき存在であるが、それらは改めて領民たちに問おうと考えている。ゴルド代表がその間に帰ってくることを祈る」


「ふん……しっかりクルムズ領で考えておくんだな。今回のミラージュコア破壊作戦で、他の領にも影響が出ただろうよ。今から報告のあるダム制圧事件なんてものはまさしくそうなんじゃないのか? なぁ? アズーロ領よ」


アマレロ領の武力代表はクルムズ領の代表者たちに対し、かなりの皮肉を込め、そのままアズーロ領の代表者たちを一目見る。アマレロ領の武力代表と目があったレオナルデ代表が挙手した。


「それについては私から説明しよう。アズーロ領の主要ダムのうち、オーランゲ領へ流れる川を制御するアステルダムだが、先般、ダム制圧に関わったものたちを捕縛したのち、その対応を終えた。オーランゲ領からも応援を出していただいたこと、改めて感謝申し上げたい。貴領の大陸食糧供給率に影響はなかっただろうか」


レオナルデ代表もケマル代表同様、淡々と報告していく。レオナルデ代表への問いに対し、ネーブル代表が回答した。


「オーランゲ領での食糧供給率はアステルダムが制圧された前後に比べて大幅に回復しております。現在、こちらで作っている農作物、その他畜産に関しても安定に供給できる環境が整っています」


ネーブル代表の言葉を受け、レオナルデ代表が続ける。


「それは良かった。さて、ダム制圧事件について続けさせてもらう。事件に関わった首謀者らはアズーロ領にいる海賊たちであることが分かっているが、その首謀者らは未だ行方不明が続いている。……それこそクルムズ領のゴルド代表のように。ただ、事件の関係者らへの聞き取りの結果、“2人の女性”がダム制圧事件の解決に一役買ったようだ。まだ断定できないが、おそらく……BOSの人間であると推定している」


「なんだと……!?」


「そんなことがありえるのか……!?」


レオナルデ代表からの報告で虹彩会議場はどよめいた。何人かは同じ領の代表者同士でヒソヒソと話し合っている。また何人かは大きく目を見開き、続きを早く教えろと言わんばかりの代表者もいる。


「まだ断定できない……のは2人組の女性のうち1人が“青のオーラ”を纏っていたからだ。先ほどケマル代表からも報告があった、BOSにいた“執事服の剣士”ともまた、別の人物のようだ。念の為申し添えると、すでにアズーロ領では関係者らの聞き取りで聴取した容姿を元に、当領主館にて大規模な調査を実施したが、対象となり得る者は存在しなかった。一応、容姿を伝えておくと黒髪の少女が10代後半ぐらい、金髪の女性が20代前半ぐらいだったようだ。残念ながら名前は分からない」


容姿をメモ書きする各領の知力代表者たち。同時に知力代表からは驚きの声が上がる。


「アズーロ領の海賊といえば荒くれ者で有名なはず……それをたった2人で壊滅させたというのか……」


「その荒くれ者たちをー、2人だけで倒したんならー、強さだけで言えばBOSの人間、というのは筋が通ってるわー!アハハハ!!」


レオナルデ代表が咳払いし、続きを話し出す。


「なぜダム制圧事件にBOSが関与したかは分からない。ただ、先般のミラージュコア破壊作戦から、この大陸における“何か”が変わろうとしている。我々アズーロ領はBOSの人間がいつ現れるか分からないことを大変危惧している。そのため我々アズーロ領は“青の洞窟”で“インペリアルサファイア”の採取を行うつもりだ」


またも虹彩会議場がどよめく。ヒスイ領の精神力代表、ゼン代表が挙手し、意見を述べた。


「大陸外側のダンジョンは大型魔獣が住処。そこに人間が足を踏み入るのはアズーロ領内で魔獣の生態系が大きく関わる可能性がありますが、そちらに対する考えはどうでしょう? いささか領民たちに影響がある話。おいそれと承認するわけにはいかない気もしますが」


レオナルデ代表がゼン代表の問いに答える。


「そもそも青の洞窟自体、人類は未到達のエリアであり、軍艦でなければ到達は難しい場所にある。また、青の洞窟を拠点にしている魔獣たちの活動がどのようになっているかも不明な点が多い。逆にインペリアルサファイアを採取したあと、魔獣や他の生き物の生態系にどう影響されるのかどうか、確認できたものを虹彩会議で報告する予定だ」


今度はリラ領の知力代表が挙手する。


「そこまでしてー、インペリアルサファイアを採取したとしてー、今後のアズーロ領の方向性を教えてほしいわー」


その問いにもレオナルデ代表が答える。


「仮に採取できた場合はそちらリラ領の”ヒース・ハーギル博士”に調査を依頼するつもりだ。ケマル代表の話と重なるが、今は一刻も早く兵士たちのオーラ回復を優先したい。インペリアルサファイアの力で兵士たちの青のオーラエレメントが回復するのであれば、それに越したことはない。今はBOSがアルクス大陸に干渉した可能性が極めて高く、それがあまりにも脅威であると声を大にしてお伝えしたい」


レオナルデ代表の意見に賛同するものが多いようだ。複数の代表者たちは頷いている。


「過去の虹彩会議の記録ですら、BOS側がアルクス大陸に来たという記述はないはずです。なぜダムに干渉したのか……そして青のオーラ……不可解な点が多すぎますわ」


クルムズ領の精神力代表、エメル代表が顎に手を当て考え出す。その発言を受け、オーランゲ領のニコール代表がアマレロ領、リラ領の代表者たちに目線を運ぶ。


「逆に今この状況でアマレロ領、リラ領が協力してもらえないと困るんだけどね。その辺りはどうなの?アマレロ領、ペドロ代表、シモン代表?……そしてリラ領のアルフレッド代表とロアール代表も」


アルフレッド代表以外は3人とも少し眉間にシワが寄っていた。


「……現在、BOSに対抗できるものをアマレロ領にて開発中です。ただし、実際にその手段を使おうと思うと黄のオーラエレメントは必要不可欠。運用できるのは現時点でアマレロ領の領民のみですね。まだ試作段階なので何とも言えません。……どちらにしろインペリアルサファイアの採取は条件を課すべきかとは思います」


「そもそもリラ領はオーラエレメントの研究において各領に貢献しているはずだ。今回の兵士らがオーラが纏えなくなった件についても、サンプルとなる人物がいれば回復に向けた調査は十分可能だ。……インペリアルサファイアをこちらに預けてもらうのもやぶさかではないが、各領の意見はないか」


アマレロ領からは知力代表のシモン代表が、リラ領からは精神力代表のロアール代表がそれぞれ回答する。またアマレロ領、ペドロ代表がニヤニヤしながら発言した。


「今シモンが言ったように、インペリアルサファイアの効果が分かれば虹彩会議にて報告するよう注文させてもらう。これでアズーロ領の兵士たちの青のオーラエレメントが回復するようであれば、各領がインペリアルの名を冠する宝石を採取することに前向きにはなるだろう。……その間にアズーロ領、リラ領が結託して他の領に攻め込むことがなければいいがな」


「((……どの口が……!))」


アズーロ領のカテリーナ代表、その他各領の代表たちの何人かが唇を噛んだ。


「……その他に意見がないようであれば、インペリアルサファイアの採取に向けたアズーロ領の動きは承認します。その代わり、インペリアルサファイアの効果については、アズーロ領、リラ領から虹彩会議にて報告することを付帯させていただきます」


ネーブル代表がペドロ、シモン代表の意図を汲み取り、承認される。レオナルデ代表が含みをもって発言した。


「……少なくともペドロ代表のところみたいに勝手に兵器を試作するようなことはしないつもりだよ。またインペリアルサファイアを採取できたときはリラ領、アルフレッド代表に封書を送らせてもらおう」


「それはいただくわー。であればー、“インペリアルアメジスト”についてもー、調べる必要がありそうだしー、その辺りはうちの代表たちと話し合っておくー。インペリアルアメジストの採取ももちろん承認でいいよねー?」


アルフレッド代表の追加の発言に対し、そちらも無事に承認された。ペドロ代表が睨みを聞かせたのをレオナルデ代表は察し、あえてスルーした。議事を行うオーランゲ領、ニコール代表が締めにかかる。


「さて、本日の議題も終わったので最後に一言。今回アズーロ領の海賊たちがダムを制圧したように、オーランゲ領内の不穏分子が、大陸全体の食糧を供給している場所に攻め込むとも限らないわ。しかもアズーロ領の話からもあるように、BOSが大陸に絡んできている可能性が高い。レオナルデ代表の言うとおり、ミラージュコア破壊作戦からこの大陸の“何か”が大きく変わろうとしている。今まで以上に各領の連携が重要になってくるから、そのつもりをしてもらえると助かるわ。では、本日の虹彩会議はここまでとしましょう」


次々と虹彩会議場をあとにする代表者たち。そのうちの1人、アマレロ領のペドロ代表はまだ目が細いままだ。


「(ちっ……レオナルデめ……俺にけしかけやがって……まぁいい……“あれ”ができたら俺の目的もある程度は達成される。威力を上げるためにも“インペリアルトパーズ”は採取しておく必要があるな……!!)」


ペドロ代表は不敵な笑みを浮かべ、アマレロ領へ帰るのだった。



【∞】



ー <アルクス大陸”青”アズーロ領> ー



再びアズーロ領にやってきたタリム、オペラ、セイジ、キャロの4人。


今回の目的は以前、ダムの事件があった際に受け取った“青のオーラバッテリー”について、詳しく聞き取ること、そしてオーラバッテリーがはめ込まれる“機械の機構”について、作った人を探すことだ。


ちょうどカモたちの飛行が終わり、再びアズーロ領に到着する。アルコバレーノの街の空港では、少し色黒で逞しい身体のお兄さんがいつも通り出迎えてくれた。


「おかえりなさイ……と言うのが正しいのかは分かりませんガ、数日ぶりですネ皆様」


「約束通りアズーロ領に帰ってきましたよ!」


えっへんとオペラがドヤ顔している。その片隅でキャロがカモたちといつものように戯れていた。


「それでハお気をつけテ」


空港を抜けるとアルコバレーノの街の水路には小船が行き来している。数日前に見た干上がりがまるで嘘のようだ。


「まずは領主館に行って、レオナルデ代表に話を聞きに行こう」


タリムの号令に「おー!」と声と手を上げるオペラとキャロ。淡々と船の手配をするセイジ。


領主館で受付の人に声をかけ、代表者室に通された4人は、見慣れない代表2人とレオナルデ代表と面会する。


「よく来たなタリム、他のみんなも」


レオナルデ代表が朗らかに挨拶してくれた。武力代表の若い女性、精神力代表の老年の男性にもレオナルデ代表が紹介してくれ、4人は応接ソファに座る。


「ここに来たということは、オーラを元に戻す方法が分かったということか? ありがたいな」


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レオナルデ代表はニヤリと笑う。この前会ったのは数日前。こんな早くに分かるわけがない。「揶揄いたい」と顔に出ている。


「レオナルデさん、さすがにそれは無理があるでしょ」


武力代表のカテリーナ代表がレオナルデ代表を諭した。カテリーナ代表は先のミラージュコア破壊作戦でミラージュコアを破壊した4人のうちの1人だ。


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カテリーナ代表はレオナルデ代表とは違い、青い髪をポニーテールにしていた。頭には細い青のヘアバンドを着けていて、背はタリムと同じくらい、筋肉質だが細身、歳はタリムよりも少し上ぐらいだと思われる。アズーロ軍の兵士らが着用している青と白を基調とした軍服を身につけている。


「先にこちら側から……『あの話』を…………してやったらどうじゃ……レオナルデ」


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精神力代表のハンス代表の一声。ハンス代表はヒスイ領の左都植物研究所の所長であるトクサさんと同じぐらいの年齢と思われ、見た目はわずかに白髪が残っている丸坊主のおじいちゃんだ。ダブルジャケットに緩いズボン、黒い帽子と首元の青いスカーフがとてもよく似合っている。背はオペラより低いと思われ、座っているのに腰が曲がっている。見た目で判断してはならないのは十分分かっているが、ヨボヨボで生気をあまり感じない。大丈夫だろうか。


「そうでした。……まずは先のダム制圧事件の犯人らが何人か見つかったところから話さないとな」


レオナルデ代表が襟を正した。全員がレオナルデ代表の話を聞き入る。


「犯人と言っても計画の中枢を担っていたものではなく、あくまで首謀者に雇われただけのものに限るがな。見つかったときは全員くたびれていて、アズーロ軍を見るなり泣き出した奴もいたそうだ。そして、全員が“オーラが纏えない状態”で発見された。見つかったのは君たちが事件を解決した約3日後だ」


「!?」


キャロ以外の3人は驚き、対照的にキャロはあっけらかんとしていた。キャロは呑気に「そうなんだー!」と明るい声でレオナルデ代表の言葉を返していた。


「まるでミラージュコア破壊作戦のあとのような結末……か」


タリムがボソっと呟くと、カテリーナ代表が頷き発言した。


「そのとおりよ。事件を起こした首謀者らはまだ行方不明。クルムズ領の武力代表、ゴルドと一緒で」


声の抑揚がないため、少し皮肉もあることを察するタリム。


「その節はご迷惑をおかけしました」


タリムは応接用のソファからすぐに立ち上がりカテリーナ代表に深く礼をし謝罪した。カテリーナ代表は首を横に振る。


「あぁそうかごめんね。まぁ座りなよ。話は逸れるけど、少しだけ……ゴルドの弟である君に私事を話していいなら……」


カテリーナ代表の顔に血管の筋が見えた。どんどん顔が怖くなっていく。


「私が初めてこの領の武力代表に選ばれてすぐの虹彩会議に出席したとき、ゴルドに話しかけられた。そのときに私と同い年だったことが分かったんだけど、それが分かった途端にずっっっと馴れ馴れしかったし、その後もいつも会議で傲慢な態度だったからムカついてた」


カテリーナ代表が語気を強める。反対にタリムが青ざめる。レオナルデ代表を見るとウインクされた。耐えろということか。


「ミラージュコア破壊作戦のときもアズーロ軍を率いているっていうのにあんな“余計な一言”を言っちゃってまぁ……。やむなくアズーロ軍を作戦に使ってあげたっていうのにあの態度はなんなわけ? ってなってたの」


タリムは胃がキリキリと痛む。確かに余計な一言を言っていた記憶はある。


「君の前で申し訳ないけど、今回のミラージュコア破壊作戦、無理やり進めたゴルドが行方不明って聞いて、せいせいしている自分もいる。自業自得じゃん……ってね。……少なくとも家族の君の前で言うセリフではないね」


今までこういった直接的な表現をする代表はいなかったので、タリムは少し驚く。そもそも兄ゴルドがそれだけ憎まれることをしでかしたのだ。他の領の代表たちに同じことを言われても、自分では納得していた。


「まぁまぁカテリーナさん。私事はそれぐらいにして……ダムの事件のその後を順番に説明しよう。……君たちが見た謎の女性2人は『ダム付近の森を探してくれ』と話していたはずだ。実際、アズーロ領内にあるダム全ての周辺の森、山を軍が捜索したところ、事件解決の約3日後にオーラが纏えなくなった海賊に雇われたものたちが突如現れた」


レオナルデ代表がカテリーナ代表を宥めつつ、続きを話してくれた。聞き覚えのある話だ。


「もしかしてその海賊たちは謎の牢屋に入れられていた……なんて話は……」


タリムは恐る恐るレオナルデ代表に聞く。レオナルデ代表はゆっくり頷く。


「その通りだよタリム。今回アズーロ軍で身柄を拘束したもの全てに事情聴取をしたところ、君やアズーロ軍の兵士たちと同様、3日程度は謎の牢屋に入れられていたようだ」


タリムの予想は的中した。背筋に嫌な汗が流れる。


「その他にも面白い話があった。アステルダム以外のダムに配置されていた人たちは『誰にやられたのか分からない』と供述している。逆にアステルダムに配置されていた人……首謀者とは別の海賊たちは『魔女のような大きい帽子を被った女性に完膚なきまでやられた。その女性は青のオーラを纏っていた。もう一人黒髪の少女がいた』と供述している。要は君たちが話した2人の女性は、その海賊たちも相対したわけだ。その海賊たちが軒並み謎の牢屋に入っている………これがどういうことか、もう分かるだろう?」


「(2人に対峙したとき、僅かに黒のオーラエレメントを感じた自分の感覚は間違いじゃなかったということか……やはり“黒”……)」


レオナルデ代表から補足説明もあり、黒髪の少女と金髪で魔女のような見た目の女性がBOSの人間だとほぼ断定された。


「今のレオナルデ代表からの説明に追加させてもらうとすれば、黒のオーラの能力と推定されるものの中に、恐らく瞬間移動する力があることが分かっています。今回の事件、BOSにいた執事服の男性は誰も見ていないと思いますが、奴ならばアステルダム以外のダムを襲撃することは一人でも十分可能です」


タリムの分析を一同黙って聞く。


「気になるのは女性たちが『私達の住んでいるところにも水が来ない』という発言したことや『青のオーラを纏える』点です。2人の女性は海賊たちがアズーロ領に帰ってくるのが分かっていたはず。にもかかわらず、俺達にすぐにバレる嘘をつく意味が計り知れないです」


「我々も同じところに辿り着いているよ」


レオナルデ代表は真剣な眼差しでタリムを見た。


「こちらが気になっている点のもう一つ、それは海賊たちの悪行を裁いているという点だ。もし仮に彼女らが“黒”だとして、彼女らがやっていることは、程度こそ違うものの我々アズーロ軍と大差がない。“黒”が完全な“悪”とは言えないのではないか。正直興味が尽きないぐらいだ」


タリムはレオナルデ代表の話に妙に納得した。ミラージュコア破壊作戦で行方不明になったのは兄ゴルドのみ。当初はBOSに侵入したことへの報復、一種の見せしめかと思っていたが、兄がミラージュコア破壊作戦の事前準備として、クルムズ領内の増税にも一役買っていることを思えば、領民にとっての悪行を裁いているという見方もできる。


「ワシが……気になっている……のは………牢屋と思われる謎の塔には転移装置があったらしいのう……。BOSの中に牢屋が……あるのであれば……奴らは……自由にアルクス大陸に行き来できる……。アステルダム以外の……ダムの襲撃は、黒のオーラエレメントの力があろうがなかろうが関係なく……可能であるものじゃ……。ご丁寧にも各領に転移させられるということは……このアルクス大陸のどこかに……BOSがあるのじゃなかろうか………? 青のオーラエレメントを纏える……ねぇちゃんがおるぐらいじゃ………未知の場所から突然現れた可能性はかなり低いはず………zzz」


「確かに牢屋、いや塔と呼ぶべき高さの建物には転移装置がありました。ただ、あんな建造物がアルクス大陸にあったらそれはそれで目立つと思うのですが……」


ハンス代表の発言で、タリムは脳内には塔の中で見た転移装置、そして墓と思われるものがよぎる。


「それって大陸の地下の部分にないのー? だって目立つ場所にないんでしょー?」


キャロが話を聞いてふと思った疑問を口にした。3人の代表たちは少し目を見開くも、話を続ける。


「いい着眼点だ。キャロ。それにハンスさんもご助言ありがとうございます。類推の部分もあるが、兵士たちの見聞きした内容や数々の状況証拠から、君たちが見た2人の女性は限りなく“黒”であると言えるだろう。そしてBOS全体に関して言えば、一人で4つの軍を相手にできる圧倒的な力、大陸全てに干渉できる技術が揃っていると言えよう」


「でも、BOS側から、大陸全土への侵略行為は虹彩会議の過去の会議内容を見ても確認されていない。……どちらにしても警戒は怠らないほうがよさそうね」


レオナルデ代表とカテリーナ代表が各々発言する。


「もっとも……虹彩会議の記録が……すべて真実であるとは限らない……わけじゃがの」


ハンス代表は少しだけ目を開き、ゆっくりと閉じた。一瞬開いたその眼光は、歴戦の猛者を彷彿させるもので、タリムは少し退く。


「ちなみに、青のオーラを纏える人間について、大規模な調査を実施したが、元々アズーロ領に住んでいた……という可能性は限りなく低い。海賊たちや君たちから聞いた情報では、女性の推定年齢は20歳代。アズーロ領から転出した者たちは当然こちらで把握しているが、そのような人物は見当たらなかった」


「……やっぱり“黒”の線が濃厚でしょうね……」


この場にいる全員がゆっくり頷く。キャロ以外は。相変わらず「大変そうだなー!」と呑気に構えている。その後セイジが挙手した。


「そろそろこちらからもお話してよろしいですか。我々がなぜアズーロ領の領主館に立ち寄ったのか。それは僕達がアズーロ領からオーランゲ領に戻ったあとに、いただいたこの青のオーラバッテリーと、キャロが作った橙のオーラバッテリーを調べたからに由来します」


セイジはオーラバッテリーとオーラバッテリーを受け皿にする機構の話をする。……かなり長い話になっており、オペラとキャロの頭から煙を吹き出した。そろそろお暇したほうがいいかもしれない。


「―ついては……この青のオーラバッテリーとダムの制御装置そのものを作った方を、差し支えがなければ教えていただきたい。タリムのオーラ、ひいてはミラージュコア破壊作戦に向かった兵士たちのオーラを戻すため、僕たちの次の目的地はそこになります」


3人の代表者たちは顔を見合わせる。レオナルデ代表がまたもニヤリと笑っている。


「……フフフ。見事だよセイジ。君たちに青のオーラバッテリーを預けたら必ずそれを分析するのは分かっていた。もっと飛躍したことを言うと、君は早いとこヒスイ領の知力代表になったほうがいい。それぐらいの洞察力・観察力、そして知識をもっている。ヒスイ領のインス代表も納得されるんじゃないか?」


レオナルデ代表はとにかく嬉しそうに話している。そんなに楽しいのだろうか。


「……僕がそれを快諾するわけないでしょう。揶揄わないで質問に答えてもらえますか」


少しムスッとするセイジ。レオナルデ代表が大きい声で笑う。セイジを揶揄うのはこの人とトクサさんぐらいだ。


「半分は本気だったが……。さて、質問に対する答えだが、ここは1つ、君たちの実力を試させてくれないか。先のダム制圧事件では君たちに協力こそしてもらったが、結果的に戦闘はしていないはずだ。結果論で申し訳ないが、まだ私たちは君たちの実力が分かっていない。そんな中で、君たちの求める情報を簡単に教えるわけには行かない。何せ君たちが欲しているその情報は虹彩会議で扱うレベルのものだからだ」


「それはレオナルデ代表の言うとおりね。オーランゲ領でのオーラバッテリーの扱いは他の領に比べてだいぶ特殊だからまだいいとして……」


「……ふむ。……青のオーラバッテリーの製造に関することを……いかなお主らでも伝えるのは難しい……このままではな……」


カテリーナ代表たちの意見が揃う。やはり一筋縄ではいかないようだ。目を細めたレオナルデ代表が続きを話す。


「我々アズーロ領は今回のダム制圧事件、そして謎の女性2人が“黒”であると断定したうえで、早々に軍備の強化、要は兵士らのオーラを元に戻す必要があると判断した。そこで鍵になるのがこの領にあると言われるインペリアルサファイアだ。我々はこのインペリアルサファイアを採取することを目的として、すでにアズーロ領のダンジョンである青の洞窟に対し、アズーロ軍を手配している。無論、虹彩会議でも承認済みだ」


やはりこの領にもインペリアルの名を冠する宝石があるようだ。そしてアズーロ領の目下の課題であるオーラ回復のために、インペリアルサファイアの採取に踏み込むスピードが早い。さすが代表者と言える。


「この街のちょうど真反対、最もダンジョンに近いところに“ネアポリ”という港町があるわ。さっきの質問の答えを知りたければ、ぜひその街まで行って、インペリアルサファイアの採取に協力してくれない? 人手はあったほうがいいし、青の洞窟には強力な魔獣たちがうようよしているはず。アズーロ軍だけでは攻略できない可能性も十分にあるから、君たちも戦力になり得るよ」


カテリーナ代表の口元が少し緩んだ。そのままハンス代表が首をカクカクと上下にして話し出す。


「すでに……アズーロ軍からは……アリスが……現地にいっておる。お主らも知っておるじゃろう………」


「アリスもいるのかー!行く行くー!」


ハンス代表の言葉にキャロがここぞとばかりに声を上げた。タリムが返事をせずにインペリアルサファイアを採取しに協力することが決まる。


「ここで代表者たちと話し合っていても答えは見つからないんだ。行くしかないだろう」


「まだ人よりも魔獣のほうが気持ちは楽かな……」


セイジもオペラも各々感想を話した。インペリアルサファイアの周りには潤沢な青のオーラエレメントがあるはずだ。魔獣たちも強力だろう。アズーロ軍も同行してくれるとはいえ心配は尽きない。


「ふふふ……決まりだな。少しだけ待ってくれ。アリスへ手紙を書いておこう。さすがにこのままアリスのとこに行かれたらアリスが困惑するだけだからな」


「(……どっちみちアリスさんは困惑しそうだけれども……)」


レオナルデ代表はペンを走らす。受け取ったアリスの顔が思い浮かぶタリムであった。


「さて……これをアリスに渡してくれれば、アリスも状況は把握できるだろう。……ちなみに、先ほどの質問に答えるかどうかは、アリスの判断に委ねることにする。君たちが青の洞窟でどういう動きをしているか、私たちにはわからないからな」


ニッコリと笑うレオナルデ代表。含みのある言い方だ。


「……この前の事件のときと言い、代表のみなさんは随分とアリスさんを頼っていらっしゃいますが、みなさんにとってアリスさんはどういう方なんですか?」


タリムが単純に疑問だったことを口にする。


「……アリスがこの領の武力No.2という話はしたと思うが、もう少し話すとすれば、彼女は知力も精神力も全て揃った才能の塊……といったところかな」


レオナルデ代表は少し神妙な面持ちになった。


「この代表という役割は本来3人を選出しなければならないんだけど、アリスはアルクス大陸初の“3代表兼任”ができるんじゃないかって私達は考えてる。……まぁ当の本人はそんな重責、嫌がるだろうけどね」


カテリーナ代表は半分笑い、半分呆れている表情だ。


「ワシからは……何も言うまいよ………………zzz」


目を閉じたハンス代表も一言発したが、もはや寝言にしか聞こえない。いや、さっきの動きも含め、もう寝ているのかもしれない。


「そのアリスが青の洞窟での君たちの動きを見て『力不足』だと言うのであれば、それは『力不足』として見る。我々はアリスに全幅の信頼を寄せているからだ。フフフ……君たちの健闘を祈るよ」


レオナルデ代表の言葉を聞いて、4人は代表者室をあとにした。代表者たちからアズーロ領の地図をもらったため、そのまま領主館の中で今後の方向性を決める。


「とりあえず目的地は決まったな。地図でいうとここ……港町ネアポリだ。さっき代表たちが話していた青の洞窟がここか……」


「私も頑張らないと……! でもお母さんやお父さんが会いたくないって言ってた大型の魔獣と、今度は戦うことになるんだよね? ………一気に不安になってきた……」


「“シリエトク”の合成植物であの力なんだ。オペラの気持ちはよく分かる……」


「大型の魔獣ってどれぐらいの大きさなんだろー? ケツァルよりも大きそうだなー!!」


不安な者が3名、楽しそうな者が1名だ。目的地が決まったため、アルコバレーノの街を散策することにした。前回、アルコバレーノの街に訪れたときはろくに散策もできなかったのが大きく、オペラからとんでもない圧を感じたのでやむなしである。



【∞】



一向は領主館からすぐ近くに止まっている小舟の船頭さんに声をかけ、オススメの観光スポットがないかを聞いてみた。


「おっ、観光かいお姉ちゃんたち。そうだなぁ……1番有名なのはあそこにも見えてる“マルコ広場”だが、少しゴンドラで動くんだったら、“ムラノ島”、“ブラノ島”もいいぜ。アズーロ領伝統のガラス細工やレース細工なんかの体験もできる」


横の小舟に乗っている船頭さんも話に加わる。


「やっぱり“ポンテ橋”と“ポンテ市場”は外せんだろ。やっと水の流れも元通りになったんだ。この前、橋のそばを通ったとき市場は賑わっていたぞ」


話を聞いているオペラとキャロは目を輝かせながら、タリムを見た。


「タリム!全部回るよ!」


「見るだけで頼むぞ、見るだけで……」


結局小舟……もといゴンドラの船頭さんに交通料を払い、アルコバレーノの街を観光することになった。ゴンドラの居心地もよく快適である。ものの数分でムラノ島にたどり着くと、水路のそばの家がとても色鮮やかに塗られているのに気付く。


「可愛い家~! なんであんなにカラフルなんだろ?」


「なんであんなにカラフルに塗られてるのかって? この辺りは霧が出ることがあって、目の前ですら見えなくなるときがあるのさ。おんなじような色だと自分の家が分からなくなっちまう。だからあれだけカラフルな色にしてあるのさ」


「「なるほど~」」


船頭さんの説明も上手なのでつい聞き入ってしまう。ムラノ島はアズーロガラスも有名で、クルムズ領から派遣された火の使い手たちと一緒にこの場でガラスを作っているらしい。体験こそさせなかったが、ゴンドラ上からも陽の光に照らされた美しいステンドガラスが目に入ってくる。


続くブラノ島もムラノ島と同じくカラフルな家が多く、理由は同じだそうだ。こちらはガラスではなくアズーロレースが有名で、魚を捕まえる網などに使われているらしい。実物は拝めなかったが、この水路の下にも眠っているのだろう。


「さ、次はこっちのゴンドラに交代だな」


領主館前、マルコ広場に戻ってきた4人は先ほど会話に加わってきた船頭さんのほうのゴンドラに乗り換える。次はポンテ橋と市場だ。


「早速見えてきたが、あれがポンテ橋だ。どうだ?立派な造りだろ?」


「きれい~!」


ポンテ橋は水路にかかった白くて巨大な橋だ。水路から見た橋は左右対称になっていて、立派なアーケードがある。どうやらアーケードの周辺が市場になっているようで、橋の上は大賑わいだ。


「私たちも見に行きたいんだけど!?」


「そうだぞタリムー?」


女性陣からの非難の声。船頭さんは『ははは』と笑い、ポンテ橋付近で4人を降ろしてくれた。その足でポンテ橋を渡る。


「お嬢ちゃんたち! 魚が安いよ!! こっちがブランジーノ、そっちがバッカラだ!! ローンボもオラータもあるぜ!!」


「そこの兄ちゃん! アズーロ領産の野菜も見ていきな!! ロマネスコにフィノッキオもある!!」


そこかしこの店主から声をかけられる。


「ほぉ……あまり馴染みがない野菜があるな。店主の方、これを一ついただけないか?」


「まいどあり!」


1番食い付かなさそうなセイジが八百屋の野菜たちに惹かれロマネスコを購入していた。


「やっぱりアズーロ領といえば魚だよねー!」


「どれも美味しそうだなぁ……じゅるり」


オペラとキャロは魚たちを見てよだれが出ている。


「魚はやめてくれ、どこで調理するんだ」


タリムのツッコミのもと、ポンテ市場を通過した。しばらく道なりに進んでいくと、前にも通ったリベルタ橋がお出迎えしてくれる。


「さ、アルコバレーノの街の観光はこれくらいにして、次はこの前もいったネーデルの街に向かうぞ」


「え~」


「もうちょっと楽しめたと思うんだけどな~。まぁタリムが言うなら仕方ないね。ネーデルの街もこの前観光できなかったから楽しみ!」


キャロの落胆した声と、オペラの話を聞き流しつつ、一向はネーデルの街に向かう。この旅の目的がオペラとキャロのせいで観光に変わりつつある。恐ろしい。



【∞】



アステルダムに向かったときと同じ道を進む4人。川が元に戻ったからか、この前魔獣として出会ったスライムや青いザリガニはほとんどおらず、代わりに川で泳げる魚たちが見える。


穏やかな川……と思いきやそうでもなく、水面から魚……もとい淡水魚の魔獣がこっちに向かって鋭い牙をちらつかせながら飛び掛かってくる。青い鱗が特徴的で、50cmを超える固体だ。


「魔獣が出てくるのが早いよ!!!」


「アステルダムの帰りに全然魔獣に会わなかったのって、よく考えたらアリスさんやアズーロ軍が蹴散らしてくれていたからか~」


オペラの発言に対し、タリムは呑気な声だった。ある意味一直線に飛び掛かってくるだけなので簡単に避けれてしまう。陸上に上がってきた魚たちは泳げないのでなすすべなく跳ねているだけだ。


「オペラ、火の魔術を頼む」


「分かった。”キラズ・フレイム!”」


セイジの一言で気を取り直したオペラは、寸分の狂いなく火の魔術を淡水魚の魔獣に当てて見せる。見事な焼き魚の完成だ。


「魚たちにも火の魔術は有効だな。レオナルデ代表たちから特段魚の魔獣に対する心構えなどは聞いていないから、ここでも魔獣たちは倒していくことで問題ないだろう。キャロ、お前は無闇に斧で攻撃しないこと。分かったか?」


「はーい!」


ヒスイ領でセイジが説明してくれていたのと同様、アズーロ領の魔獣たちは青のオーラエレメントがなくても水が存在しているため、大陸内部であっても生き物と魔獣が混在していても不思議ではないようだ。先ほどの淡水魚はセイジの話によればアーリーと呼ぶらしく、ここでもセイジの知識が披露される。


ひたすら川の横の道を進むため、アーリー以外の魚たちも飛び掛かってきたが、セイジの許可を得たキャロが次々と斧で川のほうへ魔獣たちを跳ね返していた。


「残念!当たらないよー!!」


「これは……ラミレジィか? そしてこっちはデンプシーか……川で住めるようになっているのはやはり魔獣化の影響なのか……?興味深いな……」


「すごい光景だね」


「そうだな……」


キャロとセイジを先頭に、後方に続くタリムとオペラ。キャロが防ぎきれなかった魚たちが道でピチピチ跳ね、その様子をセイジが観察するという面白い状態になっている。その状態はネーデルの街までしばらく続いた。



【∞】



一行はネーデルの街に到着した。こちらも先の水不足が嘘のように街中の水路は回復している。アルコバレーノの街と同じく、水路にはゴンドラと呼ばれる小舟があちらこちらを行き来していた。


「さ、ネーデルの街も観光するぞ~!」


「おー!」


オペラとキャロがズンズンと街の中を進んでいく。


「俺のオーラを元に戻す旅だったはずなのに、旅の目的が観光になってるんだって!」


「キャロが仲間になってから随分と女性陣たちに振り回されているな」


タリムとセイジはオペラとキャロを追いかける。女性2人はすでにゴンドラの船頭さんに話しかけているところだ。


「そうだなぁ、やっぱり見所としては“ザーン地区”にある大きな風車と、“シンゲル地区”の花市場かな。花市場ではゴンドラに乗りながら買い物ができるよ」


「「「花市場!!!」」」


何とオペラとキャロだけでなく、セイジまで声を重ねていた。セイジが少し顔を赤らめつつ、咳払いする。そんなセイジを見てオペラとキャロはニヤニヤしている。


「タリム、僕もお前を振り回して申し訳ないが、花市場には行かせてくれ……」


「そこまでの熱量であれば……行こうか」


セイジの説得に負け、一向は再びゴンドラに乗り、シンゲル地区に向かう。水路に沿って並ぶお店では、植物の種から色とりどりの花から大量に揃えられていた。その他にも植物栽培用のキットや、果物の苗なども売られていて、盛大に賑わっている。


「「すごーい!」」「素晴らしい…………」


およそ3人は平静を保てていない。セイジに至っては小さく拍手するほどだ。


「見てタリム! ラーレの街のチューリップもある!」


「本当だ……」


どうやら自分たちの住む街の特産品であるチューリップは、ネーデルの街に運ばれているようだ。ご丁寧に“クルムズ領ラーレ産”とまで書かれた札がある。


花市場を一通り見たあとは、結局またゴンドラに乗って今度は“ザーン地区”の大きな風車まで向かった。


「綺麗な景色~!」


水路の幅が大きくなり、ヒューム川まで出てきたようだ。川の側には等間隔で並んだ大きな風車が立ち並んでいる。


「よく考えたら風車って何のためにあるんだろ?」


オペラの素朴な疑問に船頭さんが答えてくれた。


「この辺りはヒューム川の影響もあって、氾濫すると水に沈んでしまうし、土地も水浸しになる。昔のアズーロ領の人たちは水の管理が極めて重要ということを知っていたから、風車や堤防、必要ならダムを建てていったわけ。風車の多くは土地の干拓に使われていた名残よ」


セイジは頷くも、オペラとキャロは頭に“?”を浮かべている。後々、セイジからありがたーい講義があり、さらに2人の頭から煙が出ていたのは言わずもがなである。


「ゴンドラの案内だとここまでだけど、せっかくなら“リッセ公園”まで行ってきたらどう? お花、好きなんでしょ?」


ゴンドラの船頭さんがネーデルの街まで送ってくれ、新たな観光スポットを紹介してくれた。困ったことにオペラとキャロだけでなく、セイジも首を縦に振るため、タリムは半ば呆れながら目的地まで歩くことにした。


歩くこと数十分、ネーデルの街の端にあるリッセ公園に訪れると、そこら中花畑になっていることに驚く。


「「わぁ……!!」」


「…………」


辺り一面にチューリップ、スイセン、ヒヤシンス、ムスカリなどの花が咲いており、見ている者を魅了する。セイジはすぐさま紙とペンを取り出し、その様子をササッと書き始めた。


「もしかしたら新しい技のヒントになるかも!」


「とってもいい匂いがするぞー!」


色んな思いが交錯しつつも、それぞれがリッセ公園を楽しんだ。結局あっという間に日が落ちてしまったため、4人はネーデルの街で宿を取った。目標のネアポリの街まであと半分ほどだ。



【∞】



「あれは……ベルベットだな」


「青くて可愛い!……キャロちゃん、倒したらダメだよ?」


「分かったー!」


セイジから放たれた一言で全員が同じ生き物を見た。淡水魚の魔獣に見慣れていたのもあり、とても小さく感じるが、どうやらエビの仲間らしい。濃い青の身体がとても美しく、オペラが近寄ろうとすると逃げていった。


現在は少し山間を抜けて、元々いたヒューム川とは別の川におり、川に沿った道をひたすら下っているところだ。一山越えたからか、名も分からない川の上流にいるようで、透き通るような川と豊かな自然に囲まれている。


ベルベットは魔獣化していないことから、この近くにはミラージュコアがある可能性が高いが、ミラージュコアには近寄らないのが鉄則。ネアポリの街を目掛けて山道を進んでいく。


「もう少しでアリスに会えるのかー?」


「そのはずだ。もう一山越えたあたりでネアポリの街に着くと思う」


セイジはレオナルデ代表から渡された地図を見ながらキャロの質問に答えた。


「山道でセイジがくたびれていないところは初めて見たような気がするな」


「確かに!」


前回、アステルダムまで向かったときはかなり急峻な山道だったこともあり、今回ネーデルの街とネアポリの街を結ぶ山道の移動は比較的になだらかで楽だ。オーランゲ領ほどではないが、ある程度道も整備されており、体力を消耗しにくいのだろう。


「うるさいぞ。……アズーロ領は漁業がさかんだと聞く。アルコバレーノの街で売られていた魚の鮮度も確かだったんだ。ある程度行商人のために道も整備されているんだろう。おかげで少し楽だ」


「とりあえずもうひと踏ん張りだね!」


「おー!」


セイジの話を無視してオペラとキャロが楽しそうに会話している。川のほうを見るとベルベットたちが大きな石の隙間からこちらを見ていた。この光景だけ見れば平和なのだが、青の洞窟でどんな試練が待ち受けているかわからない。タリムは剣の柄を強く握りしめた。



【∞】



ネアポリの街の入り口は海の潮風が鼻につく。港にはアズーロ軍の軍艦の他に小さな舟も並んでいて、漁港も兼ねているようだ。今回は観光をよそに、すぐさま軍艦の並ぶ港に向かう。タリムの足は速い。


「「観光はー!?」」


オペラとキャロからは非難の声が上がったが、すかさずタリムは突っ込んだ。


「まずはアリスさんに会う話だっただろ?!」


2人はハッとし、港に向かって真っ直ぐ歩き出した。軌道修正成功である。


そこまで入り組んでいない街を足早に歩き、軍艦が並ぶ港にやってきた4人。アズーロ軍は列を作って武器や資材を船に搬入している。何人かの負傷者は肩を担がれてネアポリの街に向かっているものもいた。


そんな中、見たことのある女性が大きめの軍艦をボーッと見つめている。遠目からでもその女性がアリスさんであることが分かる、白と青を基調とした軍服。前回会ったときの汚れはもうなくなっていた。


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「やっほー! アリスー!!」


キャロが淡い橙のオーラを纏い、高速でアリスさんに近づく。それにすかさず反応し、淡い青のオーラを纏うアリスさん。右手は身体の左側にある剣の柄に伸びている。


「……! なぜあなたたちが……? ……とりあえず私に抱きつこうとするのはやめてもらえませんか……ええっと……」


「あははーごめんごめん! 私の名前はキャロット! キャロって呼んでね!」


前にも見たような光景だ。キャロ以外の3人はゆっくりアリスさんに近付き、タリムからアリスさんに手紙を渡す。


「アリスさん、レオナルデ代表から手紙を預かっていますので、まずはこちらを」


「……手紙、ですか……? ひとまず拝見いたしますね……。…………………………………なるほど」


アリスさんは手紙を受け取り、文字に目を通した。しばらく無言になったあと、一言だけボソっと呟き、手紙を軍服の内ポケットにしまった。


「……相変わらず人使いが荒いですね……レオナルデ代表は……」


ため息をつくアリスさん。日頃から相当振り回されているのだろう。


「(個人的には……カテリーナ代表とレオナルデ代表には現場に来てほしかったのですが……。それはさておき、どちらかというとこの方たちを青の洞窟に向かわせるのは、レオナルデ代表の思惑のほうが強く出ていそうですね……。他の領、そして他のオーラエレメントの力を見たうえで、協調の類を試されているのでしょうが………さて、どうしましょう……)」


アリスは逡巡する。ダム制圧事件の際にアステルダムに赴き、戦うことを決めた者たちであることは評価していた。一方で、戦闘能力はまるで未知数なこの4人の処遇をどうするべきか。


「アリスさん……? 大丈夫ですか?」


オペラがアリスさんの顔を覗き込む。アリスは4人の身辺整理のため、一度作戦会議の場に来てもらうことに決めた。


「……そうですね……まずは戦況の報告をしましょう……どうぞこちらへ……」


そういってアリスさんに案内されたのは、ネアポリの街にある“ウォーヴ城”と呼ばれる軍の基地だった。ちょうど港の近くにあり、先ほど軍艦から出てきた負傷者たちはここで救護されている。その他兵士らの療養も兼ねている施設なのだろう。


ウォーヴ城の中の会議スペースには、アリスさんの他、アズーロ軍の幹部と思われる兵士ら数名が集まっており、タリム、オペラ、セイジ、キャロの4人が紹介された。


「……皆さん……この他の領の方たちは先日のダム制圧事件にも加勢してくださった方たちです……。レオナルデ代表からもお手紙を預かっており、一定信頼できる人たちですのでご安心ください……。ではキュラソー少将、戦闘班の戦況の報告をお願いします……」


キュラソーと呼ばれた男性幹部は、ネアポリの街と青の洞窟の周辺地図を広げ戦況報告を行う。タリムは少し懐かしい感じがした。


「はっ。現在、アズーロ軍の戦闘班は小型軍艦4機、中型軍艦2機を用い、青の洞窟周辺の魔獣たちと交戦状態が続いています。安定した状態で青の洞窟内部に到達できるのに、まだ数日はかかる見込みです」


「……ありがとうございます……。物資補給及び救護班のアルバ少将、続けて報告をお願いできますか……?」


今度は軍の後方支援部隊で、アルバと呼ばれた女性幹部から報告がある。


「はっ。武器や食糧などの物資の供給は首都アルコバレーノから滞りなく行われております。淡い青のオーラを纏える人材の確保もできておりますので、救護体制も良好です」


「……ありがとうございます……。あとで参謀のボネール少将にも報告しておいてください」


「はっ」


「(アズーロ軍No.2……か。アステルダムのときに兵士が言っていた“中将”クラス……本当ならキャロが安易に飛び込んでいい人じゃないはずなんだけど……)」


タリムは一人、アリスさんの軍の階級について思いを巡らせた。


「………ヒスイ領に比べて魔獣討伐に対する意識が違うな。別にアズーロ領のやり方に反対する気はないが」


少し訝しんだセイジがボソっと発言した。聞こえていたアリスさんはセイジに向け回答する。


「……アズーロ領の……特に海にいる魔獣は主に海水魚が魔獣化していまして……陸地にある川の淡水魚の魔獣とは違い……かなりの群れになることもあります……。下手したら軍艦側に穴を開けられる場合がありますので……捕まえるか、倒すかを迫られます……」


「ちなみに、魚の魔獣たちは適切に加工すれば人間が食べられる個体が多い。なるべく倒さずに捕まえるよう、軍艦では漁も行っている」


「海の魔獣たちでも、元々人間の食に適さないものや、魚ではない個体で魔獣化しているものは、なるべく追いはらっています」


アリスさんに続き、キュラソー少将、アルバ少将が海の魔獣たちについて説明してくれた。


「うまく考えられてるんですね!」


「なるほど……ある意味魔獣たちとの共存とも言えるな。理にかなっている。疑って申し訳ない」


「お魚食べたくなってきたなぁー……。よし、今から行こ!!」


「待て待て」


キャロを制止するタリム。まだ話は終わっていない。


「……今の報告を受けて、青の洞窟への侵入は、7日後とします……。海水魚の魔獣たちを完全に制圧するのは難しいので、青の洞窟までの航路を確保することを目的としてください……」


「はっ」


「……それから……キュラソー少将、アルバ少将、青の洞窟に連れて行くのはそれぞれの班から2人ずつとします……。青の洞窟内の生態系の調査、洞窟内の周辺調査、そして魔獣たちとの戦闘……考えられるだけでもやることが多いですので……少将らの選ぶ精鋭をご紹介いただければと思います……」


「一度ボネール少将とも相談したうえで、2日以内にご紹介いたします」


「……よろしくお願いいたします。私からもボネール少将に伝えておきますね……。タリムさん、出発は7日後です……。それまでネアポリの街で道具の補充や、武器の手入れなど、よろしくお願いいたします……」


「分かりました」


タリムはアリスさんたちに敬礼し、3人を連れて会議場の外に出た。早速ネアポリの街の散策からスタートする。



【∞】



アリスがウォーヴ城にタリムらを招いたその日の晩、ウォーヴ城の一室に一人の男性が入室した。


「中将殿、本気で奴らを青の洞窟に連れて行く気ですかな?」


ハーブティーを嗜むアリスの前に、恰幅の良い口ひげを蓄えた男性が腕を組みながら席に座った。青と白を基調とした軍服がお腹のお肉ではち切れそうだ。


「……ボネール少将……。ええ、仕方ありません……。レオナルデ代表からの手紙もこちらにありますので……」


アリスはボネール少将に手紙を渡した。


「まーーたあの方たちは勝手に中将殿に依頼して……我々の立場がありませんぞ。そして中将殿もまた、甘いのではないですか? こんなもの突き返せばよろしかろう」


「……ボネール少将のおっしゃることは正しいです……が、断るのは難しいですよ……。ぜひお読みになってください」


アリスはハーブティーをスッと飲んだ。


「どれ、手紙を拝見いたしますぞ……。ふむ…………ふむ………なるほど、確かに断りづらい状況ではありますなぁ。オーランゲ領、ネーブル代表の愛娘とは」


ボネール少将は口ひげを整え目を瞑った。


「……受け入れても受け入れなくても他の領との外交問題になりかねないレベル。ネーブル代表はそれすら利用されるお方ですか」


「……それは分かりませんが、最後の一文がとても引っかかりませんか……? 『アズーロ軍もまた青天の霹靂ということだ。彼らをしっかり見極め吸収したまえ』とのことです……」


またもアリスはハーブティーを啜った。


「彼らの中に軍を脅かす存在が……?」


「……いえ、おそらく逆でしょう……。軍というのはどこまでも規律や規則が重要視され、階級による統率などは最たる例です。……ですが、そういったものにとらわれない彼らの真っ直ぐな気持ちや力を受け、柔軟に対応しろ……そういうメッセージかと考えています」


アリスの手にあるカップの中のハーブティーはなくなったようだ。


「あのお方の“未来予知的な力”は当たりますからなぁ……。仕方ないですが、奴らにも青の洞窟に同伴してもらいましょう。ただし、アルバ少将とキュラソー少将の部下だけでなく、私の部下も一人、調査隊に派遣させてもらいますぞ」


「……構いません。もし彼らが不審な動きをしたら私が取り押さえるだけですので……」


アリスの目が光る。ボネール少将の背筋に冷や汗が流れたのは誰も分からなかった。



【∞】



「さて、ネアポリの街の探索と、必需品を買っておこうか」


ネアポリの街を探索する4人。一行は“スパッカ”と言う名の商店街を歩いていた。辺りは甘い焼き菓子の匂いのに包まれている。


「はぁ……!いい匂い!」


「オペラ!あそこからいい匂いがする!早く行こ!」


キャロとオペラが仲良くお店を回っている。お店にはチーズでできたタルトが置いてあり、店主と思われる若いお兄さんにそのケーキを買わないか勧められている。


「オペラはどこにいっても食べ物の話をしているな」


その様子を後ろから見ているセイジは呆れ顔だ。


「確かに」


タリムが返事している間、しれっとオペラとキャロは商店の若いお兄さんから一口サイズのチーズのタルトをいただいており、味見していた。お兄さんはイオリという名前だそうだ。


「美味しいなこれ!!」


「オレンジの爽やかな風味があって口当たりがいいです……!もっと食べたいぐらい……」


「あなたたち、この“パスティエーラ”の美味しさが分かるとは素晴らしいですね。これはオーランゲ領に店を構える兄が先日こちらに来たときに作っていったものです」


オーランゲ領にいる兄と聞き、ふとお店の看板を確認すると、ヴィブギョールの街でも見かけた“スプリング”という店名に気づく。


「もしかしてヴィブギョールの街で、スプリングと言う名前のお店をやっているミツキさんが言ってた『アズーロ領にいる弟』っていうのは貴方ですか?」


「……ミツキは私の兄です。旅人であるあなた達に話すぐらい、兄が私のことを気にかけていてくれて嬉しい限りです。まさかあなた達が兄さんを知っているとは。兄がヴィブギョールの街でも有名になっているということなのでしょう」


「ミツキさんは川が干上がったとき、弟も含めたアズーロ領のことを信じてると仰っていました。いい人なんですね」


「ええ。ということで兄が作ったこちらのお菓子、当然買って行かれますよね?」


これ以上お店にいるとイオリさんから別の物も買わされそうだ。アズーロ軍に渡すようのパスティエーラだけ購入し、次の商店に移動する。


「せめて洞窟に行くときに持っていけそうな日持ちするやつにしてくれないか」


「そうだった!」


続く“ガレリア”という高い屋根にガラスがはめられたアーケードにも寄り、商店もじっくり見て回った。


「なーオペラ!上見て!蜘蛛の巣みたいになってる!!」


ちょうどキャロはアーケードのど真ん中にいる。上を見るとキャロの言うとおり蜘蛛の巣のように等間隔にガラスが貼られ美しい模様が形成されていた。


「すごく綺麗だね~!」


その様子を傍目にタリムは商店で必要なものを買っていく。セイジがタリムに声をかける。


「何を買っているんだ?」


「念のための少量の布と油、針金かな。できれば松の枝があればありがたいんだが」


「何に使うんだ?」


「前にクルムズ領のダンジョンで火が使えない場所があったんだ。物が燃えるためには空気が必要なんだろ? 青の洞窟内に必ず空気があるかは分からないし、確認できるものがあったほうがいいかと思って」


「一理ある。ある程度は僕の緑のオーラの力でカバーできるかもしれないが、あるに越したことはないな」


その後も順調に買い物を進めていく2人。女性陣はあっちこっちのお店で試食を楽しんでいた。もう少しを緊張感を持ってほしいものだが、確かにこの商店街の甘い匂いの誘惑には負けそうになる。


買い物が済んだ翌日は、アリスさんに許可をもらい、ウォーヴ城でアズーロ領に出てくる魔獣たちの講義を受けた。領が変われば当然出てくる魔獣たちも異なる。少しでも知識を積み重ねて青の洞窟の攻略のカギとしたいところだ。


さらに翌日から出発の日までの間、軍のご厚意で1日のうち午前は講義、午後は軍の戦闘訓練に参加し、対人戦の心得を教えてもらえることになった。最初こそキャロは講義で爆睡、オペラとセイジは対人戦でヘトヘトになっていたが、3日もすれば少し慣れが出てきたようだ。


「……やはりタリムさんは筋がよいですね。元々クルムズ軍に所属していたのもありますし……」


「ええ。オーラエレメントの相性はもちろんありますが、アズーロ軍の一般兵と遜色ありません。さらには水の魔術から身を守るための技もこの短期間で会得されました。戦闘訓練からヒントを得たようです」


「他の3人も同様に防御行動を修練しています。他の兵士らも感化されているのか、いつにも増して戦闘訓練が捗っています。いい刺激になっていますね」


「……なるほど。青の洞窟の攻略が少しでも楽になればよいですが、こればっかりは行ってみないと分かりませんね……。皆さんの部下の調整は無事に終わっていますか……?」


「ええ、ボネール少将にも共有済みです」


「……分かりました」


ウォーヴ城から軍の訓練を見届けるアリスらは、会議室へと姿を消した。



【∞】



アリスさんから話があった7日後がやってきた。アリスさんの指示のもと、中型の軍艦に乗り込んだ4人。今まで乗ってきた街の中のゴンドラとは訳が違う。中型の軍艦は何隻かの小型の軍艦とともに、すぐに青の洞窟に向けて出航した。アズーロ軍の兵士たちが船の周りを警戒しながら青の洞窟を目指している。


「総員、第一種戦闘配置。魔獣が現れ次第各自オーラを纏い迎撃せよ。繰り返す。総員、第一種戦闘配置。魔獣が現れ次第各自オーラを纏い迎撃せよ」


軍艦のどこにいても聞こえるようスピーカーが至るところに設置されている。指示を出しているのは聞き覚えのない声だ。


「……貴方がた4名は青の洞窟に行くまでの間、オーラエレメントを温存しておいてください……青の洞窟で嫌というほど海の魔獣たちとも戦うことになるはずですので……」


「分かりまし—」


タリムが返答しようと思ったときには船が揺れていた。何か大きなものと軍艦が衝突したようだ。アリスさん以外は皆体勢を崩しよろめいてしまう。


「な、なんだー!?」


「もう魔獣が出たの!?」


キャロとオペラは片膝をつき驚いている。


「……早速お出ましですね……」


「待って!キャロちゃん!」


アリスさんの発言を聞いたキャロは、すぐに淡い橙のオーラを纏い、軍艦の甲板部分に走っていった。タリムたちは体勢を崩していたので止められない。


「キャロは全然言うことを聞かないな」


「確かに……。アリスさんすみません……」


「……いえ。彼女が突っ走ることは想定の範囲内ですので……」


タリム、オペラ、セイジ、そしてアリスさんはすぐにキャロの後を追い甲板部分に向かった。キャロは甲板から空中を見上げていた。魚たちは中型の軍艦の上を飛んでいるように見える。


「でっかい魚だー!」


「……いや、大きすぎでしょ!!」


オペラは空中にいる魚たちを見て的確に突っ込んでいる。


「急いで帆を中心に網を張れ!右舷、左舷から海中に向けて網を射出しろ!一網打尽だ!!」


青のオーラエレメントを纏った魚達は勢い良く軍艦に体当たりしてきていた。兵士たちは漁をそつなくこなしているが、思ったよりハードそうだ。セイジが魚たちを見てボソっと呟く。


「ニシン、サバ、イワシ、アジにサンマ……いつぞやの講義で習った“ペッシェ”たちだな」


どれも食用にできる魚たちだが、そこは魔獣、サイズが大きい。本来のサイズは大きくても50cm~1m程度のものだろうが、タリムたちの目の前には体長が2mを超える大物たちがアズーロ軍の用意した網にかかり、青のオーラを纏いながら大量に船の上に飛来している。兵士たちも青のオーラを纏い応戦、すぐに魚たちに対して“シメ”作業にかかり、甲板にある冷凍庫にぶち込んでいく。


「大漁だなー!」


キャロはアズーロ軍の圧倒的な漁の光景を見て楽しそうだ。ひとまずの山場は超えたようだが、また新たに号令がかかる。


「艦前方に高波の出現を確認、総員、第二種戦闘配置。繰り返す。総員、第二種戦闘配置」


号令を聞いた兵士たちは、再度右目を光らせ青のオーラを纏い、一斉に武器を構えた。網はすぐさま片付けられ、甲板は広く使えるようになっている。兵士の一人がつぶやいた。


「来るぞ……“アオミノ”と配下のクラゲどもが……」


「ま、まだ来るの~!?!?」


オペラの悲痛な叫び声がこだまする。前方に現れた高波を見ると、青い身体、大の大人を一回り上回るサイズ、両手と両足、そして尾の付近がカエデの葉のように分かれた見たことない魔獣が立ちはだかる。


「講義で聞いてたけど、見た目がいかつすぎる……!」


目の前の異形な魔獣にタリムは思わず声が出た。手足を除けば陸上にいるヤモリに近いが、サイズが桁違いだ。“アオミノ”と呼ばれた魔獣は複数おり、波の中に紛れた青いクラゲたちをブーメランのようにこちらに飛ばしてきた。キュラソー少将は声を荒らげる。


「注意しろ! クラゲどもは全部生体毒持ちだ! うかつに触れると動けなくなるぞ!!」


青いクラゲたちはそのまま軍艦の甲板目がけて飛んできた。クラゲの本体と思われる箇所から、数mある長い触手が生えており軍の兵士たちを襲う。


「“オンダ・クレシェンテ”!」


兵士たちは一斉に水の魔法を発動し、甲板にいながら水の波を発生させた。クラゲたちは波に飲まれ、元いた海に戻されていく。クラゲたちのうち何匹かは甲板にペシャっと音を立て着地したが、身動きは取れないようだ。オペラがクラゲを見て口を開いた。


「見た目だけは綺麗なんだけど、身体も触手も毒なんだよね。この前の講義で聞いたなぁ」


クラゲたちは触手だけがウネウネと動いているものの、この触手も地上ではゆっくりしか攻撃できないようだ。空中にいるほうが機敏に動かしていたが、どういう原理なのかはさっぱり分からない。


「迂闊に触れないけどどうしたらいいのか……」


「”バレンシア・アックス”!」


キャロは斧でクラゲ本体を引っ掛け、そのまま海へぶっ飛ばしてしまった。その光景は以前クルムズ領で見た、金属でできた棒でボールを飛ばし、そのボールを穴に入れるスポーツにとても良く似ていた。


「なるほど、その手があったか」


「火の魔術……はまだ使わないほうがいいよね」


タリムたちも各々の武器を持って協力し、甲板に落ちたクラゲたちを海に返していく。さすがにクラゲだけではアズーロ軍は怯まない。その様子を見たアオミノたちは、手足を上手く使い、周りにいるクラゲたちを食べ始めた。


「みてみてー! あの大きいやつクラゲを食べてるー!?」


「アオミノとクラゲたちは仲間じゃないの!?」


キャロとオペラが驚きつつもその様子を凝視していた。アオミノたちはどんどん大きくなり、ついにはその体長は大人2人分はゆうに超える。


「……アオミノ自体にも毒がありますので、もし青の洞窟で出てくることがあれば注意してください……スペードのジャック……“オジェーロ・スパタクルタ”」


アリスさんの右目が光り、淡い青のオーラを纏った。青のオーラエレメントが手に持っている剣に付与される。


「何をする気だ……!?」


セイジがその様子を見て目を見開く。アリスさんはそのまま甲板から軍艦の先端部分まで走り出し、剣を大きく横に振るった。刀身から水の刃が飛び出し、目の前の波にいたアオミノたちは一刀両断される。目の前にあった高波はアオミノが倒されたため消え失せてしまった。


「「すごい………!」」


「わぁー!アリス強いなー!!」


「……ボネール少将、目の前の魔獣は殲滅しました。戦闘配置を解除してください……」


アリスさんはオーラを纏うのを辞め、持っている剣を腰に丁寧にしまい、そのまま船室へと戻っていった。


「………総員、引き続き周囲を警戒しつつ青の洞窟へ向けて舵を取れ。戦闘配置解除。繰り返す。戦闘配置解除」


「(さすがアズーロ軍No.2……)」


タリムは1人冷や汗をかいていた。



【∞】



「……着きましたよ。あれが青の洞窟です……」


アリスさんが指を指した方向を見ると、どの軍艦でも入らない、入り口がとても狭い洞窟があった。


「どうやってあの洞窟に入るんですか?」


タリムはアリスさんに問いかける。


「……ここからはこの軍艦に配備されている小型のボートによる少数精鋭で……青の洞窟に入ります……。幸い今日は波もおだやかで晴れているので……入れそうですね……」


「海がしけっているときに青の洞窟に入るのは危険です。みなさん、運がよろしいですね」


補給班のアルバ少将が、アリスさんの言葉に続けて喋る。


「アルバ少将、キュラソー少将、ボネール少将はこのままこの軍艦で待機を……。皆さんがお連れした精鋭5名をここに呼んでもらってよろしいでしょうか……?」


「「「はっ」」」


3人の少将たちが何名かの兵士を呼んでくる。ボネール少将から紹介がある。


「戦闘班からは本当ならタマキとエリチカという兵士に行ってもらう予定にしていたんですが、洞窟のような暗いところが怖いようでして。高い運動能力は持っているんですがもったいない……」


並んでいる兵士たちの中に、そのタマキとエリチカはいるようだ。タマキと呼ばれた背の高い薄い水色の髪の男性兵士と、エリチカと呼ばれたスラっとした身体に金髪の女性兵士は立ったまま身体を震わせていた。


「いやいやいやいや……べ、別に怖いわけじゃねーよ? なぁ? エリチカ?」


「そそそそそそうよ?……暗いところが少し苦手ってだけで……キュラソー少将から声をかけられたときは嬉しかったけど……その……暗いところは……」


身体だけでなく声まで震えていた。このまま青の洞窟に連れて行くのは難しそうだ。


「というわけで、戦闘班からパルマ、ウーディネ、サポート班からアスティ、レニャーノ、私直属の部下のウミに行ってもらいますぞ」


「……分かりました。では皆さんはこちらに……あの小型のボートに乗り込んでください……」


「「「「「はっっ」」」」」


5人は綺麗にアリスさんに向かって敬礼し、すぐに小型のボートに乗り込んだ。


「……青の洞窟からインペリアルサファイアの場所まで、およそ丸1日はかかるでしょう……もし2日後の定刻までに我々が帰らないときは、補給班、戦闘班ともにネアポリの港町へ帰り、すぐにカテリーナ代表に報告してください……くれぐれも新たな兵士を青の洞窟内に寄越してはダメですよ……」


「「「はっ!!」」」


各少将、同伴しない兵士たちが一斉に敬礼した。素晴らしい規律意識である。


「なータリムー。何で私達が帰ってこなかったらみんなに来てもらったらだめなのー?」


キャロは純粋な疑問を口にした。


「洞窟の中がどうなってるかは分からないけど、何日かかっても帰ってこないときって、洞窟の中で魔獣と戦ってたり、何かトラブルが起きてる可能性が高いだろ?」


うんうんと頷くキャロ。本当に話を聞いているのだろうか。


「もし新しく兵士に来てもらってもその兵士たちも洞窟内で魔獣と戦ったり、トラブルに巻き込まれて、結局全員が帰ってこないこともありえる。もし俺達だけが帰ってこないときの被害は最小限にしたいはずだ。それが軍っていうところだよ。冷たいかもしれないけどな」


「ふーん……要はバッチリ魔獣を倒して、ちゃんとここまで帰ってこればいいだけか!」


キャロはアハハと笑っている。そんな簡単に帰ってこれるとは思えない。何せ洞窟の最奥にはインペリアルサファイアがあるはずで、魔獣たちがうようよいるのが想像に難くないからだ。


「では……行きましょう……小型のボートは2つ出します……それぞれ5人は乗れますので……私とあなたたち4人であとの1つを使います……」


「思ったより少数精鋭なんだな……もう少し大がかりな人員で行くと思っていたが」


「……青の洞窟……通称“グロッタ・アズーロ”からさらに“深い場所”に行くためには、これだけの人数が限界ですので……」


アリスさんの説明に4人は首を傾げた。深い場所とはどういうことだ。


「……行けば分かります……」


一同は小型のボートに乗り換え、ゆっくり青の洞窟……グロッタ・アズーロ内へ入っていく。波が高いときはその入り口が海水で満たされ上手く入れないようだ。


「……結局どうやって入るんだろ……?」


「我々アズーロ軍は何日も前からグロッタ・アズーロに入る準備をしてまして……洞窟内部に大きい釘を打ち込み、その釘にロープを結んで洞窟の外側まで持ってきています」


オペラの言葉を聞いた1人の兵士がつぶやいた。小型のボートが洞窟の目の前に来ると、洞窟内部と繋がっているロープが見えた。


「なるほど、これを手繰り寄せながら進むわけか」


「……いきますよ………」


波がちょうど低くなった瞬間、アリスさんはロープを持ち、一気に洞窟の中に入った。中は青と水色がきらびやかに照らされ、神秘的な光景が広がっている。


「わぁ……!とっても綺麗!」


「すごーい!!」


オペラとキャロの声が洞窟内に反響する。洞窟の中は入り口と違い、天井は少し高いところにあり、広さも中型船舶が入るほどには広い。本当に入り口だけがとても狭いようだ。


「……さて、奥まで進みますよ……」


小型のボートにて洞窟を進んでいくと、10分ほどで行き止まりまで辿り着いてしまった。


「行き止まりか?」


セイジも思わず声を上げた。


「……行き止まりの下を見てください………青と藍がかったところが……見えますか……?」


「どれどれ……本当だ。青が濃くなっているところがあるな」


タリムが小型のボートから水の底を覗き込む。


「……あれは“アズーロ・ブーコ”と呼ばれるもので……グロッタ・アズーロはむしろここからが本番とも言えます……あの中に行きますね」


「「どうやって!?」」


タリムもセイジも驚きを隠せない。


「なんだー? 泳ぐのかー?? じゃあ服が邪魔だな……」


「待って待って!?」


キャロは服を脱ごうとするのでオペラが必死に食い止めた。タリムとセイジはすぐに目を逸らす。


「みなさん……“泡の領域(スハイム・レイジオ)”を使ってください……」


「はっ!!」


そんなキャロの奇行をものともせず、アリスさんの指示でもう一つの小型のボートの上の兵士たちは右目を光らせ青のオーラを纏う。小型のボートの周りは水の魔術のおかげで泡のようなもので包み込まれ、そのままアズーロ・ブーコに沈んでいった。キャロはそれを見て服を脱ごうとするのを止め、大興奮している。


「すごーい! 何だそれー!!」


「……私も同じ魔術を使いますが……キャロさん、あの泡の中であまり騒ぐのはやめてください……泡の中で騒がれると、呼吸するための空気の量が少なくなり……目的地までに辿り着く前に全員意識を失います……」


「分かったー!さすがにみんな死んじゃうのは困るもんなー!」


「……助かります……“泡の領域(スハイム・レイジオ)”」


アリスさんと4人が乗っている小型のボートも泡のようなものに包まれた。泡に包まれたボートはアズーロ・ブーコの中をゆっくり沈んでいく。



【∞】



アズーロ・ブーコの中には魔獣が全くいない。いや、いないほうがいいに決まっているのだが、少し違和感があった。


「なぜここに魔獣がいないのか……という顔をされていますね……お二人は」


タリムとセイジが同じ顔をしていたようだ。2人とも眉間にシワを寄せていた。


「……海の中は地上とは違い青のオーラエレメントが降り注ぐことがありません……ほかにも水の中では地上と同じように呼吸できないため、生物たちは魔獣化しない可能性が高いと思われます……ご参考までに……」


セイジは紙とペンを走らせる。数分後、ボートの周りが徐々に暗くなってきた頃、海の底が見えた。海の底にはさらに横方向に繋がる謎の通路があり、ボートはその先に進んでいく。ちょうど「U」の文字のような構造になっているようだ。


その謎の通路も数分で行き止まり、今度は小型のボートが上に向かって浮上していく。


「……タリムさん……言い忘れていましたが……貴方とはそこまで歳も離れていませんし……ここからは私のことは呼び捨てで構いません……。軍の階級もあり気を遣われていたのかもしれませんが……そもそも貴方はアズーロ軍に所属していないですし……。貴方が私を除くこのチームのリーダーなのであれば……グロッタ・アズーロの道中で私へ指揮命令を行う場面もあるでしょう……。敬語も不要ですので……以後、よろしくお願いいたします」


「え!?……いや、ネーブル代表にも同じようなことを言われましたが、あまりリーダーっていう器でもないんですけど……。しかも俺はオペラにオーラエレメントを付与してもらわないと戦うことすら危ういので……。逆に気を遣ってもらって申し訳ありません」


タリムは半分照れ隠しもあり頬をポリポリ掻くも、アリスの真剣な眼差しにたじろいでしまう。


「いや、これ以上は失礼ですね。……改めてアリス、よろしく」


「……ええ」


ボートは水中から這い上がり、辺り一面が白い洞窟に辿り着いた。空気もあり呼吸もできそうだ。先発の兵士5人が、早くも洞窟内の調査を始めている。兵士のうち一人……ウミと呼ばれていた兵士はタリム達が乗ってきたボートを洞窟の岩礁部分に繋いでくれた。タリムたちも洞窟内に足を踏み入れる。


「わぁ~!! 想像していたよりずっと綺麗だね!」


「広いな~~!!」


オペラ、そしてキャロは思ったままを口に出していた。今のところ魔獣の気配は感じない。


「……兵士の皆さんは先行しつつ、洞窟内の調査を……。魔獣がいたら大きな声で伝達をお願いします……」


「「「はっ」」」


アリスの掛け声のあと、アズーロ軍の兵士たちはすぐに洞窟内を先行し、点検しながら進んでいく。



【∞】



洞窟内は暗く、そこら中から水滴が地面に落ちるピチャピチャという音がなっている。兵士たちが簡易な松明を作りながら地面と壁面が分かるように立てかけており、仮に松明の火が消えても、おおよそのルートはこの松明の位置で分かるということだ。


「オペラ、先に赤のオーラエレメントを付与しておいてくれないか」


「わかった。『赤に与する火の力よ』」


オペラの右目が光り、淡い赤のオーラを纏った。すぐに杖から赤のオーラエレメントが放出され、タリムに付与される。


「“アレブ・ブレード”………よし、何とか火の力は使えそうだな」


洞窟と聞いて真っ先に確認したかったことだ。松明の火がついていることを思うと、洞窟内に空気があるのは分かるが、火の力が必ず使えるとは限らない。


「なるほど~! ”ヒエリス遺跡群”のときの反省を生かしてるんだね!」


オペラがタリムに微笑む。小型のボートを置いた部屋からと通路を進んでいくと、行く手が2つに別れた。右か左かどちらに進むべきか。


「アリス中将。右手は行き止まりでしたので、左手に進んでください。右の部屋はクマを形どったような石筍(せきじゅん)がありましたが、魔獣の気配はありませんでした」


すでにアズーロ軍の兵士たちによって右側の部屋は探索が終わっていた。クマを形どった石は気になるが、今は体力を消耗するべきではない。速やかに左側の通路に進む。


「……ちょっと広いところに出たけど……あれはなんだろう?」


「誕生日ケーキのロウソクに見えるなー!」


オペラとキャロは松明で辺りを照らしたときにできた石の影に注目した。キャロの言うように大量のロウソクが揺らめいているように見える。ロウソクに囲まれているため、自分たちがケーキの上にいるような気分だ。


「……洞窟の様相から考えてグロッタ・アズーロは鍾乳洞といえるでしょう……。鍾乳洞の特徴である石筍や氷柱のような石が大量にありますし……」


「石筍ってなんだー?」


「地面から生えているように見える、あちらに見える鍾乳石のことですね」


ウミがキャロの疑問について、すかさず説明してくれた。幸いにもこの部屋も魔獣の気配はないため、一同はロウソクの間の奥に続く道に向かっていく。


「おっと………ここからは一筋縄では行かなさそうだ」


タリムは先行する兵士たちを見ながら呟いた。先程までの通路に比べ、明らかに道幅が狭くなった。人一人、体を横にしてようやく通れる程度であり、まるで深い谷底にいるかのようだ。幸いにして兵士たちも一時的に装備を外すことで何とか進むことができたが、胸板が厚い人間はまず通れないだろう。


横歩きを続けて数分、また別の広間が姿を現した。広間はとても高さがあり、周囲の様子も分かりやすい。オペラとキャロによって「魔女の城の部屋」という名前がついた。どうやら広間に映し出された影が、おとぎ話に出てくる悪い魔女が住んでいるお城に見える……ということらしい。


「アリス中将、この広間に繋がる奥の通路ですが、一方が下り、一方が上りで両方ともトンネルの形状をしています。先程と同様、2人ずつ別れ調査して参ります」


「……分かりました」


兵士たちの報告を聞いたタリムらも協力のため動き出す。


「俺達も別れて動こう。俺とオペラは下り、セイジとキャロは上りのほうを頼む」


「了解!」

「そうしよう」

「分かったー!」


アズーロ軍の兵士2名ずつと2人ペアに別れるタリムたち。アリスは後方を確認しつつ、魔女の城の間でウミとともに待機してくれている。


どちらのトンネルも屈みながらか、匍匐前進しないと進むのは難しい道だ。こんなところで魔獣に出会ってしまったらひとたまりもないだろう。そんな中、タリムたちと一緒に下りの道を進むアズーロ軍の兵士から、大きな声が聞こえた。


「……! すぐに引き返しましょう!!」


どうやら道の先は海の一部に繋がっていて、海水魚の魔獣が睨みつけるように兵士のほうを見たためだ。


「了解!」


兵士たちの後方にいたタリムとオペラは速やかに元の道に引き返す。前方にいた兵士は難しい体勢にも関わらず向かってきた魔獣たちを斬り、前方を注視しつつゆっくり後ずさりする。


「ふぅ………道の先の海底部分が狭くて助かりました。あの場所で先程のアオミノサイズの魔獣が現れていたら倒すのは難しかったと思います」


「いえ、素晴らしい判断でした。ありがとうございます」


タリムとオペラ、二人の兵士たちはアリスとウミがいる広間まで戻ってきた。


「アリス中将、下りの道は海の一部に繋がっており、行き止まりでした。海からこの洞窟に向かって魚の魔獣が侵入する可能性があります」


「……報告ありがとうございます……上りのルートは別の部屋に行き着いたようで……先行しているセイジさんとキャロさんから声のみで報告がありました……皆さん、上りのルートに向かってください……」


こちらのルートはこれ以上先に進めない。アリスは下りの道に設置した松明をタリムとオペラに渡した。調査内容を報告した兵士たちとともに、今度は上りのルートに向かう。


「お、タリムとオペラもきた」


「はぁ……はぁ……。匍匐前進で狭いトンネルを上っていくのは……はぁ……さすがにしんどいな……」


セイジは息切れし、両手が両膝についている。少し開けた空間の中央にはミラージュコアを思わせる巨大な六角柱の建造物が建っていた。鍾乳洞の石筍なので色は白いが。


「この高さの建造物を見ると、黒くなくてもゾッとするな」


タリムは1人身震いしている。言葉の意味が分かるアズーロ軍の兵士たちは首を縦に振り賛同してくれた。


「……幸いにしてミラージュコアではありませんので、先に進みましょう……また2つの道に別れてますので、先程と同じように対応してください……」


「「はっ!」」


「今度は逆で行こう。俺とオペラが上り、セイジとキャロで下りを頼む」


「「いいよー!」

「はぁ……分かった」


ミラージュコアを思わせる石筍がある広場を抜けたところには、さらに二手に道が分かれている。上りの道は鍾乳石から流れ出る滝を上っていく必要がある。滑りやすいことに注意が必要だ。兵士たちは青のオーラを上手に使い、水の力を無効化しているが、タリムとオペラはそうはいかない。


「うわっ!」


「きゃっ!!」


兵士それぞれがタリムとオペラに手を差し伸べ、何とか鍾乳石を這い上がっていく。


「「助かります……」」


「次の岩肌にも注意してください。滑りますよ」


下りの道は広間から少し歩いた先に崖が見える道だった。崖から少し離れたところに水が流れている場所があり、見事な滑り台になっている。


「あはははは!!!水の滑り台だー!!」


「待てキャロ!!」


セイジの言葉も虚しく、キャロは岩と岩の間を流れる川の間にすっぽり入り、そのまま水の流れに身を任せ滑っていった。


「キャロさん!」


アズーロ軍の兵士はすかさず“泡の領域(スハイム・レイジオ)”を唱え、キャロの身体は泡に包まれる。この魔術で岩肌にぶつかる衝撃を吸収してくれているようだ。キャロはどんどん洞窟の奥深く……もとい地下に流されていく。


「おっと……っと~~!?!?」


バッシャーーーンと水の中に着地した大きな音が聞こえた。


「……大丈夫かー!?」


セイジが崖の一番高いところからキャロに向かって叫ぶ。


「大丈夫だよー! どっちみちこの道は水に浸かっててこれ以上いけないみたいー!」


「分かったからすぐに帰ってこい……」


「分かったー!」


セイジとキャロのやり取りを聞き、アズーロ軍の兵士たちは困惑している。


「キャロさんはどうやってこんな急峻な岩肌を上ってくるのでしょうか……」


「え。ああ……そういやお伝えしてなかったですね。彼女の橙のオーラは空間把握に大変優れています。身体能力も並外れているので、もうすぐ帰って………ほら、この通りです」


地下数十mまで流れていったキャロは、ものの数秒で元いた滑り台の入り口まで帰ってきた。いとも容易く。


「滑り台楽しかったなー! また滑ろうかなー。あ、アズーロ軍の兵士さん! さっきの泡のあれ、ありがとうねー!」


「あ……はい」


「まだ道は続いているんだ。オーラエレメントは温存しておいたほうがいい」


「セイジが言うなら仕方ないなー! 帰りに寄っていい?」


「疲れてなかったらな」


セイジとキャロがおしゃべりする中、後方にいたアズーロ軍の兵士たちの顔は若干引きつっていた。4人で先程の白い六角柱の石筍の間に戻っていく。


「アリスー! こっちの道は進めなかったぞー!」


「……報告ありがとうございます……。上りの道のほうはかなり厳しい道のりだと……タリムさんとオペラさんが報告してくれています……。後に続きましょう……」


「分かったー!」


「ハァ……オーラエレメントの前に体力がなくなる……」


アリスの報告にセイジは分かりやすく肩を落とした。



【∞】



タリム、オペラ、そしてアズーロ軍の1人の兵士は物陰に隠れながら、目の前にある大きなドーム状の広間を見つめている。この広間もピチャン……ピチャン……という水の音がそこら中から響きわたっており、その中央には見たこともない生き物がいた。


もう一人の兵士は後方から来るセイジやキャロたちに音を出さないように忠告し、全員静かに広間前の物陰に隠れた。1人の兵士からアリスに報告がある。


「まだこちらの気配にはまだ気が付いていませんが、恐らくあの生き物は魔獣“セイレーン”で間違いないかと……」


「……そうですね……。あの姿は間違いないかと思います……」


兵士の報告にアリスは頷いた。タリムら4人は首を傾げ、オペラから「セイレーンってどういう魔獣なんですか?」と質問が入る。


「すみません……セイレーンと言うのはアズーロ領に伝わる伝承の1つで、美しい歌声で男性を魅了し、船の航行を妨害したという伝説上の生き物です………。みなさんが見ているとおり、上半身が人間、下半身は魚のような魔獣ですね……。武器が楽器……というのはあくまで推測でしたが、まさか本当に持っているとは……」


セイレーンと呼ばれる魔獣たちのうち、2匹はハープという弦楽器を持っていて、1匹は楽器を持っていない。アリスの話が正しければこの1匹が歌を歌うのだろう。


「……今も軍では、セイレーンの伝承に基づいて、船にいくつかの耳栓が用意されていますが……。あいにく私は持っていません……。ウミさん、耳栓はお持ちですか……?」


「はっ。ただ、2人分しかございませんが……」


ウミが2人分の耳栓をアリスに手渡した。


「………そうですね……。今この場にいるアズーロ軍の兵士のみなさんは、セイレーンの歌声や音が届かない範囲まで退避してください……この耳栓は男性の方につけてもらいましょう………」


「えっ!?」


「タリム……ハァ……アリスの言った伝承が正しいなら……ハァ……僕たちにその歌声で攻撃されたらひとたまりもないだろう……」


「なるほど……じゃあお言葉に甘えて……」


アリスからタリムとセイジに耳栓が手渡された。早速耳に付ける。


「……この鍾乳洞は行き止まりもありましたが……ほぼ一本道でした……。ここであのセイレーンと戦わないと、インペリアルサファイアの元にはたどり着けないと思います………まずは様子見で攻撃しますね……“三体の兵士駒(ドゥリー・ポーン)”……」


アリスの右眼が青く光り、淡い青のオーラを纏った。魔術の一環なのだろう、アリスは水でできた兵士のような駒を3体出現させた。サイズは小さく、50cmぐらいものだ。そのまま駒とともにアリスが素早く先陣を切る。


「「「!?」」」


3体のセイレーンがアリスとアリスが作った駒の存在に気付き、それぞれが青のオーラを纏った。


「♪-♪-♪♪♪」


得体の知れない言語で話したセイレーンは持っていた竪琴を鳴らした。タリムとセイジには聞こえなかったが、竪琴から綺麗な音が放たれる。その音により、アリスの兵士の駒は跡形もなく吹き飛んだ。


「「えぇっ!?」」


オペラとキャロは兵士の駒がなくなったため驚く。アリスは一旦立ち止まり、次なる技でセイレーンたちに攻撃を仕掛ける。


「……なるほど……残念ながら私の駒たちとは相性が悪そうですね……ではこれはどうでしょう……?“フォーク”……」


アリスは持っていた剣に青のオーラエレメントを纏わせ、素早くセイレーンたちに近付く。


「♪♪♪-♪-♪」


またも竪琴から綺麗な音が放たれる。アリスの剣に纏われていた青のオーラエレメントは先ほどの駒と同様吹き飛んでしまい、そのままの剣は竪琴で防御された。アリスは体制を立て直すため、広間の入口に帰ってくる。


「……これも難しいですか………どうしましょう……」


アリスは手を顎に当てた。簡単に倒せる相手ではなさそうだ。


「可愛い見た目で攻撃しにくいんだけど、私が攻撃してくるねー!」


キャロは驚異的な身体能力で鍾乳洞の安定しない地面を物ともせず、瞬時にセイレーンたちを捕捉し、攻撃を仕掛けた。


「”マーコット・アックス”!」


キャロは鍾乳洞の床からセイレーンの真上にあるつらら部分にジャンプし、その勢いのままセイレーン目掛けて垂直に落下、斧を思いっきり振り下ろした。


「!? ♬♬-♪♪」


セイレーンらはキャロのスピードに若干翻弄され、反応が遅れたものの、今度は竪琴を持たないセイレーンが歌を歌い始めた。突如、セイレーンらの周りには大量の青い魚が召喚され、キャロの視界を防ぐ。


「わー! お魚さんいっぱいだー!」


「……あれは……サーディンの群れですね……自然界でも目くらましに使われますが……まさかセイレーンらが召喚術まで使えるのは驚きです……」


キャロは斧を下方向に掲げることで魚たちから身体を守り、斧ごと地面に落下した。魚たちはセイレーンたちの周囲を守るように移動、そのセイレーンたちはキャロと距離を取り対峙している。


「(青のオーラエレメントでの攻撃の無効化、そして歌を歌うセイレーンは魚の召喚……もう少し情報がほしいところだな……)」


セイジは女性陣の戦いを注意深く観察している。


「次は私かな……“ギュール・チェンベル”!」


オペラの右眼が光り、淡い赤のオーラが纏われる。そのまま火の魔術により、セイレーンらの足元には赤い薔薇の紋章が浮かび上がった。


「「!?」」


「♩-♩-♩♩♩!!」


セイレーンらは危険を察知したが、薔薇の紋章通りに火柱が立った。周りを囲っていたサーディンの大群ごと火の魔術が当たったようだ。


「どう……かな?」


オペラが恐る恐る反応を確認する。だが、炎の中から出てきたセイレーンらは何らかの方法で炎を防いだようだ。焦げた形跡もない。サーディンたちが焼き魚となり、鍾乳洞の床に散らばっているのだけは見える。


「………おそらく周りにある水を使って水を纏ったのでしょう……青のオーラが纏えるものは大半のものが使えます……。さしずめ水のバリアといったところですね……。」


「タリム~~!? 何も効かないよ~~!?」


オペラがこちらに向けて何か話しているが聞こえない。地団駄を踏んでいることは分かる。3人の攻撃を物ともしていないのは、セイレーンたちを見ていて分かるんだが。


「「♬♬-♩♩!」」


今度はセイレーンたちが竪琴を鳴らした。先ほどの綺麗な音色ではなく、竪琴同士で不協和音を奏でている。


「うわっ! 変な音ー……」


「嫌な音……!」


キャロはそうでもないようだが、オペラは瞬時に耳を塞いだ。どうやら耳障りが悪い音らしい。その音によってセイレーンたちの周りには新たな魚が召喚された。先ほどは群れでセイレーンたちを守っていたが、今度は明らかにこちらを向いた魚が多数存在している。水がないのにも関わらず、なぜか宙に浮いている。


「なんで浮いてるのー!?」


「こっちに向かってきた!! 逃げて!!」


「……あの魚の形状は……”ダツ”ですかね……」


宙に浮いているダツと呼ばれる魚達は勢いよくこちらに突撃してくる。まるでセイジが持っている弓矢の矢のようだ。タリムは突撃してきた魚を躱すも、魚はすぐに折り返し、タリムの背中側に回った。反応の遅れたタリムは間一髪でその突撃をかわしたが、腕を掠めていった。掠めたところからは血が出る。


「っ痛い!」


魚のサイズは50cmから1mのものが多い。速度こそキャロには劣るが、この突撃は人間の身体を貫通させるのには十分すぎる威力だ。鍾乳洞の中は地面が安定していないため、まともに立てないのもあり、よけるのも精一杯である。


「……みなさん……とりあえず避けるか、各個倒してください……すごい量の魚が来ます………」


「無理なんですけど!!!」


オペラは必死に逃げ、キャロは飛んでくる魚をバッサバッサと斬り捨てている。セイジは逃げながら魚をよく観察している。まだセイジは淡い緑のオーラを纏っていない。


「この魚………水をコーティングしている……もしかして……」


セイジは何かに気付いたようだ。そのまま大きめの声で指示をする。


「この魚達はアズーロ・ブーコに潜ったときの僕達の船に似ていて、空気じゃなく水を纏っている! 僕の風で吹き飛ばすから攻撃してくれ!」


オペラ、キャロ、アリスは頷いた。相変わらずタリムには聞こえないが、セイジが何かやろうとしていることは伝わる。


「…………”離れ・旋風”!」


セイジの右眼が緑に光り、淡い緑のオーラが纏われた。そのまま鍾乳洞内に突風が吹き、魚たちが纏っていた水は弾き飛ばされ、体当たりしようとしてた魚たちの勢いが急速に衰えた。魚たちは鍾乳洞の地面に落とされ、ピチピチと跳ねている。


「ありがとセイジ!」


「魚が元気に跳ねてるねー!」


「………助かります」


その後もセイレーンたちとの一進一退が続く。セイジが何か気付いたため、アリスに合図を送った。少しの間耳栓を外し、アリスに状況を説明する。


「おそらく、アリスの水の魔術や剣技による水が相手の音で簡単に吹き飛んだのは“共鳴”や“共振”といった現象だと思う。水の固有振動数とセイレーンたちの放つ音の固有振動数を揃えたんだろう。青のオーラが纏えるんだ、水の固有振動数も把握している可能性は高い」


「……それなら先ほどの出来事も説明がつきますね……そうなるとやはり私の水の魔術類は相性が悪そうです……」


「アリス、君なら魔術を使わなくても戦えるだろ? 単純な物理攻撃のほうが相手に効くかもしれない……少なくとも物理攻撃はオペラには荷が重い。君とキャロを中心に動いたほうがいいと思う」


「……分かりました」


すぐに耳栓を付けるセイジ。そのままキャロのほうに向かっていく。


「(……この少ない時間で相手の攻撃を見極める力……そして現象に対する知識量……レオナルデ代表の手紙通りですね……)」


アリスは腰に下げている剣に左手を伸ばし、青のオーラエレメントを使わずに攻撃を仕掛けに行く。アリスがセイレーンに攻撃に行くまでの間、セイジは再度耳栓をとり、オペラ、キャロに指示を出す。


「相手の青のオーラエレメントによる攻撃、防御はどれも多彩だ。アリスには伝えたが、相手には物理攻撃のほうがまだ効くと思う。オペラは一旦攻撃をやめて相手の隙を見つけたら火の魔術で攻撃を。キャロはこのままその斧で攻撃を続けてくれ」


「了解!」


「分かったぞー!」


タリムは1人オロオロしていた。まず、何も聞こえない。何の情報も与えられないまま、飛んできた魚だけを斬り落としている。見かねたセイジがタリムに合図を出し、セイレーンの歌が届かない範囲まで動き、お互いに耳栓を外す。


「どういう状況なのか全くわからない……」


「タリムならある程度の状況は察していたとは思うが、やはり耳が聞こえないのはかなり不便だな」


セイジは女性陣への指示をタリムにも伝える。


「なるほど……俺も剣による攻撃を続けて、キャロやアリスをサポートしたらいいわけだな」


「どちらかと言えばオペラのサポートだ。正直キャロとアリスに本体は任しておいてもいいと思う。タリムより2人のほうが強いんじゃないか?」


セイジの口角が上がり皮肉を言う。


「うぐっ………それは何も言い返せないな」


「オペラのサポートの適任はタリムだ。任せたぞ。こっちはあの歌と音をどう止めるか考える」


「了解!」


タリムとセイジは耳栓をつけ直し鍾乳洞の広間に戻った。


ちょうどアリスとキャロが3体のセイレーンに向かって剣や斧で攻撃しているところだ。状況は2対3だが、十分に押せている。少なくとも竪琴による音を発生させる隙を与えていないようで、新たな魚たちの召喚が防がれている。


「♩♩♩♩!?」


「♪♪♪♪!?」


「♫♫♫♫!?」


セイレーンたちも連携して戦っているが、防戦傾向だ。


「いや………2人とも十分強いな……」


状況を知ったタリムが思わず呟く。


「「♫♫♫♫♫!」」


セイレーンたちのうち2体が持っている竪琴と自らの尾びれを使いキャロとアリスの攻撃を食い止めている間、歌を歌うもう1人のセイレーンが退避する。


「♬♬-♬♬!!!!!!!」


退避したセイレーンの青のオーラの量が大きくなり、耳をつんざくような歌声が放たれた。衝撃波のようなものが“見える”。


「うわぁー!!!」


「………くっ!!」


「「♬♬-♩♩!」」


キャロとアリスが衝撃波によりセイレーンたちから吹き飛ばされる。その隙に竪琴を持ったセイレーンらは歌を歌うセイレーンの元に戻っていき、またダツたちが召喚された。


「オペラ! 魚たちを!」


セイジの声にオペラが反応する。


「分かった! “ギュール・チェンベル”!」


先ほどと同じく薔薇を形どった火の魔法陣がセイレーンの召喚したダツたちを囲み、大きな火柱が放たれた。今度はダツたちが焼き魚の状態で鍾乳洞の地面に落ちる。


「やはり……歌と音をどうにかするしかないか……」


タリムはキャロとアリスに手を貸し、起き上がらせた。戦場は振り出しに戻る。


「やるなーセイレーンたち!」


「回復するね! ”グレナデン・イレシュメート”!」


2人の傷は浅く、オペラの白のオーラエレメントが2人に移される。アリスがセイジに合図し、セイジは耳栓を取った。


「セイジさん……先ほど見せた突風よりさらに強い風を発生することは難しいですか……? 両方ともの音が聞こえないぐらいだとありがたいのですが……」


「……なるほど……やってみる」


セイレーンたちのうち2人は竪琴を鳴らそうとし、うち1人は先ほど行った歌による衝撃波を起こそうとしている。


「させないぞ………“離れ・旋風”!!」


耳栓をつけたセイジの風の魔術により、先ほどの突風とは比にならないレベルの風がセイレーンたちを襲った。


「「♩♩♪♪♬♬!?!?」」


歌や音は発しているのだろうが、この強風で音がこちらに届くことはなさそうだ。


「今だ!」


セイジの声にキャロとアリスはセイレーンに再度攻撃する。


「すごい風だー!!自分が飛ばされそう!!」


「……行きます………」


キャロは足場の安定しない鍾乳洞を信じられない速度で駆け抜け、セイレーンたちに一気に間合いを詰めた。


「くらえー! ”バンクシア・フロスト”!」


キャロは大きな斧を自らの身とともに高速で回転しながら振り回す。セイレーンたちも当たったらマズイことだけは分かったのだろう。すぐさま大きく後退したが、キャロが回転しながら即座に間合いを詰め、やむなく防御するために竪琴を使ってしまった。キィン!と高い音がなり、竪琴が吹き飛んだ。


「「;;;;………」」


竪琴を持っていないセイレーンたちは必死に歌を歌っているが、セイジの起こした風には負けてしまっている。歌うのを止め、急に青ざめオロオロし始めた。


「……“三体の馬駒(ドゥリー・ナイト)”……」


それを見ていたアリスは新たな水の駒を3体召喚した。先ほどは兵士のような駒だったが、次は馬の形をした駒で、大きさはセイレーン以上だ。ざっと大人2人分ぐらいある。


「……竪琴はなくなり、この風で水の固有振動数の音をぶつける攻撃もなくなりました……それでは……」


巨大な馬の駒がセイレーンたちの前に立ちはだかり、アリスがぼそっと漏らした。


「チェックメイト」


アリスの馬の駒が勢い良くセイレーンたちを押しつぶした。水流に揉まれたのか、水の量が多くダメージが大きかったのか、セイレーンたちは気を失い、鍾乳洞の床で全員が突っ伏してしまった。


「勝ったー!!」


「すごーいアリスさん!!」


キャロとオペラは喜び飛び跳ねている。その様子を見たタリムとセイジは耳栓を取った。


「この耳栓対策がなければ僕達はもっと使い物にならなかっただろうな」


「今回俺は魚を捌いてただけだったよ……ハハ……」


タリムの悲しい発言の中、アリスが兵士たちを呼び寄せ、兵士たちが戦況の確認とセイレーンたちを模写し始めた。セイジもそこに混じり、兵士たちとセイレーンの戦い方について話し始める。


その後、アリスの指示のもと、兵士たち2名をセイレーンの横に配置し、兵士たちに伝言した。すでに3人の兵士たちは先に洞窟の奥に向かい調査しているようだ。


「……ウーディネさんとレニャーノさんはここに残します……。ボネール少将らと同様、ここから数時間経っても我々が戻ってこない場合は、いち早く船に戻りアズーロ軍に状況を報告してください。小型船舶は1隻を残し退避すること……。またセイレーンが起きてきた場合も退避して構いません……」


「「はっ」」


アリスが兵士たちに指示している途中、タリムら全員がアリスのもとに集まる。


「……セイジさん。風の力、見事でした……。……キャロさんも素晴らしい身体能力でしたね……。では行きましょう……まだ道のりは長そうですので……」


勝利に酔いしれることなくアリスは洞窟の奥に向かった。


「「アリス(さん)待ってー!」」


オペラとキャロはアリスについていく。セイジは呆れ、タリムは少し武者震いした。セイレーンは中型の魔獣だったはずなのに、息も上がっていないキャロとアリスを見たからだ。


「ふぅ……まだまだ修行が足りないな」


「そのとおりだ。もっと精進してくれよ、タリム」


「ぐっ……聞こえてた」


セイジはタリムの独り言を聞いてすぐにアリスのあとを追う。タリムは唇を噛み締め、列の最後尾を歩き出した。



【∞】



セイレーンを倒した箇所から、一向はさらに鍾乳洞の奥へと進んでいく。セイレーンのいた場所はどうやら一番地下だったようで、今は地上のほうに向かっているところだ。先行しているアズーロ軍の兵士たちのおかげで何とか道なき道というよりは露出している岩肌をただひたすらに登っている。


「ハァ……ハァ……」


「セイジー大丈夫か?」


息の上がっているセイジにキャロが屈託のない瞳で尋ねる。


「なんで………そんなに元気なんだ………」


「やっぱり畑仕事のおかげかなー!これぐらいなんともないよ!」


キャロはそう言うと、また最前線にいる兵士たちのほうにすぐに走っていった。いや、走るというよりはピョンピョンとジャンプで登っていっている。まるで山岳地帯に住む鹿の仲間にそっくりだ。


「……少し気になりましたが、彼女……キャロさんはずっと淡い橙のオーラを纏っていますが、橙のオーラエレメントを消耗しないのでしょうか……?」


アリスはふと疑問を口にした。キャロはグロッタ・アズーロに着いてからずっと、淡い橙のオーラを纏っており、戦闘していないときも変わらずだ。


「根拠はないけど、おそらく大丈夫だと思う。ネーブル代表からキャロの扱いはなんとなく聞いているし……」


アリスの問いにタリムが答える。


「……そうですか。ならいいのですが」


興味が失せたのか、アリスは前を向き淡々と洞窟を登っていく。


「(……ごくまれに体内のオーラエレメントが無限に近い状態で溢れ出てくる人がいると聞いたことがありますが……)」


「?」


タリムは首を傾げる。今度は逆にタリムからアリスに質問する。


「あの……答えにくかったら答えなくても構わないんだが、軍の中のアリスの階級は中将のはず。なぜインペリアルサファイアを自ら取りに行くことになったんだ? 少将らに指示を出すことも容易だったと思うんだが……」


「…………」


アリスはしばらく黙った。やはり答えにくい質問だったかもしれない。タリムが慌てて質問を撤回しようとしたところ、アリスが話しだした。


「……そうですね……。タリムさんがクルムズ軍にいらっしゃったのはお聞きしていましたので、何となく私の階級を察していたのだと思いますが、今回はインペリアルサファイアを採取するという特別な任務です……。カテリーナ代表とレオナルデ代表から直々に「行け」と言われたら行くしかありません……。少将らには私たちがここに滞在している間……グロッタ・アズーロ周辺での魔獣退治もしてもらわないといけませんので……役割分担ですね……」


「……それもそうか。変な質問をして悪かった」


アリスはまた前を向き、キャロと兵士たちを追いかける。タリムは後ろにいるオペラとセイジに声をかけ、さらに鍾乳洞の奥に進んでいく。前方の兵士たちは新たに松明を作ることがなくなったようで後ろにいるタリムたちに「地上に近いようです」と声をかけてくれた。


鍾乳洞内で膝に手をついているセイジを何とか後ろから押し、一行は地上に出てきた。どこかも分からない鬱蒼とした森の中だ。


「……幸いにして魔獣の気配はありません。周辺の状況確認を」


「「「はっ!」」」


アズーロ軍の兵士たちはアリスの指示に従い周辺の森を調査する。


「アリス中将、明らかに人が行き来していたであろう不自然な……この山を登っていたであろう道がありました。ご案内いたします」


「……分かりました。この辺りの島は昔、僧侶の修験道として使われていた経過があると、軍の文献に記載がありました。おそらくその名残だと思われます。引続き辺りを警戒しつつ、登山といきましょう……」


「……まだ登るのか……はぁ……」


セイジの嘆く声は風に揺れる木々たちの音でかき消された。



【∞】



「ここは……?」


目の前には山の一部をくり抜いたような地形の中に、美しい八角柱の建物がある。なぜか辺りには魔獣の気配がなく、神秘的な場所だ。登山中にはアズーロ領の内陸で出会った淡水魚の魔獣たちが信じられない大きさになって襲いかかってきていたが、なぜかこの場所には魔獣がいない。川が近くを流れているにも関わらずだ。


「……おそらく……この建物の名前は“ラディエール教会”と呼ばれる教会だと思います……。過去の文献にはそのような記載がありました。修験道の目的地はここだったと思われますが……おそらく大型魔獣がすみ着いたことによって、放棄されたのでしょう……。聖なる領域なのか、魔獣の気配がありませんし……最後の休息をここで取りましょう……。時間は30分ほどでよろしいでしょうか……」


「「分かった」」


「りょーかい!」


兵士3人は教会周りを調査してくれており、すぐにアリスに報告が入る。


「アリス中将、不自然に木が切り倒された道があり、山頂まで続いていると思われます。今の地点から数十m登った先にはモヤがかかっており、視界不良です。」


「……分かりました。この任務もそろそろ終着と言えますね……。全員、心して挑むように……」


「「「はっ」」」


青の洞窟攻略と登山、体力がないものはここまで来るのは至難の業だ。オペラですら疲労を隠せていない。セイジもウォーヴ城で訓練していなければここまで来ることはできていなかっただろう。アズーロ軍の兵士たちも顔こそ険しいが、まだ涼しげな顔しているため、やはり軍の訓練というのはバカにできないものだ。


あっという間に30分が経過し、登山を再開したが、兵士からの報告があった白いモヤが道を塞ぐ。


「……警戒してください……明らかに雰囲気が今までと違います……。パルマさん、アスティさんはこのままラディエール教会まで戻って待機を……ウミさん、あなたは山頂手前のモヤがかかっていないところまで退避してください……」


「「「はっ!!」」」


アリスの言葉に兵士らは敬礼し、すぐに退避した。前方は白いモヤで覆い尽くされ、その先が全く見えない。モヤからは酸っぱいの匂いがしている。


「タリムー………眼がぁ………眼がぁ………」


兵士たちよりも前に突き進んでいたキャロが帰ってきた。眼からは大量の涙が出ている。酸に眼がやられたようだ。


「キャロちゃん大丈夫!? ”ドマテス・ラハート”!」


オペラがその様子を見かねて、目の治癒にあたる。そのままセイジが前方の状況をキャロに聞く。


「このモヤと山頂までの地形で何か分かることはあったか?」


「モヤモヤの原因は分からなかったけど、あと3分ぐらいで頂上だったなー……あとは何か背中の斧が熱くなった気がしたけど……? そうだ! セイジの力で吹き飛ばせばいいじゃん!!」


「……一応そのつもりだ。このままでは先に進めないからな。勝手に進むのはよせといつも言っているのに……」


「あはは!」


「……では……セイジさんの風でモヤを吹き飛ばしたら……一気に山頂まで駆け上がりましょうか……」


「分かった」


「はぁ……どうせキャロにはおいていかれると思うけどな。”離れ・旋風”!」


セイジは白いモヤに向かって大量の風を送った。モヤが晴れたため、タリム、キャロ、アリスの3人が山頂まで一気に駆け上がる。


「あれは何だー!?」


「……あれは……!“ヒッポカンポス”ですか……!?」


山頂は火山の火口になっており青いマグマが沸いていた。火口の中央には青い馬のような、それでいて魚のような生き物の姿が見える。姿形も普通の生き物と大きくかけ離れているが、大人5人分はあるだろう大きな巨体に驚愕する。あのアリスが目を見開くほどだ。そこに火山の火口部分に到着したオペラとセイジが更に大きな声を出す。


「ひぃぃぃぃ!?」


「こんな大きな生物が………!」


最初にキャロが大きな声で叫んだのもあり、大型魔獣はこちらを見ている。どう考えてもこちらの位置はバレバレだ。その大型魔獣が咆哮を放つ。


「ゴォォォォォォォォ!!!!!!!」


あまりの咆哮の大きさに、全員の身体がピリつく。


「何て力だ……!」


咆哮のあと、ヒッポカンポスと呼ばれた魔獣は、青いマグマの水面近くに立った。顔から首、胴と前足は馬のものだが、胴の後ろ側に足はなく、代わりに魚の尾びれのようなものが存在している。他にもたてがみではなく背びれがあったりと、馬と魚の半分ずつにして合体させたような、そんな姿形をしていた。


「……ヒッポカンポスもセイレーンと同じく、アズーロ領に伝わるおとぎ話にしか出てこない伝説の生物です……まさか本当に存在しているとは………」


アリスが解説してくれているが、正直頭に入ってこない。大きさだけで言えば、オーランゲ領で出会ったケツァルよりも大きいからだ。大型魔獣と呼ぶにふさわしい。


「__________##」


「何か話しているような気がするが聞き取れないな……!」


「どう考えても怒ってるよタリム!!!」


ヒッポカンポスの右眼が光り、青のオーラを纏った。その巨体にある大きな口を開け、青い炎を吐き出そうとしている。口のサイズから考えても、このままでは全員がその炎を食らってしまうだろう。


「ゴォォォォォォォォ!!!!」


こちらの体制を整える前にヒッポカンポスから攻撃してきた。まだ火山の火口の地形すら理解せずに避けるのは至難の業だ。


「“五体の城壁駒(ファイフ・ルーク)”……!」


アリスが唱えた魔術によって巨大な水の駒が出現した。ネアポリの街のウォーヴ城の城壁に似ているため、これは城壁を模した駒なのだろう。ちょうど人数分用意してくれている。


直後、ヒッポカンポスから放たれた青い炎が水の駒を直撃するが、何とか耐えしのぐ。駒は一発で消滅してしまったが、5人の身体は無事だった。


「……少なくとも“ルーク”で防ぐことはできるのが分かりました……活路はありそうです……」


セイジとアリスは体制を立て直す。その間にタリムはキャロに指示していた。


「キャロ!1発お見舞いしてやれ!」


「りょーかい! ヒッポ!! いきなりすごい炎だったよー! ……食らえ!”マーコット・アックス”!」


キャロは火山の火口を駆け下り、ヒッポカンポスの正面から高くジャンプした。そのままヒッポカンポスの頭目掛けて斧を振り下ろす。


「_________!!」


その動きが見えていたのか、ヒッポカンポスはどこからともなく三叉の槍を出現させたのち、三叉の槍でキャロの斧を受け止め、弾き飛ばした。


「おっとっとー!? あんな槍なかったのになー!?」


弾き飛ばされたキャロはタリムらのもとに綺麗に着地した。ダメージはないようだ。


「これはいかがです……? “三体の馬駒(ドゥリー・ナイト)”……」


セイレーンにも使っていた水でできた馬の駒が、同時に3体現れる。馬の駒たちはアリスの命に従い、ヒッポカンポスを上から踏み潰そうと素早く動き出した。


「__」


その場から全く動かないヒッポカンポス。セイレーンと同じように馬の駒がヒッポカンポスを捉えてまさに踏み潰そうとした瞬間、ヒッポカンポスは持っている三叉の槍で馬の駒を串刺しにしてしまった。すぐに残り2体の馬の駒も、槍による薙ぎ払いでいとも簡単に消し去ってしまう。


「そんな……セイレーンたちには効いたのに……!」


「……大型魔獣は手強そうですね……」


火山からは青いマグマがとめどなくあふれ、白いモヤが生成されてしまう。セイジは白いモヤを止めるために、終始リヴァイアサンに向かって風を出し続けており、攻撃に転じることは難しそうだ。


「_________##」


今度はヒッポカンポスがまるで瞬間移動したかのように高速でタリムらに近づき、尾ヒレで攻撃してくる。


「なんて素早さだ……!」


タリムは尾ひれを剣で受け止めようとするも、ひれのサイズも桁違いのため受け切れない。


「ぐっっっ………!!」


そのまま大きく吹き飛ばされ、火山の岩盤に直撃した。


「タリム!! ”ナール・イレシュメート・オーン”!」


オペラがタリムに近寄り、白のオーラエレメントにより回復する。


「何て力だ……。どうやって止めたら……」


「____##」


ヒッポカンポスがまた口を大きく開ける。青いマグマと同じ色の炎が口から吐き出された。その方向には、タリムを回復しているオペラ、セイジ、キャロの全員がいる。


「まずい……!」


「……! ……スペードのクイーン……“アイギス”……!」


アリスは先程とは違う水でできた大きな盾で“4人”を守った。アリス自身が守る分を減らしており、アリスの身体は青い炎に包まれる。


「……っつ………ハートのクイーン……“ユディト・リーフデ”……」


「アリスさんどうして!」


オペラが大声で叫ぶ。アリスはすぐさま水の力で青い炎を消火したあと、火傷を自らの白のオーラエレメントを使い治療した。火傷ができた箇所は完全に回復している。


「……まだ戦いが始まって僅かな時間ですが、相手の攻撃はとても強力なことが分かります……。しかも相手にはこちらの攻撃は通っていない……このままでは相手を倒すどころか倒されます……。最悪のケースを考えると、あなたたちを逃がさねばなりません……。青のオーラエレメントは少しでも節約しないといけない……」


「そんな……!」


実際、ヒッポカンポスにはダメージ1つ通っていない。しかも直接攻撃するのが難しいオペラとセイジを守りながら戦っていくのは単純に厳しい。特に青い炎の攻撃は範囲も大きく、アリスの水の魔術でしか防げていない。まともに食らうと動けなくなりそうだ。


「青い炎を吐き出す前の僕達の位置関係も悪かった。最初に青い炎を食らったときの位置にいれば、城壁の駒でも対応できたはず………」


セイジは風を放ちながら全員に身を寄せるよう合図している。すぐさま態勢が整えられ、ヒッポカンポスに相対した。


「……アリス、あと何回さっきの大きな水の盾は使える?」


タリムがヒッポカンポスに目を向けたまま、アリスに話しかけた。アリスは不思議そうな顔をしている。


「……あなたたちを守ったサイズの盾を、あと1回は出せるぐらいの青のオーラエレメントはありそうです……ですが、どうするおつもりですか……?」


「例えばこの火山の火口全体に、水の盾をぶつけるということもできるか?」


「……もう少し青のオーラエレメントを回復させることができればぶつけられますが……。それだとあなたたちを守るために使えなくなりますが……」


「自分にはあまり感じ取れないけど、ここは青のオーラエレメントが最も降り注いでいる場所なはず。アリスが休むことで水の盾を作ることができる大きさが増えるなら、俺達がなんとかする。もしかしたら……という策が1つだけあるしな。水の盾を出すタイミングは合図するし、今は回復に努めてくれ」


タリムの真っ直ぐな目にアリスが応える。


「……分かりました……」


アリスは一時的に淡い青のオーラを纏うのをやめる。


「オペラはアリスの傍にいて、何かあったらすぐに回復してやってくれ」


「分かった!」


アリスの横にはオペラについてもらい、護衛を担ってもらう。タリムはすぐさまキャロに指示を飛ばす。


「キャロ! もう一回攻撃を仕掛けられるか!?」


「もうやってるよー! 当たんないけど!!」


キャロにはアリスにヒッポカンパスの攻撃がいかないよう囮になってもらう。我ながら自分より年下の娘に囮になってもらうのは情けないが、ヒッポカンパスの槍を受け止められるのはキャロだけだ。


「ヒッポの攻撃がすごくて、こっちから攻撃できないんだけどー!?………ここはどうだー!!」


ヒッポカンポスは三叉の槍で薙ぎ払いの他、尾ひれを巧みに操りキャロを攻撃している。キャロはそれを斧で受け止めたり躱したりしていたが、僅かなスキを見てヒッポカンポスの胴体と尾ヒレが繋がっている部分1点を狙い、斧を直撃させた。斧が当たった瞬間、ヒッポカンポスが怯み、うめき声を上げる。


「ヴゥゥゥ_________###」


「おー? ちょっと食らったっぽいなー?」


すぐさま、ヒッポカンポスは青い炎を口の中に蓄える。目の前にいるキャロに向かって吐き出す準備をしているようだ。


「ゴォォォォォォォォォ!!」


「それはまずいなー!?!?!?」


キャロが持っている斧を咄嗟に自分の身体の前にやった。キャロの身体能力を前にしても回避が難しいという判断なのだろう。青い炎から身を守ろうと思ってもアリスの城壁の駒では距離的にも間に合わない。そもそも青のオーラエレメントを回復させているアリスに魔術を使わせるわけにはいかない。セイジとキャロに向かってタリムが大きく叫んだ。


「セイジ、今すぐ風を止めてくれ! キャロは斧を持ったまま、さっきのアリスが使った水の盾をイメージするんだ!」


「……? 分かった!」


「えー?? 分かったーー!」


セイジは疑問に思いながらも風を止めた。すぐに火山の火口から白いモヤが発生し、全員の身体にまとわりついた。このモヤから身を守る方法はセイジの風以外にない。


「ゴホッゴホッ……さっきの水の盾………?」


キャロは白いモヤに包まれたまま水の盾をイメージすると、先ほどアリスが発生させた水の盾と同じ、もしくはそれ以上の大きな”橙の盾”ができ、完全に青い炎を防ぐ。


「セイジ!! ゴホッガハッ……風を……頼む……!!」


「ゴホッゴホッ………“離れ・旋風”!」


「これ…ゴホッ……しんどい……ゴホッゴホッ……」


「………」


セイジの風で白いモヤはもう一度吹き飛ばれる。キャロの発生させた“橙の盾”にみんな驚いた。キャロ自身も。


「……なんだこれー!!……というか私の斧がなくなっちゃったぞー!?」


「何でキャロに盾が………」


「とりあえず説明はあとだ!まだヒッポカンポスの攻撃は続いてる!」


タリムの言葉に全員がヒッポカンポスのほうを向いた。青い炎が効かなかったため、三叉の槍での薙ぎ払いや、尾ヒレでの攻撃に切り替えてくるのだろう。こちらに高速で近づいてくる。


「タリムー!さっき馬と魚の間に攻撃したらちょっと効いたぞー!」


「了解!」


キャロのアドバイスを聞いたタリムは剣を握り、降ってきた尾ヒレを見事に躱し、弱点と思われる胴体部分に攻撃する。


「”ハムボーン・ドルトゥート”!」


剣に纏われた火の力を使って、突き攻撃を4回行う。そのうちの1回がキャロに言われた箇所にあたり、ヒッポカンポスは大きく退いた。少しではあるが効いているようだ。元いた位置、火山の水面……青いマグマに戻ったヒッポカンポスは胴体まで青いマグマにつけている。


「(正直このまま倒せるとは思ってないけどな……!)」


「タリムー!! 私の斧はどうしたらいいんだー!!!」


キャロはまだ橙の盾の前でオロオロしていた。珍しく頭を抱えている。


「キャロ!その盾に触れてみてくれ!斧が元に戻るはずだ!」


タリムの言葉にキャロは橙の盾に手を触れた。盾はキャロが持っていた元々の斧の形に戻る。


「えー!! 何で何で!? ……まぁいいや、これで攻撃できるってことだね!」


キャロは斧を手にして早くも態勢を整えた。すぐさまヒッポカンポスへ反撃しにいく。それを見たアリスが思いを巡らせる。


「(……あの斧の色と形状変化……おそらく“辰砂”と呼ばれる鉱物……。火山の硫黄に反応することを知っていないとできない策ですね……。さすがに私の想定を上回っています……)」


ヒッポカンパスはキャロの身体能力に振り回されつつも、風を操るセイジを狙い、高速で近付いた。


「まずい-」


セイジに向けられたヒッポカンポスの三叉の槍を、タリムが受け止める。キィィン!!!と高い金属音が辺りに響いた。


「キャロ!!」


「任せて! ”バレンシア・アックス”!」


キャロがヒッポカンポスの真下に入り、斧を思いっきり振り上げるが、胴体の部分は攻撃を食らわないように上手く尾ひれに当たるよう回避した。尾ひれには硬い鱗があるため、斧でのダメージも少なくなる。大型魔獣には一定の賢さも備わっているようだ。キャロをタリムとセイジがいない方向へ吹き飛ばした。


「わー!? そこあんまり効かないところだから嫌なんだけどー!?!?」


「(……やはり相手のダメージはかなり少ない……火山に水を投げても有効かは分からないはず……でも彼の言うことを信じて全員が行動している……)」


アリスの頭にはレオナルデ代表の手紙がよぎる。


「(……『オーラバッテリーの詳細を話す前に彼らの実力を見極めよ』……でしたね)」


ヒッポカンポスはまたも火山の水面部分に戻った。ヒッポカンポスの視界に、火山の端のほうにいるアリスとオペラが見えたのだろう。口からはマグマと同じ色の炎が蓄えられる。


「タリムー! また青い炎だー!」


「いや、キャロの斧で防げるはずだ!」


「分かったー!」


キャロは火口の地面に足の力を入れ、すぐにタリムとセイジがいる場所までジャンプし帰ってきた。斧をしっかり持ち直し、目をつむりまた盾のイメージをする。セイジは盾を発生させるべく風を止めた。また白いモヤが周囲を埋め尽くす。


「な……!?」


「ヒッポカンポスがいない……!?」


タリムとセイジはヒッポカンパスの影が目の前にないことに気付く。


「まずい……アリスとオペラが……」


「アリスー! オペラー! 危なーい! そっちにヒッポがいったかもー!!!」


キャロの大声により、状況に気づくアリスとオペラ。直前まで火山の水面にいたはずのヒッポカンポスは、アリスとオペラの目の前、そしてその口には今までで一番大きく青い炎が蓄えられているのが見える。


「(……あの炎の大きさ……! “アイギス”は使えますが、そうなるとこの火山の火口に落とす用の水が……青のオーラエレメントを溜めるまでにまた相当な時間が………!)」


キャロの驚異的な身体能力でも間に合うかは分からない距離だ。一旦タリムらの元に帰ってきていることで数10メートル分出遅れている。かといって、青い炎を受け止められずにアリスがやられた場合、火山に大量の水を落とす役割がこなせるものがいなくなる。


「万事休すか……!」


視界を晴らすため、再度風を発生させたセイジがボソっとつぶやいた。今この状況でアリスとオペラ無理やりにでも動かす、もしくは青い炎を止められる人間はいない。


「くっそぉぉぉぉぉぉ!!!!」


タリムが顔面蒼白になり大声で叫ぶ中、キャロの橙のオーラエレメントが極限まで輝く。キャロが膝を曲げ、走り出すまでコンマ数秒、僅かにヒッポカンポスのほうが炎を吐くほうが早い。


「グォォォ!!! ………_________!?」


視界が晴れ、ヒッポカンポス、アリス、オペラの様子が見えるようになったが、ヒッポカンパスは動きを止めている。まだ口の中から青い炎は消えていないが、何かに驚いているようだ。


「なんで……!?」


「……なぜここに……!?」


オペラとアリスが驚くのも無理はない。ヒッポカンポスの目の先、アリスの前にはアズーロ軍の兵士が槍を持ってヒッポカンポスに対峙しているところだ。正直心許ない装備である。


「あれは……!?」


「アズーロ軍の兵士……ウミさんか!?」


タリムとセイジが呟いたほんの僅かな時間で、キャロはアリスとオペラのほうへ飛んだ。火山の岩盤にヒビが入るぐらい、力強く踏み込んだようだ。


ヒッポカンポスに向き合っているアズーロ軍の兵士はアリスに目を合わせないまま背中越しに話す。


「アリス様! 今のうちに!!」


兵士は持っていた槍に青のオーラエレメントを付与し、ヒッポカンポスの口の中に投げ込んだ。思わぬ攻撃だったのだろう。ヒッポカンポスが大きく退き、うめき声をあげた。


「グォォォォォォ…………………」


そのうめき声を聞き、タリムが一斉に号令した。


「キャロ! ヒッポカンポスを火山の火口に落ちるよう攻撃を!」


「OK! ”マーコット・アックス”!」


アリスのすぐそばで着地したキャロは軸足1本を巧みに使い、ヒッポカンポスのほうへ向きを変えてジャンプした。先程までであれば、キャロの大振りの斧は確実に避けられていたが、うめき声を出すほどだ。キャロの技がヒッポカンポスを捉え、火山の火口に落とした。


「セイジ! キャロに風を当てて火山の火口外に退避させてくれ! そのまま火山の火口を覆いかぶさるよう“匱籠”を! ヒッポカンポスを火山に閉じ込めてくれ!


「分かった! これで僕の緑のオーラエレメントも最後だぞ! “会・疾風”………そして“匱籠”!!」


セイジは弓に矢をつがえ、キャロの近くに飛ぶように矢を飛ばした。矢の後ろ側には人が飛ばされるとても強い風が備わっており、キャロを火山の火口の外側に連れて行ってくれる。


「わー! この風気持ちいーな! ありがとうセイジ!」


キャロが火山の火口の陸地に降り立ったときには、火口まるごとを包み込む匱籠が空中に現れた。まるでコップを逆さにしたような形である。


ヒッポカンポスが火山のマグマから上がってきたが、先程までの様子と少し違うため困惑しているようだ。だが負けじと青い炎の口に蓄え攻撃しようとしてくる。


「……ヒッポカンポス……あなたに次の攻撃はありません……。スペードのクイーン……“アイギス”……!」


アリスの語気が強まり、アリスの右眼が強く光った。淡い青のオーラが纏われたあと、巨大な水の盾が出現した。青い炎を防いだ時よりも遥かに大きいそれは、火山の火口部分が完全に埋め尽くされるほどの大きさだ。


「ゴォォォォォォォォォ!!!」


ヒッポカンポスが青い炎を吐いたが、すでにアリスの水の盾は火口に落ち、大きな水蒸気爆発が起きる。


ドォォォォォン!!!!


「_________!!!!!!!!」


セイジの“匱籠”で爆発の範囲を狭めていたが、その匱籠を突き抜けるほどの大きな爆発が起きたようだ。幸いにしてこちらには被害がないものの、爆発の影響で粉塵が前を遮り、火山の火口が見えない。


「……どうだ……!」


自然の風に流され、徐々に視界が開けていく。タリムらが火山の火口を見ると、ヒッポカンポスが青いマグマに沈んでいくところが見えた。まだ生きているのかそれとも死んだのか……それは分からない。いずれにしても立ち上がる力はなくなったようだ。


「やったー!!!勝ったー!!!」


キャロが大喜びでオペラに抱きつきに行った。


「…………勝った……の??」


オペラはキャロに抱きつかれつつも呆然としている。勝った実感が湧いていないようだ。


「セイジ……やったな……」


「あぁ……やるじゃないかタリム。見事な作戦だった」


男同士、拳を突き合わせる。


「(……これがこの方たちの実力……。いえ、様々な運の要素も大きく絡んでいましたが……それを引き込む力もあるのかもしれません……。少なくとも各色のオーラエレメントを組み合わせて使うなど……軍ではあり得ないこと……。十分見させていただきましたよ……レオナルデ代表………)」


少し遠くのほうにいるアリスはタリムらを見ながら、また思いを巡らせた。アリスはタリムにゆっくり近づき話しかける。


「……タリムさん、あなたの策、見事でした……。差し支えなければ、今回の戦術について、ぜひ教えていただきたく……」


アリスの言葉にタリムが首と手をブンブン振り否定した。


「戦術なんてそんなそんな! 持っているものを掛け合わせただけなんで!」


横からセイジとキャロが口を出す。


「そうだタリム。キャロのあの斧の変化はどういうことだ? キャロの斧自身にそういった仕掛けがあるのか?」


「そーだぞタリム! 私にも説明しろー!!」


キャロがその場で地団駄を踏む。騒がしくなってきた。


「分かった分かった!説明するから!」


タリムはネーブル代表から聞いていたことを告げる。キャロの持っている斧はヴァーミリオン家に伝わる由緒正しき斧で、特に火山での活動や戦闘において、右に出るほどはいないほど猛威を振るっていたらしい。


「……実際はキャロの橙のオーラエレメントの作用も大きいらしいけど、火山の硫黄に反応して、斧が持ち手の想像したものに変化する“アマルガム”と呼ばれる合金でできた斧らしい」


「なるほど……キャロの斧は硫黄と橙のオーラエレメントに反応する特殊な斧というわけか……」


セイジが手を顎に当て考え込んでいる。


「パパそんなこと喋ってたのかー! どっちみちよくわからんかったー!」


キャロが知らないのは把握していた。これもネーブル代表から聞いたからだ。その話が蘇る。



【∞】



オーランゲ領の領主館、代表者室。ちょうど今からアズーロ領に旅立とうとしているとき、タリムはネーブル代表に呼び止められた。


「タリム君。ちょっといいかい? キャロのあの斧だが、もし今後、火山活動が行われている地に行ったとき、君たちの助けになるだろう。斧は特殊な合金でできていて、キャロの橙のオーラエレメントの力も相まって、キャロの思いのままにその形状を変えることができる」


「……どうして火山なのでしょうか?」


タリムは疑問をぶつけた。正直火山以外のところでも十分な威力を発揮すると思われたからだ。


「正確には火山の近くから発生している物質が関係している。タリム君はクルムズ領のパトラマ火山には行ったことがあるか?」


「いえ……直接行ったことはありません。もしかしたらオペラはあるかもしれませんが……」


「そうか。火山付近には“硫黄”と呼ばれる臭い空気のようなものが発生していてね。その“硫黄”が斧と反応するんだ。細かな原理は全くもって不明だが、橙のオーラを纏っているものが使うことで、形状が大きく変化する。例えば盾のようなものになったり、斧じゃなく剣や槍のような別の武器になることもある」


「その説明はキャロにもされてるんですか?」


「うちの子に細かいことを説明しても理解はできないと思うからね。ハハハ」


ネーブル代表は笑っている。キャロの性格も考えると納得ではある。


「ちなみになんですが、なぜ私だけに話されたのでしょうか?」


もう一つの疑問をぶつけた。キャロとネーブル代表の話が終わり、キャロは外に出ている。今この部屋にはネーブル代表とタリムしかいない。


「君がこのチームのリーダーだと思っていたが、違うのかい?」


ネーブル代表に質問を返される。タリムは戸惑った。そもそもオーラが纏えないリーダーもどうなのかと思うが、自分のオーラを元に戻すための旅だ。発起人は少なくとも自分だ。


「まぁ……そうですかね………?」


タリムは首をひねり曖昧な回答をしてしまう。


「ハハハ、まぁリーダーであるかはさほど重要な内容ではない。君の眼を見ていれば分かる。君にこそ、この情報を託すべきだと私が判断したまでさ。キャロとともに火山に行く可能性が高いのはタリムくん、君だ。キャロのこと、よろしく頼むよ」



【∞】



「……あなたたちの実力、しかと確認いたしました……。この戦いは私ひとりではきっと勝てなかったでしょう………。……ありがとうございます」


アリスは丁寧にお辞儀をする。ウミを含めた兵士3名が駆け寄ってきた。


「アリス中将! ご無事ですか!!」


「アリス中将! お怪我を見せてください」


「……皆さんの誰かは分かりませんが、先ほどはありがとうございました……」


ヒッポカンポスの動きを止めたことによって反撃に転じることができた。あの兵士の功績はとても大きい。しかし目の前にいる兵士たちはみな首を傾げ、顔を見合わせた。


「? アリス中将に言われたとおり我々はモヤの手前とラディエール教会で待機してましたが……。爆発で山全体が揺れたときは本当に驚きました。今、白いモヤは爆発の影響で別の場所から発生しているようで、モヤがなくなったため登ってきました。命令違反、申し訳ございません」


この状況でもウミは冷静な分析をしていた。他の二人の兵士たちが落ち込んだ声で話し出す。


「爆発を聞いて居ても立っても居られなくて……いつ逃げ出そうかビクビクしておりました……兵士失格ですかね………」


「本当に怖かったです……アリス中将が無事で安心しました」


今度はタリムたちが首を傾げた。


「……じゃああの兵士は………誰なのでしょう……?」


アリスも含めた5人は確かにアズーロ軍の兵士の存在を現認している。直後起こした水蒸気爆発の影響で辺り一面が粉塵で覆い尽くされたため、あの兵士の消息は不明だ。


「見間違いじゃ……ないよねぇ?」


オペラは杖を握りしめ、みんなに確認した。


「アズーロ軍の軍服だったし、てっきり3人の兵士の誰かが助けに来たんだと思ってた」


「もしかしてお化けとかかー!? だからあのときヒッポが止まってくれたのかな!」


「やめてよキャロちゃん!」


キャロの言葉にオペラは少し青ざめる。


「幽霊の類の可能性は全く否定できないし、何なら動きを止めた点だけみれば一理はあるが……どうも腑に落ちないな。実際にヒッポカンポスの口に槍を投げ入れたのを見てたじゃないか」


セイジの言うとおり、あの兵士が槍を投げた攻撃が効いていたことも思うと、幻覚などではなさそうだ。


「(……あれは……確かにアズーロ軍の紋章の付いた軍服でした……声は女性でしたし……ここにいる兵士と遜色はなかった……)」


アリスが辺りを見回しても誰もいない。結局兵士が何者かは分からないままだ。アリスの号令により、この場にいた全員はインペリアルサファイアが置いてあるだろう火山の最奥に向かった。


少し離れたところから見ていた1人の女性が微笑んでいることは、誰も知るよしはなかった。



【∞】



火山の火口部分の最奥、来た道とは違う道にぽっかり空いた洞穴があるため、一同は中に入る。洞穴の中は光が差していた。また、火山では感じなかったが、青のオーラエレメントがその濃さによって可視化され、キラキラと洞穴の中に充満している。ヒスイ領のダンジョン、シリエトクと同じような光景だ。


「わー!!綺麗だなー!!!」


「シリエトクと同様……オーラエレメントがここまで濃く降り注ぐとこのような現象になるんだな」


洞穴は短く、あっという間に小部屋に到着した。小部屋の中央には青い宝石によって作られた歪な形の台座がある。青い宝石たちが少しずつ移動して作られたような、そんな台座だ。不気味さすらある。


「人の手のような形だ……」


「見て、その手のひらみたいな台座のちょうど中心に大きな青い宝石があるよ」


オペラが指差したところには、人の拳ぐらいの大きさの青い宝石がある。


「……おそらくこれが……インペリアルサファイアなのでしょう……なんて神々しい……」


「このキラキラすごいなー! ママやパパにも見せてあげたいな!」


「………………」


インペリアルサファイアを見たアリスとキャロの感想。一方でセイジは無言で辺りの様子をメモの書き留めている。アリスはゆっくりインペリアルサファイアのもとへ向かい、アリスの手によって採取された。


「……! これは………!?」


アリスは目を丸くした。インペリアルサファイアはその見た目以上に温かったのもあるが、先の戦いで使い果たした青のオーラエレメントが回復していくのが分かったからだ。


「どうしたんだ?」


タリムらみんながアリスを見守る。


「……いえ……。青のオーラエレメントが急速に回復していくのが分かりましたので、少し戸惑ってしまって……」


「インペリアルサファイアによるオーラエレメントの回復効果……もしかしたらタリムのオーラも戻るかもしれないな」


「そうあってほしいな」


セイジの言葉にタリムは期待してしまう。


「……長居は無用です……。早く軍の船まで戻りましょう」


アリスの言葉とは裏腹に、キャロが静止した。


「なーアリスー! この辺の宝石持って帰ってもいーい?」


キャロが指を差しているのは、歪な形の台座の近くだ。台座付近には、大小様々な青い宝石が落ちていて、中にはインペリアルサファイアの大きさに近いものもある。“次は自分がインペリアルサファイアだ”と主張しているようにも見える。


「気持ちは分からなくもないが……」


セイジがチラッとアリスを見た。アリスは首を横に振る。


「……やめておきましょう……。あなたたちに悪用するつもりがないことは分かりますが、他の宝石たちを持ち去ることは、私の持っているインペリアルサファイアに“怒られる”気がしてなりません……。あとは私の感覚ですが……この場所は本来……人間が簡単に立ち入るべきではないです……。人間の私利私欲で無闇に採取するべきものではないかと……」


「分かった! アリスがそういうんならやめとくねー!!」


タリムは安堵した。キャロの物分かりが良くて助かる。



【∞】



「……レオナルデ代表の手紙にあった……ダムの機構と青のオーラバッテリーを作った人について……私の分かる範囲でお答えしましょう……」


青の洞窟……アズーロ・ブーコの帰り道、アズーロ軍の中型軍艦の上で、アリスは甲板部分に座り込んでいるタリムとセイジに向けて話しかけた。


「そういやそんな話してたな……」


ヒッポカンポスとの戦闘もありすっかり忘れていた。船内のベッドには戦闘で疲れ果てたオペラとキャロがおり、ぐっすり眠っている。


「……ぜひ聞かせてほしい」


タリムもセイジも同じように疲れているため、瞼が重たい。タリムらがアリスを見上げたときには、アリスの右目が光り、淡い青のオーラを纏っていた。火山の火口で戦闘していたときと同等の厚みのあるオーラだ。


「……では……」


アリスは右手の手のひらの上に、青のオーラエレメントを球状に作った。その青の球体に白のオーラエレメントを覆っていく。


「これは……キャロと同じ……!」


「青のオーラバッテリーを作っているのか……」


すでにアリスの左手には白のオーラエレメントだけが纏われている。


「……少しだけ大きな音がなりますので……気をつけてください……」


アリスが話した直後、バチッッッ!っと音がした。キャロが以前、橙のオーラバッテリーを作ったときよりかは小さい音だったが、それでも耳障りな音である。


「やはりアリス……君が作っていたか」


セイジは目をこすりながらアリスを見る。


「やはり……気づかれていましたか……。青のオーラバッテリーを作ることができる方は他にもいますが、なぜ私が作ったものだと……?」


「予想はしていた。そもそも青のオーラエレメントによるオーラバッテリーを作るのは一筋縄じゃいかないはず。それはオペラが証明してくれている。淡い青のオーラを纏える実力者で心当たりがいるのは君だけだからだ」


「(……レオナルデ代表の予知も当たっている……ということですね……)」


レオナルデ代表からアリスへ渡された手紙の中には、セイジの知識と見聞にまで触れていた内容が書かれていた。


「……まずは一つ目の質問ですね……。今お見せしたように、あなたたちの持っている青のオーラバッテリーを作ったのは私です……。このアズーロ領にあるダム全てではありませんが……。」


「差し支えなければ、あのダムの制御装置に青のオーラバッテリーをはめ込むとどうなるのか、説明してくれないか」


セイジが重ねて質問する。最も知りたいことの一つだ。


「……青のオーラバッテリーは……あのダムの制御装置に直接はめることによって……ダムの上部にある大量の水に触れることになります……大量の水の力を青と白のオーラエレメントが受け……莫大な電気を生み出します……。……あとは電気の力によって……水流制御装置の操作などを可能にしています……」


「なるほど……電力を発生させているわけか。橙のオーラバッテリーも元々は重機を動かすエネルギーを作り出すもの……。そういう意味では青のオーラバッテリーも目的は変わらないわけだ。……いやでも青のオーラエレメントは黄のオーラエレメントにはなりえないはず……なぜ電力が生み出せるんだ……?」


「青のオーラバッテリーの中の青のオーラエレメントの性質が大きく変化しているってことなのか?」


セイジの疑問に続けてタリムも質問する。


「……私はオーラエレメントを研究している学者ではないので分かりかねますが……。ただ、青のオーラエレメントは“水”に深く関係にあります……。青のオーラエレメントで作ったオーラバッテリーでも……電力を生み出せるということは、性質が別のものに変化している可能性は十分に考えられるのではないでしょうか……?」


セイジは手を顎に当てて考え出す。


「……ここで得られる情報としては、赤や青のオーラバッテリーは実力次第で作り出せるということ。ただ、現状のオーラバッテリーの使われ方としては、電力を生み出す力があるに過ぎないということ。仮に赤のオーラバッテリーが作り出すことができたとしても、オーラエレメントに関係ない属性……であれば、何の効果も得られない可能性があるということ。……結局オーラバッテリーに人間のオーラエレメントを元に戻す可能性があるかは未知数だということか……。よっぽどかインペリアルサファイアのほうが効果がありそうなものだが……」


アリスはセイジの説明を聞き頷いた。


「……およそその通りかと……」


タリムはセイジの発言に感心した。よくもまぁ今の回答だけでこれだけ思いつくものだ。


「もう一つ、あのダムの中の機構や、オーランゲ領の重機の中の機構を作った人物は……?」


「……ダムの機構は分かりませんが……重機の中の機構を作った人物は……紫……リラ領にいるヒース・ハーギル博士ですね……」


「……! その名前は聞いたことがあるぞ」


「……ヒース博士はオーラエレメントの学者です……。オーラエレメントを使った工学などを専門にされていて……アルクス大陸の学者の中で最も成果をあげている学者の1人といっても過言ではありません……」


タリムが知らないだけでかなりの有名人のようだ。タリムだけが首を傾げる。


「……質問のお答えはこれでよかったでしょうか……? そろそろネアポリの街に到着しますので……」


アリスは作った青のバッテリーをそっとしまうと、船の中に移動していった。


「ありがとうございます」


無事に質問の答えもアリスから教えてもらった。次に目指す先はおそらくリラ領になるだろう。ネアポリの街、ウォーヴ城に戻ってきたアズーロ軍とタリムたちは、オペラとキャロをそのまま担ぎ上げ、軍の宿泊場所で休ませてもらうことにした。



【∞】



「……良かったのですか? あそこまで教えてしまっても」


ウォーヴ城の執務室でハーブティーをゆっくり啜るアリスに、ボネール少将が近づいてきた。


「ええ……。ウミさんからもお聞きになられたと思いますが、あの方たちはひたすら愚直に、オーラエレメントを元に戻すために歩んでおられます……。およそ、我々への妨害など考えていないでしょう……」


ボネール少将は口髭を整え話し出した。


「インペリアルサファイアが置いてあったという小部屋で不審な動きでもするかと思っておりましたが、中将殿の静止で大人しく引き下がったと聞いておりますぞ。私にはまだ、レオナルデ代表の思惑が分からんのですが……」


ボネール少将の話に、珍しくアリスが微笑んだ。ハーブティーの入っていたカップを置き、片付けるため席を立った。


「……あの方たちと相対して感じましたが、個々の力はまだまだ強大な敵には及ばないでしょう……。しかしながら仲間で団結する力、そして事象に対する知識や見聞、それらを活用し、敵を倒そうとする意志……。軍を超える存在にもなり得る素質は秘めていると言えます……。ボネール少将、機会があればぜひどういった思惑で『青天の霹靂』という発言をしたのか、レオナルデ代表に確認しておいてください……」


「中将殿もイジワルをおっしゃる……私がレオナルデ代表に聞いたところで揶揄われるのがオチですぞ」


「ふふっ……」


頭を掻きむしるボネール少将をひと目見て、アリスは執務室を出た。



【∞】



「アリス、おかえり。インペリアルサファイアは無事に採取できたかい?」


首都アルコバレーノの街にある領主館で、レオナルデ代表はアリスに向かって不敵な笑みをしながら発言した。随分とご機嫌そうである。


「……この方たちの助力もあり、無事にインペリアルサファイアは採取できました……。手紙を受け取ったときは捨てようかと思いましたが……。……ちなみにタリムさんたちの質問に対するお答えは、もう言ってありますので……」


少し冷めた目でレオナルデ代表を見つめるアリスは、応接の机の上、硬い器に包まれたインペリアルサファイアを丁重に置いた。そんなアリスをもろともせずにレオナルデ代表は笑っていた。


「アリスがそういうのであれば、相当君たちが活躍したということのようだ。ふふふ……予想通りだね」


「(……レオナルデ代表は予言者か何かなのか……)」


タリムの心の中を読まれたのか、今度はアリスではなくタリムたちを見つめ話し出す。


「タリムたちもご苦労だったね。インペリアルサファイアを採取してくれたことは素晴らしいことだ。君たちの助力もあって、青の洞窟での戦いでアズーロ軍も含めた死者はいない。本当によくやってくれた」


「まさか本当に採ってくるとはねー……アリスもそうだけどあんたたちも見直したわ」


「……感謝するぞい」


「「えへへ」」


カテリーナ代表、ハンス代表もあとに続く。オペラとキャロは照れているようだ。


「今回の採取は虹彩会議でヒスイ領代表者から注文があった“青の洞窟内の魔獣生態系への影響に関する調査”も兼ねていた。アズーロ軍の兵士たちが洞窟内でキビキビ動いていたとは思うが、洞窟内部の魔獣やその様相は調査記録として、このままアズーロ領内にある研究施設へ送られることになっている。君たちが倒したヒッポカンパスやセイレーンといった魔獣ももう少し解明されるだろう」


「いかにもヒスイ領らしい注文だな。どおりで兵士たちのスケッチが上手だと思った」


レオナルデ代表の発言にセイジは1人頷いている。


「さて、肝心のインペリアルサファイアだが、アリスにもう一仕事頼みたい。これをリラ領のハーギル博士のところまで届けてくれないか。届け終わってアズーロ領に帰ってきたときに、しばらく休暇を与えようと思う」


アリスは少し目を見開いた。どうやら想定外の内容らしい。


「……本当ですか……その間の軍の統率はカテリーナ代表にしていただけると言うことですか……?」


「そのとおりよ。ダムの事件からあなたを働かせっぱなしだったからね。本当ならインペリアルサファイアの運送も私が行う予定だったんだけど、相手がハーギル博士であるならば貴女が適任だと判断したわ。どちらにしろ、貴女はしばらくアズーロ領からいなくなるのだから、その間の指揮系統は私が担うから安心しなさい。……しばらく貴女にも休んでもらうわ。来たるべき日に備えてね」


「……承知いたしました……」


アリスは目を瞑り承諾した。少し安心しているようにも見える。


「ここに封書を用意した。これも合わせてハーギル博士に届けてくれ」


レオナルデ代表はアリスに封書を託した。


「内容はインペリアルサファイアの解析だ。カテリーナさんが言うように、来たるべき日に備えるため、青のオーラエレメントが回復しない兵士たちの希望になることを望む。その宝石にどこまでの力があるのか把握しておきたい」


「……この宝石の力は未知数じゃが……。ハーギル博士になら安心して……託せるじゃろ……zzz」


ハンス代表が喋ったと思ったら首がカクカクと揺れている。やはり寝ているのではなかろうか。


「そのハーギル博士のところには我々も着いていっていいんですか。オーラバッテリーとオーラエレメントの回復……我々も無関係の話題じゃないですので」


タリムがレオナルデ代表に尋ねる。またもレオナルデ代表は不敵に笑う。


「ふふふ……どうだアリス。構わないか?」


応接間でハーブティーを啜るアリスはカップを置き回答した。


「……私が嫌と答えても連れて行くよう指示を出されるおつもりでしょう……。レオナルデ代表に“何が視えてるのか”は分かりませんが、すでに私が何を言っても無駄だと思ってますので、最初から彼らを連れて行く選択をいたします……」


「さすがアリス。君には敵わないな。申し訳ないがハーギル博士のところまで、タリムたちの引率をよろしく頼むよ。はっはっは!」


レオナルデ代表は大笑いだ。こちらとしては新たな目的地がはっきりしているので助かる。そして一時的ではあるがアリスと同行するためとても心強い。


「……今からアズーロ軍の現状について、カテリーナ代表に引継ぎを行いますので……出発は明日でもいいですか……?」


「いつでも構いません。よろしくお願いします」


アリスの言葉をタリムが受け返事した。


「……ではまた明日……9時にアズーロ領の空港でお会いしましょう……」


そういうとアリスとカテリーナ代表は代表者室をあとにした。


「さてさて、“君たち”が虹彩会議に出席する代表者になって、また大陸のことを一緒に決められたらいいね。待ってるよセイジ」


「……面倒くさいので嫌です」


セイジはレオナルデ代表と目を合わすことなく返答した。どこまでもレオナルデ代表のことが苦手なようだ。代表者室をあとにした4人は、アルコバレーノの街でゆっくり泊まることにした。



【∞】



「……それで、来たるべき日とはなんですか……?」


アズーロ軍の本拠地、軍の会議室では、カテリーナ代表、レオナルデ代表、三人の少将、そしてアリスが着座している。少将らは一瞬首を傾げるも、すぐにレオナルデ代表から説明があった。


「来たるべき日というのは”黒”がアルクス大陸に来る日のことだ。大規模な戦闘になるのが視えた。……ただ、残念ながら私の予知でもそれがいつのことを指して、何人で来るのかといった詳細な情報は分からない。実に不便だよ。予知があるといっても推測の域を出ないのだから」


レオナルデ代表は溜息をついた。予知ができても万能ではない。


「現にダム制圧事件がいつに発生するかは分からなかった。もう少し精度を高くすることはできても、予知で視たにも関わらず起きなかった事象もあるぐらいだ。ただ、この”黒の侵略”は確定だろう。なぜならば私たちの手中にインペリアルサファイアが存在しているからだ」


カテリーナ代表も次いで説明する。


「過去の虹彩会議の記録では宝石の採取の議論すらされておらず、またアズーロ軍の記録でもインペリアルサファイアを採取した例は存在しない。あの魔獣大戦以後、誰もここまでたどり着かなかった。黒がこちらに来る可能性は極めて高いと思うわ」


「ふむ……黒がアルクス大陸に来るとして、具体的には宝石を奪う目論見で戦闘が始まるのですかな?」


ボネール少将が代表らに問う。レオナルデ代表は首を横に振った。


「残念ながらそこも分からなかった。ただ”黒”が来るんだ、インペリアルサファイアの解析は急を要する。少将らには申し訳ないが、アリスをしばらく別任務のため軍から離脱させる。君たちはカテリーナ大将のいうことをしっかり聞いてくれたまえ」


「「「はっ」」」


3人の少将らはすぐに立ち上がり、カテリーナ代表、レオナルデ代表に敬礼した。


「アリス、タリムたちの保護、よろしく頼む。あの子たちは化けるぞ……フフフ……」


「なんでそんなに嬉しそうなのか……。まぁレオナルデ代表が楽しいならいいんだけどさ」


カテリーナ代表は頬杖をつきながらレオナルデ代表を見た。アリスは呆れた表情でハーブティーを啜る。窓の外は気付けば暗くなっており、雪の降るリラ領を少し思い出した。


「(ヒース博士ですか……もう10年ぐらい会っていないような気がします……)」



【∞】



翌朝、アルコバレーノの街の空港に向かった4人。そこにはアズーロ軍の軍服を着たアリスと、色黒で逞しい身体のお兄さんが待っていた。


「……ではリラ領へ行きましょう……」


「おー!」


キャロが威勢よく返事する。


「おや……あなたたちハ……! また一段とたくましくなられましたかネ?」


「いやいや!お兄さんには負けます!」


「確かに……」


たくましくなったのは精神面だけで、身体は明らかにお兄さんのほうが逞しい。それでも着実に成長しているとは感じ取れた。


「タリム、こっちに来い。もうカゴは分けておいた」


しれっと藤のカゴを2便、男性と女性に分けていたセイジに導かれ、タリムはセイジの横に立った。目指すはリラ領、インペリアルサファイアを届けるため、ヒース・ハーギル博士のもとへ向かう。



【∞】


ー <BOS> ー


「ただいま~♫ あ~面白かったにゃ~」


どこからともなく現れたネオンが楽しそうに話した言葉を黒髪の少女は聞き逃さなかった。


「ネオン、どこに行っていたの?」


「にゃはは♫ ちょっとアズーロ領にね~♫ アリスちゃんたちは、兵士たちのオーラを元に戻すために色々試そうとしてるね~。しかも青の洞窟にあるインペリアルサファイアをばっちりゲットしてたよ~。えらいえらい♫」


ご機嫌な様子でぱちぱちと手を叩くネオン。


「……100年前とは明らかに違う動きですね。あのときのアルクス大陸はチタン1人の力にただ絶望していただけでしたのに」


顎に手を当て考え込む黒髪の少女。すかさずネオンが笑いながら答える。


「“そういう時代”が来たってことかな~。あと興味深いのは、この前話してたヒスイ領の果実?を採った子たちが、アリスちゃんと一緒にインペリアルサファイアを採ってたんだよ~!」


ネオンは手足をパタパタさせ、興奮気味に話した。黒髪の少女は少し目を見開く。


「そもそもヒスイ領の植物を誰が採取したのかは聞いていない気もしますけど……それでもインペリアルサファイアを採るほどの力はさすがと言わざるを得ないですね。アリスが自ら動くのですから、前回のダム制圧事件がよっぽど印象的だったのでしょう。レオナルデ代表の判断も素晴らしいと思います」


「あれ? 話してなかったっけ? まぁいいや~。ヒスイ領で果実を採ったあと、どういう動きをしてたのかは知らないけど、その子たちとインペリアルサファイアを採った子たちと同じ子だったんだ~♫ クルムズ領から来た子もいるし、オーランゲ領の子もいたから、ますます面白いことになりそうじゃない?」


「(!……なるほど……)」


ネオンの言葉を聞き、静かに瞬きをする黒髪の少女。


「これからは各領で宝石の奪い合いが始まるかもね♫ さ、もう一つの気になる“兵器”の様子を見に行ってくるね~」


ネオンは“黄”アマレロ領に繋がる転移装置に触れ、いなくろうとする。すかさず黒髪の少女が制止する。


「待ちなさいネオン。セレンが行おうとしている例の技術、進捗はいかがですか?」


ネオンは転移装置に触れる直前にピタッと手を止める。その額から嫌な汗が流れた。


「あれね~……結論だけ言うと……回復じゃなくて死に体を“動かす”ための技術って感じ……ある意味身体は動いているから回復してるっていう暴論もできなくないけど……」


「まさか……“クリスタル”に黒のオーラエレメントを……?」


訝しげに問う黒髪の少女。ピクピクとまぶたが動いているのが分かる。


「そのまさかだにゃ~」


ネオンはあっけらかんと答えた。途端、黒髪の少女は深いため息をつく。


「はぁ~…………。どうしていつもこう……無茶苦茶にするのか……。ゴルドや海賊たちは生きているの?」


「一応生きてるよ………一応……」


ネオンは黒髪の少女から大きく目を逸らした。両手の人差し指をチョンチョンと突き合わせている。


「もういいわネオン。あなたのことですし、一応セレンを止めたのでしょう?」


「止めたのは止めたけどね~。結局あの技術、黒のオーラエレメントと“クリスタル”をどう反応させたのか、私には分かんなかったな~。セレンさんは“ブラックナイト”って名付けてたよ」


黒髪の少女は何度も深いため息をつく。


「“ブラックナイト”ですか……。おおよその術式には検討がつきますし、今深掘りするのはやめておきます。あとでセレンを呼びつけますので説教ですね」


黒髪の少女の眉間にシワが寄った。ネオンはそーっと転移装置のほうに向かう。これ以上長居は無用である。説教に巻き込まれるのはゴメンだ。


「じゃ、改めてアマレロ領にしゅっぱ~つ!」


ネオンは今度こそ“黄”アマレロ領に行く転移装置に触れ、いなくなってしまった。黒髪の少女、そしてチタンがその場に残る。


「……チタン。どう思います?」


武器の手入れをしているチタンに話しかける黒髪の少女。チタンは黒髪の少女のほうに目も合わせず淡々と答える。


「……“どれ”を聞いているんだ」


まるで興味がなさそうな返事だ。


「セレンの技術には興味がないかと思いますけど、“黄”で作られている兵器の話です。“これ”、破壊できると思いますか?」


“これ”という言葉が指しているもの。チタンは黒髪の少女の背後にある、それでいて3本の巨大な剣が刺さっている“黒いコア”を見て答えた。


「……愚問だな。“それ”は“黒”そのもの。大陸中のいかなるオーラエレメントをかき集めても壊せる代物ではない。無論……今の“プリズム”も含めてだ。黄の兵器なぞ、ネオン1人で攻撃を止めて終わりだろう」


チタンの答えに黒髪の少女は少し微笑んだ。


「それでも……ネオンの言う“時代”が来たようですね。リラ領のヒース・ハーギル博士を筆頭に、大きなうねりが……」


「俺たちのやることは変わらない。お前がしっかり俺達に指示を出せ」


「……ええ、もちろん……!」


チタンの言葉を受けた黒髪の少女は左眼を黒く輝かせ答える。黒髪の少女の背後にある黒いコアが不気味に蠢くのであった。



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