いつも通りに映画を幼馴染と見に行く日
「涼香の野郎、どんだけ待たせるつもりなんだよ」
涼香との待ち合わせ時間はゆうに30分を超えていた。一応連絡してみたのだが、メッセージは既読にならず、電話もでなかった。何かあったのかもしれないという思いも少しあったが、それ以上に涼香の遅刻の前科がありすぎて、いつものごとく遅刻しているのだろうと俺は踏んだ。
涼香は俺の小学生のときからの知り合いで、中学、高校と同じ学校に通い、なんと大学すら同じになった。ここまでになると腐れ縁とかいうレベルを超えてくる気もした。だが、結果としてそうなってしまったのだから仕方ない。
それに大学は同じ学部ではないから、今はそんなにかかわりがないのが俺にとってはいいことだ。まあといってもかかわりが完全にないわけでもなく、涼香によって時折振り回されることになるのだが。
今日は突然連絡してきた涼香からの誘いで、一緒に映画を見に行くこととなっていた。映画は洋画の有名なシリーズの最新作である。涼香がこのシリーズのファンであることは、昔から知っていた。俺もこのシリーズは見ていたし、好きなシリーズの一つだった。
そうなったのは毎度のごとく、俺が涼香と一緒にこの映画のシリーズを見に行っていたことによるものだろう。俺と涼香が中学生の時から始まったシリーズであった。その一番はじめの作品の公開のとき、涼香に誘われ見に行った。そして、気づいたら、そのシリーズの次回作が出るたびに二人で見に行っていた。俺と涼香がともに映画が好きで、そのシリーズに二人してはまっていたからだろう。
そのせいで余計な噂が出てきたこともあったが。
まあそんなことはどうでもいいのだ。今の俺にとって重要なのは涼香がいつものように遅刻していることだ。涼香と出掛ける時、待ち合わせをするとき、涼香が時間通りにやってきたことは一度もない。毎度遅れてやってくるし、遅刻の連絡すらしてこないし、連絡もとれない。毎度毎度、俺は待たされるのだ。
何回怒っても、態度は改善されない。大体、1時間以上待たせたときに言った言葉は「待たせたね、行こ」である。謝罪の言葉はなかった。あの時、俺は怒りを通り越して呆れ果てた。
そんなふうにいつも遅れて、詫びもしないでやってくる涼香であるが、一度も待ち合わせに来なかったことはない。どれだけ遅くても確実にくるし、しかも重要な時間、例えば映画の開演時間には必ず間に合うのだ(まあ間に合うように待ち合わせ時間を設定していることもあるのだが)。
そうなので、俺は待つことにしてやった。映画の開演時間までまだ一時間もある。それに待ち合わせ場所近くのカフェも今日は空いていることもあったので、今日はそれほどいらだちがなかった。(いらだち通り越して、呆れているというのもあるが)
あと、それにもうチケットは取っているので、最悪一人で見に行くことも視野に入れていたこともあったと思う。今日はあいつが来なくても一人で見に行こうと思っていたのだった。
さらに20分後、スマホの着信音が鳴る。スマホの画面を見ると、涼香だった。俺は即座にスマホを着信音がならないようにすると、カフェの会計を済ませに行く。カフェの会計を済ませ、外にでると、涼香からの着信が来ている画面のままだった。俺は電話に出る。
『出るの遅い!』
電話から聞こえた涼香の第一声はこれだった。俺は おまえに俺を責める権利ねえだろと思いながら、棒読みで謝罪の言葉を放った。納得はしていなさそうな涼香は尋ねてくる。
『どこいんの?』
「カフェの前」
『私、いつものとこ、すぐ来て』
涼香はそれだけ言うと、電話を切った。俺はなんだかなぁと思いながら、涼香のところへと向かう。
「やっと来た、遅いんだけど」
「それはこっちの台詞だっつうの」
俺は涼香のまたもや自分を棚に上げた発言に若干辟易しながら、そう返した。涼香は「もう行くよ、チケット取らなきゃ」と少し焦ったように言う。俺は焦るならもっとはよ来いやと思う。はあ、と俺は軽くため息をつきながら、俺は財布をバッグから取り出し、財布にあるチケットを出す。
「チケットなら取ったぞ」
「もう取ったの!場所は?」
と涼香は言いながら、俺の手からチケットを奪い取る。そして、チケットをまじまじと見つめると、チケットに書いてある席番号らしきものをつぶやきながら、スマホを見始めた。俺に答えさせるきねえじゃねえかと思い、涼香を見ていた。涼香は少しして、少し不満そうな顔をする。
「この席、微妙じゃない?」
「その席が俺はよかったんだ」
俺が即座に返答すると、「まっいいけどさ」と少し我慢したような様子を見せると、俺にチケットを一枚だけ返すと映画館へと歩きだそうとする。俺がそれを制止すると、涼香は不思議そうな顔をする。
「チケット代」
俺はただ一言そう言った。涼香はああと納得したような様子を見せると、俺に向かって笑顔でこう言った。
「ありがと」
感謝の言葉だった。そして、そのまま映画館へと歩きだそうとする涼香を止める。
「何?映画館早く行かないと」
「チケット代出せって言ったんだよ」
俺は即座にそう言ってやった。涼香は目を丸くする。
「おごりって意味じゃないの!」
「違うわ」
俺が即座にそう返答すると、ちぇっとか言って、子供がお菓子を買ってもらえなくて不機嫌になった時のような顔をしながら涼香はバッグから財布を取り出すと金を渡してくる。俺はそれを受け取る。
「おごりでいいじゃん、せっかくのデートなんだし」
「デートじゃねえだろ」
即座に突っ込む。涼香はわざとらしい演技をしながらこう言った。
「私とは遊びってこと?」
「人聞き悪いこと言うな」
「もう、ちょっとした冗談でそんな怒んないでよ~」
「怒ってねえ」
「そんな強がらなくても~」とか涼香は言ってくる。俺は今日の涼香はいつもよりうぜえなと思いながら、涼香のことを無視して映画館へと歩き出す。涼香は「ちょっとなんか反応してよ」とか言ってくるが、それも無視する。そんな風に無視していると、後ろから「う~~~~」とかなんかうなる声がしてくる。俺はそれも無視して映画館へと向かった。
映画館につくと、俺は後ろにいる涼香のほうをむく。涼香は不機嫌そうな表情をしていた。
「俺トイレ行ってくるわ」
それだけ告げて、俺はトイレへと向かった。
トイレから出て、映画のグッズ売り場でグッズを見ていると、いつの間にかやってきた涼香が横にいた。まだ涼香は不機嫌そうな表情をしていた。
「飲み物とかどうする?」
俺がそう尋ねると、涼香は不機嫌そうな表情のまま黙り込んでいた。俺はこんな涼香に付き合うのもそれはそれでめんどくさいし、うざいので謝罪の言葉を伝える。
「悪かった、俺が悪かった。ごめんなさい」
涼香は俺の謝罪の言葉を聞いて、しばしの沈黙の後「ポップコーンおごって」と言ってくる。俺は「へいへい、わかりましたよ」と言う。すると、涼香は明るい表情に戻る。そして、「じゃ一番高いのね」と言った。俺はここでそれはやだとかいうと、また不機嫌に戻りそうなので、黙ってそれに従うことにした。そして、変にこういうことするもんじゃねえなと後悔した。
そして、二人で飲み物とポップコーンを買い、ちょうど入場時間になったので、映画館のシアターの入場受付へと向かう。シアターに入り、席に涼香と隣同士で座る。涼香は小声で「楽しみだね」と言う。俺は「そうだな」と言う。そして、まだ話してても問題ない時間ではあるが、もう俺と涼香は黙り込んでいた。いつも通りの流れだった。
映画の時間はあっという間だった。個人的に今までのこのシリーズの中でトップクラスのものだと思っていた。涼香もかなり満足できているようだった。その興奮をできる限り抑えて俺と涼香は待ち合わせ場所近くのカフェへと向かった。俺が涼香を待っていたカフェだった。
カフェに入り席に座ると、俺と涼香は飲み物を頼む。そして、飲み物が来ると、俺と涼香は二人して堰を切ったように映画の感想を話し始める。俺と涼香は映画の感想を話すときは映画館ではなく、少し離れた落ち着ける場所でするようにしていた。そのほうが、二人して楽しく話せるのだった。
およそ一時間ほどぶっ続けで話した。いつも通りのことであった。個人的にこんな風に映画の感想を言い合えるやつがいてよかったと思う。まあこんなこと涼香には伝えないが。
「でもさ、これで最後なんだよね」
話しの区切りがついた終わりに涼香は寂しそうに言った。俺は「そうだな」と返した。この時、俺も少し、いやかなり寂しさを感じていた。それだけこの映画のシリーズは楽しみのものだったのである。こんな風に寂しさを覚えるのはいつも通りではなかった。いつもは次が楽しみだなとか話しながら、次を楽しもうとするのだから。
「ねえ、あのさ、映画」
涼香はなにか歯切れ悪そうに話し始めた。俺はなんだ?と少し疑問符を浮かべていた。こんな風に歯切れ悪そうに話し始める涼香を見たことはほとんどなかったからだ。
「また見に行ってもいいよね、一緒に」
涼香は何か覚悟するかのように、怖がるように、俺に尋ねた。
「当たり前だろ」
俺は即座にそう返してやった。なぜこんな当たり前のことを涼香は言うのだろうと疑問に思うほどだった。涼香は目を丸くしていた。かなり驚いているようであった。
「お前ほど、こんな風に映画の感想言い合えるやついねえからな」
俺がそう言うと、涼香はかなり嬉しそうな表情をする。俺はどうしたんだ?と思いながらもそこに言及するのはなんかよくない気がして何も言わないでおく。そしたら、涼香はなんかニヤニヤしながら「そっか、そっか」とか呟きだして、少し気味が悪くなる。
「どうしたお前?」
「えっ、な、なんでもない」
何かかなり焦ったような様子を見せる。あまりあの様子については言及しないほうがよさそうだなと思う。なんか余計なことが起こる気がしたし、涼香もあまり触れてほしくなさそうだし。
「まああれだね、遅刻はやめて欲しいけどな」
涼香はきょとんとしたような表情を見せる。俺はすっとぼけようとしてる涼香にあきれながら、はあ、とため息をつく。
「遅れるならせめて連絡よこせ」
呆れながら俺が言うと、涼香から「そこは善処する」とかいうような声が聞こえてくる。俺は目を丸くする。そんなことを涼香が言うとは思わなかったのだ。そんなことを俺が思っているのに気づいたのか気づいていないのかはわからないが、涼香は俺にとって寝耳に水というか驚くべきことを言った。
「他の人には前から連絡してるしね」
俺はこの涼香の発言から、どうやら俺だけ遅刻時に連絡されないようであった。全く意味が分からなかったが、とりあえずこういった。
「じゃ、俺にもしろよ」
「今度からするよ」
涼香は笑顔でそう言った。俺は「つか、前からしろよ」と少し呆れながらつぶやくように言った。すると、涼香はえへへと笑った。俺はよくわからねえやつだ、と思い、一応聞いてみる。
「なんで俺には連絡しなかったんだよ」
「秘密」
涼香はさっきよりもいい笑顔で言った。俺はなんだかなぁと思うが、まあ別にいいかと思う。正直涼香を待つ時間はそれほど悪い気分はしないのだから・・・