19.黒い令嬢の記憶と、繋ぐもの
「あらっ?皆さん、どうされたのですか?」
小首を掲げて、ざわつく室内を見つめるそんなアンジェリカに、宰相イゾルバが、また声を掛けたのであった。
「ご質問宜しいでしょうか?聖女アンジェリカ様は、その、ですな?記憶がないと・・・」
少し躊躇いがちになりながら、イゾルバが問い掛けるのであった。
「記憶がない・・うーーーーーん。記憶はありますわ。ただ、少し前のわたくしって、精霊魔法も使えない人間だった訳で。そんなわたくしでしたから、精霊としての意識は欠片もなかったのですわ」
そう言って、アンジェリカは紅茶を一口飲んだのである。
「欠片も、ない?」
再び、困惑の色を見せるアシェフィルドの者たちをよそにアンジェリカは紅茶の入ったカップをコトリとソーサーに置いた。
「ええ、精霊って皆様もご存知でしょう?自然界に備わるものの生命から生まれし神秘なるものであると。自らが得た生命こそが、人間でいう親となるのですが、少し前のわたくしは、先程も申した通り精霊魔法も使えないただの人間でしたので、わたくしには元となる生命がなかったのですわ。だから、わたくしには精霊の記憶が存在しなかった」
「確かに・・・」
アンジェリカの言葉に過去の報告の内容を思い浮かべながら、イゾルバが頷いたのである。
過去の報告、それによるとアンジェリカの容姿や纏う雰囲気は確かに違ってはいた。
『蜂蜜色の髪を持ち、サファイアの瞳をもつ麗しい少女』それが聖女の容姿とされていたが、今、目の前にいる少女は黒い髪色をしている者である。
髪色が違うだけで大きく変貌するのか?と思うところもあるが、教会で癒しの力を施していた彼女の様子が書かれた報告書と、この数時間だけだが、居合わせたアンジェリカは性質が違うようにやはり思う。
「か、覚醒されたと、いうことか?」
ここにきて、これまでのやり取りをずっと口を挟まず聞いていた国王がぼそりと口にしたのである。
「覚醒、ですか?あまり考えてみなかったのですが、そうなのかも知れないですわね?」
そうアンジェリカは言いながら、これまで黙っていたユーリシアスに目を向ける。
その視線に、ユーリシアスも気付き、一つ頷き返したのである。そして・・・
「たぶん、そうでしょうね?『祝祭』のあの日、異変に気付いたわたしが精霊界からエルボルタへ戻って見つけた時に、アンジェリカは変貌していましたからね」
あらぬ罪を着せられたアンジェリカは、王太子フランツやミーナと自分が真に心通わせていた者に裏切られたことで、牢の中で悲しみにくれていた。それは、アンジェリカ本人が思うよりも深く傷ついたのだろう・・・
「だから、精霊王が怒ったんだよ!」
ここで再び、小さな精霊であるカチェが声を上げたのである。
「アンジェリカの悲しい鳴き声が初めて精霊王に届いたんだ。それを聞いた精霊王が怒ったんだ!」
あの日、精霊王は初めて自分の娘であるアンジェリカの声が届いた。
本来なら精霊の所以としては生まれ持っての繋がりを感じれるはずなのに、ずっと精霊王は、娘との繋がりが持てずにいたのである。
それが、あの『祝祭の日』にアンジェリカとリンクすることが出来たのであった。
深い悲しみにいるアンジェリカが放ったものが、精霊王に届いた・・・
「そうですか・・アンジェリカ様には、そのような経緯があったのですな」
イゾルバがそう言って口ごもる。
一方、ユーリシアスは、改めて、この話について考え込んでいたのであった。
そう、精霊王と、このアンジェリカのリンクの経緯に疑問を受けてでのことだ。
ユーリシアスが初めて見つけた時は、本当に、ただの人間の少女であったアンジェリカ。ただ、見つけた時には、彼女の母と同じ髪色や多くの精霊に好かれていることなどの特性からの判断ではあって、この少女自身に精霊王の生命は感じられなかったのも事実。
今世の精霊王は、月の生命が齎されており、それに付随した精霊魔法を彼は使っている。
闇夜に輝く月の輝きは神秘的で、暗闇を照らす力が癒しの魔法を引き出したという。
そんな精霊王の生命が基となる精霊の子がアンジェリカな訳であるのに・・・
そんな親子が互いを繋いだものが・・・
『負の感情』とは?
ユーリシアスは深く考えれば、考える程、眉間に皺が深く刻まれていくのである。
(ま、まさかな?)
そもそも、不可思議なのは、アンジェリカ自身の存在もそうである。
精霊王と、人間との間の子ども・・・
神秘的な力を秘めた精霊王により、生命が与えられたと思うようにしていたが・・・
(まさかな?)
「先程から、どうしたのですか?ユーリシアスは?」
色々と考え込むユーリシアスの顔をじーーっと見つめていたアンジェリカがとうとう堪らず声を掛けたのである。
そこで、ようやくユーリシアスは我に返ったのであった。
「いや、別に何もありませんよ。ただ、精霊王が怒ったのが珍しくてですね?」
何て言いながら、少し困った顔をつくってみせた。
「確かにそうですな?精霊王が怒りを表せるなどとは、さすがの娘の危機では精霊王も黙ってはいられなかったのでしょうな?」
今度は、グラ―デン公爵が少し苦笑まじりに話をし出したのである。
「まったく、お父様ったら、親バカですのね?」
そんなグラ―デン公爵に、クスクスとアンジェリカも、彼の言葉にのり笑いを誘いだしたのである。
一見、和やかに場が収まったような雰囲気の貴賓室ではあったが、少し硬い表情をした宰相イゾルバがユーリシアスの傍へ移動し、耳元で話かけたのであった。
「上級精霊さまたちは、我が国を出られてからはどちらへ参られるご予定でしょうか?」
その耳打ちに対して、驚きの顔を見せながらユーリシアスがイゾルバの方を見た。
「目指すは、フェリストーネ国で間違いないでしょうか?」
そんなユーリシアスと目が合ったイゾルバは、再び話をし出した。
「かの国の王は、とある事で裏切りに合っています。アンジェリカ様との旅にはくれぐれもお気をつけた方がよろしいかと」
そう言って、イゾルバはそこで一礼をしたのである。
「ああ、そなたの忠告、しかと心に留めておくとしよう」
イゾルバの硬い表情は、ユーリシアスににも移り込む。
「それと、もう一つお耳に入れたいことがございますが続けてもよろしいでしょうか?その、精霊の減少についてなのですが、これはエルボルタだけではない、ようです。消えた国と似た現象が起き出しているようでございます」
このイゾルバの言葉に、ユーリシアスの目は大きく見開いた。
「ただ、これは、国家間で得た情報ではございません。わたくし独自が聞き及んだものでございますので、そのことをご理解頂きたく」
最後の言葉を告げたイゾルバは、ユーリシアスからの返答を聞く前に、静かユーリシアスの元から離れたのであった。
(消えた国か・・・)
この大陸から消えた国を思い起こしながら、ユーリシアスは目を細めていた。
そんなユーリシアスをアンジェリカは、国王たちと談笑しながら見つめていたのである。
(へぇー、国が消えているのですか?またまた、面白い話ですこと!)
そう精霊に覚醒した?アンジェリカには、ユーリシアスとイゾルバの声を拾うことも出来たのである。だが、ユーリシアスにはそんなことは知る由もなく、一人、先程のイゾルバからの言葉を思い起こし考え込んでいたのである。
その姿を見ながら、アンジェリカの方は浮かれだしていたのであった。
(こうなれば、早くアシェフィルドを出発したいですわね?)
ドキドキと胸を高鳴らしながら、アンジェリカは、また、菓子を口に入れたのであった。
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