九.証人は総大将
初鹿野が、濱島盗賊団から取り立ての名目で追われていた時、僕は初鹿野の護衛のため、一日行動を共にしていた。それが今更になって大々的にデートとして報道されている。
僕は、すぐさまそのことを彩美に伝えにいった。
「彩美、ちょっと話が」
「知ってるよ。新聞でしょ」
彩美は、そう言い放ち、頬を膨らませ、プイと顔をそむけた。
「ごめん。こんな時に出てしまって」
「それは向こうが仕掛けたことだから、瑞樹が謝ることじゃないよ」
「いや、彩美はこの前の証人尋問で頑張ってくれたから、申し訳ないなと」
彩美が顔を真っ赤にする。
「それはもういいから! あれしか思いつかなかったのっ!」
ちょっと怒っている顔が、また一段と可愛いなと思ってしまう。いかんいかん。今は老中として接しなければ。
「それで、この記事が出た以上、次回の裁判には初鹿野を証人として呼び必要があるかなと思うんだけど」
僕は彩美に提案をする。
「ああ、それは難しいんじゃないかな」
彩美は頬杖をついた。
「なんで?」
「陽菜から聞いていない?」
僕は何の話だかさっぱり分からない。
「聞いていないよ」
「そっか」
彩美は将軍席から立ちあがり、扉に向かって歩き出した。
「これから特寺の職員会議があるの。出席しなきゃだめだから。詳しいことは陽菜に聞いてくれる?」
「分かった」
「多分まおは法廷には出てこれないから、何か方法を考えないとね」
初鹿野の身に何かあったのだろうか。つくづく厄介事に巻き込まれる人だ。
枚方城内を歩き、大目付の執務室に到着する。扉を開く前から、中からせわしない声が響いている。
「いや、九州は現地の従者で対応して! もうこっちはいっぱいいっぱいだから! え!? 天草三四郎? こっちまで名前は轟いてないから大丈夫! 弱いって!」
おそらく通話機で誰かと話しているのだろうが、内容がよく分からない。でも今は忙しそうだ。入るのはやめとこう。
そう思い、振り返ると、執務室に用のある従者とぶつかった。
「ああ、すみません」
「こちらこそ申し訳ございません。あ、齋藤老中ですね。どうぞ中へ」
ああ、帰ろうとしたのに。従者に連れられ執務室へ入る。
「陽菜さまは通話中ですので」
従者は中に入った後、シーと人差し指を口に当てた。
いや、だから入るのをためらったのに。僕が図々しいみたいになっているのは腑に落ちない。
「とりあえず、もし鎮圧が難しいようだったらまた連絡して。ただ、できるだけ粘ること。本当に今はリソースがないの。じゃそういうことで」
陽菜さんはガチャッと勢いよく通話機を切った。
「あ、ごめんごめん。瑞樹くん、どうしたの?」
明らかに不機嫌な表情をしていた陽菜さんは、急いで笑顔を作って僕に話しかけた。
「ええと、今、大丈夫ですか?」
「うん。もちろん」
陽菜さんは、僕と一緒に入った従者に、目で司令を出し、書類を整理させている。
「あの、今僕、裁判中でして、初鹿野と四条で二人でいたところを記事に出されたんです。このままだと不利な状況になるので、初鹿野に証人として法廷に立ってもらえないかなと。でも彩美が言うには、それは難しいとのことなんですが」
「ああ」
陽菜さんは、どうでもいいというような顔つきになった。
「確かそうだったね。ごめんね。私あんまりそのあたり把握してなくて」
そういえば、この間廊下で会った時も、忙しそうにしていた。
「いえいえ。それは大丈夫なんですけど。初鹿野が法廷に来れないというのは、どういうことなんですか?」
「今ね、まおは四国にいるのよ」
「四国?」
町奉行が大阪を離れることは、滅多にない。
「四国で何か起こったんですか?」
「うん。前にさ、全国各地で下剋上の風潮が広がって、暴動が起きてるって話したでしょ?」
陽菜さんは、また申し訳なさそうな顔をした。
「陽菜さんのせいだとは思ってませんよ。少なくとも僕は」
「瑞樹くん、優しいんだね」
オレンジ色の綺麗な髪を揺らし、話を続ける。
「それでね、四国は長宗我部四姉妹が治めていたんだけど、今その四姉妹で争っているの。誰が四国統一をするかって」
四国は、争いのない平和な状態が長く続いている。代々長宗我部家が四藩とも統治しているから、陽菜さんの話を聞いて、そんなわけはないと驚いた。
「まさか四国がそんな状況になっているとは」
「もう大阪幕府の統治範囲は大阪だけで、他の藩から見れば形だけのトップって感じだろうけど、それでも日本国内の争いを傍観するわけにはいかないじゃない?」
それは陽菜さんの言う通りだ。
「彩美もそれは同じ気持ちで、というか、彩美のが気持ちが強いかな。あの人はもう一度大阪幕府の権威を全国に知らしめて、引き締めを行おうとしているの」
「地方分権から、中央集権国家に戻すということですか」
「そうそう」
陽菜さんは握っていたペンを回している。
「アメリカとの貿易も始まるのに、国内がバラバラじゃ示しがつかないからね。その矢先に四国で大規模な争いが起きている。だから幕府は総力を挙げて鎮圧、その先には平定することを目的として、四国平定部隊を派遣しているの」
平定までするのか。大分彩美はやる気になっている。
「その四国平定部隊の総大将がまおなのよ。だからまおはしばらくこっちには戻ってこない」
なるほど。話は理解できた。
「なかなか大事な話だと思うんですが、僕の耳には入っていなかったです」
「だって瑞樹くんは、一時期軽い鬱になってたでしょ? そんな人に話すことじゃないよ」
彩美なりに気を使ってくれていたのか。
「で、証人として法廷には来られないと思うけど」
陽菜さんはペン回しに失敗し、ペンを床に落としたが、気にする素振りはない。
「ビデオでの証言とかならいけるかもね。そのあたりは瑞樹くんが調整してくれたらいいよ」
ビデオ証言か。ないよりはましだ。
「そうですね。ちょっと連絡してみます」
「うん。じゃ、私は仕事がわんさか残ってるから」
陽菜さんはまたどこかへ連絡を取り始めた。
大阪幕府は生まれ変わろうとしている。四国平定の結果次第で、これからの道が大きく分かれそうだ。
その日の夜、自宅に帰るとまりなが勉強をしていた。
「お兄、おかえり」
「ただいま。テスト勉強?」
僕はまりなのノートを覗き込む。
「ちょっと! やめてよ! 変態! 女たらし!」
「記事をいじるのはやめろっ!」
まりなは手を止め、僕と向かい合う。
「で、どうするの? 特寺でも話題になってたよ」
「そのことなんだけど」
僕は心配事が一つあった。
「まりなは特寺で何か言われていない? 傷つくような一言とか」
僕のせいで、まりながいじめられるようなことは絶対にあってはならない。
「ないない。私は大丈夫だから。お兄は自分の心配しなよ」
まりなはシャーペンの先で僕を突く。
「いてっ」
「お兄が老中辞任とかになったら、その時の方が私にとやかく言ってくる子が出てくるよ。あれは嘘だと、はっきりと証明してよ」
僕は突かれたおでこをさすりながら、まりなにはっきりと言い切る。
「うん。必ず裁判には勝つから。まりなは安心してくれ」
「頑張ってね」
「あと」
僕は一つ注意をする。
「特寺休んで傍聴に来るな。バレバレだぞ」
「あ、バレてたのね」
まりなはテヘッと舌を出した。
まりなが自室に戻った後、僕は初鹿野に架電をした。四国平定部隊の総大将として派遣されているとのことだが、果たして連絡は取れるだろうか。
「あ! 瑞樹さん!」
やけに明るい声に、逆に心配になる。
「初鹿野、今大丈夫?」
「ちょっと待ってくださいね。今ビデオ通話に変えます」
通話機の画面を見ると、超薄型甲冑を着た初鹿野が映っていた。赤色をベースに、頭には五三の桐紋( 豊臣家の家紋 )がついている。
「可愛いでしょ?」
可愛い……のか?
「ここがポイントなんです」
五三の桐紋の横には、それと同じくらいの大きさのリボンがついている。随分と主張が激しい。
「それは初鹿野モデルなの?」
「そうですよ! 町奉行に就任した時に彩美公から記念品としていただいたんです。今の時代、甲冑を着ることなんてないと思ってましたけど、まさか四国戦争が起こるなんて」
四国平定部隊の間では、この争いは四国戦争と呼ばれているらしい。
「とにかく、初鹿野が元気そうでよかったよ。色々忙しいだろうから手短に話す。今、僕と初鹿野が四条に行った時の記事が出て、あれやこれやと騒がれてるんだ」
「そうなんですかっ!? 熱愛報道ですか!?」
なぜか初鹿野は嬉しそうだ。
「まあ大雑把に言えばそうだけど。その前に彩美との記事が出ていて、その裁判中に初鹿野との記事が出たから、形勢が不利になっている。次回の裁判までに、初鹿野から証言動画を提出してほしいんだ」
「彩美公との記事も出てるんですか? なんて女たらしなっ!」
初鹿野は、カメラに向かってシュッシュと拳を近付けた。
「いやいや、必要に応じてやらなければならないことをしているだけで、記事内容は虚偽だらけだよ。初鹿野も協力してくれ」
僕は頭を下げる。初鹿野は数秒黙った。
「証言に嘘偽りがご法度というのならば、あの日の事をデートじゃないと否定はできないです」
初鹿野は画面越しに僕に尋ねる。
「瑞樹さんはどうですか? あの日の事をどう考えていますか?」
「それは……」
取り立てからの護衛という大前提の目的はある。が、一緒に服屋に入り、昼食を食べ、映画を観た。僕の知識では、これはデートと言うほかない。
「否定したくないんです。楽しかった思い出まで無くなってしまうようで」
僕は一人の男としてではなく、老中として答える。
「でも、事実と虚偽をしっかり分けないといけない。間違っている部分についてははっきり否定してほしい。主観ではなく、客観的な事実を述べてほしいんだ」
初鹿野は少し物寂しそうな表情をする。
「そうですね。分かりました。また記事は確認しておきます。ただ」
「ただ?」
「二人で出掛けたことを、デートではなく護衛と否定するわけですから、これからも私を護衛してくださいよっ!」
初鹿野はしたり顔をした。甲冑姿の人に護衛をしてくれと言われても。僕は小さく頷き、頭を掻いた。




