17.アシェフィルドから見たエルボルタの国とは
「はァ~、疲れた身体に、このお茶は染みますわねぇ~」
コキコキと肩を動かして令嬢らしからぬ姿を見せるそんなアンジェリカを、城の使用人は部屋の隅に佇み黙って見つめていた。
再びここは、登城の際に通された客間である。
アンジェリカは、我が居住のようにソファーに腰かけて、一仕事を終えた身体の疲れを癒すように、用意されたお茶を美味しく頂いていた。
アシェフィルド国王たちとの謁見は、アンジェリカによる圧倒的な物言いで強制的に終わりを迎えたのであるが、当のアンジェリカといえば、国王たちの質問にも懇切丁寧に応えてあげた良き令嬢である、と自分を労っていたのであった。
「まあ、このお菓子も可愛らしいことですわね」
「本当だね、アンジェリカ」
カチェもアンジェリカと共に客間に戻り、二人は再び、ティータイムを楽しんでいたところであった。
一方、謁見の間でのアンジェリカの唐突な退室劇に、割に直ぐに我に返ったユーリシアスが慌ててアンジェリカを追い掛け、そのユーリシアスの後を、この国の宰相であるイゾルバとその彼の部下たちもが後を追って客間を訪れたのは、今から数秒前である。
客間の扉をノックすることもなく開かれた為に、アンジェリカの表情が一気に曇り出したのであった。
「アンジェリカ!」
「あらっ?ユーリシアスは、マナーも知らないのですか?」
アンジェリカを呼ぶユーリシアスの声は、アンジェリカのいつもにない低い声で制された。
再び、不穏な空気が客間に流れ出した・・・
ユーリシアスは、その雰囲気にのまれて自然に行動が止まってしまう。
(ヤバいですね・・・)
どうしたものかと、思案しだしていると、ユーリシアスの後に続いて入室してきたイゾルバが声を掛けたのであった。
「あのう、よろしいでしょうか?」
国王シュバルツ3世やグラ―デンよりも、幾分若い男がユーリシアスの後ろから顔をのぞかせて見せる。
その姿に、アンジェリカも大きな瞳をパチパチと瞬かせた。
「ご挨拶よろしいでしょうか?先程も謁見の間には居合わせておりましたが、改めまして、お初にお目にかかります。この国アシェフィルドで宰相の地位におります、名をイゾルバと申します。以後、お見知りおきの程を」
そう挨拶したイゾルバに対して、アンジェリカはニコリと微笑んでみせたのである。
それを見たユーリシアスは、ふぅーっとため息をつきながら、アンジェリカの座るソファーの対面に腰かけたのであった。
そのユーリシアスの行動に、目を細めながらも、アンジェリカはイゾルバに話を振ったのであった。
「で、イゾルバさまは、何用でこちらにいらしたのでしょうか?」
そう言いながら、菓子を口に入れるアンジェリカに、宰相イゾルバは眉間に皺を寄せてから、慌てて、この場に参った理由を口にしたのであった。
「はい、こちらに参りましたのは、先程の謁見の間ではお伝え出来なかったことを、お話させて頂きたくと思い参りました」
宰相という立場にありながらも、先程のグラ―デンと違いイゾルバの話しぶりには棘がない。
「そうなんですか?」
お上品に菓子を食べながら、アンジェリカが相づちを打つ。
そんな姿を目にしながら、今度は、ユーリシアスの方から、イゾルバへ話を促すように声がかかった。
「で、伝えたいこととは、どのようなことですかな?」
長い足を組み替えて、ユーリシアスがそう問いかける。
「そうですね、まずは、我々アシェフィルドが何故、エルボルタの国に騎士を送っていたのか、その辺りからお伝え致しましょう」
そう言って、イゾルバは、アンジェリカとユーリシアスの顔をそれぞれ見返したのだった。
さて、時は遡り・・・
我がアシェフィルドの王城の元へ、精霊の加護が年々失われて寂れた国へと変貌する隣国エルボルタで、聖女が存在したと流れてきたことから事態が動き出したのございます・・・
以前から、隣国では王侯貴族を中心に精霊への悪態が激化し、それに伴い、精霊の数が減少してきていたのであった。
それにより、エルボルタの国では、精霊の加護により保たれていた生活水準をはじめ、様々なことが低下していき、その為、エルボルタの国を棄てて、我が国への亡命を行う国民が年々増加をしていたので、アシェフィルドでは、国境沿いの警備は年ごとに強化するようになっていった。
即ち、ずっと以前から、アシェフィルドでは隣国エルボルタが厄介な存在だったのである。
そんな厄介な隣国エルボルタで、何やらキナ臭い「聖女」の話が広がっているという。
精霊の加護が消え失せている国に、癒しの精霊の加護を与えられた「聖女」がいるなんて、アシェフィルドでは到底信じれない話であった。
今、耳にしただけの状況では、まだ嘘か真かわからぬ為、その「聖女」の存在を、アシェフィルドでも確かめる必要があるのではないかと、国王を含めた重鎮たちで話が纏まり、密偵を遣わせたのが始まりだったのである。
そんな経緯で遣わせた密偵だったが、彼らは仕事がとても早く、潜伏して数日には現地で得た情報から、密偵自身が「聖女」と接触し、おまけに簡単に癒しの力を身に受けることまで出来たのであった。
それにより「聖女」は本物と理解したのはいうまでもなく。また、そんな貴重な人物を簡単に警護も薄い上に、人だかりに連れ出すエルボルタの考えには呆れてしまったほどだった。
いやはや、エルボルタの国防の甘さには驚くばかりだったと、余談だが、遣わした密偵から呟きも聞こえたほど、エルボルタの国は腐敗していたのである。
そんな状況を確認したアシェフィルドでは、「聖女」の警護も含め、もう少し深く隣国を監視するべきだと意見が纏まり、密偵、騎士などを国中に潜ませていたのであった。
「へえ~、わたくし、知らぬ間にアシェフィルドの方に警護されていたのですか?」
再び、カップを口に運びながらアンジェリカが不思議そうな面持ちで言う。
「まあ、他国に潜入していますので、目立つようなことはしていませんので」
イゾルバはそう返事してニコリと微笑む。
一方、ユーリシアスは顔を顰めている。
(全く、わからなかった。周りにアシェフィルドの者がいたとは・・・)
そんな二人の姿を認めながら、再び、イゾルバが話を続けていく・・・
アシェフィルドの者が潜伏し、「聖女」の取り巻く環境を把握していく中で、当初は、良好な関係であった王太子フランツの行動に怪しい動きが見受けられたのです。
「まあ!フランツがですか!」
カップを持つ手にも力が入るほど、アンジェリカにとってのフランツの存在は悪そのものようで、先程とは変わって、イゾルバの話に対しての姿勢も食い入るようであった。
「続けても?」
イゾルバに問われた、アンジェリカは大きく頷いたのである。
そう、王太子フランツが妙な動きを起こしていると感じたのは、我が国が「聖女」を国の式典へ招待した辺りからであった。
我が国では、他国とはいえ、隣接する国であることから、腐敗するエルボルタの国をどう改善するかも課題として常にあった。このまま、エルボルタの国が亡国にでもなれば、行き場を失った民の受け入れなど、我が国としては緊急の課題になるかもしれないので、なるべくならば、あのような国でも存続をして貰わねばならぬとの思いもあって、その上で、「聖女」との対面が必要ではないかと話が上がったのであった。
だが、そんな経緯は、エルボルタの国へ洩れてはならぬこと、その為、これまで、滅多な交流もなかったところに、どのようにして、打診をするべきかと悩んだ結果こそが、近く行われる式典への招待だったのである。だが、これに王太子フランツが意を唱えたのであった。
王太子曰く、「臣下である聖女のみとした招待には承服しかねる。国宛ての招待ならば、国王及び、その血縁者が招待を受けるのが習わしであるのに、アシェフィルドは無礼にも程がある」と、招待を突っぱねる返事を我が国へ寄こしたのである。
そして、これが引き金となったのか、王太子が「聖女」に向ける態度も目に見えて様変わりし、おまけに、妙な女もうろつき出したことで、アシェフィルドでは、警戒レベルを上げる話がまとまったところだった。
だが、それよりも早く、あの日、エルボルタの城内では不穏な空気が漂い、フランツがまさかの行動を起こすとは・・・
ほんとうにまさかである、年に一度の『精霊が生まれし、祝福する日』に、アシェフィルドの者たちはエルボルタが強行にでるとは思っておらず、遠巻きで警戒を行っていた頃、事件は起きたのであった。
「まぁ、そんなことが・・・」
アンジェリカは、手元にカップを掲げたまま、イゾルバの話を聞いていた為に、ここに来て、漸くカップを皿へ置いたのだった。
ユーリシアスの方は、自分の見えない部分の動きについて、ここに来て初めて知ったことに危惧を抱いた。
「で、我が国の状況はこのようなところなのですが、こちらもお聞きしたい事がございまして」
一区切りついたところで、今度はイゾルバから二人に質問が投げ掛けられることになった。
「聞きたい事とは?」
ユーリシアスがイゾルバに対して質問を促す様に示した。
それを許可と見做して、イゾルバが話し出す。
「失礼を先にお詫びしますが」
その言葉に、ユーリシアスの顔が強張ったが、イゾルバは気にすることなく話を続けたのであった。
「上級精霊さま方、精霊は、エルボルタの崩壊を望まれておられたのでございますか?」
イゾルバの直球過ぎる言葉に、ユーリシアスは言葉に詰まる。
「い、いや、あれはだな?」
崩壊させたのは、間違いないが、国を亡ぼすつもりは露ほどにもなく・・・
そう伝えたいのに、どう説明したらよいのか言葉が上手く紡げないユーリシアス。
それをイゾルバは緊張しながら伺っている。
「ほ、崩壊などは・・・」
ユーリシアスが否定の言葉を告げようとした時だった、いつもあまり喋らない小さな精霊が声を出したのである。
「精霊王は怒っていたよ」
小さな精霊の言葉に、その場に居た者が「えっ!」となったのである。
そのメンツには、ユーリシアスまでもが入っていたことで、二重の驚きが起った。
「せ、せい、霊王が」
イゾルバの顔は青くなる中、口元を手で押さえ、冷静さを保とうと必死な様子まで伺える。
「ちょっと待て!カチェ、何を言っているんだ!わたしは聞いていないぞ!」
ユーリシアスの方も、カチェの突然の暴走とも取れる言葉に慌てている。
自分は聞いたことがない話である。そんな精霊王が怒るだなんて、どういう状況で聞いたのだと、小さなカチェの体を揺さぶって問いたいくらいの心境であった。
そんな客間が騒然としてるところに、優雅に寛いでいたアンジェリカまでもが再び呟いたのである。
「わたくしも聞きましたわ。お父さま、確かに怒っておられましたわ」
そう言って、アンジェリカは、ぬるくなったお茶を口にしたのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
いいね、☆印、ブックマーク、お気に入り登録などで、応援していただけると大変嬉しく思い、また、活動への励みになります。
どうか、よろしくお願いいたします。