序章 少女の喪失
その女の子はいつも笑顔だった。市街から遠く外れた、何もない小さな集落に生まれ育ち、決して豊かとはいえない生活ながらも、家族と多くの友達に囲まれて、満ち足りた生活を送っていた。
ある日、女の子は数人の友達と一緒に森に入っていた。女の子たちはいつものように森の恵みを摘み取り、狩りをして村に戻ろうとしていた。ところが、そこで聞きなれないたくさんの足音が森の外から響き始めているのを耳にした。男の子たちは不審な足音を警戒し、木に登って足音の正体を探った。
(あれ…見たことない兵隊さんたちだ……)
女の子たちが目にしたのは時々目にすることのある銀色の兵装をした部隊ではなく、真っ赤な鎧に身を包んだ大勢の兵士たちだった。
ひどい胸騒ぎを覚えた女の子は急いで村に戻った。その日の収穫をすべて投げ捨て、護身に持っていた小さなナイフや、狩りに使っていた短い武器だけを手にして、少女たちは兵士たちに見つからないように気を付けながら、村への帰り道を急いだ。
果たして、女の子の胸騒ぎは最悪といっていい形で目の前に現れた。目の前に広がるのは火・火・火。村中に広がる業火と、あちこちから立ち上る極太の灰色は少女たちの体を熱し、目を灼いた。
それぞれの家族の名を呼びながら村のあちこちに散らばった子供たちは、それぞれの家で子供の甲高い声で悲鳴を、絶望を、怨嗟の声を上げた。ある者は家族の亡骸と対面し、またある者は家族の一切の形跡を見つけることができず、またある者はまだ襲われている家族を助けようとして簡単に捻り上げられ、自分もまた物言わぬ存在となり果てた。
男は殺され、女子供は連れ去られ、小さくはなかったその村に残ったのは、村に着いた時には既に家族が失われていたせいでで兵士たちに見つからなかった、たった5人の子供たちたちだけだった。
朝、森に入る前に見たすべてが、たった数時間ですべて失われた。彼らを煙から守った涙はとうに枯れ果て、子供たちはいきなり訪れた嘘のような現実に、ただただ唖然とすることしかできなかった。
やがて、夜が訪れた。あれほどまでに燃え、村を焼き尽くした炎も消え、野ざらしの中、寒く冷たい闇が訪れた。涙が枯れ果てたはずの子供たちの頬に、体に、大粒のしずくが降り注ぎ、雨風をしのごうと、子供たちはゆっくりと集まり、焼け残った家の残骸などを寄せ集めて、壁というにもおこがましい、脆い、脆い風よけを作った。
みな、無言だった。夜が更けるにつれて次第に雨は収まっていったが、体を寄せ合って少しだけ人肌のぬくもりを取り戻した子供たちの頬にだけは、しずくはいつまでも残り続けた。
翌日の早朝、何もない村に、銀色の兵装をまとう集団が訪れた。
「こ、これは………なんという………。おのれ、シングリアズ帝国!急ぎ生存者の確認をせよ!」
馬に乗った隊長格の男の号令で、村ともいえない集落の跡地で眠っていた5人の子供たちは保護され、領主のいる町へと移住することになった。
このとき保護された少女たちのうちの一人が、のちに「戦乙女」の二つ名で崇められ、同じく崇められた「英雄王 ルセラン」と共にエイドスレイン大陸の歴史に名を刻んだ、エリーヴィアであった。