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10,白日を望め  作者: 雪無
3/8

観測記録縺薙■繧峨r隕九※縺?k

 (ああ、鐘の音が聞こえる)


 ごうん ごうん ジジ


 壊れかけのカセットテープみたいな、ノイズ混じりの鐘の音が脳の奥で木霊している。その音も直きに止むだろう。


 足首に絡みついて離れない手を粗雑に蹴って払い上げる。

 糸の切れた人形のように倒れ伏した偉丈夫を見下ろして、今度こそ踵を返した。死んではいないし、後であちらのお仲間が回収しにくるはずだ。もう、自分には関係ない。

 右肩をぐるりと大きく回す。血液を吸って重くなったシャツが、肌に吸い付く。筋肉組織、血管、神経、内部の損傷に異常はなし。唯一痛いのは制服を新調しなくてはならなくなったことだ。


「月見山!」


 錆びた鉄骨階段を降りる途中で、一緒に下校していた何人かの同級生たちが路地や車、駐車場の影から出てくる。それぞれが憂色を帯びたように彼を見た。

 誰にも怪我はなさそうで、ようやく肩の力が抜ける。


「ごめん、みんなを巻き込んだ」

「いいんだよ、そんなこと」


 短髪の男子生徒が預かっていたスクールバッグを彼に返す。つい右肩にかけようとしてしまうが、念の為、やめておいた。

 夕陽の濃い影が遺影のように黒く伸びていく。

 足首には、まだあの手の感触がこびりついていた。肩の銃槍にもう痛みはないが、残響や感触だけは拭えない。それらは傷ではないからだ。


「いつもの政府から派遣された奴らではないんでしょう」

(いちじく)さん」


 留まっていた生徒たちがまばらに解散していく中、一人の長い黒髪を揺らす女子生徒が隣にくる。彼女の眦はいつも鋭い。近寄り難くも、氷山のように美しい人であった。

 少しだけ背筋を伸ばして、背後に建つ古いアパートを一瞥する。


「そう、外人だった。政府のやつは周囲を巻き込むやり方をしないし……まあ、もう今回ので方針を変えてくるだろうな。天変地異の処刑なんて世間ではほぼ暗黙の了解だ」


 酸素を吸うと、脳の奥がギリギリと痛くなる。右手で意味もなく額を揉むと九が顔を覗き込んでくる。

 華奢な肩から絹のような黒髪が滑り落ちた。


「頭、痛むのね。ジャミングでもした?」

「まあ……少し」

「思考接続は傍受されない。貴方はその不可侵の領域を覗いているのよ。貴方にしかできないことは、その分負担も貴方にかかってる。もっと私たちに頼れない?」

「みんなには、自分の身だけを守ってほしいんだよ。ただでさえこんな……」


 九の掌が、優しい温度を保って背中を撫でていく。自分は、こうした温かい人たちによって充分に生かされている。それを実感するたびに、苦しくなる。

 平穏を望んでいるのに、自分がいるだけで周囲の環境を脅かしてしまう。

 だが、どうあっても死ぬわけにはいかない。全てを殺してでも。


「おれは大丈夫だよ。九さん。君は彼女さんとのデートのことを第一に考えていて」

「貴方に言われなくとも考えてるわ。明日のために今日は早く寝るの」

「いい夢は見れそう?」

 彼女は擽られたように眉を潜める。

「嫌な冗談。私、夢より質をとりたいのよ。泥のように眠って、まっさらな状態で彼女を一日の一番初めに見る。それ以上の夢心地はないったら」


 いい眠りを、と言って先の十字路で別れた。

 彼女がそう言ってくれている間は、まだ大丈夫なはずだ。彼らの平穏を自分が壊してはならない。

 夢を望むのは、自分だけでいい。


 鐘の音はもう止んでいる。


(お前を見ている)

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