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4.精霊との契約

とうとう、エルボルタの国は手に入れた。


精霊との契約の証である「指輪」を!


アンジェリカが騎士により退場させられた謁見の間では、精霊の指輪を手にしたフランツが国王の前に跪き、改めて、指輪を手にしたことで、これからのエルボルタの国の未来について述べ出した。


「陛下、この『精霊の指輪』を手にしたことにより、我がエルボルタの国は、国内の発展は元より、これからは大陸随一の強国となることでしょう。今日の日から、我らは最強の国となり、あらゆるものを手にする未来が待っています」


フランツは、そう国王に告げると、その場からすっと立ち上がり、今度は、広間に集まる名だたる貴族に向けて言葉を発する。


「我がエルボルタは、今日というこの日に『精霊の加護』を授かった。これより精霊は、我らエルボルタ国だけのものとなる!」


謁見の間に、声高らかに響き渡るフランツの声に、貴族たちは興奮し、そして、彼が成し得た功績に対して、大きな拍手を持って称賛を示したのだった。


その輪の中心に立つ王太子フランツは、これまでの人生で一番ではないかと思う程、気持ちが高揚している。


フランツは、最近、自分の中に黒く燻ぶる闇に圧し潰されそうになっていた。


王族である自分の存在が消えるのではないかとの思いが蓄積し、この先も、ずっと脚光から遠ざかる自分の姿が何度も浮かび、イライラとしていた。


それが、どうだ!今、多くの者が自分の起こした偉業に称賛しているではないか!


父である王でさえも、自分へは頭が上がらいのではないか!


クックッ・・・と腹の奥底から笑いが込み上げてくる。


ずっとあった黒い闇が薄れ、おかしいくらいの清々しさが現れる。


そんな悦に耽るフランツの腕を細い手が絡まった。


「フランツぅ~」


甘い声でフランツを呼ぶ声に、一瞬、フランツの眉間に皺が寄る。


「ああ、ミーナ。此度は、ミーナには大きな助けをして貰ったな」


フランツは、ミーナに悟られないように、王子さまに相応しい笑顔を貼り付けながら振り返り、ミーナの頬を指先で撫でる。


その仕草に、ミーナはうっとりし頬は熱を増していく。


「ねぇ、わたしとの約束も果してねっ!」


熟れた果実のように頬を染めながらミーナが、今回の指輪強奪の為にフランツと密約したことをほのめかす。


フランツは、笑顔をそのままに大きく頷いた。


「わかっているさ。私の大切なミーナ」


そう言って、フランツは、ミーナの腰に手を添える。


「陛下、申し訳ありません。此度の偉業に協力してくれた平民の娘ミーナに褒賞をと思っています。つきましては、精霊が契約の為に、この地に舞い戻るまでの暫しの時間、ミーナと褒賞について改めて確認したく思いますので、我らはその時まで席を外させて頂きます」


フランツの言葉に、国王は無言で頷き、ミーナの()()をフランツに任せた。


そんな二人のやり取りに疑問を持つ事なく、ミーナは、フランツから齎される素敵な褒賞に胸を躍らせる。


ウキウキした気持ちでフランツの腕を取るミーナとは対照的に、フランツの心には悍ましい感情が巡る。


アンジェリカを地に落とし、指輪を奪う為には、裏切りものとなる人物が必要だった。


本来なら、人気の高いアンジェリカを裏切るような人物はなかなかいない・・


だが、教会で暮らす頃から傍で慕っていたミーナは、ずっとアンジェリカを妬ましく思っていたらしい。


だからなのか、傍付きであるにも拘らず、ミーナに対してのアンジェリカの態度はそれほど親しくあった訳ではなかった。


なので、城行きをミーナが志願した時はアンジェリカに拒まれるかとも思ったと、フランツと親しい間柄になった時に、ミーナはそう打ち明けたのだ。


貧乏な平民の生まれだったから、小さな頃から教会で配給されるものを貰うミーナは、突如現れた「精霊の加護」を持つという麗しい貴族の令嬢アンジェリカを、周りの人ほど好感も持てずにいたのだった。


只でさえ、貴族で不便なこともなく生きて来たであろう人生に、そこに加えて、「精霊の加護」を持つアンジェリカが妬ましく感じていた。


だけど、彼女の傍にいると、これまでと違った生活が手に入り出していく。


ミーナが「聖女」の世話係だとわかると、色々な人たちに声を掛けられはじめる。そんなミーナは、何だか、自分もアンジェリカのような「聖女」に近づいたように感じ出していた。


そんな時に、教会に王族の来訪があり、見た目麗しい王太子フランツと出会う。そして、この王太子フランツとの出会いにより、ミーナの中では、ますますおかしな思い込みが増していき、「もしかしたら、わたしでも王子様と一緒に・・」と大きな野望までも生まれたのだった。


ミーナ以外が聞けば、呆れるような野望であるが、ミーナはそれを心の支えにし、アンジェリカの城への登城に際しても、アンジェリカの傍仕えとして、今は共に付いていくことにした。


城に来てからは、教会と同じく慎ましく暮らすアンジェリカの生活に合わせ、自らも大人しく過ごす毎日。だが、ずっとミーナは機会を待っていた。フランツと接触出来る、その時を。


そして、ある時、漸くチャンスが巡ってきたのだ。

フランツが、アンジェリカを連れて公務により訪れた場で、あろうことか王太子を歓待する為に集まった者たちが、その主にあたる王太子フランツではなく、側近同様に同行した立場であるアンジェリカへ目を向けたのだった。

その光景は、これまでにも心の奥深くに闇を潜めていたフランツに、更なる、闇が覆いかぶさった。

そんな黒い部分を全身に纏わせている王太子フランツに、「この時を待ってました!」とばかりにミーナが怪しい微笑みを携えて声を掛ける。


ミーナの野望が、この時、とうとう現実味を帯びだしたのだ!


「わたしをフランツの妃にしてくれるなら、何でもするよ!」


ある日、何かを思い詰めたような顔をしたフランツが、いつものようにミーナを胸に抱きしめながら、ミーナに囁くように、『アンジェリカを冤罪に掛けて地へ落とす計画』を打ち明けたのだ。


暗い表情に、ぽつりぽつりと言葉を出していくフランツの姿に、ミーナは心が大きく踊りだす。


(何だってしてあげるよ!だって、わたし、アンジェリカが大嫌いだもの!)


それが、フランツとミーナによる密約が交わされた経緯である。


だけど、この密約、フランツはその場限りのものとしか思っていなかった。


ミーナと共に、謁見の間を退出したフランツは、国王から託されたミーナの()()を巡らせる。


そう、褒賞ではなく、()()を・・・


ミーナは、フランツとの結婚を描いているようだが、これから「精霊の加護」を得て、躍進するエルボルタの次期王となるフランツの妃が、何も持たないただの平民の女がなっていい訳はない。


アンジェリカを裏切ることに、何ら罪悪感も持つことなく切り捨てられる女が必要だったから、それがたまたま、近くにいたアバズレ女だっただけである。


ゴミ屑同等の存在で、簡単に捨てれるちょうどいい平民の女、それがミーナである。


本格的に、精霊と契約したら、こんな女は不要であった。


フランツは、ミーナの腰を抱きながら、自分の部屋へとゆっくりと歩き出す。


「まだ、ミーナには使い途が残っているのか?」と、時折、隣を歩くミーナに微笑みながら、ミーナの利用価値を計算する、フランツ。


(あまり長く置いておくと、密約について騒ぎ出すだろうな・・・)


フランツは、ぐっとミーナの腰を更に自分へ抱き寄せながら、自室の部屋へ入っていく。


ミーナもまた、フランツに続いて、見慣れた部屋に入る。


二人が部屋の中に入ると、フランツは、ミーナを己の胸に抱き込む。


「ミーナ、本当にありがとう。今日の成功は君のお陰だよ」


「いやだわ。わたしは、フランツの妃なのよ。夫のお願いを聞くのは当然じゃない!」


ミーナは、フランツの胸に顔を埋めながら、フランツへの愛をも囁く。


その言葉に、フランツの眉間の皺が深く刻まれる。だが、ミーナにはその姿は目に入らない。


「しかし、本当にうまくいったわね!この計画を考えたフランツは天才だわ!」


フランツに抱かれながら、ミーナは今日行われたアンジェリカの断罪シーンを思い起こす。


精霊が生まれし、この日、大陸から精霊は姿を消し、故郷である精霊の国へ向かう。


多くの精霊が国に戻る為、この日は、精霊の国にある大きな門が開放される。


フランツは、それを利用して、あたかも罪を犯したアンジェリカが「精霊の加護」を失ったように見せかけて、多くの貴族の前、そして、国王陛下の御前で断罪を披露したのだった。


そう、国王陛下も、広間にいた者全てが理解していたのだ、これはフランツによる仕組まれたものであると・・・


フランツが示した計画、それは、精霊が「契約の証」にとアンジェリカに授けた指輪を奪う事だった。


いつも肌身離さず指輪をしているアンジェリカに、一度訪ねたことがあった。


「その指輪は何かのお守りなのだろうか?」


フランツの問い掛けに、アンジェリカは、少し戸惑いながらも、内緒の話をするかのように教えてくれた。


「ユーリシアスさま・・精霊さまが、わたくしに加護を与えて下さった際に、この指輪を証にと下さいましたの。決して、外さないようにとお約束の元に」


そう聞いたフランツの心には、小さな邪が生まれたのだった。


(ああ、とっても素敵な話を聞かせてくれたね、アンジェリカ。)


そう、もしかすると、あの日からフランツは夢を描いていたのかもしれない。


フランツは、クスリと笑い、自分の胸に顔を埋めるミーナの顔をそっと両の手で持ち上げる。


ミーナもその動作の意味を理解したらしく、ゆっくりと瞼を伏せる。


互いに異なる輝かしい未来を思いながら、フランツとミーナの二人の唇が重なった・・・


その時だった。


強い一陣の風が窓も開いていないのに、フランツの自室に吹き込む。


「キャーっ!」


フランツにしがみ付きながら、ミーナが大きな声を上げた。


それと同時に、今度は、フランツも目を細めながら、風が吹き込んできた方を凝視した。


フランツの視線の先には、黄金の長い髪を靡かせる美しい青年が佇んでいたのだった。


「精霊・・・」


まだ、この地に舞い戻る時間帯ではないはずなのに、精霊がフランツの傍に現れた。


フランツの思考が一瞬止まってしまったが、フランツは、己の指にある精霊との契約のあかしとなる指輪を見てから、素早くこの状況を理解し、そして、歓喜したのだった。


「これが、せ、せいれいなの?」


はじめて見る精霊の姿に、ミーナは目を見開いて驚いている。


そうこれまで、アンジェリカと契約していたこの精霊は、人間に姿を見せた事がほとんどなかったからだ。


一方フランツも、精霊の姿を見た事はなかった。だが、王子である彼は、城で様々なことを学んでいたことから、精霊の絵姿を何度となく目にしてはいた。だからこそ、はじめて目にした精霊でもわかったのだった。


(ああ、とうとう、精霊が見えた。やはり、この指輪は本物の証!)


フランツは、再び、指輪を眺めてから、改めて精霊へ向き直る。


「精霊よ。今日の日より、我がそなたの契約者となる。王子であるこのフランツが、そなたと契約し、そなたの加護を得て、この国、いや、この地にある大陸を治める良き王としていこう。さあ!今の時を持って、我と契約を!」


すーっと、フランツは、そう宣言してから自分の指にある指輪を精霊に向ける。


虹色に輝く指輪は、精霊の目に留まる。


すると、精霊は、普段あまり口にした事がない舌打ちをした。


そして、くるりと背をフランツたちに向けて、何かを探り出したかと思えば、直ぐに、姿を消そうとした。


そんな行動に、慌ててフランツが再び声を掛ける。


「な、何をしている!契約の証はここに!」


だが、精霊は振り向きもしない。


「アンジェリカ・・・」


精霊の小さな呟きが、フランツの耳にも届く。


その精霊が呟いた小さな言葉を耳にしたフランツは、精霊の呟きとは反して、大きな声で精霊にアンジェリカのことを告げたのだった。


「精霊よ!アンジェリカは国をも乗っ取ろうと企てた罪人だ!精霊との契約が出来る立場ではない!お前との契約者はこの私、フランツだ!」


そのフランツから告げられた言葉に、精霊がぶわりと怒りを魔力に変えて全身に纏う。


「なんだと!アンジェリカが罪人だと!」


精霊の顔が怒りに満ちる。


「おまえ!、何か勘違いしているようだが、私のような上級精霊は人間に加護を与えることはほとんどない!特に信仰心のかけらもないおまえらの前に、本来なら姿を現すことすらないのだ!それから、おまえの指にある見覚えのある指輪だが、そんな指輪、契約の証でもなんでもないわ!アンジェリカは、我らにとっては、特別な御人だから、上級精霊である私が傍仕えしていただけだ!」


精霊の言葉に、フランツが息をのむ。


「ど・・どういことだ?」


焦ったフランツは、思わず奪った指輪を見る。何だか、指輪の輝きが陰っている気もする。「いや、でも、アンジェリカは言っていたではないか?」と、フランツは、何度も自問自答を心の中で繰り返す。


そんなフランツの姿を、怪訝な顔をした精霊が睨むように見つめている。


その時だった、大きな揺れが襲ってきたのは・・・


「まずい!早くアンジェリカを探さなければ!」


今度こそ、精霊はフランツ達の前からすっと姿を消し去ったのだった。


「ギャー!何よこれ!だ、誰か、助けて、キャー!」


精霊が消えた室内では、物が倒れたり落ちたりしながら、大きな揺れが続く。


ミーナは声を張り上げて、助けを求めたりと騒ぎ出すが、フランツは、ただ床にへばりつき、「精霊との契約」がなされなかった現実を受け入れれずに、ただ、揺れるこの視界をぼーっと眺めていたのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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どうか、よろしくお願いいたします。

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