11.初めまして、隣国のみなさま
お久しぶりです。
楽しんで頂ければ嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
蜂蜜色の長い髪の麗しの聖女さまが、エルボルタの国から隣国であるアシェフィルドを訪れたのは、精霊の国で年始の行事も済み、精霊たちがそれぞれの生活の場とする人間の国へ帰り着き出した頃だった。
聖女アンジェリカと姿を変えたことで、あんなにめんどくさい国境での審査も「癒しの魔法を必要な方に捧げたく」なんて言葉と共に、ユーリシアスの癒しの魔法を見せれば、何ともあっさりと通過したのであった。
「簡単に通れましたわね?」
ちょっと拍子抜けであるアンジェリカさまご一行。
でも、それはそれで良かったのである。
何故なら、さすがは下級精霊が使える魔法だ、使用時間も短かった。
国境を越えて、一息ついたと同時に、アンジェリカの蜂蜜色の髪が、真っ黒へと変わったのである。
それを見たユーリシアスの嘆きようは凄まじかった。
現に今も、ブツブツとうるさく騒いでいるのだから・・・
「煩いですよ!ユーリシアス!」
とうとう、アンジェリカも堪り兼ねて、キッとユーリシアスを睨み、そして、手をユーリシアスへ向け・・・
「わあーーーー!アンジェリカ、何も言いませんよ!黒も素敵ですからねっ!」
慌てて弁解をするユーリシアスに、アンジェリカの手が下がるのであった。
(ったっく!何かあれば魔法を放つなんて、親の顔が見てみたいですね!とんだ、暴力娘だ!)
ユーリシアスは、ケッ!と、アンジェリカの攻撃が回避されたことを確信して悪態をつくのだった。
そんな暴力娘にユーリシアスは不満を持っている一方で、下級精霊の光は、アンジェリカを褒める、煽てるを繰り返している。
「アンジェリカは強いね!アンジェリカの魔法は凄いね!」
そんな下級精霊の光に気を良くしたアンジェリカは、この下級精霊に名まで与えてやけに親密である。
「カラーチェンジが出来る精霊ですので、そうですわ!カチェはどうですか?」
下級精霊には珍しく名をつけられたことで、カチェは、光を大きく発光させて、身体全体で喜びを表すのだった。
「カチェは可愛くて、本当にお利口な精霊ですわね!」
そんな二人のやり取りも気に喰わないのがユーリシアスである。
「オイ!下級精霊!そもそも、ずっと気になっていたのだが、おまえ、何故、あの祝祭の時に、精霊の国へ戻っていなかったのですか?」
ずっと気になりながらも、その機会があったようでなかったこの疑問への問い掛け、ユーリシアスがここに来て、下級精霊のカチェへ問うてみたのだった。
ユーリシアスの問いに、カチェの身体となる光が弱まる。
何か疑わしいことがあると示しているのが目に見えてわかる。
そこをもっとついて、このうっ憤をはらしてやろうかと、ユーリシアスの美麗な顔がニヒルになるのだった。
だが、そんなユーリシアスの行動を止めたのは、カチェの名付け親であるアンジェリカだ。
「そんなの、どうでもいいではありませんか?わたくしが、あの牢から出れたのは、カチェが居たからなんですからね!」
そう言って、カチェを手元に呼び寄せるアンジェリカの姿に、ユーリシアスは舌打ちをするのだった。
(くっ!逃げたな?下級精霊めっ!)
「それよりも、今日はどうしますか?この国の王都まではまだ先みたいですし、今日はこの辺りで宿をとりますか?」
日も陰りだしてきた頃合いだである。
国境を無事に超えたアンジェリカたちは、この日は、このエルボルタとの国境傍で一泊することに決めたのだった。
なので、本日は、「聖女」活動も特に行わずに、今夜のお宿を探そうと、この国境の町をウロウロと探索することにしたのだった。
さすがは、エルボルタとの国境となる町なだけあり、町には多くの騎士たちが目に付く。
今までは知らなかったが、エルボルタの国に住む者たちは疲弊していたらしく、この隣国アシェフィルドにエルボルタの国を棄てて、逃げ込んで来る者が年々増加しているというのだ。
その為、アシェフィルドでは騎士を多く配置して、無断での入国を阻止しているという。
だが、この話を聞いたアンジェリカは、アシェフィルドの行動には「優しさがないですわね!」と、少々お怒りになったのである。
「どうして、助けてあげないのですか?可哀想ですわ!民が悪いのではなくて、貧困を招いたその国の王族のせいではないのですか?」
確かにそうではあるのだが・・・
「今まで行ってきた生活の基盤は、なかなか変えれないものですからね。精霊への信仰心が薄い者が増えれば、その国へも影響が出てくると考えてのことだと思いますよ」
精霊を邪険にして、精霊に嫌われてしまうと、とんでもない仕打ちが待っている。
アシェフィルドは、物凄く信仰心が高い訳ではないようだが、お隣の姿を間近で見聞きしていると、警戒をして、決して、お隣のようにはならないぞ!と、戒めているようだ。
「ですが!」
まだ、アンジェリカは納得がいかないようで、ユーリシアスに投げ掛ける。
「まあまあ、アンジェリカ。あなたの言いたい事もわかりますが、あなたは、この国の王でもないのですから、国ごとで考えや行いは変わるのです。どの国も同じであれば、確かに良い事もあるでしょうが、でも、それは正しいかといえば、そうでもないと思いますよ。そもそも、精霊は人間に加護を与え、暮らしを豊かにする助けを行う存在といわれています。我々がいなくても生きれる世界もあるとなれば、それもまた人間にとっては、何かを生み出す世界へとなってるのかもしれません。そうだとしたら、精霊に囚われているこの世界が歪かも知れないですよ」
ユーリシアスの言葉に、アンジェリカも少し考え出すのだった。
「精霊のいない国ですか・・それって、死を迎えた国ですよね?」
ずっと言われて来た話である「精霊がいなくなれば死すること」になると・・・
アンジェリカの問い掛けに、ユーリシアスは少し戸惑いながら応える。
「そうですね、そう言われてはいますが・・・本当に、死を迎えたのかは私たちにはわかりません」
ユーリシアスからの言葉は、何だか曖昧なものだった。
この大陸で、既に死を迎えた国があるのでしょうか?アンジェリカは、ユーリシアスの顔を不思議そうな目で見つめ出す。
「まあ、そんなことより、今は、ここでの滞在について考えるべきではないですか?折角、エルボルタの国を出て、はじめに立ち寄った国ですし、目的地であるフェリストーネ国までは、まだまだ越えねばならない国もあります。今日は、休んで、明日から、少し観光をしながら、聖女活動をしてはどうですか?」
そんなアンジェリカからの妙な視線をわざと外したユーリシアスは、これからの行動について提案をしてみると、さっきまで、色々と不服全開だったアンジェリカも、ここは清く諦めたのかユーリシアスの言葉に、素直に頷いたのだった。
「では、今日は手頃な宿でお泊りにしましょう!」
精霊二人を連れた令嬢アンジェリカは、その日小さな宿で休むことにしたのだった。
・・・そして、翌朝。
「ふぁ~、よく眠れましたぁ!」
ベットから起き上がったアンジェリカは、両手を上げて大きく伸びをしている。
そんなアンジェリカの周りを小さな光がふよふよと揺らめいている、それは勿論カチェである。
そして、その小さな光を凝視している美麗な青年の精霊ユーリシアスは、眉間に皺を刻んでいた。
いつもながらに目覚めが悪いユーリシアス。
この旅が始まってからは、この精霊はまともに睡眠が取れていないのであった。
長身の青年の風貌なこの精霊も、一応、自在に容姿など変化は出来るのではあるが、本来の姿はこの青年の姿なのである。そこで、ゆっくり休むとなると、この容姿のままで休むことが最善となる。
なので、この体系のまま安眠するとなれば、彼にもベットでの就寝が最適なのだが・・・
何故か、アンジェリカはこの旅では、人間界にて、本来の姿を曝け出して旅をしているユーリシアスを一切構わず、いつも一部屋でしかもシングルベットを宿屋では所望するのだった。
勿論、その一つのベットはアンジェリカの為のものであって、ユーリシアスはソファーや椅子に腰かけての睡眠を余儀なくされている。
少し前のアンジェリカであれば気を遣い、ベットをユーリシアスに譲るなんて、優しさもあったのだが・・・
黒髪のアンジェリカには、そんな思いやりは一切見られなかった。
「だって、勿体ないじゃないですか?」
初めての宿泊の際に、アンジェリカの対応に異議を唱えたユーリシアスに対して、アンジェリカは小首を傾げて、そう言った。
「えっ・・・」
「限りある財源ですよ」
旅の道中で、自ら身に着けていたアクセサリーを売り払って作ったコインが入っている袋をアンジェリカは揺らして見せる。
「それはそうですが・・・」
「あら?ゆっくり休みたいのですか?でしたら、先程、宿屋に入る前に見かけた際に、大き目の木を見つけましたわ!ユーリシアスにピッタリの木に見えましたよ!」
そう口にした、ニコニコと笑う黒い悪魔に、ユーリシアスは言葉を失った。
(この旅に於いて、聖女に加護を与えるのって、わたしですよね?)
あれから、ユーリシアスは異議を唱えなかった・・・
精霊界でも上位に身を置くユーリシアスが野宿をするなるなんて、あってはいけない!
ユーリシアスが眉間の皺を指で揉みほぐしながら、ふよふよと浮かびながら光る小さな精霊を見やる。
(あいつは、いいよな・・・)
ユーリシアスがそう思った時、カチェが何かを察して、怪しく点滅をした。
「おまえ~、何だ!その態度は!」
(下級精霊の分際で、あいつは、いつもアンジェリカと共に寝起きしている!この私が使えないベットでだ!)
ユーリシアスの怒鳴り声に、カチェは急いでアンジェリカの耳元に移動した。
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