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6.黒髪の美しい少女

(ウソだ!嘘だ!これが、この指輪があればうまくいくはずだっ!)


床にへばりつくフランツは、今起きた現実を受け入れられずにいる。


(アンジェリカが言っていたじゃないか!これは、『契約の証』だと!これがあれば、私にも精霊の加護が得られるんじゃないのか?)


己の指に嵌め込まれた指輪を呆然と見つめる。


(ど、どうすればいい?契約がなされなければ、父上に、いや、多くの貴族から・・・)


フランツの目には、契約が出来なかったことで自分が責められて、今ある身分から全てが奪われる姿が浮かぶ。


「嫌だ!」


あまりの光景に、思わず、大きな声を上げたフランツに、同じ部屋にいたミーナが声を掛ける。


「ど、どうしたのよ?フランツ!」


城内の揺れが収まったことで、ミーナは少し落ち着きを取り戻したようだ。


「ねえ?さっきの精霊よね?契約は上手く出来たの?」


揺れにより、着ていたドレスやミーナご自慢のピンクブロンドが乱れてしまっている。それが、不満であったミーナは、色々と不機嫌となり、愛しのフランツにも悪態をついてしまう。


「もう、ちゃんとやってよね!王太子でしょう?精霊と契約出来ないと、ミーナとも結婚出来ないのよ!」


そんなミーナの言葉に、フランツは沈み俯いていた顔を上げて、ミーナをギロリと睨みだす。


「おまえとは結婚しない・・そうだ!アンジェリカと結婚すればいいんだ!そうすれば、これまで通り、加護が受けられる!」


先がないフランツに、その時、一筋の光が差し込んだ。


アンジェリカとの結婚!それが唯一残された自分を救う道である。


もう、この際、市井の者がアンジェリカに目を向けて、自分を見ることがなくてもいい。


自分がこの立場から退くことがない未来こそが大事なのである。


そう、フランツは確信したのだった、だが、そんな未来をミーナが許すはずがない。


フランツの言葉に、ミーナの愛らしい顔が歪み、彼女の目がキっと吊り上がる。


「どういうことよ!フランツ!わたしを妃にするっていったよね?あれは、嘘だったの?」


フランツよりも小さなミーナだが、怒りを込めてフランツに体当たりしてきた。


思わぬ、ミーナの行動に、フランツの体はよろめくが、フランツの方もこれまでに思っていたミーナへの不満を口にしてやり返す。


「おまえは、何も持たないただの貧しい平民で、そんなおまえと結婚したとして、私に何の得があるんだ?なぁ、教えてくれよ、平民の女!」


フランツから投げられた酷い言葉に、ミーナは大きく目を見開いて驚いた。


あんなにミーナを可愛い。愛している。とフランツは言ってくれていたのに。


「ひどい!フランツ!」


大きな声で、泣き叫ぶようにミーナがフランツに向けて言葉を返す。


だが、フランツは開き直ったのか悪びれることなく、次々に、ミーナに酷い言葉をぶつけるのだった。


「私は、精霊の加護が欲しかった。だから、手軽なおまえを利用したんだ。でないと、おまえのようなアバズレと過ごす訳はないだろう!」


「ひどい、ひどいわ!わたしは、フランツを愛しているのに」


声を張り上げて泣くミーナをこの上なく、フランツはうっとおしく思う。


「精霊の加護が何よ!あんなの無くても、これまでだって、エルボルタの国はやってきたんじゃない!」


ミーナは悔しくて悔しくて、堪らず、そんなことを呟いた。


しかし、この言葉は、フランツが過去に傷ついた記憶を思い起こさせたのだった。


「だから、おまえは、ただの平民なんだ!精霊に嫌われた国の王族は、諸外国から相手にもされない。その為、エルボルタは年々衰退しているんだ。復活出来る大きなチャンスなんだぞ!私が王になった暁には、精霊の加護で満ち溢れた国となり、私は大陸随一の王になるんだ!」


フランツの目には、精霊の加護を受けた未来が映る。そこには、ミーナみたいな薄汚い女が傍にはいない。


そう、この輝かしい未来にはアンジェリカが必要なんだ!


「ああ、早く、アンジェリカを地下牢から出してやらねば!」


フランツは徐に立ち上がり、自室を飛び出そうと動き出す。


そんなフランツを、ミーナが立ちはだかり邪魔をするのだった。


「どくんだ、ミーナ!」


「嫌よ!行かせないわよ!わたしがあんたの妃になるんだから、絶対に嫌よ!」


「いいから退け!」


立ちはだかるミーナを力づくで動かそうとフランツが手を挙げようとした時だった。


フランツの自室に繋がる扉が大きく揺れたかと思うと、すさまじい光と大きな音が響き渡たった。


そして、その衝撃が収まった時、扉には大きな穴が開いているのが見える。


すると、その衝撃的な扉に開けられた大きな穴から姿を見せたのは、黒髪の美少女だった。


そんな黒髪の美少女は浮遊しながら、フランツの自室に入り込んでくる。


一瞬、何があったのかわからず、揉み合っていたフランツとミーナの動きが止まった。


そんな二人の姿に動じることなく、少女は、にこやかな笑顔を向けてくるのだった。


「貴様!、誰だ!ここは、王太子の部屋だぞ!」


本来なら、王太子の部屋に辿り着く前に、護衛の騎士が不法侵入者を捕らえているはずなのに、この騒動に誰も王太子の元にやって来る気配がない。


一体、何があったというんだ・・・


自室の破壊された扉を見るに、普通の人間ではない・・・では、こいつも精霊なのかと、思案するフランツ。


一方、ミーナは、現れた黒髪の少女に目が離せずにいる。


「あんた!誰よ!まさか、あんたもフランツの妻の座を奪いにきたの!」


これまでのフランツとのやり取りから、すっかりミーナは全ての少女が自分の手にあるフランツの妻の席を奪う不届きものに見えるらしく、敵意を剥き出しになっている。


「えっ・・いいえ、わたくしはフランツの妻になんてこれっぽっちも興味はないわ」


こてりと小首をかしげて見せる、黒髪の少女。


「あんた、じゃあ、何しにきたのよ!」


納得のいかないミーナが、更に噛みついてくるのを聞き流してから、黒髪の少女は、自分がこのフランツの部屋を訪れた理由を述べるのだった。


「わたくし、先程、フランツに奪われた指輪を取り戻す為に、わざわざ、フランツを探して、探して。城内を彷徨っておりましたのよ」


淑女にあるまじき、くすっと、声を出して微笑んでから、すーっと少女が手を差し出した。


「ねぇ、フランツ、わたくしの指輪を返してくださらない?」


じーっと少女がフランツを見つめてくる。


(彼女が指し示す指輪とは、己が、アンジェリカから奪い取った『精霊との契約の証』だろうか・・・)


フランツは、自分の指にある虹色の石が填まる指輪を眺める。


(これを得体の知れないあの少女に渡せというのか・・・)


暫しの思案の末に決めた答えを、フランツは、少女に向き合い、はっきりと告げたのだった。


「断る。これは、誰にも渡さない!」


低い声で、フランツが少女に向けて言い放つ。すると・・・


「そう・・返してくださらないのね?わかったわ。仕方ないわねぇ、フランツが返す気になるまで、わたくしもこの手で頑張るしかないですわね」


そう言った少女は、にこりと微笑んだかと思ったら、今度は、クスリと不敵な笑みを顔に浮かべる。


そして、手をすくっと胸の位置まで上げた。


「フランツ。その指輪はわたくしのものよ。さあ、早く返しなさい!」


そう言葉がフランツに掛けれたかと思うと、少女の掌から光線がのびていった。


「きゃーーー」


ミーナが驚きで大きな声が上げたのは、光線が放たれたと同時だった。


光線は、フランツ目掛けて一直線に向かっている。


そんな光景をフランツは、ただ動けずに呆然と立ち尽くして見ているだけだった。


ドーンと鋭い音が室内に響き渡る。


その音が消えた時、辺りに焦げた臭いが漂っている、そして、パラパラと壁からは衝撃で壊れたものが落ちていく。


「フランツ!大丈夫!」


運よく光線は、フランツの左の耳の横をすり抜け、その先にある壁に大穴をこしらえたのだった。


当のフランツは、震えて言葉すら出てこない状態であるが、そんな彼に代わるかのように、ミーナが少女を激しく罵倒しだしたのだった。


「あ、あんた、化け物なの?ひ、人殺し!この悪魔!魔女!」


そんなミーナの言葉に少女は、眉を顰めて見せる。


「魔女ねぇ?その言葉、ミーナの方こそ、ぴったりじゃないのかしら?」


少女が、自分をミーナと呼んだことで、この時になって、初めてミーナは、この悪魔のような少女に違和感を覚えた。


「あんた、わたしを知っているの?」


まさかと思うけれど、この女の正体って。


アンジェリカから奪った指輪をしきりに欲しがるこの女、もしかして・・・


「ええ、知っていますとも。教会にいつも配給を貰いに来ていた頃からの顔見知りじゃないですの?」


うふふ・・と少女が声を出して笑いだす。


あぁ、やっぱりそうなのか。風貌が変わったからわからなかったが、この女は、あの忌まわしい『聖女』かと、ミーナは理解したのだった。


「へえー、髪色が変わったからわからなかったわ。それに、あんた、魔法が使えるんだ?」


ミーナは少女をギッと睨みつけながら、話しかける。


「ええ、そうみたいですわね。わたくしも今日まで知らなかったことなの」


フーンと、ミーナは少女の返事に然程興味もなく返そうとしたのだが、そうだ!と何かが閃いたミーナは声を弾ませながら、あることを提案したのだった。


「丁度良いわ!フランツが、さっき精霊と契約出来なくて困っていたのよ。あんたが契約してよ!あんた、魔法が使えるみたいだしさ!」


「何故、わたくしがフランツと契約しないといけないの?」


ミーナのとっておきの閃きを、少女はバカバカしいとばかりにつき返した。


「あんたは、フランツが好きだったのでしょう?だから、契約して、フランツの傍で、フランツの為だけに永遠に魔法を使えるようにしてあげるっていってるんでしょうが!残念だけど、妃の座は、わたしのだから、あんたにはあげないからね!」


ぐふふっと、ミーナが自分の閃きが形になった未来を思って笑い出す。


その仕草に、少女は不快な目を向けるのだった。


「ねぇ、いつ、わたくしがフランツを好きだと言ったのかしら?フランツなんて要らないわ。わたくしは、その大切な指輪を返してくれればいいだけよ」


だから、早く指輪を返しなさいな!と、少女が再び、フランツに視線を向ける。


「はア?嘘つくんじゃないわよ!いつも、『フランツさま、フランツさま』って、甘ったるい声でフランツ呼んでたじゃないのさ!フランツに構われたくて、あんた、フランツにすり寄っていたよね?」


少女が返した言葉に納得がいかないミーナは、再び、少女に絡み出すが、さすがに、ミーナに言われた言葉に、少女もピクリとこめかみが動いた。


「すり寄っていたのは、ミーナ、あなたではなくて?」


さっきまでの表情とは変わり、少女はミーナにも厳しい目を向けてきた。


その姿に、「怖い」と思いながらも、ここで負けたくないとミーナは口を開き、少女を罵倒しだすのだった。


「すり寄って何かいないわよ。わたしとフランツは愛し合っていたのよ。あんたと違って、わたしは好かれていたのよ。あんたなんか、ただの道具。フランツにとって、精霊と同じ使い捨ての、ただの道具なんだから!アンジェリカはね、精霊と同じ、ただの道具よ!」


「そう・・・ようくわかったわ。道具の使い途を誤ったらどうなるか、知るといいですわ!」


アンジェリカがミーナの言葉に触発され、自分自身にある何かが経ち切られた。それが、ボウっと音を上げて、アンジェリカの身を炎が包み込むのだった。


「ひィーーーー」


大きなミーナの悲鳴が上がると同時に、ミーナ目掛けて、アンジェリカが魔法を放つ。


「愛らしいお顔のミーナ。だけど、お前の心は到底醜い。その心を、お前の顔に刻んであげるわ。愛しいフランツは、そんなお前を愛してくれるかしらねぇ」


アンジェリカの魔法がミーナの愛らしい顔を撫でるように纏わりついてく。


「や、やめてぇーー。熱い、あつい、誰か、フ、フランツ助けてーーーー」


魔法の炎が顔を覆う、それを手で抑えて、何とか魔法から逃れようとミーナはもがくが、逃れる事も出ない上に、魔法の炎は消えてくれない。


そんなミーナのもがき苦しむ姿を、フランツはただ茫然と見ていた。


時折、ミーナの手が顔の一部から離れた時に見せる爛れた肌が、アンジェリカの放った魔法の恐ろしさを見せつけられ、フランツは、逃げる事も叫ぶことも出来ずに座り込んでいたのだった。


「まあ、酷い有様だこと。心根が醜ければ醜いだけ炎が増すのだけれど、ミーナったら、どれだけ心根が醜いの?」


自分が放った魔法にも関わらず、アンジェリカもミーナを襲う魔法の威力に驚いてしまう。


泣き叫ぶミーナの声がかき消えた頃、ミーナに放たれた魔法が漸く消えた。


当然、ミーナの顔は元の原型がわからない程の火傷で覆われた。


ただ。それでも辛うじて、ミーナは息をしていた。これは、幸か不幸かわからないが、ミーナは死なない程度の火傷を負わされたのだった。


それを見届けたアンジェリカが、ようやく、フランツに向き直り、にこりと微笑んでから再び手を差し出した。


「さあ、フランツ、指輪を返してくださいませ」


アンジェリカのその言葉に、フランツは、ゆっくりと顔を上げてから、生気を失った目をアンジェリカに向け、こくりと一つ頷いた。


それを合図に、アンジェリカの傍にいた小さな精霊がフランツの元へふよふよと飛んで行き、フランツの指に嵌る指輪を抜き取った。


精霊は、その抜き取った指輪をアンジェリカへ手渡す為に、ぽーーんとアンジェリカの方へ放り投げると、指輪は、アーチを描き、最後には、アンジェリカの掌に落ちたのだった・・・

そして、アンジェリカの掌の中にスッと吸い込まれていった。


「指輪も戻ったから、もう、ここには用はないですわね」


再び、にこりと笑ったアンジェリカは、黒髪の姿になってから今日一番の笑顔を見せた。


そんな時だった、荒ましい風がアンジェリカの身体に纏わりつくように吹きあげる。


「アンジェリカ!」


纏う風が消えた時に、聞きなれた声がアンジェリカを呼んだ。


「まあ!、ユーリシアスもこちらに戻っていらしたのですね!」


そう言って振り返る黒い髪の美少女に、ユーリシアスは目を瞠ったのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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どうか、よろしくお願いいたします。

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