ツッキーは再びのカルチャーショックに襲われる
市場は大通りを一本入ったところにあり、結構活気があって楽しそうな場所だ。
野菜など常温に置いておいても問題がないものを扱う店は屋根のないところでパラソルを広げ、肉や魚などは屋根がある場所に固まっている。
ただ、印象としては食材そのものだけではなく料理も出す屋台が多いので、観光客向けのように感じる。買ったものをすぐに食べられるように椅子やテーブルが用意されたスペースが何か所もあり、買い食い客への配慮がされた市場だった。
「すごいな。思ったより店がある。畑なんて来るときは見えなかったのに、こんなに売り物があるとは思わなかった」
ぐるっと歩いて目についたホーンラビットの肉を使った串焼きと、日替わりミックスジュースを購入し飲食スペースで食べながら話す。
ホーンラビット肉は硬めだったが、なかなかタレがスパイシーで美味しかった。ミックスジュースは一言で言うと酸味の強い柑橘の入ったラッシーで、合わせるとちょうどいい感じだ。ちょっと牛乳やヨーグルトの入手先が微妙に気になるが。
「ほとんど商品はダンジョン産だ。森の恵みや外から持ち込まれた加工食品もある」
「少数派ですけどね」
「もちろんダンジョンで採れたものを加工したのもあるよ。腸詰とかね」
ヨーグルトもそんな感じなのかなと一応納得し、改めて市場を見回す。
「甘味も豊富だし、この市場を見る限り食にはほんとに困らなそうだな」
「揺籃ダンジョンのいいところはそこだからな。地下五階まではあまり強いモンスターも出てこないから割と潜る人数もいるし」
「そういえば、地下何階まであるんだ?」
「今のところ最後まで到達できたものはいないので、何階までかはわかりません」
「冒険者ギルドでは二十階までは何とか確認できてるらしい。ここのボスがどこにいるかわからなくて探してるって小耳にはさんだ」
「へー」
「ちなみにダンジョンに潜る際は拡張の空間魔法がかかったアイテムを借りることができる。村外にも売りに出すから量が欲しいギルドからの補助の一環でな」
「そんなに貸し出すほどあるのか?」
空間魔法とは貴重なイメージだったが、違ったのだろうか。
「ツッキーにはまだ教えてなかっただろうけど、ダンジョンにはボスって呼ばれる強めの個体がいるんだ」
「一番強いのはダンジョンの最深部にいると言われてるダンジョンボスです。もちろんここのダンジョンボスはどんなモンスターかはわかっていません」
「で、他にも中ボスって言われてるその付近の階層のモンスターより強いやつがいるんだ。こいつらは必ず階段のそばにいて倒さないといけない。倒されると一定時間後に復活するようになってて、地下五階にはキングスライムがいる」
「…キングスライム?」
スライムは聞いたことがあるが、何かよくわからないものが頭についてる。
「普通の森とかにいる、例えば俺がツッキーと会ったときに倒したスライムをでっかくした感じだな」
「ほうほう」
「キングとつくモンスターは仲間を呼ぶことが出来て、キングスライムもスライムをたくさん呼んで襲ってくるらしいよ」
スライムがたくさん襲ってくるのか。面倒だな、キング。
「そのキングスライムが何かあるのか?」
「キングスライムはなぜか空間魔法のかかったアイテムをドロップしやすいんです。地下五階と言う人が割と行きやすいところの中ボスですから、この村やギルドには割とそう言うアイテムがあるんです」
アルがそう空間魔法付きアイテムの話を締めくくった。
しかし食料が豊富で、しかもそれらをお持ち帰りしやすいアイテムが入手しやすいって、ダンジョンにお膳立てされすぎてて少々気味が悪いな。
「そのおかげで新鮮な牛乳とか飲めてるんだから感謝しないとなー」
「そういえばこのミックスジュースに入ってるのってやっぱり牛乳なのか?」
「どうだろうね。ダンジョンでドロップしたモンスターのミルクってこともあるから。まあ、牛系は牛乳ってくくられることが多いよ」
日本も色々名称がごっちゃになっているものがあったが、こっちでもそう言うことがありそうだな…。それにしても、ちょっと気になること言ったな。
「液状の物ってどういう風にドロップするんだ?」
「容器に入ってるぜ」
「陶器製の容器に入っていたり、金属製の容器に入っていたりするそうです」
「ダンジョンの不思議なところでな。ダンジョンは倒したモンスターの肉体の一部をドロップするときは持ち帰れるようになってるらしいんだよ」
三人の回答に、ますますダンジョンの便利さに不気味さを覚えてしまった。
「ダンジョンがそこまでする理由ってなんだ? それじゃあ人を呼ぶようなもんだろう」
俺の疑問に、ヴァンは食べ終わった串で俺を指しながら説明してくれた。人を指すな。
「そこはまだ判明してないけど、仮説はある。ダンジョンが外部の生物を呼びこむような仕組みなのは外部の情報や魔力を得るためってな。まあ、魔力もあるかもしれないが、仮説で有力なのは情報の方だな。大きなダンジョンほど罠が複雑だったりモンスターの種類が多いとかあるけど、小さなダンジョンは罠なんかほとんどなくてモンスターもその近辺のモンスターしか出ないらしい。大きさの差は何で生まれたのか。それは外部の生物がどれだけダンジョンで死んだかで決まるのではないか」
「死体から情報を取り込んでるってことか?」
やけに饒舌になっているヴァンから串を取り上げ、捨てやすいようにまとめておく。
「ダンジョンの中で死ぬとダンジョンに吸収されて死体は残らないのさ。ツッキー」
死体遺棄事件とかの担当したくない場所だな、この村は。
「つまり死体丸ごと取り込んで情報などを得てるかもしれないのか」
「あくまで仮説の一つだけどな。ダンジョン自体は魔力だまりと呼ばれるところで初めは発生するらしいってのも最近証明されつつあるんだ」
興奮気味に語る姿に、数人団体の子たちが浮かんだ。得意分野とかの話になると話が止まらなくなるんだよなぁ…。
「あー、今更かもしれないが、聞いていいか?」
「何?」
「ダンジョンってつまり生き物なのか?」
「うん。ああ見えて生き物だよ。モンスターの一種って言うのが定説」
「そうか…」
地下二十階以上あるダンジョンなるものが生き物と言われても、俺からすると受け入れにくい。いや、俺につけられたあの式神の小鬼みたいに腹の中が異次元なら、ちょっとは納得できるか。
「というか、ほんと今更だね。てっきりツッキーはダンジョンが生き物だってわかってたのかと思った」
「いや全然。正直ドロップって何だっていう疑問と訳が分からない不気味さがあって聞いただけだ。ダンジョンが生き物で、ダンジョン側にメリットがあるなら多少納得は出来る」
要は餌ってことだもんなぁ。
「食べ終わったなら次行こうぜ」
ゴミをまとめて捨てる。ただジュースのカップは返却すれば十シェル返金してくれるので返しに行った。
市場の近くには商店街のようになっているところがあり、大通りの店よりも小さい店舗が並んでいる。
その内の一店が調味料専門店『マサラ』で、客の要望で店にある香辛料を使って好みの調合をしてくれるサービスをやっている。唐辛子や胡椒などの香辛料以外にも様々な塩、油、そして醤油や味噌があった。
「…そういえば麹菌があるのか、ここ」
「こうじきん? あの調味料もダンジョンから取った種子を加工したもんだぞ?」
発酵食品が発酵してない疑惑が浮上したぞ…いや、どういうことだ?
「あれは『彷徨い人』が見つけたって言われてる調味料で、植物の種を絞ったり練ったりするらしい」
「へ、へー」
うーん、カルチャーショックが昨日からひどい。絞ったり練ったりで醤油や味噌が出来るなんて信じがたい。
「ダンジョンでも人気がある採取物だな。まあ、外にはないもんだから俺たちもその種をまだ見たことはないんだが」
「そうか。俺の知ってる製造方法と違うから少し驚いた」
「ダンジョンに行くなら自分でも採取してみればいい」
「そうする」
エドの提案に頷き、店内を一通り見てから店を後にした。
「思ったより早くないか?」
「長居すると買いたくなるからな。我慢しておく」
「じゃあ、次は雑貨屋に行きましょう」
同じ通りにある雑貨屋に案内されたが、店は閉まっていて商品仕入れのため臨時休業中であるとの張り紙がしてあった。
「うわ、タイミングわりぃな」
「仕入れの為ならしょうがないな」
しかしどこに仕入れに行ってるんだろうか。工房とかだろうか。
「ギルドかダンジョンだろうな。この後ギルド行ったらばったり会ったりして」
「ありえそうだね」
「ギルドやダンジョンに仕入れ?」
「ダンジョンでのドロップ品や素材入手の為ですね。ここの店主さんは仕入れだけじゃなくて商品を自作することもあるので」
「へー」
「実は呼び寄せの香も元はここの店主に教わったんだよね。あのツッキーに怒られたやつ」
「あの危ないお香か」
「俺たちの力量に見合ってないだけで有用な道具ではあるからな?」
ヴァンは苦笑するが、正直この三人にあれは早い。会ったときにはちょっと話をしてみるか。
「じゃあ予定狂っちまったけど、最後のギルドに行くか」
「ああ、よろしく」
昨日来た冒険者ギルドに入ると、時間が早いせいか昨日より人気が無い。
カウンターは昨日も見た男性職員が一人だけ待機している。
「あれ、もう来られたんですか。早速依頼受けますか? それとも講習の申し込みですか?」
「いや、ここで買い物しようと思って案内してきた」
エドの言葉に声をかけてくれた職員は納得したのか頷いてカウンターから出てきた。
「では私も行きますよ」
「受付はいいんですか?」
「今の時間は戻ってくる方はほとんどいません。もし誰か来た場合は売店なら同じフロアなのですぐ戻ってこれます。それにギルド内の案内はまだでしたし、ギルド側の担当についても話してなかったので」
「ギルド側の担当?」
「ええ。『彷徨い人』である月影様は不慣れなので、ギルド側にもサポートする担当者を置くんです。ちなみに私、レオンもその一人となりましたのでよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。昨日の受付もあなたでしたよね?」
「はい、そのこともあって指名されました」
一度受付を担当しただけで決まったのか。実は『彷徨い人』と関わる人員を限定したいという思惑でもあるのかもしれない。
「月影様は最終的にダンジョンでの活動をメインに考えていますか?」
「いや、まだそこまで考えられるほど冒険者という職を分かっていない」
「そうですか。ですが、月影様の探しモノはダンジョンに関わりがありそうですので、ダンジョンをお勧めしますよ」
レオンの言葉に、俺は思わず目を細めた。
「俺に探しモノがあると、よく知っているな」
レオンは営業スマイルのまま、何かを言った。言った言葉はまるで認識できなかった。
「今なんて言ったんだ?」
「答えはダンジョンにありますよ。月影様」
それ以上は答える気はないのだろう。
レオンは売店はこちらですと歩き出してしまった。
「…俺、お前たち以外に人を探してるってまだ言ってないよな」
「ああ」
「レオンさん何で知ってるんでしょう」
「実は占いかなんかのスキル持ちなのかもな」
気になることを言われ、俺はヴァンに説明を求めた。
「スキルってのは魔法とは違って、技術とかじゃない個々人の生まれ持った特殊な能力のことさ」
「それで、俺のことを見て何かを探していることと、それの鍵がダンジョンであることを知ったってことか?」
「可能性は高いよ」
特殊能力はスキルと言われているのか。しかも、ごく普通に日常にあるような扱われ方をしているようだ。
なるほど、ここはある意味団体の子供たちにとって理想の場所なのか。
まだ見ぬ雑貨屋店主とのOHANASHIの気配が。
そして意味深発言をする人に出会いました。タイトルは「意味深な人に出会う」とも迷いましたが、食品の製造過程にショックを受けてたので…ここでは調味料は作り方がおかしい。