観測記録縺薙■繧峨r隕九※縺?k
(ああ、鐘の音が聞こえる)
ごうん ごうん ジジ
壊れかけのカセットテープみたいな、ノイズ混じりの鐘の音が脳の奥で木霊している。その音も直きに止むだろう。
足首に絡みついて離れない手を粗雑に蹴って払い上げる。
糸の切れた人形のように倒れ伏した偉丈夫を見下ろして、今度こそ踵を返した。死んではいないし、後であちらのお仲間が回収しにくるはずだ。もう、自分には関係ない。
右肩をぐるりと大きく回す。血液を吸って重くなったシャツが、肌に吸い付く。筋肉組織、血管、神経、内部の損傷に異常はなし。唯一痛いのは制服を新調しなくてはならなくなったことだ。
「月見山!」
錆びた鉄骨階段を降りる途中で、一緒に下校していた何人かの同級生たちが路地や車、駐車場の影から出てくる。それぞれが憂色を帯びたように彼を見た。
誰にも怪我はなさそうで、ようやく肩の力が抜ける。
「ごめん、みんなを巻き込んだ」
「いいんだよ、そんなこと」
短髪の男子生徒が預かっていたスクールバッグを彼に返す。つい右肩にかけようとしてしまうが、念の為、やめておいた。
夕陽の濃い影が遺影のように黒く伸びていく。
足首には、まだあの手の感触がこびりついていた。肩の銃槍にもう痛みはないが、残響や感触だけは拭えない。それらは傷ではないからだ。
「いつもの政府から派遣された奴らではないんでしょう」
「九さん」
留まっていた生徒たちがまばらに解散していく中、一人の長い黒髪を揺らす女子生徒が隣にくる。彼女の眦はいつも鋭い。近寄り難くも、氷山のように美しい人であった。
少しだけ背筋を伸ばして、背後に建つ古いアパートを一瞥する。
「そう、外人だった。政府のやつは周囲を巻き込むやり方をしないし……まあ、もう今回ので方針を変えてくるだろうな。天変地異の処刑なんて世間ではほぼ暗黙の了解だ」
酸素を吸うと、脳の奥がギリギリと痛くなる。右手で意味もなく額を揉むと九が顔を覗き込んでくる。
華奢な肩から絹のような黒髪が滑り落ちた。
「頭、痛むのね。ジャミングでもした?」
「まあ……少し」
「思考接続は傍受されない。貴方はその不可侵の領域を覗いているのよ。貴方にしかできないことは、その分負担も貴方にかかってる。もっと私たちに頼れない?」
「みんなには、自分の身だけを守ってほしいんだよ。ただでさえこんな……」
九の掌が、優しい温度を保って背中を撫でていく。自分は、こうした温かい人たちによって充分に生かされている。それを実感するたびに、苦しくなる。
平穏を望んでいるのに、自分がいるだけで周囲の環境を脅かしてしまう。
だが、どうあっても死ぬわけにはいかない。全てを殺してでも。
「おれは大丈夫だよ。九さん。君は彼女さんとのデートのことを第一に考えていて」
「貴方に言われなくとも考えてるわ。明日のために今日は早く寝るの」
「いい夢は見れそう?」
彼女は擽られたように眉を潜める。
「嫌な冗談。私、夢より質をとりたいのよ。泥のように眠って、まっさらな状態で彼女を一日の一番初めに見る。それ以上の夢心地はないったら」
いい眠りを、と言って先の十字路で別れた。
彼女がそう言ってくれている間は、まだ大丈夫なはずだ。彼らの平穏を自分が壊してはならない。
夢を望むのは、自分だけでいい。
鐘の音はもう止んでいる。
(お前を見ている)