18.黒い令嬢の秘密を知る
ここは、アシェフィルドの王城内で最も格式の高い来客をもてなす為に造られた貴賓室である。
室内の調度品は、まさに贅を極めた一級品が収められており、また、室内から眺める景色さえも美しい芸術品のように設計が施されているのであった。
そんな豪奢なお部屋にて、アンジェリカさま御一行は優雅に寛いでいるのだった。
しかも、アンジェリカを接待しているのは・・・
「アンジェリカ殿、こちらのチョコはいかがかな?」
まるで宝石のように煌めくチョコレートの載ったガラスの器を指し示し、国王であるシュバルツ3世が問い掛けている。
「んっまあ!これが噂のチョコレートですの!」
アンジェリカは、目をキラキラとさせてチョコレートたる高級品の菓子に釘付けである。
「綺麗ですわねぇ~」
そんなことを口にしながら、手に載せたチョコを眺めていると、国王の横に並ぶように腰かけていた紳士が声を掛ける。
「アンジェリカ嬢、これは我が領土で作ったチーズを使って出来たもの。良ければ召し上がってくだされ」
そう言って、アンジェリカの目の前には、ぷるん、ぷるんのスフレチーズが置かれたのである。
「きゃあーーー!ぷるん、ぷるんですわぁ!」
アンジェリカの歓喜の声を聞いたグラ―デンは、誇らしげに頷いている。
そんなアンジェリカの歓待合戦をユーリシアスは冷ややかな目を向けていたのである。
「おいひーですぅ」
「本当においひーね」
おいおい、さっきも、君たちは客間で菓子を食べていたのではないのか?と呆れるユーリシアス。
だが、おもてなしする側は、アンジェリカの弾む姿に胸を撫でおろしていたのである。
『いやー、兄上、喜んで貰えてよかったですな』
『本当に、一時はどうなることかと思ったわ』
王弟グラ―デンと国王シュバルツ3世は、周りに気付かれないようにアイコンタクトで言葉を交わしている。
そもそも、この二人がこの貴賓室にやってきたのは、客間で呟いたアンジェリカの言葉からであった。
客間での騒動を、宰相であるイゾルバが自分に仕える部下に命じて、急ぎ、国王へ伝言をさせ、その伝言を国王は、自室の執務室にて、先程の謁見の間での状況を思い起こしながら、弟であるグラ―デンと今後の対応など話している時に聞かされたのであった。
その時の驚きは、老人二人にはとても心臓に悪いものであったくらいだ。
「急いで、貴賓室にアンジェリカ殿を移すように!」
宰相の部下に指示を出してからの国王の動きはとても早かった。
アンジェリカの接待をする為に、様々な指示を行う。
その横では、弟グラ―デンも自分の部下に指示を出している。
そう、この二人の老人は、周りが驚くほどのスピードでアンジェリカをもてなす準備を整え出していったのであった。
「こちらは何ですの?」
アンジェリカが座るソファーの前には、客間で出されていた菓子よりも、何ランクも上の菓子がガラスのテーブル一面に置かれている。
「これは、プディングというものだそうですぞ」
先程から、アンジェリカへと用意した菓子たちについての説明が繰り返しなされている。
それをユーリシアスは今も白けた目で見つめている。
また、それは国王たちの後ろに控えているイゾルバたちもそうであった。
そんな空気に、国王とグラ―デンは体では感じてはいるが、何故か本題へと踏み切れなく、ただ、アンジェリカの機嫌を伺っていたのである。
だが、このままではいけないことは、アンジェリカ以外の者はわかっていたので・・・
「ゴホンっ!」
国王の真後ろに控える男から咳払いが聞こえた。
「陛下?」
先を進める様に促しに掛かったのは、宰相イゾルバである。
さすがは、国を纏め上げる立場にいるだけあるなと、促されておきながらもシュバルツ3世は、この場の雰囲気を変える行動を起こしたイゾルバに感心をした。
「そうであったな」
イゾルバによって、本来の目的を成し遂げれそうで少し安堵しながらも、国王シュバルツ3世は、これから口にする言葉を思うと、国王でありながらも、緊張を覚える。
「ところで、アンジェリカ殿に聞きたい事があるのだが・・・」
国王から急に改まった言葉が投げかけられたアンジェリカは、ここに来て、漸く、テーブルの上にある菓子たちから視線を上げたのである。
そして、言葉ではなく、目を何度も瞬いて小首を掲げてみせた。
その仕草を肯定と捉えたシュバルツ3世は、背筋を改めて伸ばしてから話を続けたのである。
「その、だな?アンジェリカ殿の御父君のことなのだが・・・」
シュバルツ3世の言葉に、貴賓室にいるアシェフィルドの者たちが息をのむ音が聞こえる。
「おとうさま?」
アンジェリカは、シュバルツ3世を見つめ返して、彼から話の続きを待つ。
すると、シュバルツ3世は少し戸惑いながらも、意を決したようで話の続きを口にし出したのである。
「そうです。御父君のこと、御父君とは、精霊王でございますかな?」
心臓が少しバクバクする感があるが、今一番聞きたいことが発せたことにシュバルツ3世の気持ちは落ちいたのである。
一方、アンジェリカは、シュバルツ3世からの質問に対して間髪入れずに返したのである。
「はい、そうですわ」
余りの即答の速さに、国王はじめ、アシェフィルド側は静まり返る。
そんな雰囲気に見兼ねたユーリシアスが言葉を足してきたのであった。
「補足をしましょうか?」
その上級精霊の申し出に、アシェフィルド者たちは大きく頷いたのであった。
「皆さまもご存知かと思いますが、この大陸に伝わる『精霊王と麗しい人間の少女との恋物語』あれが真実であるとお伝えしましたら、皆さまにも、アンジェリカの存在がわかりますでしょうか?」
貴賓室は、再び騒然とした。
ユーリシアスから出された話に、誰もが驚きを現わしている。
「まさか!あれはおとぎ話では?」
「精霊と人間が・・・」
各々が口々に発しながら、アシェフィルドの者たちの目はアンジェリカへ注がれる。
そのイヤな視線を受けたアンジェリカはぶすりと顔を顰めだしている。
ユーリシアスはそんな視線を向けるアシェフィルドの者に対して、ため息を零した。
「事実なのですね?あのおとぎ話は?」
ここでイゾルバが、ユーリシアスに改めて事の真偽を確かめると。
「ええ、嘘偽りなく、アンジェリカは精霊王にとってご息女にあたります」
ユーリシアスからの力強い返答に、イゾルバは頷いた。
「確かに聞いたことがございますな。フェリストーネ国で起きた事件のことは」
続けて、イゾルバが自分の記憶にある出来事を思い起こしながら、そう口にしたのであった。
「じ、事件ですか?」
今度は、ユーリシアス、それにアンジェリカまでも目を瞠ったのである。
「ええ、この国では風の噂ほどのことしか伝わってはおりませんでしたが・・・」
イゾルバにしては、歯切れの悪い物言いである。
そんなイゾルバが、チラリとアンジェリカを見やると、アンジェリカはその視線に対して微笑み返したのである。
その行動に、イゾルバが口を再び開いたのである。
「おとぎ話が広がると同じく、フェリストーネの国では、王太子の婚約者候補とされた令嬢が行方不明となったと・・・」
その言葉に、アンジェリカとユーリシアスは目を見合わせたのだった。
「遠い昔の話でありますので、こちらの記憶もあやふやですが、確か、その後すぐに、フェリストーネの現国王はご成婚される話が届けられましたので、ただの噂だと、アシェフィルドでは収めたのでございましたが」
そう言って、再び、イゾルバがアンジェリカに視線を向けて微笑む。
「では、あれが噂ではなかったということですかな?」
イゾルバの素晴らしい推察力に、ユーリシアスは少し驚きを見せたのだった。
「ユーリシアス、そうなんですわよね?わたくしのおかあさまであるシェリーヌは、フェリストーネの出身ですわよね?」
このイゾルバの質問に際して言葉を挟んだのは、精霊王の娘アンジェリカであった。
「ええ、まあ、事件の類はここでは触れませんが、アンジェリカの母君は、シェリーヌで間違いないですね」
そうユーリシアスは言葉を返しながら、イゾルバを見返した。
「少し良いだろうか?」
ここに来て、これまでの話の流れを国王であるシュバルツ3世は黙って聞いていたのだが、漸く、ことの顛末がわかったので、今まで、気になっていたことを聞き出す為に声を掛けたのであった。
「あっ、どうぞ」
そう促したのは、上級精霊のユーリシアスである。
ユーリシアスからの促しの言葉を聞いたシュバルツ3世は、そうっとある事を尋ねたのである。
「では聞くが、このアンジェリカ殿の出自については、隣国エルボルタは知らぬのであるのだな?」
シュバルツ3世にポツリと掛けられた言葉に、再び直ぐに返答がされた。
「はーい、そうですよ!」
と、アンジェリカの明るい声が貴賓室に響いたのであった。
「実はですねえ?、わたくしも少し前まで、このこときちんと理解していなかったのですよ!」
このアンジェリカの言葉に、再び、貴賓室が騒然となったのは言うまでもないだろう・・・
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