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3.エルボルタの国の思惑と王子

エルボルタ国は、精霊に嫌われている国だ。


それは、大陸の中ではとても有名なお話である。


この世界が出来た当初は、大陸全土に精霊は住み、そして、その地に生きる人間に加護を与え、暮らしを豊かにする形を取っていた。


その為、人間は、精霊を神と同等に崇めていたのだったが・・・


エルボルタでは、その信仰心が時を経て陰り、精霊に対する気持ちは欲にまみれたものとなり、時には、精霊を虐げるなどをしていき、とうとう、精霊が姿を消してしまったとされていた。


そんなエルボルタだったので、精霊からの加護を授けられた者が現れたことは非常に珍しい存在であった。


だからこそ、アンジェリカの存在は、直ぐに王族の耳にも届いたのだった。


下位とはいえ、貴族の家の生まれの元に精霊と契約した娘がいる。


これは、大きな吉報だった。


なぜ、大きな吉報かといえば、エルボルタの国の貴族ほど精霊に嫌われている者はいないからである。


まだ、精霊がエルボルタにも多くいた頃、この国の貴族たちは、彼ら精霊を敬うことは愚か、自分たちにとって都合の良い道具として扱った上で、使えなくなるとゴミ屑のように捨てていた。


そんな彼らを精霊は悉く嫌い。次第に、精霊たちは、このエルボルタの国を訪れることがなくっていった。


それが、このエルボルタが精霊に嫌われていると言われる所以だ。だが、そんな精霊に嫌われた国とはいえ、精霊が全くいない訳ではどうやらないらしく、少ないが精霊はエルボルタの国にも存在している。


そして、極まれに、この国でも、清い心根の持ち主である者には精霊が見えることもあった、だが、そのほとんどは、平民の幼い子どもの時だけである為、精霊の存在も俄かには本当に居るのかさえ、わからないと言われていた。


そんな環境にあるエルボルタの国に、貴族の娘が加護を授けられているということに、一筋の光明を見つけたのだった。


しかも、アンジェリカの持つ加護は、癒しの魔法であると聞いた時には、国の重鎮たちが驚きと共に、喜色満面の笑顔となった。


これは、エルボルタの国にとっての好機だ!


誰もがそう思った時、国王陛下が声を上げた。


「フランツを呼べ!」


父である国王に呼ばれた王太子フランツが、この時、癒しの加護をもつアンジェリカの保護という名の拘束を命じられたのだった。


実は、このフランツ、父の命を受ける前に、先に、噂の「聖女」と呼ばれるアンジェリカを見に、王都の外れにある教会に何度も訪れていたのであった。


フランツは、彼女の元を訪れる前までは、下位貴族の娘くらいしか情報もないアンジェリカについて、ただの身分の低い娘が精霊の加護を受けて「聖女」と呼ばれているようだが、この私にとってどれほどの価値を齎してくれるのか、と、そんな興味しか持てなかった。


如何に、自分が玉座に就いた際には、その「聖女」の能力とやらを自分の思うままに国へ貢献させてやろうかと、そんなことを頭の中で巡らせていた。


だが、実際は、教会で癒しの力を施す「聖女」アンジェリカの麗しい姿を見た時には、すっかり心を奪われてしまったのだった。


そんな状況にあるフランツにとって、此度の父王の命とした『聖女アンジェリカ』の保護については、簡単な仕事であった。


いつも通りに、城を出たフランツは、アンジェリカがいる教会へ赴く。


教会の中では、今日も癒しの魔法を求める者達へ対応をするアンジェリカの姿があった。


その姿を見つけたフランツは、優しい眼差しの元、アンジェリカに声を掛ける。


「アンジェリカ!」


そうすると、蜂蜜色の髪を揺らして、アンジェリカが柔らかい微笑みを携えて振り向いた。


「まあ!、フランツさま!」


美しいサファイアの瞳が輝き、フランツの顔を映す。


「やあ!アンジェリカ、今日も頑張ってくれているんだね?」


王太子フランツは、アンジェリカの傍に近づき、彼女の白くて美しい手を取った。


「いえ、わたくしは、出来る事をしているだけで・・」


少しはにかみながら、アンジェリカは、差し出されたフランツの手を両手を重ねてそうっと握る。


「今日来たのはね、その・・アンジェリカにお願いがあってきたんだよ」


フランツが少し目線を下げながら、アンジェリカに大事な話があるんだと伝えて見せる。


すると、アンジェリカは、大きなサファイアの瞳を瞬かせながら、左手の中指の辺りを一撫でする、そして、フランツの顔を静かに見つめたのだった。


「アンジェリカ、君の聖女の力をどうか父上の、そのう、陛下の為に使ってほしいんだ。だから、その為に、これから一緒に城へ来て欲しい」


フランツは、切実な願いを告げるように、アンジェリカの顔をじーっと見つめ返す。


その姿に、アンジェリカは少し戸惑いながらも、フランツへゆっくりと問い掛けたのだった。


「フランツさま、それは、その、正しいことを行うということでしょうか?」


アンジェリカから問い掛けられた質問に対して、フランツの思考が一瞬止まる、そして、答えが返せないでいる。


「フランツさま?精霊の力は、正しいことにしか使えません。陛下は、正しいことを行いますか?」


再び、アンジェリカは、フランツの瞳を覗き込むような姿勢を見せて、問い掛ける。


しかし、フランツからは言葉が返せない・・


いつも饒舌に回る口が思う様に開かない。


頭の回転も素早く、知的な王太子だと評判であるフランツが、何故か、この時、言葉が出てこないでいた。


フランツ自体も、己のこの妙な状況に焦る程で、気が付けば、口だけではなく、手も足も動きが止まったような感覚だった。


そんなフランツをアンジェリカは、不思議な表情を浮かべて見つめている。


フランツは、自分を見つめるアンジェリカの視線を、身体全体に力を入れて思いっきり外した。


アンジェリカからの視線が外れたことで、漸く、フランツの口から「あ、あ。だ、だい、大丈夫だ」と言葉を吐き出したのである。


それを聞いたアンジェリカもほっとしたのか、一呼吸を置いてから、フランツに笑顔を返したのだった。


こうして、フランツは父である国王の命を遂行することが出来たのである。


そして、この日から、アンジェリカの生活は王城での暮らしへと大きく変わっていった。


これまでは、子爵家の計らいにより、教会での寝泊まりを基に行われていたのだったが、フランツに連れられて来た王城では、貴賓扱いでの衣食住を与えられての生活が始まっていく。


しかし、アンジェリカは、城に居住を移しても、これまでと変わらなず贅沢などもせず、教会で過ごした時のように慎ましい生活のまま過ごしていることから、城に仕える者からも「聖女さまは、なんと素晴らしい方だ!」と慕われる存在となっていた。


アンジェリカの人気は、癒しの力だけではなく、彼女の容姿に加え心根の美しさも併せて、国中から慕われれ出していく。


そんなアンジェリカの人気が過熱していくのに対して、アンジェリカの傍にずっといるフランツは、何故か気持ちが落ち着かないものとなっていった。


最近では、王太子フランツの公務にも同行しているアンジェリカは、その行く先々で、人垣が出来るほどの熱狂を見せている。


一方、これまでは市井でも人気があった王太子フランツは、今では、アンジェリカの添え物のような状況に置かれてしまっていた。


皆が、癒しの娘アンジェリカに近づこうと必死に駆け寄る姿を、自分の目の前で繰り広げられることに、フランツのプライドが少しづつ傷ついていったのだった。


(このままでは、自分が即位してもアンジェリカに全て奪われるのでは?)


そんな不安が心の隅に溜まり出す。


貼り付けた笑顔がピリピリと痙攣しているように感じてしまう。


そんなフランツに、アンジェリカと出会った教会で、アンジェリカのファンだと自称し、アンジェリカが教会に住む時からずっと手伝いをし、今もアンジェリカの傍付きをしているミーナに声を掛けられた。


「殿下、お疲れですか?」


平民の出ではあるが、顔立ちは愛らしく、また、ピンクブロンドの綺麗な髪色をした少女ミーナは、アンジェリカが城に向かう時に共に城仕えを希望して、登城した者だった。


城に来てからも、ミーナはアンジェリカの傍で従順に働く姿から、心からのアンジェリカの崇拝者であると、周りの者は皆思っていた。


勿論、それは、フランツもそうで、ミーナがアンジェリカに対して献身的な支えを行っているのを、ずっと見てきた。


だからこそ、フランツは、己に燻ぶるアンジェリカへの悪意が知られたのかと、少し緊張をした。


「いや、だ、大丈夫だ」


いつものような王子の笑顔を作り、ミーナに改めて向き直るが、ミーナは、ここでクスリと笑う。


「いいえ、殿下はお疲れのようですわ」


そう言って、ミーナは、「あちらにお休みの出来る場所がありますよ」と手を差し出して来たのだった。


フランツは、その行動を拒むように、一度、アンジェリカの姿を視野に入れる。


しかし、アンジェリカの方は、フランツの姿を見ることもなく多くの者達と過ごしているのが見える。


それを視界に捉えたフランツは、己の手をすっと引くミーナの手を思わずぎゅっと握り返して、ミーナの促す休憩室へ向かっていったのだった。


その日から、フランツとアンジェリカの関係は大きな溝が生まれた。


フランツがアンジェリカに向ける優しい眼差しは陰り、時には、妬みなどの苛立ちを向けるまでになっていった。


そんな時、隣国から「聖女アンジェリカ」を隣国で行う式典に国賓で招待したいとの申し出が来たのである。


精霊に嫌われているエルボルタの国は、国力の低下もあり、近隣諸国からは相手にされない弱小国家であった為、この書状に際しては、国王陛下も含め思ってもいない出来事に、誰もが心躍らせ、期待を浮かべることになった。


しかし、これに異を唱えたのは、王太子であるフランツである。


「これでは、エルボルタの国の代表は、アンジェリカだと示されたようではないですか?本来ならば、王太子である私を招待するかし、それに同隊する者として、聖女を伴わせるのならばわかりますが!」


確かに、フランツの言葉の意味はわかる・・誰もがそれが本来の筋であることはわかるが、隣国をはじめ、大陸にある国々にそっぽを向かれている状態の国の王太子を呼ぶ理由は見当たらない。


精霊の信仰心が厚い国ほど、光の精霊の加護をもつ「聖女」アンジェリカと関係を結びたいと願うのは目に見えている。


暫し、静まり返る王の執務室に低い声が響いた。


「では、どうするのだ?」


眼光も鋭く、王が息子フランツへ問い掛ける。


「ア、アンジェリカの聖女の力を奪うのです。光の精霊の力を我らに移せば、世界にあるエルボルタの地位も上がるはず」


言葉を吐き出したフランツの手は、嫌な汗が噴き出している。


王は、息子の言葉に、スーッと目を細めて、顎髭を撫でた。


「奪えるのか?」


嫌な汗は、手だけではなく、フランツの背中にも、つぅーっと流れる。


「は、はい。必ず、この手に」


フランツの答えに、ニヤリと口角を上げた王は、すっと手を上げ、側近を呼び寄せる。


「フランツ、失敗は出来ぬぞ」


王から掛けられた言葉に、フランツは深く頭を下げ、王の執務室を後にした。


もう、後には引けない。


フランツは、ぎゅっと心臓を掴むように胸元を握り、立ち止まる。


『フランツさま・・・』


その時、自分を呼ぶアンジェリカの声が聞こえた気がした。


しかし、フランツは頭を振り、足を進めたのだった。


長い廊下には、コツコツと音が鳴り響き渡る。


その音が暗示のように、フランツの頭では、アンジェリカの「聖女」の力を奪う策が練られていくのだった。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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