15.黒い令嬢は王城に招待される
「はァ~、美味しいですねぇ?」
アンジェリカは、美しいカップに注がれた紅茶を優雅に口にしてから、笑みを浮かべている。
ここはアシェフィルド国の王族が住まう王城内、客間の一室である。
その客間には、美しい調度品が収められており、アンジェリカは、その部屋にある豪奢なソファーに腰かけていた。、
そして、目の前のテーブルに置かれた色とりどりの菓子に、今度は手を伸ばしている。
「まあ、これは可愛らしい菓子だこと!」
ウキウキとした様子で、菓子を手にしては、傍にいるカチェと何やら会話をしながら楽しんでいる。
そんな光景を見ながら、対面に腰かけるユーリシアスは、ため息を零していた。
「はあ・・・」
その重苦しいため息が耳に入ったらしいアンジェリカが、ブスッとした声でユーリシアスに苦言を呈したのである。
「ユーリシアス、折角の気分が台無しですわ!」
眉間に皺を刻んではいるが、ユーリシアスには顔も合わせずに、可愛らしい菓子へ向けたままでいる。
そんな姿を見て、再びため息が漏れる・・・ユーリシアス。
「もう!ユーリシアスたらっ!何が不満なんですか!」
こんなにお菓子をだして貰っているのに!
キィーッと目を吊り上げながら、ユーリシアスの態度にイライラを募らせて罵せるアンジェリカ。
そんな姿に、再び出そうになったため息を何とか飲み込み、ユーリシアスが口を開いた。
「イヤ、状況わかっているのですか?」
そのユーリシアスの言葉に、アンジェリカは小首を傾げた。
「????」
その態度に、ユーリシアスは頭を項垂れて、首を左右に振ったのだった。
(何をのんきに・・・)
ユーリシアスは、この部屋に辿り着くまでに、ゴッソリと何かが削られたようだった。
そう、この国の騎士と遭遇してから、アンジェリカの姿が描かれた手配書が、その騎士たちの手に落ちた姿を見て、ユーリシアスは大きく落胆したのだった。
あの時は、自分の持つ精霊の力を人間に向けて発動するべきかと思った。
それほど、厄介なことになるのでは?と警戒したのだったが・・・
騎士たちが手にした手配書を見た時は、どの騎士も驚きの顔を浮かべ、中には、腰に差す剣の柄に手を伸ばした者もいたのだが、そんな中、先頭に立つ騎士が、手配書を綺麗に折り畳んで懐に仕舞い、恐ろしい程の笑顔を向けて来たのだった。
「一先ず、王城へご案内いたしましょうか?」
目が笑っていない大柄な騎士にそう言われて、ユーリシアスは無言で頷いたのであった。
そんな緊迫した状況でも、アンジェリカは気にする様子もなく。
「まあ、王城へ連れて行ってくれるんですね!」
と、心弾ませ、カチェとも向かい合ってはしゃぎだしている。
「アシェフィルド国のお城はどんなのかしらね?」
「お菓子も出してくれるわよね?」
そんな言葉を口にしながら、さっき出会ったばかりのユニコーンの背に乗り込んでいる。
その姿に、騎士たちの戸惑いが伺える。
「アンジェリカ!そ、その、ユニコーンで行くのですか?」
堪らず、ユーリシアスが尋ねたら、アンジェリカはにこやかに微笑んで返してきた。
「申し訳ない・・・逃げることはないので」
騎士の代表者である者に、目線を外しながらユーリシアスが告げたのだった。
「では、上級精霊さまは、どうされますか?」
騎士からの返しに、今度は、ユーリシアスが戸惑う・・・
(どう・・・とは?)
自分は精霊である。
宙を舞うことも可能であるし、瞬間的な移動も出来る身ですが・・・
質問の意図に悩み、戸惑うユーリシアスを騎士たちの圧が押し寄せる。
「えっと・・・」
言葉も行動も止まるユーリシアスに、騎士の一人が駆け寄ってきたのだった。
「大変申し訳ないのですが、規則ですので」
どこから持ち出されたのかわからない縄が、ユーリシアスの体を巻き付けていく・・・
(えぇっ!ちょっ!待て!)
一重、二重、三重・・・・と縄が体に巻かれるユーリシアスは驚きで言葉が出てこない。
何重かに巻かれたユーリシアスは、騎士に担がれて、責任者と思われる騎士が乗る馬の背に降ろされたのだった。
「あらっ?ユーリシアスたら罪人みたいですわね?」
縄に巻かれたユーリシアスを見たアンジェリカはクスリと笑って、カチェとも微笑み合う。
「だ、誰が罪人ですか!ちょっと、待ちなさい!わたしは上級精霊ですよ!何ですか!この行為は!精霊に対してすることですか!」
アンジェリカに笑われて、漸く、思考が追い付いたユーリシアスは現状について吠え出した。
だが、騎士の責任者はそんなことでは動揺しない。
「すみませんねぇ?規則ですから。こちらも、精霊さまを捕らえるなんてこれまでしたことはないんですがね」
そんなことを言いながら、ユーリシアスの体に巻き付いた縄の先を自身にも巻き付けて縛りこむ。
「もう、準備は出来たのかしら?」
一連の行動を欠伸をかみ殺しながら見ていたアンジェリカが告げると。
「えぇ、これで準備は整いました。では参りましょうか?」
騎士の責任者は、やさしい笑みをアンジェリカに向けて出発の合図を出したのだった。
「はーい!王城、楽しみですわ!」
ユニコーンがアンジェリカの言葉を聞いて、空を舞うように駆け出していく。
「聖女さま、ゆっくりとお願いしますぞ!」
そんなアンジェリカに、騎士が声を掛ける。
「はーい!あっ!ユーリシアス、落ちないように頑張るんですよ!」
そう言って、アンジェリカは手を振りながら、軽やかにユニコーンと掛けるのだった。
そんなアンジェリカの姿に苦虫を噛み潰したような顔を、美しいはずの顔にユーリシアスは浮かべた。
「では、我らも参りますか」
騎士の責任者の声に、仕えてきた部下の騎士たちも応えるように、馬の腹を蹴り、馬は駆け出していく。
「ぎょえーーーーーーっ」
過去に、勿論、馬に乗ったことはあるユーリシアスではあったが、縄で巻かれての乗馬は初めてだった。
「上級精霊さま、くれぐれも逃げ出そうとはなさらないでくださいよ」
激しく揺れる馬上で、そんなことを囁かれても、今のユーリシアスには届かないでいる。
(なぜだ?なぜ!わたしがこの様な目に・・・・)
本来なら、簡単に精霊の持つ力で、こんな状況も抜け出せるのだが、今のユーリシアスにはそこまでの考えに至れなかったのであった。
ドンっ!
王城の客間に、ユーリシアスが拳をテーブルに打ち付けた音が響く。
その音に、再びアンジェリカが眉間に皺を刻む。
可愛らしいお菓子を口に入れようとしたとこで、ユーリシアスの謎の行動に阻まれたからである。
「う゛ん、も゛うっ!」
アンジェリカは取り敢えず、菓子を口に放り込んでから、ユーリシアスに、ここで漸く向き直った。
「よく、平気で寛げれますね?」
ギロリと睨みつけるユーリシアスを見ながらも、お口をモグモグさせながら見据えるアンジェリカ。
そんなアンジェリカが、急に目を大きく見開いた。
「ど、どうされたのですか?」
急な態度の変化に、今度は、ユーリシアスが慌て出すと・・・
「こ、これは、木苺のクリームですか?」
そう言った途端に、アンジェリカは顔を綻ばせてから、再び菓子へ手を伸ばす。
「ア、アンジェリカ!な、なんなんですか!あなたは!」
そんなアンジェリカの行動に、とうとうユーリシアスがキレたのであった。
「何ですかって?ユーリシアスこそ、紅茶冷めますわよ。折角のご招待ですのよ。楽しみましょうね?」
そう言って、アンジェリカは菓子を口に入れる。
その姿に、また、ユーリシアスはため息を零した。
二度と経験したくない形で、この王城に連れて来られて、今度はどこへ連れて行かれるのかと、ドキドキしていたユーリシアス。
そして、連れられて来られたのが、今いる部屋である。この部屋を見た時は、ユーリシアスの目に涙が浮かんだのはここだけの話だ。
そして、「こちらで暫く待つように」と言われての現在であった。
その際、アンジェリカは「喉が渇きましたわ!ちょっと、小腹も空きましたわ!」と軽く告げたら、今、楽しんで行われているティータイムが出来る環境となった。
(はァ?、何がどうして?、こうして?、こうなったのか?)
楽し気にティータイムをするアンジェリカを見ながら、ユーリシアスは遠い目をしてしまう。
(これでは、わたしが指名手配されているようではないか!)
何だか、腑に落ちないユーリシアスではあるが、これから先に起る事を考えると、身震いを起こしてしまう。
(なんだか嫌な予感が・・・もちろん、自分に・・・)
そう思ったところで、頭を大きく振る。
そんなユーリシアスとは違い、アンジェリカは、カチェと楽しくお菓子を食べては話している。
重苦しい状況にあるのはユーリシアスのみに見えるこの場に、この客間の扉を叩く音が聞こえたのだった。
(とうとう、来たか・・・)
憂鬱なユーリシアスが声を返す前に、モグモグと菓子を食べるアンジェリカが可愛らしく返事をしたのだった。
「は゛ーい!お菓子のお代わりですか?」
アンジェリカの返事に、ユーリシアスはゴトンっと派手な音を立てて、テーブルに額を打ち付けたのであった。
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