13.黒い令嬢は手配ビラを撒かれる
「精霊は可愛いだけではなかったのですね?」
つんざくような叫び声をあげた小さな精霊をチラリと見やりながら、アンジェリカは呟く。
そんな会話よりも、ユーリシアスの方は、彼の精霊の言葉が気になるばかり。
「そこの精霊!とにかく、詳しい話を聞かせなさい!」
ユーリシアスの姿に怯える小さな精霊が、恐る恐ると小さな口を開いた。
「あの。その・・」
怯えた眼差しをユーリシアスに向けながら、さっき聞いて来た話をぽつりぽつりと話し出す。
「な、何でも、お隣の国では王城周辺で地震が起きたらしくて。ずっと、エルボルタの国に潜んでいたこの国の騎士がそれを機に王城に向かったみたいです。そして、崩れ落ちた王城内で、王太子らを見つけて救助したらしいんですが。助け出したと思ったら、今度は、急に王城が雷?だか受けたりなんかして跡形もなく消えたらしくて」
小さな精霊の言葉の一つ一つに、ユーリシアスの心の音が早まっていく・・・
「で、助け出された王太子が言うには、これは上級精霊が召喚した黒い悪魔の仕業だと・・・」
話し終えた小さな精霊がちろりと目線をユーリシアスに向ける。
その目は、『上級精霊様は、悪魔を召喚したのですか?』と言っているのがわかる。
「いや、していないぞ!」
きっぱりとユーリシアスがそう宣言すると、小さな精霊は目を見開いて大きく首を振り出す。
「な、何にも言っていませんよ!」
「そうか・・聞こえた気がしてな?」
といいながら、周りを見ると、傍にいた精霊皆が驚いた顔をしている。
そのどれもが、『上級精霊は悪魔を召喚するのか!』というものに見える。
「だから!していない!」
「いえ、わしらは何もなぁ」
老人のような姿の精霊が周りの精霊を促す様に口にしたが、ユーリシアスには彼らの本心が見えるのか、ピリピリと突き刺さっているようで、とても気分が良くない。
「まあ、では、フランツはしぶとく生きているのですね?」
ユーリシアスの気持ちも立場もまるっとスルーをしたアンジェリカは、つい最近まで婚約者的な存在であった王太子の生死の状況を聞いて、不貞腐れた表情を見せている。
「ア、アンジェリカ?君、今の話を聞いての言葉がそれなのか?」
唖然とするユーリシアスに対して、アンジェリカは小さな頭をこてりと掲げる・・・
「???」
「いや、だから、フランツが生きていて、あらぬ証言をしているんだぞ!」
気持ちを立て直したユーリシアスは、アンジェリカに事の重大さを伝えだした、だが・・・
「あらぬ?ですか?でも、地震についても本当ですし、雷?ですか?あれについでもほん・・△×※◇」
ユーリシアスの言葉に反論?いや正論?を返しだしたアンジェリカの態度に、思わず、ユーリシアスはアンジェリカの可愛い口を塞いだ。
(ぬっ!何をしゅるのですか!)
口を押えられても、尚、フゴフゴと口を動かすアンジェリカであるが、ユーリシアスの手は離れようとしない。
そんな二人のやり取りを、小さな精霊たちは目を細めて見ている。
(ヤバいですね・・・)
ジタバタと体までも使い、もがくアンジェリカを必死に抑えながらも、ユーリシアスは額に汗を浮かべながら、顔には一応、微笑みを浮かべて見せる。
だが、きな臭さは増すばかりで、小さな精霊たちの冷ややかな目が突き刺さる。
「と、とにかくです!わたしは癒しの精霊であるのですよ。そんな悪魔を召喚とかするはずないでしょう!そもそも、精霊が悪魔を召喚なんて聞いたことあるのですか?王太子は、生死の境を彷徨い、あらぬ幻想をみたのではないのではありませんか?」
言い逃れをするべく、ユーリシアスは思いつく言葉を探し出して、小さな精霊たちに向けて言い放つ。
「そうだよな?上級精霊がそんな恐ろしい方なはずがない、よな?」
多少、半信半疑ではあるが、自分たちにとっては、目の前にいる精霊は同士でもあるが尊い存在の一人だ。そんな恐ろしいことをするような方じゃないし、そんなことがあっては、自分たち精霊たる神聖な立場が危ぶまれる。そう思うと、これは、ユーリシアスが言うう通り、生死を彷徨う王太子が見た幻想だったんだと、納得をすることにしたのだった。
まだ少しざわつきがあるが、皆が納得したのを見てから、ユーリシアスはアンジェリカの拘束?を外した。
それに対して、アンジェリカがユーリシアスをブスッとした顔を浮かべて、睨みつけた。
「酷いですわ!ユーリシアス!」
「君がだね、妙なことを言いそうだったから、軽く口を押えただけではないですか?」
わなわなと体まで振るわせだすアンジェリカに、ユーリシアスは弁解をして見せるが、アンジェリカの怒りは収まらない。
その姿を見ていた小さな光の妖精カチェが、何故かアンジェリカの傍からヒラヒラとさせながら離れていく。
「わたくし、死ぬかと思いましたわ!」
(えっ?あれくらいで?)
さっきの拘束を思い出して、ユーリシアスは眉間に皺を寄せた。
確かに、軽く口元を押さえてから、それから、体も抑えたかもしれないが、けれど、死ぬほどの拘束ではない、よね?
「ほんと!わたくし、三途の川みたいなのが見えましたのよ!」
「う、嘘ですよね?」
唖然である。いや、見える訳がない。大げさ過ぎるのではないか?
「嘘ではありませんわ!かよわき乙女に何たることを!」
いや、かよわき乙女って・・・
黒い髪をした少女のここ数日の行動を思い起こしながら、ユーリシアスは首を傾げる。
瀕死の王太子、人形のような少女・・・身震いしそうな残虐な映像が脳内に甦る。
そんなことを思い起こしていたほんのすこーしの間に、目の前にいる黒い少女が何やらどす黒い空気を纏っていた。
「うへっ?」
ユーリシアスの間抜けな声を合図に、一歩ずつ、小さな精霊たちもが後退る。
それと同じくして、ズゴゴゴォーっという地鳴りがアンジェリカの位置から響き出している。
「アっ!ア、アンジェリカ、止めなさい!」
大きな声を張り上げて、ユーリシアスがアンジェリカを止めようとしたが、
「ユーリシアスのおバカぁーーーーー!」
間に合わなかった。
ひゅんっと、光の光線がユーリシアスの顔面を駆け上がった。
光のスピードにより、美しいユーリシアスの前髪がふわりと浮き上がったと同時に、美しい前髪は消えていた。
「あっ?うん?」
光の位置を確認出来た時には、空には閃光が煌めいていた。
「よ、よかった」
少しの安堵が齎された。
一瞬、ユーリシアスの顔に向かって光が放たられたかと思い、心の音が止まりかけた。
だけど、心優しいアンジェリカは、怒りをコントロールして顔面スレスレで方向を変えたらしい。
多少の髪は消えたみたいだが、光は真上へと伸びて爆破した。
いやぁ~、ほんと良かった。助かった!
・・・うん?
「ア、アンジェリカ!」
正気を取り戻したユーリシアスは、短く、いや、無くなった前髪を手で確かめた後に、漸く、怒鳴り声をあげた!
「何ですか?ユーリシアスが喋ろうとしたわたくしの口を塞ぐから悪いんですのよ!」
自らのやったことは棚に上げて、未だに、ぷんすかとお怒りのアンジェリカは再び異様な髪型になったユーリシアスに詫びる事もせずにブツブツと言い募っている。
そんな二人を見ていた小さな精霊たちは、目を落とさんばかりに見開き、固まっている。
(さっきのって?)
口には出せないが、アンジェリカの行動に、先程、折角、誤解を正す?為に、ユーリシアスが流した話の真実味が砕けた。
そんな異様な空気の中、アンジェリカの起こした旋風?にのって、一枚の紙がひらひらと漂って来たのだった。
その紙をカチェが捕まえた。
すると、カチェの光りが大きく発光したのだった。
その光に、アンジェリカが目を大きく瞬かせてから、カチェの元に歩み寄る。
「どうしたのですか?カチェ?」
カチェの傍に浮かぶ一枚の紙を、アンジェリカも覗き込む。
「まぁ!」
「これって、アンジェリカの姿絵だよね?」
カチェは光を発行させながら、アンジェリカへ尋ねて来た。
「そ、うですわね?」
紙には、黒くて長い髪をした魔女のような女が描かれていた・・・
(わたくしですわよね?)
描かれていた絵姿は、確かに、黒い髪の女ではあるが、ちょっと、自分ではない様な?と、アンジェリカも戸惑ってしまうものではあるが・・・
絵姿と共に書かれている文言が自分を差している!
「WANTED 上級精霊の使い手、黒髪の魔女アンジェリカ。この者は、聖女と謀り、あろうことか、エルボルタ国の乗っ取りを企て、その計画が明るみになったことにより、エルボルタ国、王太子フランツの暗殺を実行するなどの凶悪な犯罪を犯した・・・」
カチェがゆっくりと、紙に書かれていた内容を読み上げる。
すると、その文章に対して、ユーリシアスの顔が徐々に蒼褪めていくのであった。
「あら!やだ!やっぱり?、わたくしのようね?でも、色々と内容は違いますけれど・・・」
一方、当事者であるアンジェリカは、口元に、右手の人差し指を当てて、可愛らしく小首を掲げる。
「た、大変なことになってしまっている」
そんな呑気なアンジェリカを見ながら、ユーリシアスの方は慌てだす。
「アンジェリカ!急ぎましょう!このままでは捕まり、また牢に放り込まれますよ!」
ここにきて、ユーリシアスの「牢」という言葉に、アンジェリカが反応を示した。
「牢ですって!」
プーッと、頬を大きく膨らませたアンジェリカは、顰め面をしてみせた。
「あそこは嫌いです!だいたい、あれは、フランツが悪いのですよ!」
「確かにそうではあるが、この状況では、アンジェリカは分が悪いですね」
「では、逃げるのですか?」
今さっき、追われている身として初めて認識したのではあるが、でも、元々、あの国からちょっと逃げていた様な状況でもあったはず・・・
「に、逃げると言うか、旅を急ぐというか・・・」
「急ぐ?」
ううん?何だかよくわからない状況にいるような?
そんなユーリシアスは、すぐさま状況を整理すべく、天を仰いでみていた時だった。
馬の蹄が地を鳴らして、こちらに迫ってくるのが聞こえてきた。
「まさか!追手か?」
ユーリシアスを含めた精霊たちが息をのんだ。
だが、黒い少女だけは、口角を上げて前方を見据えていたのだった。
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