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10,白日を望め  作者: 雪無
5/8

観察記録4

 ────十二月二十日。日本



 血管を剥ぐような寒さだった。

 白い空気に白く燻る吐息は、こちらの国と大きな違いはない。鉄骨階段に腰をかけて、ヘルツはほんの少し悴んだ指先に息を吹きかける。傍から見れば職を失ったか仕事を放棄したサラリーマンである。

 スーツのポケットから端末を出して時間を確認する。ちょうど、朝の六時だ。

 長い脚を児戯に伸ばして、つま先を揺らしながら画面が暗くなるのを待った。


 (前は、この階段を登った先の一室でやられたんだった)


 あの時とはまた違う緊張感が、心臓の浅いところで高鳴っている。季節外れに葉が色づくような温度が腹の中で疼いている。


『慎重に。慎重にやるんだよ、兄貴。一歩間違えたら死ぬんだよ。頼むからね』


 日本に飛ぶ前、ヘルツはニヒツからそう念を押されている。


(慎重……慎重に? ダチ同士で挨拶するときでもそんな慎重にならないだろ)


 端末をポケットに仕舞い、人通りの少ない通学路を見る。まだ学生は一人も見かけていない。

 灰色のコンクリート、掠れ切った〈止マレ〉という路面標示が視界から脳に流れ込んでは、透けて通りすぎていく。思考のどこにも雑音はなく、自分の存在が顕著に感じられる。

 上官には護身のためのサングラスを強く推されたが、そんな不純物は普通の会話に必要ないはずだ。


 反対の通路に建つ、瓦の一軒家がヘルツを眺めている。野良猫が住み着いていそうな外観に、表札は森田と書かれていた。森に、田。自然豊かな苗字だとヘルツは無意味に文字と文字の間を測った。日本人の苗字や名前はなんだか音がするようで気に入っている。川の雪がれるような音だ。


 ────音……そう。足音が、する。


 まばたきの途中で、ヘルツは姿勢をゆっくり正した。

 革靴の耳に心地いい硬い音が少しずつ近づいてきている。聞き間違いを疑う余地もない、はっきりとした足音だった。ともすればこちらに存在を知らせるようでもあったかもしれない。

 意識の遠くで心臓が高鳴る。予測どおり、しかし、こんなに上手くいくとも思っていなかった。童話みたいだ。ガラスの靴が用意されていて、その娘はその町にいて、望んでいようが望んでいまいが再会する運命からは逃れられない。


 黒いローファーの爪先が瓦の一軒家に被さって現れる。あの日、縋るように見たズボンの端、細い足首、黒髪の癖っ毛、左の口端にあるホクロ、洗い立ての白い横顔。



 月を殺せる、その美貌。



「しんえ────」


 彼の動きが止まる。首が動くより先に、白い眼球がこちらに向けられる。

 撃鉄を起こすような呼吸が研がれて聞こえる。

 背筋に死の息吹が吹きかけられたようだった。次はない。次の一秒で、死が見える。それでもいいような気がした。深淵を覗いた先に見つめ返されるものが、白い死ならば……。


(いや、違う。俺は、“深淵”と話に来たのではない)


 ヘルツはすぐさま腰を上げ、


「“鷹”っ!」



 深淵の指先を掴んだ。



 冷え切った指先同士が密着する。

 深淵の白い瞳孔が微かに見開かれる。名前を呼ばれたことより、自分に触れられたことに驚いているようだった。一秒と間をあけずして鋭くなった視線がヘルツの瞳に突き刺さる。底冷えするような温度に足元が無意識に竦む。だが、“これ”も予想どおりだ。


(こちらに危害を加える意思がなければ、彼は攻撃のための権能を使おうとしない……いや、“使えない”んだ)


 ──ヘルツは、深淵の極寒とは裏腹に満開の花を顔に咲かせた。


「Guten Morgen. こんなにいい朝はないな」


 権能は利便性のある能力だが、使用すればするだけ精神や体に負担がかかるようになっている。使いどころを見極めなければ体力、気力の消耗が激しくなるのだ。

 深淵のように強い権能をいくつも取得しているものは、特にその傾向がある。だからこそ、どこかでセーブしなくてはならない。


(どういう理屈かはわからないが、深淵の中には安全装置みたいなものがあって、その基準に満たない対象には権能が使えないんだろう)


 彼の細腕では、ヘルツの手すら振り解けなかった。掌の中で、必死に指が蠢いている。逃げようとしているのだろうけど、わずかな迷いがそこにある。それが先ほどの喫驚と関係があるのかは定かでない。

 閑寂とした道に、人は誰もいなかった。

 深淵の冷えた声が白く薫る。


「……干渉するなと、言ったはずだけど」

「ああいう干渉はしてないだろ?」

「殺しておくべきだった」

「そう言うなよ。話したいんだ、お前と」

「話すことなんておれには何もない。自分の国に帰るか、今ここで死を選ぶかどちらかにしてくれないか」

「殺さない。お前は俺を殺さないはずだ」


 図星だとでもいうように、深淵は下唇を薄く噛んだ。

 よく見れば、その白い瞳の下瞼には仄かな隈ができている。心なしか、前に会った時よりも窶れているように感じた。

 ヘルツは深淵の手指をいっそう強く握ってその目を覗き込む。


「わかるだろ。俺はお前を傷つけたいわけじゃないんだ」

 深淵は嘲るように鼻で一笑を吹かす。「ふざけるな。一度はおれに銃口を向けておいて、今更なにを」

「それは謝る。でも、だからこそ、俺はお前のことが知りたい」

「おれを殺すために?」

「違……っ」


 視界の端で、何かが反射する。


 金属質で鋭利な一瞬の光だった。

 深淵の右手がヘルツの胸板を勢いよく押し返したのはその時で、突然の激動に体は後ろへと押しやられる。けれど、深淵の視線はヘルツを見ていない。見ているのは、


「っ、鷹────」


 直後、パァンッと乾いた破裂音が朝の空気に食い込んで、互いの間にあるアスファルトに鉛玉の穴が大きく穿たれた。中央から細い煙が上がり、白い目と深緑の目が繋がる。何が起こったかはすぐにわかった。

 ────襲撃。

 先に動いたのは深淵だった。

 弾の軌跡を追い、その方向に深淵の目が大きく開かれる。ピントを合わせる動きに似ていた。瞳孔が奥に窄まり、権能を展開しているのだとわかる。

 それでも、遅い。

 今、確かな時間のラグがあった。奇襲者が深淵のことを知っていたら、おそらく、彼の視界からもう逸れた場所にいるだろう。背中に嫌な汗が伝う。


(想像しろ。敵の動き、思考、行動パターン。深淵──鷹の視界を、思考を、合わせろ。合わせろ、俺の権能をあいつの権能に)


 ヘルツはスーツの下にあるホルスターからリボルバーを取り出した。

 そのまま深淵の後ろに回り、抱き締めるように──彼の銃になるように──腕を彼の前へ伸ばす。深淵の肩が僅かに強張る。しかし、拒絶はされなかった。

 彼の視線の延長線上にリボルバーの照準がある。


『兄貴。眼球ってね、カメラとよく似ているんだよ。シャッターがあって、景色を引き絞るピントがあって、色を投影させるレンズがある。でも、誰もが同じ景色を同じ解像度で見ていると思っちゃいけない。……もしαに生まれたら、僕は、治療と身体の権能を使って、他の動物が見ている景色を共有してみたいって思うよ』


 幼い頃、顕微鏡を覗いていたニヒツが、αである自分に羨ましくそう言った。


 思考の接続ができるなら、確かに視覚も接続できるはずだ。


 ヘルツは瞼を閉じる。ノイズのような砂嵐が瞼の裏に広がっている。血液が透けている。角膜、虹彩、網膜、水晶体、硝子体──……瞼の奥、その奥に白日がある。深淵の最奥。白い闇だ。

 耳鳴りがする。フィルムを巻いて繋ぎ合わせるにも似た、機会的な音が網膜の裏で熱く燃え広がっている。


 ────“深淵”の奥を望め。その、白日を。


 ヘルツが次に瞼を開けると、目の前は光の粒子すら見えるような、鮮烈な解像度の世界だった。


「っ! う、」漏れた嗚咽が、どちらのものだったかはわからない。深淵が俯けば、ヘルツの視界も同期して景色が下に向く。


「前を向け! 次の奇襲が来る前に片付ける」


 深淵は眉間をキツく揉んでから、前を見た。

 銃弾が飛んできたのは約一キロほど離れた施設の屋上辺りだ。白い瞳孔がそちらに向かう。が、当然そこにはもう人影すらない。

 ヘルツが視界を左に動かす。深淵の眼球も左に動いた。


「俺が敵ならここに移動する。丁度弾を詰め終えて、今に顔を出すはずだ」


 ゆっくりと撃鉄を起こす。

 狙いどおり、隣の屋上から黒い影……否、黒づくめに体を覆った男の顔が見えた。目が青く、鼻筋も高い。使っているライフルはどう見ても日本で扱えないものだ。


(日本政府のくそったれ、俺たち以外の国にも暗殺を要請しやがったな)


 男と、スコープ越しに目が合う。

 そんな馬鹿なという驚愕と、早く処理しなければという焦燥が見て取れる。かつての、ヘルツのように。しかし、もう、遅い。

 彼は深淵を覗いているのだから。

 燦然としていた視界が勃然とフラクタルに歪む。脳をぐちゃぐちゃに掻き回されるような感覚が、ヘルツの意識を混濁させた。


「目を逸らさないで」


 まばたきをしようとしていた刹那に、深淵の忠告を受ける。ヘルツは「わかってる」とだけ言って眼球の奥を力ませた。相手の男は踏まれたての蟻のように踠いていた。おそらく、あれが三半規管を支配する瞬間の景色だったのだろう。

 リボルバーを強く握り直し、照準を定める。あちらの弾は外れたが、こちらの弾は決して外れない。


(辛いよな、その気持ちよくわかるぜ。なにが起こったかもわからず、もがき苦しむだけだろ。大丈夫だ)


 想像しろ。銃の構造、重さ、弾の速さ、火薬の破裂、その描く軌道。粒子の震え、消音の中にある悲鳴。そして、相手の血肉を穿つ光景を。


「今、ねんねさせてやる」


 引き金を引いた。

 弾は逃げようとした男の頭部を貫き、赤い噴煙が薄く散る。その爆ぜる瞬間の躍動さえ、高解像度ではっきり見えた。常人なら正気を失うであろう凄惨な色彩がこんなに鮮明に映し出される。

 は、は、と収縮する呼吸が耳鳴りの奥で響く。台風一過のような静寂が、白い朝に馴染んで混ざり合う。

 ヘルツは銃を下ろし、迅る心臓を抑えた。汗が頬を伝う感覚はあるのに、視界はブレないままクリアだ。息を上げているのは、自分だけだった。


 耳鳴りが大きくなる。フィルムの焼き切れる音。厭な音だけれど、この音を深淵も聴いているのだと思うと、あまり悪い気はしなかった。少なくとも、煩い鐘の音よりよほど良い。

 当の深淵は自分の掌を呆然と見つめた後、慌てたように振り向いた。視覚接続はまだ続いている。彼の動きに合わせて視界が動く。自分のひどい顔が映り込む。ヘルツは思わず「うわッ」と唸ってしまった。


「早く視覚接続を解け!」深淵の怒号に近い言葉で、視界が揺れる。「早く!」


 なにをそんな焦っているんだと思いながら、ヘルツはゆっくり瞼を閉じようとした──が、閉じれなかった。


「……? あ? え」

「早く! おれからじゃ、接続を切れない! 身体と科学の権能を使えば切れるだろ!」

「わかって、わかってるって……今、やるから……」


 理解しているのに、脳の処理が追いつかない。そもそも、権能を複合して使うこと自体高度な技術なのだ。やりますといって容易くできるものではない。子供がよくやらかす、入れてみたはいいけど抜けなくなった。ヘルツの今の状況は、その典型であった。

 瞼を閉じているわけでもないのに、視界が薄靄に暗くなっていく。

 想像、想像しなくては。眼球の仕組み、その働き、自分の本来の血液、細胞、筋肉の動き。しかし、いくら権能を展開しようと試みても、ヘルツは自分が見ていたはずの景色を思い出せないでいた。心のどこかで、この光の粒子を、幾何学的な風景を見ていたいと思ってしまっている。あのフラクタルをもう一度見たい。


 目の前に立っている自分が、不意に後ろへ倒れる。衝撃だけはしっかり背に感じ取れたが、視界に空が映ることはなかった。


(そういえば、鷹の目に空はどう見えるのだろう。きっと夢見たいな景色なのかもしれない。昔、俺とニヒツが観た映画みたいに……)


 視界が上下に揺れて、倒れている自分の虚ろな顔が見える。こんなのが見たいわけではなかった。細い指が、自分の体に触れている。

 スクールバッグの落ちる音が聞こえる。


「下手くそ! なんだってこんなこともできないんだ」

「……鷹」

「喋ってる暇があったら、権能に集中してくれ! このままじゃ君が失明する!」

「空、空をみてほしい。こんな、俺の顔なんかじゃなくて」

「……ふざけるな……ほんとう、面倒ばかり……」


 ヘルツの瞼に深淵の掌が被さる。自分が死んだみたいだ。呑気に構えていると、今度は急速に暗闇が襲ってきた。

 耳鳴りが遠のいて、また意識が離れていく。

 ヘルツは溺れていたのを自覚したみたいに手足を痙攣させて踠いた。


(それは嫌だ! まだ、話したいことがある。離れたくない、頼む、頼むよ、離さないでくれ。もう迷惑もかけないから……いや、嘘だ。少し迷惑はかける。だって、それぐらいお前と一緒に話してみたいんだ)


 たとえ、運命じゃなくてもいいから。


 自分の手を握る誰かの温度が、最後に応答したヘルツの意識だった。



◻︎



 懐かしい匂いがした。


 実家にある書斎の匂い。少し埃っぽくて、インクが焦げたような古臭い匂いだ。母は本が好きで、兄弟共にその影響を多大に受けた。ニヒツは、それで医療に関心を持てたし、ヘルツもそれで歴史や政治や軍隊に興味が持てた。

 二人は、一度本を読み始めるとうんともすんとも言えなくなる。母はそれを知っているから、いつもその隙に買い物に出掛けて、紙パックにこれでもかと詰め込まれたいちごを買ってくる。押し込まれているせいで、底の方は潰れてしまっていて、母はいつもそれを使ってアイスクリームを作ってくれた。


『わたしのシュヌッキー(かわいい子)。おいで、アイスができましたよ』


 珈琲と紅茶と、ほのかに甘酸っぱい香りが書斎にまで届いて、二人はようやく顔を上げるのだ。


『ヘルツ。あなたはαで、いつか運命の番に出会うかもしれない。もしくは、運命のような出会いをするのかもしれない。忘れないで、愛する人ができたのなら必ずその人を守るのよ。その人の心を守るの。愛しい人がちゃんと夜も眠れるように』


(わかってるよ。母さん。俺にもようやくそういう人ができたんだ。ああ、でも、その前に早くアイスが食べたい。それで、いつかあいつにも食わせてやりたい。母さんの作るアイスは一番に美味いから……)


 頬に冷たい感触が触れる。その唐突な現実感に、淡い色彩が一気に吹き飛んで、ヘルツの瞼が上がった。



「……起きた」


 ぼやけた視界に、黒髪と黒い学ランの輪郭が浮かび上がる。まばたきを一、二回繰り返せば視界は少しずつ拭われていった。背中が微妙に痛い。柔らかい毛布みたいなのが敷かれているのはわかったが、足首は余っているしあまりいい寝心地ではなかった。

 曖昧に視線を上げる。

 白い瞳孔がヘルツを覗き込んでいた。


Traum()……」

「夢にしたければどうぞそうしてくれて構わないけど」

「……あ、え。本物?」

「目が覚めたんだったら、早くしゃっきりしてもらえる」


 その明瞭な言葉に、ヘルツはぼんやりと周囲を見渡す。

 懐かしい匂いは、周囲に積み重なった本から漂っていたものだったようだ。黄ばんだ本が山のように聳えていて、深淵も手持ち無沙汰に一冊の本を開いてヘルツの傍に座っていた。草原の香りは畳から香っている。頭の横には汗をかいた水のペットボトルが供えられていた。先ほどの冷たさは、このペットボトルによるものだろう。

 ヘルツは肘をついて、ゆっくり起き上がった。

 ここはどこだと聞く前に、深淵の口が開かれる。


「ここは、おれがお世話になってる古本屋の二階」

「……どうして」

「“どうして”? それは、どうしておれが君を放っておかなかったのかっていうこと? それともどうして自分が倒れたのかっていうこと?」


 ヘルツの眉尻が叱られた子犬のように垂れる。深淵はその様子に意地の悪い言い方をしたと自覚して、首筋を疚しく摩った。軽い咳払いを落とし、手元の本に視線を下げる。

 六畳もない部屋に詰め込まれた本の裏、その白壁にもお経のような文字がびっしり詰まっていた。この部屋自体が一冊の本ないし辞書のようだ。


「……視覚のジャックは初めてだった?」


 深淵は本を見ながら話しかけた。そのせいだろう。ヘルツは一瞬、本の一節を読まれたのか、自分に問いかけられたのかわからなくなった。それぐらい、彼の声は静かだった。

 行間ほどの間をおいて、呼吸する。


「ジャック……というか接続じゃないのか」

「あれはジャックだよ。権能を接続するためには双方の承諾が必要になる。思考接続がいい例だよ。おれは視覚の共有を許可していなかった。でも君は強行しておれの視覚に同期した。そうすると、解除は君にしかできなくなる」


 深淵の声に、ヘルツを詰責する鋭さはない。あの時は、あれが正しい判断だったのだと深淵も思っているのだ。

 ヘルツは縮こまらせていた肩の力をようやく抜いて、赤茶色の前髪を掻き上げた。視界が広くなる。


「そうだな、それなら、ジャックは初めてだった。いつもなら解除だってできるんだ……」

「普通の接続とジャックは解除のやり方が違う。権能の身体と科学が必要になる。自分と相手の意識を物理的に切り離すって言えばわかる。突っ張った糸を鋏で切る感じ」

 ヘルツは頷いた。ここら辺の要領は誰よりもいい。深淵も軽く頷いて、本のページを捲る。

「できなければ、視覚が失われる。自分の五感を取り戻せなくなる。ジャックはそれぐらいのリスクが伴う」

「やったことがあるのか」


 深淵の眉根が寄る。喋りすぎた、とでもいうように。「……まあ、少し」それだけを呟いて、本を閉じた。まだ序章も終わっていないだろうページ数だった。


「おれが強制的に君の意識をシャットダウンさせて、視覚から追い出した。それで、君は倒れたんだよ」

「……俺を運んだのは、鷹が?」

「できなくもなかったけど、権能の消耗は控えたい。クラスメイトに説明して協力してもらったんだ」


 幽霊の通れるような余白が、互いの間に落ちる。

 ヘルツは傍に置いてあったペットボトルを手に取り、キャップを開けて一口ほど水を含んだ。コポ、と気泡の浮かぶ音すら明瞭で、些細な空気の震えが沈黙を埋めていた。

 視線を伏せたまま正座する深淵の、その姿勢は少し猫背気味で、しかしどこか真っ直ぐとしていた。今にも雪が降りそうにも見える。


(蚕が織りなす蜘蛛の糸に似た男だ)


 繊細そうに見えて、ほつれる要素がどこにも見当たらない。


 ふと、ヘルツの胸中で彼の言葉がリフレインする。“クラスメイトに協力してもらった”、つまりそれは自分が彼の敵ではないとクラスメイトに話したということにならないか。ヘルツは片膝を立てて座り直して、深淵を見た。

 深淵の瞼が逡巡するように蠢いている。目の前の男をどう認識すべきか、迷っている。本の表紙を撫ぜる白い手指を、ヘルツも視線で辿った。

 その本は、かつて、母の書斎で読んだことのあるものだった。


「……五月十七日」


 己の寿命を伸ばすよう、ヘルツはおもむろに口を開く。深淵はハッとしたように顔を上げてヘルツを見た。彼の視線が本にあることに気づいて、この本の内容に触れているのだと理解する。

 次に視線が上がる瞬間は、同時だった。白い瞳と深緑の瞳が草木のように絡まる。


「五月十七日のところは?」ヘルツは引き続き声をこぼした。

「……読んだ。五月二十二日まで読んだよ」

「『あのすばらしい魂を眼の前に見ていると、自分が自分以上のものに思われたのだ』俺は昔からこの一文が好きなんだ。まだ、味わったことのない感情なような気がして」

「……そう」

「今なら、少しわかる気がしてる」


 深淵の口が、静かに引き結ばれる。機嫌を損ねた、というよりは、話すことを促したといったふうだった。

 チャンスは今しかない。これを逃せば、おそらくもう彼と話す機会はなくなる。『慎重に』と言うニヒツの声が頭の中で木霊する。血管が細くなっていくようだ。ヘルツは唾を飲んで、ゆっくりと息を吐いた。



「鷹、俺たちの国に来ないか」



 許しとも拒絶とも捉えられない物憂げな空気が、埃を被った本の背を撫でていく。深淵の目はまた伏せがちに下がり、その様子は辟易したようでもあった。


『深淵は軍隊だとか国の争いだとか、そういうのは何も望んじゃいないし興味もないと思うよ』


(わかってる。わかっているからこそ、引けない)


 ヘルツは促すようにして深淵の顔を覗き込んだ。


「鷹、ドイツ語わかるだろ」

「少しは」

「大学に進学したければうちに来るといい。学費も衣食住も俺が請け負う」

「その代わりに、そっちの傘下につけって?」


 深淵は引き摺るようにして立ち上がった。まだ積まれたばかりといった短い本の塔の一番上に読んでいた本を置く。

 いつ、拒絶されるかわからない。視覚から追い出された時みたいに、彼に締め出されたら。ヘルツの胃に焦燥が駆け巡る。部屋に時計はなく、今が何時かもわからなかった。それがより一層彼を急き立てる。時間がない。どうしてかそう思う。


「……鷹には俺の部隊に入ってもらいたい」

「なるほど。他の国を支配するため? それとも、Ωの天変地異を殺害するため?」

 嘲笑う口調に、ヘルツの声が必然と強くなる。

「違う」


 密閉に近い部屋の中で、ヘルツの声は硬く響いた。黄ばんだページたちはその音を存分に吸い上げる。諦観か、瞋恚か、零度の目がヘルツに向いた。冷静であっても、深淵の中で激情が渦巻いているのだとわかる。

 ヘルツは呼気を歯の隙間から落とす。


「……違う。これ以上争わないために、死者を出さないためにお前が必要なんだ」

「それがなんだっていうんだろ。バース差別も国の事情も、おれが引き起こしたわけじゃない。おれはただ平穏に暮らしたいだけで、──」

「今の世界じゃ、お前は一生平穏には生きられない。わかってるだろう」

「わかってるから、こうして! こうして、一人で生き抜いて、高校を卒業したら……誰にも迷惑のかからない場所で」

「死んだように生きるのか?」


 今にも亀裂の走りそうな薄氷の上にいる。

 深淵は下唇を噛み締め、ヘルツは痺れかけた足を叱咤して立ち上がった。感情はすっかり逆転している。ヘルツの胸中は冷静に凪いでいて、深淵の心には颶風が吹き荒れている。溜まりに溜まった孤独と痛みが、彼の声を震わせている。

 俯きそうになる深淵の肩を、ヘルツは力強く掴んだ。諭すような触れ方に、深淵の瞳が揺らぐ。権能は展開されない。ヘルツはその“深淵”をはっきりと見ていた。


「平穏に暮らしたい、その夢は叶えてあげられないかもしれない。でも、お前にはその平穏を壊そうとする不穏分子を止められる力がある」

「だから?」

「俺たちの国には、お前が必要なんだ」


 深淵の目元にヘルツの親指が触れる。

 白い瞳が、彼の指先に誘引されて持ち上がった。真意を測りかねて揺らいでいる。ヘルツの言葉から一縷の希望を見出そうとしている。それでも彼の手を掴もうとしないのは、人への頼り方や助けの求め方を知らないからなのだろう。

 爪先が畳を摩って、熱くなる。


「一人じゃない。俺がいる。他の仲間も、お前の足を引っ張らない奴がちゃんといる。お前を、守ってくれる」

「頼んでない」深淵の声はとうとう消失してしまうんじゃないかと思われるほどだった。

 ヘルツは、しっかり彼の肩を掴んで支える。


「……お前が背負いきれないものを背負いたい。俺が、そうしたいんだ。鷹、お前が夜も安心して眠れるように」


 強張っていた肩から少しずつ力が抜けていく。深淵の肩に添えていたヘルツの手が小さく下がって、学ランの皺が重力に従って伸びる。

 浅い溜息を吐いた深淵の表情は、晴れやかでもなかったが、かといって拒むようでもなかった。泣きそうな前兆はあるのに、彼は、泣き方すら知らない。

 深淵は短くかぶりを振った。


「……どうして、そんなふうに言える。おれたちは運命の番でもなんでもないのに」

 ヘルツは口角を上げた。「いいや。運命だよ、俺たちは」

「まさか」

「同じ本を読んでいた。それに、俺たち、権能の相性もいい」

「それは────」


 その時だった。

 ブーッ、ブーッ、とヘルツの胸元から端末がけたたましく鳴り響く。


 反射的に息を呑んだのはヘルツだけで、深淵はさほど驚いたような素振りも見せず、彼の胸ポケットを見つめた。早く出ろ、と視線で促す。

 ヘルツはタイミングを呪いながら、端末を取り出して鳴りっぱなしの画面を見た。


〈上級将官〉


 ノアからであった。

 こうなると無視するわけにもいかない。詮方なしにヘルツは応答を押して、端末を耳に当てがった。一秒とせずに電波の向こうから声が聞こえてくる。


『ヘルツ、お前今どこにいる』


 開戦を予告するような頻拍した声だ。ヘルツは深淵から手を離して、視線を端末の方へと寄せる。


「どこって、俺の端末からGPSで探索できるでしょうに」

『できないから、こうして連絡してるんだろうが』

「できない?」

『お前の位置情報だけこちらに受信できていない』


 ヘルツは考えもなく周囲を見渡した。傍にいる深淵なら何か知っていそうだが、そちらに視線を向けても本人は疾しさの欠片もなく暇を持て余したように自分の爪を気にしていた。

 今のところ身の安全は確保されているし──深淵が気まぐれに刃を向けてこなければ──無事だ。ヘルツ自身が焦るようなことはない。それに電話は通じているのだから、重要な電波妨害というわけでもないだろう。

 ヘルツは軽い調子で肩を竦めた。


「問題ありませんよ。こちらは順調です、上級将官が無粋な電話さえよこさなければ、楽しい時間も中断されずにすみましたのに」

『楽しい……? お前、深淵のそばにいるのか?』

「もちろんです」

『スピーカーをオンにしろ。今すぐにだ』


 暗雲を思わせる抑揚に、ヘルツは眉を潜める。端末を耳から離し、深淵の顔の前で左手を振ってみせた。深淵は怪訝に目を上げたが、ヘルツの耳を指す挙動にすぐさま彼の方へと体を寄せた。

 端末を真ん中に見下ろすようにしながら、スピーカーをオンにする。ノイズが走って、奥で物音が聞こえる。低い咳払いの後に声が響いた。


『あー……上級将官のノアだ。深淵、君は今そこにいるんだな?』

 ヘルツと深淵が目を合わせる。ヘルツは促すように頷いてみせた。深淵はそれに合わせて口を開く。

「はい、そうです」


 電話越しにでも緊張が走る。深淵は画面を見たままそれ以上は喋らず、ノアも言葉を選ぶように「わかった」とだけ呟く。都市伝説と会話でもしているような奇妙な空気が漂った。

 ぽやぽや気を抜かしているのはヘルツぐらいだったろう。


『……アメリカバース軍に動きがあった。殺し屋が三人、おそらくお前たちの首を獲りにきている』


 ヘルツは、先の襲撃のことを想起したけれど、あれはアメリカがよこしたものではないだろうと思い至る。アメリカの軍ならあんな杜撰な真似はしない。

 深淵の顔色を伺うが、翳りを帯びている以外に目立った反応はなかった。ヘルツもそれに関して言えば大して驚きはしない。なぜなら、


「とうに知っています」


 深淵が周囲の敵に気づかないなど、ありえないからだ。


『なら、話は早い。ヘルツ、聞いているか』

「聞いてますよ」

『正直、アメリカバース軍に喧嘩は売りたくない。火種を蒔くのもごめんだ』

「ええ、全く仰るとおりです」

『だが、わかるな?』


「「『死人に口なし』」」


 三人の声が被さる。これには僅かに驚いて、ヘルツは深淵を見た。深淵は緩く肩を竦めて「利害の一致」とだけ口をこぼす。それからすぐさま、ズボンから携帯を取り出した。


「おれに考えがあります。任せていただけるなら、悪いようにはしません」


 深淵の、半ば脅しのような言い方にノアは言葉を詰まらせたが『……わかった』と渋々承諾した。

『では、作戦はそちらに任せる。いいか、相手が政府に救援を要する前に片付けろ。中途半端に生かすなよ。ヘルツ、万が一があったならすぐに連絡をよこせ、いいな』


「Verstanden, Chef」ヘルツがそう言うと、通話はオフになった。それに代わり、今度は深淵の携帯が呼び出し音を鳴らしている。留守電に切り替わりそうな時間の後で、ようやく『もしもし?』といった女の声が聞こえてきた。

 ヘルツは端末をポケットに仕舞いながら耳を欹てて深淵の隣に寄った。煙たい顔をされたが、それで引き下がるような男ではない。


「九さん? ごめん、今日は色々と」

『ああ、月見山。いいのよ、あの程度……今は平気?』

「平気……だと言いたいけど、そうもいかなくなってる。君にしか頼めないことがあるんだ」


 画面の向こう側で燻らすような沈黙が漂う。逡巡する、というよりかはネイルをしている最中といった意味を持たない間だった。そのとおりに、さほど待たずして声が返ってくる。


『そう。任せて。でも、できれば今日中に終わることにしてちょうだいね。明日、彼女がうちにお泊まりしにくるの』

 深淵は擽ったそうに笑った。「それはこっちよりも大変だ」

『それで? 頼みってなに?』


 耳から携帯を離して、深淵はヘルツがそうしたようにスピーカーをオンにする。


「学校を実演場にしたい。できる?」

「実演場?」ヘルツは思わず口を挟んだ。電話口の向こうで手を叩く音が聞こえる。

『あら! もしかしておねんねしてた人? 珍しい、まだ生きてるのね。トドメを刺されなかったようで何より』


 猫が手元の獲物を揶揄うような、含むような言い方に深淵は眉を寄せる。「そんなことはいいから」


『実演場でしょ? 大丈夫だとは思うけど……ちょっと待ってて。おばあちゃーん?』


 電話の向こうで音がしなくなったのを見計らって、ヘルツは深淵に体を向けた。


「実演場ってなんだ」

「うちの学校、秘匿の軍人育成校なんだよ」

 ヘルツの目が驚愕に丸くなる。そんなことは、ホームページにも深淵の履歴書にも載っていなかった。

「表向きは進学校。でも、授業は普通科の他にほとんどが対人や戦場訓練。だから学校の施設自体そういう構造で出来てるんだ。もちろん、政府には知られてない」

「それは……いいのか、こんな、派手に動くことになるかもしれないのに」

「大丈夫。というか、問題がないようにこうして九さんに頼んでるんだよ」

「彼女は?」

「校長の、お孫さん」


 電話から音が蘇ってくる。


『いいって。でもあんまり壊さないでね。あと、やるんなら相手を生かしておかないでよ』

「わかってるよ、ありがとう九さん」

『卒業まであと少しだし、今のうち売れる恩は売っとくようにしてるの。私が必要な時に返してくれればいいから』


 強かな女だ。ヘルツは身を引いて、電話が切れるのを見届けた。

 時刻は十八時。

 早急に作戦を立てねばならない。どうする、と言う前に深淵は本の前に置かれていたスクールバッグを漁り始めた。簡素なプラスチックの筆箱が取り出され、彼はそこからコンパスとカッター、定規を持ち出した。

 もしかして、それが彼の装備になるのだろうか。深淵の実力を知っていても、彼の手元を覗けば、口に出さずにはいられなかった。ヘルツは心許ない不安に眉尻を下げる。


「本当にそれだけか?」

「充分。それより、そっちの銃の残弾は?」


 ヘルツは内側のホルスターから銀のリボルバーを抜き、シリンダーを開いた。残りは五発。心許ない数だ。

 深淵はそれを見下ろして挑発するように眉を上げたが、ヘルツ本人は調子に乗ったマジシャンよろしくわざとらしく肩を竦めて見せ、不意に左手で握り拳を作った。そのまま、爪を掌に強く食い込ませる。当然、破れた皮膚から赤い血が水滴のように細く垂れてくる。が、その血は伝い落ちる寸前で液体から個体に形を変えて、やがて床に落ちる頃には一個の鉛玉と化した。

 深淵は僅かながら驚いて、落ちた赤い銃弾を見つめる。

 ヘルツはその弾を拾い上げ、シリンダーの空白に埋め込んだ。ジャラララ、と内臓を回して銃の腹におさめてやる。


「“六発”だ」

「充分」


 深淵の口角が薄く引き上がる。「科学と治療の複合が使えるなら、ジャックの解除もできるはずなんだけどね」

 互いに自分たちの武器をポケットやホルスターに仕舞い、向き合う。ヘルツは逸る鼓動を抑えるのに必死だった。焦がれた強さを目の前にして興奮しない男などそういないだろう。

 畳の青々とした匂いが、そんな心臓を慰撫するのに一役買ってくれる。


「それで? 作戦は?」

「おれから目を逸らさないこと」


 そう言って、深淵はとっとと一階に繋がる狭い階段へと足を運んだ。脳裏に、あの注意事項が浮かぶ。目を合わせてはならない、覗いてはならない────思えば、それらは深淵を恐れて書かれたものだった。

 ヘルツは目を眩しく細めて、深淵の背中を眺める。


(そりゃ、誰も“深淵”を殺せないわけだ)


 彼の後に続いて、ヘルツも歩を進めた。二人分の足音が木製の階段に響く。一方は冷静に、一方は跳ねるように。


「お安い御用だ、Liebling」

「……リブリング?」深淵が肩越しにヘルツを見やる。

「ダーリン」


 深淵は瞼を細めて無言にヘルツを一喝した。しかし、今や、その目もヘルツにとっては魅力以外のなにものでもない。

 階段を下りて一階に着くと、店内は──期待を裏切らず──本の巣窟であった。二階と同じく、一階の辛うじて見える壁面にはたくさんの文字が書き込まれている。いつから積まれていたのかもわからない本が地層のように折り重なり、名も知らない画家の画集や辞書も年老いて横たわっている。墓場みたいだ、とも思うが、墓場よりももっと洞窟に近い。ここから花や大樹が生えてきてもおかしくないように思える。

 そのまま階段口の脇に視線をやれば、要塞の如く一部の空間を囲うように築かれた本の壁があった。


「店長、お邪魔しました。おれのバッグは明日必ず取りにきますので」深淵がそこを通り過ぎる間際、壁の向こうにそう声をかける。ヘルツも真似するように壁の向こうを覗く。


 そこには、白い髭をもっさり生やした老爺が座っていた。ドワーフのようである。眠ってるのか、起きているのか、髭のせいでよくわからない。ヘルツは念のため会釈をしたけれど、それも伝わっていないような気がした。

 店長を凝視したまま余所見をしていると、見かねた深淵が側によって、耳打ちをしてくる。


「この古本屋の店長。多分、Ωの『天変地異』だよ」


 ヘルツは気球が膨らむように目を丸くさせた。「そんな馬鹿な」

「おれも詳しくは知らない。権能が認識される前から生きてるらしいけど……この店に書きこまれている文字、あれは言語の権能だ。この店はΩしか認識できない古本屋なんだよ。店長は、ずっと権能を展開してる」

「いや……でも……俺はこうして見えているし、それに休まず権能を使い続けるのは不可能だ。頭も体もイカれる」

「おれと一緒に入ったんだから、認識できるのは当たり前だろ。まあ、イカれているかは知れないけど、おれにとってはいい人なんだ。たまに、番がいた頃の話をしてくれる」


 本の壁を見据える深淵の横顔は、どこまでも縹渺としていてそれは何かを望むようでもあった。出入り口の引き戸までくると、白と深緑の視線はすぐに前を向く。

 ガラス製の向こう側では海の底を予感させる夜が滲んでいた。深淵は引手の窪みに指を差し込む。しかし、彼はそれを開くことなく、忘れ物を思い出したみたいにパッと後ろを振り返った。真後ろにいたヘルツと目が合う。ヘルツはきょとんとして深淵の癖っ毛を眺めた。

 なんだろう。そう思っていた矢先に、右手を差し出される。


「月見山 鷹。Ωの『天変地異』」


 ヘルツはようやく差し出された手の意味を知った。何かが成就したような感動に小さく息を飲み込んだ後、ズボンのポケットに突っ込んでいた右手を抜いて、


「ヘルツ・バルツァー。αの『全知全能』」


「よろしく」


 互いの手を握り合った。


 店を出て、引き戸を閉める。

 後ろを振り返ると、そこには空き地が広がっていた。

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