10.復活した黒い聖女
アンジェリカの掛け声を合図に、この地を去る事が決まったのだが、やはりこのままではよろしくないだろうと、瓦礫の山となったエルボルタの王城に、再び良識を持った美麗な精霊が出発前に癒しの魔法をかけるのだった。
キラキラと光り輝く癒しの魔法が少し離れた王城に降り注ぐ。
これ、本日二度目の魔法となる。
(三度目はありませんからね!)
フンっと、鼻を鳴らしてユーリシアスが憤慨しながら行った魔法は少し違っていた。
癒しの魔法がかけられる前に、一度、大きな光を伴う魔法がユーリシアスにより放たれ、王城の跡地に覆いかぶさっていく。
光りは王城跡地に広がり、瓦礫の山になった王城を全体を包み込む、そして、光は、天へスーッと上がり消えたのだった。
大きな光が天に消えた後は、瓦礫になっていたエルボルタの王城も消えていた。
「まあ!」
アンジェリカも思わず声を上げてしまう。
その声も聞き流して、ユーリシアスは癒しの魔法を王城があった場所にかけたのだった。
「これで、多少は人命も救えたでしょう!」
再び、フン!と両腕を組んで仁王立ちするユーリシアスの姿に、アンジェリカが不平を零す。
「命を落とすような力の魔法は使っていませんのに!」
その言葉に、ギロリと睨むユーリシアス。
片方の髪が短くなっているので、睨む視線が直で届く感じがする。
「それに、王城をこの世から消し去るなんて、あんまりですわ!ユーリシアスたらっ、やり過ぎですわよ!」
何故かプンプンと頬を膨らませてまでして、ユーリシアスの魔法の使い方に非難を浴びせるアンジェリカ。
その行動に、ユーリシアスは言葉を失うのだった。
「あ、あなたが言いますか?それ?」
「だって!あそこにはフランツたちが居たんですよ!お城がないと、フランツはどこで寝るんですか?」
ここに来て、また、ユーリシアスは頭を抱えてしまう。
(そもそも、お城目掛けて、魔法を連発したのは誰であろう?そこのあなた、YOUですよね?)
「だいたい、お城を最初に壊したのは、アンジェリカですよね?!」
ユーリシアスの強い口調に、アンジェリカがここに来て、口ごもりだす。
「確かにそうですけれども・・・でも、でも、わたくしは」
「とにかく、あなたはどうやらお城を目印のように思っているようなので、目に付かない様にしたまでです。ちゃんと、フランツたちが元気ならば、城の者達が寝食に困らない様にしますよ!」
「まあ、そう言われたらそうでしょうけれど、お城がないと、フランツの居場所が定まりませんのにぃ!」
(やっぱり、狙っていたんですか!)
まだ、ブツブツと城が消えた事に不平を漏らしているアンジェリカであるが、ユーリシアスは、このまま放置することにしたのだった。
「それよりも、これからですよね?」
エルボルタから出国することは決定事項だが、さてはて?これからどうするべきだろうか?
ユーリシアスの希望というかは、勿論、自国である精霊の国にアンジェリカを連れ帰るのが筋というかであるが・・・
「行きませんよ!」
「えっ?!」
さっきまで、「フランツの城がぁ~」と少々令嬢らしからぬ態度で騒いでいたはずのアンジェリカが、何故かまた、ユーリシアスの心の声を聞き、返事を返してきたのだった。
「ですから、精霊の国には行きません、と伝えたのですわ!」
若干黒さを秘めているが、やはり可愛いらしい顔をツンと上に向かせてアンジェリカが抗議をする。
「なぜ?行きたくないのですか?」
アンジェリカの言葉の真意がわからず、ユーリシアスが戸惑いながら聞き返すのであった。
「そ、それは・・・」
ユーリシアスの問い掛けに少し俯き加減になりながら、アンジェリカが口ごもりだす。
「アンジェリカ?」
優しい声で、再びアンジェリカに問うユーリシアス、その姿を目に留めたアンジェリカが、真剣な眼差しを向けだした。
「では、逆に伺いますが、ユーリシアスは、今のわたくしは精霊であると言えますか?」
アンジェリカによる思わぬ言葉の返しに、今度はユーリシアスが言葉を詰まらせる番だった。
「確かに、精霊の加護はなくとも魔法は扱えますが、わたくし、本当に精霊になれたのでしょうか?もし、このまま精霊の国へ行って、わたくしは、わたくしは・・・」
そう言いながら、アンジェリカは目に涙を浮かばせだした。
「知っていたんですね?」
ユーリシアスも、また苦い顔を見せるのである。
時は遡り、昔の話、アンジェリカも小さな頃から聞かされていた『精霊王と麗しい人間の少女との恋物語』実は、この話は幸福を絵に描いたような、ハッピーエンドではなかったのである。
精霊王に加護を与えられて、精霊の国へ渡った少女の人生は本当に短いものであった。
精霊王が自らかけた癒しの魔法でも、少女をその地で長らく生きさせることは叶わなかったのだ。
愛するものと長く共に過ごす事が叶わなかったことを精霊王はとても悔やんだのである。
それは、今でも精霊王の大きな後悔でもあった。
そんな短い時間を過ごした精霊王と人間の少女。そんな恋人たちが、奇跡ともいえるのかも知れないが、あろうことか子を授かったのだ。
本来ならば、精霊は人間のように子孫を残すような真似事はしないというか、そもそもそんな考えすらなかった。
精霊とはすなわち、植物や自然から生まれたものたちである。
そんなものが、人間と恋をして、人間と同じように子を残すことは本来あってはならないことだ。
そんなタブーを犯して生まれたのが、このアンジェリカであった。
だからこそ、アンジェリカは思う。
精霊と人間との間で生まれた異端児が精霊として生きれるなんて、まずはないだろうと。
(そうですよ!わたくしは、まだ、死にたくはないのです!・・)
「えぇ、何となくですが・・・」
涙を溜めた目で、ユーリシアスの顔をうるうると覗き込むアンジェリカに、ユーリシアスは胸の辺りがぎゅうっと掴まれたような感覚になる。
「わたくしが、真の精霊になったことがわかれば、すぐにでも、妖精の国へも参りますわ!」
だから、今はまだ、待って欲しいのです・・・と、最後は小さな言葉になりながら伝えるのだった。
「そうですね、まだ、精霊としては未熟なのかもしれませんね・・・」
アンジェリカのウルウルにまんまと絆されたユーリシアスは、アンジェリカの気持ちに寄り添う形で受け入れたのだった。
では、これからどうするべきか?
ユーリシアスが、うーんと考え出した時だった。
「はい!わたくしに案がございますわ!」
さっきまでの涙はどこへ行ったのかと思う程、アンジェリカの声は高らかに上がる。
「えっと?では、アンジェリカどうぞ!」
まだ、先程の沈んだ空気が纏わるユーリシアスは、少々、アンジェリカの気の変わりように驚きながら、アンジェリカの言葉に耳を傾ける。
そのユーリシアスの姿に気を良くしたアンジェリカは、コホンと咳払いを一つ行い、言葉を続けた。
「では、わたくし、行きたいとこがありまして、それはですね!」
ピッと人差し指を伸ばして、エルボルタの王城があった場とは反対の方を指差す。
その姿は、、エルボルタの国を超えて旅へ出る時にエルボルタの国民がよくやるポーズである。
「お母様が生まれし国、フェリストーネに向かいますわ!」
アンジェリカがそうにこやかに告げる。
フェリストーネ、それはアンジェリカをこのエルボルタの地にて生んだとされる子爵夫人の故郷では、勿論なくて、精霊王の恋人であったシェリーヌの生まれた地であり、この大陸でもっとも精霊を信仰している国でもある。
そして、その国を目指すとアンジェリカが言うのである。
確かに、自分の肉親を思う気持ちもわかるので、その行き先には、疑問は浮かびはしないのだが。
「わかりました。では、転移魔法を」
そう、ユーリシアスが告げかけると、アンジェリカがユーリシアスの腕を掴んだのである。
「待ってください!折角なのですから、旅をしましょうよ!」
アンジェリカに捉まれた腕を目にしながら、ユーリシアスが眉間に皺を刻む。
「旅ですか?」
「ええ、そうですわ。旅をして、色々とこの世界を見たいですわ!ねっ!いいでしょう?ユーリシアス?」
ニコニコと微笑むアンジェリカに圧されるような?感じになりながらも、ユーリシアスもそこは了承をするのだった。
「さあ!これでエルボルタから出発ですね!」
そうと決まればと、勢いつけて動き出すアンジェリカに、精霊のふたりが慌てて後を追いかける。
そうして、漸く、エルボルタから出発?脱出?できると思ったのだが・・・
初めは、わくわくしながらテクテクと歩いたり、時には、下級精霊に合わせて、ちょっとふよふよと浮いたり、たまには、風の魔法を使ってスーッと飛んでみたりと、楽しく旅が始まったはずのアンジェリカだったが、しかし、その楽しい旅はすぐに厄介な旅へとかわるのだった。
アンジェリカたちは、もうすぐ、エルボルタを超えるというところめで来た時だった。その国境付近の警備の厳重さに、愕然とするのだった。
そう、エルボルタは精霊に嫌われている国であったことは、大陸中に周知されている。
だから、そんな国から国境を超えて、他国へ行くことは、なかなか難しいらしいのだ。
その為、国境付近には、仕事や何やらで国境を越えたいと望む多くの人が留まっている状態だった。
とある者は、もう1カ月も、この場に滞在しているとかいう者もいた。
そんな光景を見て、アンジェリカの眉間にも皺が寄るのだった。
「ど、どうしましょう?」
ここに来て、フランツたちの行いのせいで計画が崩れようとは・・・
「許せませんわ!フランツ!」
さっきまで歩んでいた道を振り返ったアンジェリカが、手を挙げだす。
「s、stop!やめましょう!アンジェリカ!」
標的となる王城が存在しない為、仕方なくアンジェリカは手を下したのだった。
(はあ、良かった、王城を消しておいて)
ふーっと、大きくため息を吐いたユーリシアスが、改めてアンジェリカに向き直る。
「手はなくはないですよ・・」
その言葉に、アンジェリカは大きなサファイアの瞳を瞬かせるのだった。
「アンジェリカが聖女として国を出ればいいんですよ。」
ユーリシアスの言葉に、一瞬、理解が追い付かないアンジェリカは、また、瞳を瞬かせる。
「光の精霊の加護を得た聖女アンジェリカは、他国でも名は通っていますからね。癒しの魔法は私から行えばいいんです。いかにも、加護を得てる風で装えばいい訳で」
ふんふん、と。今度は、ユーリシアスに向けて首を振りながら頷くアンジェリカだったが、だが、自分の髪を目にして首を掲げてしまう。
「黒い髪ですが、問題はございません?」
一房を手にして、そんなことをいうアンジェリカに、ユーリシアスは軽く微笑む。
そして、アンジェリカに向けて、何やら告げようとした時だった。
ずっと大人しく付いて来ていた下級精霊である光がふよふよと、アンジェリカが自分の黒い髪を持つ手の元へとやって来たのだった。
「うん?」
「??」
アンジェリカとユーリシアスが、下級精霊の光を見つめていると、その下級精霊がこれまでよりも少し自身の光を大きくさせたのだった。
「わぁ!」
アンジェリカの驚きの声が聞こえたと同時に、下級精霊がアンジェリカへ魔法を放ったのだった。
魔法による光が和らいだ先には、「聖女」と呼ばれし頃の、ユーリシアスが焦がれていた、あの麗しい蜂蜜色の髪をしたアンジェリカが現れたのだった。
「アンジェリカ!」
思わず大きな声がユーリシアスの口から零れた。
精霊の国からエルボルタに舞い戻ってきて、初めて、ユーリシアスが本当に喜んだ瞬間だった。
「まぁ!あなた、カラーチェンジが出来る精霊なんですね!」
そんなユーリシアスよりも、自分の髪色を変えた下級精霊に対して、大層、興奮してしまっているアンジェリカがいた。
「素敵ですわ!」
アンジェリカに、大絶賛されながら自分の掌に乗せた上、何度となく撫でられている下級精霊の姿が、何とも憎たらしく感じてしまうユーリシアスである。
(あの、アンジェリカは、私が大切に育てた子なのに・・・)
どこから出したのかわからない白いハンカチを噛みしめるユーリシアス。
「本当は、私がアンジェリカと感動の・・・」
そんなユーリシアスが下級精霊を、キッと睨みつける仕草を見たアンジェリカが深いため息をついたのだった。
「まあ、とりあえずは、これで、噂の聖女に戻れましたわね?」
黒から蜂蜜色に再び変わった髪を手に取り、アンジェリカはニコリと微笑んだのだった。
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