リクソンとエリーヴィア
「お父さん、お母さん。ようやく私も戦いに参加することが認められました。二人が、村のみんなが殺された日のこと、いまだに忘れることはありません。アナやデューク、オスカルにタイプ。みんな成長して、いよいよ憎きシングリアズ帝国との戦線に加われます。どうか、見ていてください。」
チェンバレン連合帯・マウゼン子爵領の領都、カイケイ。その街はずれの共同墓地に、エリーヴィアの姿はあった。
エリーヴィアは墓前で父母に報告を済ませながら、これまでのことを思い返していた。
あの日、銀色の兵士たち、マウゼン軍の部隊に保護されたエリーヴィアたちは、ほどなくして孤児院で生活することになりかけた。孤児院に向かうことを告げようとする隊長格の男に、何かを感じ取ったのか、エリーヴィアは鬼気迫る表情でにらみつけると、『どうすればあいつらを殺せる!?』と叫んだ。思わず気圧された隊長にエリーヴィアは『お父さんも、お母さんも、殺された。連れてかれた子もいた。理由なんていらない!!あの赤いやつらをどうすれば殺せるの!!』と、問いただすように叫び声をあげつづけた。
その目は、およそ子供のものとは思えない狂気と、子供らしい純粋さで、とても純粋な殺意で、激しく燃え上がっていた。おそらく彼女が見たであろう兵士たちの兵装も、村を燃やし尽くした業火も、これほど赤くはなかっただろう、とどこか見惚れてしまうほどに染まっていた。
並々ならぬものを感じた男は、『領主さまならば、それができるかもしれない。今から私は領主さまに会いに行くゆえ、ついてきなさい。』と告げ、エリーヴィアを連れて領主への報告に向かった。
領主の館についた男は、ほどなくして入室を認められた。中にいたのは、忙しそうに書類を整理している、緑眼短髪の若い青年だった。
「それで、報告にあった子供たちというのはこの子たちですか。」
部下にも丁寧な口調を崩さない青年は、その緑の眼で子供たちを流し見ていたが、エリーヴィアに視線が向くと、目を見開いた。
「なるほど、確かに直接私に会わせたい、というのはそういうことか。………、ふむ。」
そういって考え込んでいた青年は、あごに当てていた手を離すと、エリーヴィアたちに向き直った。
「初めまして。私はここら一帯を領地とする、マウゼン子爵領の当主、リクソン・マウゼンと言います。君たちの名前を聞かせてくれるかな?」
「あなたに名乗れば、私はあの赤いやつらを殺すことができるんですか。」
「こ、こら!無礼であるぞ!」
仮にも領主のリクソンの問いを無視して、逆に問いかけたエリーヴィアに、脇で様子をうかがっていた男は慌ててエリーヴィアをとがめたが、当のリクソンがそれを制した。
「構いません。さて、やつらを殺せるか、だったね。それは君がこれから力に目覚めることができるか、もし目覚めたとして、果たして直接的な力かどうかによります。ただ、君がこれから努力を積み重ねれば、復讐することはできる。」
「復讐?」
「そう、復讐だ。つまり、ひどい行いをしてきたものに、それ以上の報いを受けさせることができる、ということです。」
「なら、私は復讐する力が欲しい!」
「わかりました。それならば君を受け入れましょう。ところで、君の友達たちはどうするんだい?」
リクソンの問いに、今の今まで目に憎悪の炎を宿していたエリーヴィアはハッとした。我に返ったかのように目の炎が薄れていき、とんでもない決断を勝手にしてしまったことに焦るように振り返った。
真っ先に口を開いたのは茶髪の髪を肩にかかるまで伸ばし、青い目をした女の子だった。
「大丈夫よエリー。私はあなたについていく。私だってみんなの仇をとりたいもの。」
「ああ、アナスタシアの言う通りだよ、エリーヴィア。僕も君の助けになりたい。」
「デュークもアナもエリーについていくってよ。なら俺たちもいかないとなあ。なあタイプ。」
「そうだね、オスカル……。ぼ、僕もみんなと一緒が良い……。力になれるかわからないけれど、一人でいたくないから……」
普段、他人を傷つけることを厭う、優しい性格のタイプさえも巻き込んでしまったことに若干の申し訳なさと、自分の歩もうとする苦難の道に、ともについてきてくれる友達たちへの感謝と嬉しさで、エリーヴィアの胸中は複雑だった。
「ふむ、それではパール。君にこの子たちに預けます。この子たちの色纏が発現するかどうかみてあげてください。」
リクソンの呼びかけに応じて、今まで部屋の隅で気配を消していた女性がスッと姿を現した。女性は短い黒髪に赤い目、猫のような耳があった。
「紹介にあずかったパールだ。リクソン様のご指示で、これより貴様らを預かり鍛える。リクソン様に仕える以上、色纏は絶対に発現してもらう。まずは貴様らのこれからの家に連れていくから、ついてこい。」
言うだけいって部屋を出ていったパールと名乗る女性を、慌てて追いかけるエリーヴィアたち。残っていた男も下がらせ、一人思考の海に沈み始めたリクソンは、先ほどの子供たち、とくにエリーヴィアのことを考えていた。
おそらく10歳にも満たないだろう子供たちでありながら、家族も故郷も何もかもをを失っても、あれほどの強烈な意思をもてる上に、同じく家族を失って喪失感にさいなまれていたはずの周りの子供たちをもその気にさせるその鮮烈なカリスマは、天性のものだろう。あまりにも才能に恵まれているとしか言いようがない。これで色纏を発現させることができれば、長年に渡って苦しめられている対シングリアズ帝国の戦線にも好転をもたらすことができるかもしれない。
もちろん、色纏を発現しない可能性もあるのだが…。リクソンは自分でも不思議なほどに強く、エリーヴィアたちは色纏を発現すると、確信をもっていた。普段、非論理的なことは極力思考から弾く彼がそう思わされるほどの『何か』を感じさせるエリーヴィア。
ここ数年の鬱屈とする報告の中に差し込んだ、若い芽の発芽に、リクソンは今後の成長を期待せずにはいられなかった。