ツッキー冒険者になる
案内された部屋は落ち着いた部屋で、大きめのテーブルに数人で座れるよういくつか椅子があり会議室として使用している部屋のようだ。掃除はきちんとされていて、多少綺麗にされてからの入室でよかったと胸をなでおろした。ちなみにやったのは案内をしてくれた解体場の職員のマルコで、部屋に入る前に魔法で水をぶっかけられ温風で乾かされた。ぱっと見雑だがかなり綺麗になっているので、俺も覚えられたら覚えたいものだ。
そんなことを考えながら三人とともに座って待っていると、マルコがローブを着た男性を連れて戻ってきた。
「初めまして。ギルドマスターのジェームズと申します。あなたが『彷徨い人』ですか?」
「月影聖人です。『彷徨い人』かどうかはわかりません。この子たちが私をそうではないかと言って、ここまで連れて来てくれました」
じっとこちらを見るジェームズはマルコより細身で、今まで見たギルド職員の中で事務に向いていそうな見た目だった。
「正直な方のようで安心いたしました。『彷徨い人』を騙るものは時折現れるので多少警戒していたのですが、あなたの言葉に嘘はないようです」
「嘘はないと、随分はっきりと判断しましたが…足元のこれですか?」
なんか敷いてある絨毯が一瞬動いた気がするので聞いてみたら、ジェームズが一瞬目を見張った後楽しげな笑みを浮かべた。
「おや、お気付きですか。この魔法道具は嘘を言った者の足に嚙みつくのですよ」
「なるほど。動かなかったのでわからないという言葉は正しいと判断したということですか」
「はい。そして偽名を名乗っているということもないと判明しました」
なかなか尋問に使えそうな道具で便利だなと思っていると、ジェームズはローブのポケットから何かを取り出した。
「では、次の段階に参りましょう。こちらを触っていただけますか?」
そう言ってジェームズが差し出したのは、見た目は何の変哲もない石だった。
「これは?」
「真実の石と呼ばれています。先ほどの言葉に嘘はないのはわかりますが、単なる記憶喪失か『彷徨い人』かどうかは結局わかりません。『彷徨い人』の判定はこの石がすることになっています」
「この石が、ですか」
「ええ。その石に尋ねてください。あなたが『彷徨い人』かどうかを」
ジェームズは冗談を言っているようには見えなかった。とりあえずジェームズの掌の石をつまみ上げ、裏なども見てみる。
「見た目はただの石ですが、何かこもっている感じがしますね」
「おや、月影殿は本当に鋭いようですね。石も一応ダンジョン内で採取したものですが、肝心なのはその中に入れた魔法です」
「どのような魔法ですか?」
「鑑定魔法と言われるものです。その石程度に込められる魔力ですと複雑な質問は無理ですが、単純な質問の判定は出来ます。その石には『彷徨い人』かどうかの質問にのみ答えよとインプットしているのです」
「そうですか。俺は『彷徨い人』なのか?」
悩んでもしょうがないので、さっさと聞いてみようと声をかけると、石から返答があった。
「汝は『彷徨い人』に相違なし。理の外からの来訪者なり」
やたら渋い声でそう言われ、役目を果たした石はボロボロになっていった。
「これで月影殿は『彷徨い人』と証明されました」
「これだけでいいんですか?」
「鑑定魔法は真実のみを回答しますので、そう結果が出たらそうなのです」
「はあ…」
鑑定魔法とやらはかなり信用されているみたいだ。
「では、ギルドへの登録を進めていきましょう。あわせて『彷徨い人』保護制度の申請も行います」
「ギルドマスター。ちびっ子たちの手続きについては別室でやるか?」
「いえ、彼らにはこのまま月影殿の案内役を担っていただきたいので、一緒の方がいいでしょう」
「案内役?」
「はい。詳しくは後で説明しますが保護制度の一つです。さすがに何も知らない人をそのまま放り出すわけにはいかないでしょう? そのための案内役です。基本的に相性が悪くなければ、発見した冒険者に依頼するのが通例ですね。もちろんこれも彼らの実績となり、報酬も出ます」
『彷徨い人』に対して保護制度とやらが大分手厚いので、ちょっと裏を疑いたくなるんだが。
「あ、そういえばさらっと流されてしまいましたが、冒険者ギルドへの登録は強制ですか?」
保護制度の方に気を取られていたが、冒険者になるのは必須のような流れに疑問を呈する。
「保護制度はありますが、基本的には冒険者ギルドへの登録と合わせてのものになります。『彷徨い人』の自立した生活を送れるようになるまでのサポートは大部分が冒険者ギルドが担うことになっていますので」
「なるほど」
つまり職業訓練や斡旋を日頃からやっているところに丸投げというわけか。
「あと、ホーンベアなどを倒せるのならばぜひダンジョンへ挑戦していただきたいですね。見たところ、戦闘用の服装ではない上、武器らしき物を携帯していない状態で怪我もないのでしたら将来有望でしょう」
「ダンジョンですか…」
「まずはこの村のことを学んでからになりますので、少し先のことです」
ジェームズはそう言うと、いくつかの書類を出し説明を始めた。
大体要約すると、まず金銭面の援助ということでまとまった金額が支援金としてもらえるらしい。妥当かどうかはわからないが、元手があるのは助かる。そして冒険者なので初級冒険者の優遇制度も適用されるので、宿代の割引や講習の優先受講なども受けられる。
「この制度は随分冒険者ギルドに負担が大きいように思うのですが」
「金銭の援助はしていただいております。元々冒険者ギルドはセーフティネットとしての役割も持ち合わせていますので、ノウハウはありますから」
「そういうものですか」
「他に何か質問はございますか?」
「特に今のところはないです」
「もし今後何かありましたら受付の職員などにお尋ねください。職員で回答できない場合は私の方へと回ってきますので」
「わかりました」
その後説明した内容がまとめられた冊子を渡された。ちなみにアルファベットっぽい文字が並んでるなと思って見ていたら、日本語に変換されたのには驚いた。
「そして初級冒険者の三人には彼の案内役として最低一週間朝から夕方まで行動を共にしてサポートをしていただきたい。これはギルドからの依頼となります」
「わかりました。二人もいいよな」
「反対する理由はないので、いいと思います」
「俺も賛成」
三人はそう言って依頼を受けた。
「改めてよろしくな。三人とも」
「おう。まあ俺たちも初級冒険者だから大したことは教えられないけどな」
「まずは俺も初級ならその方がちょうどいい」
初級と言うなら中級や上級もあるのだろうが、その場合何も知らない俺に付き合わせるのは大変申し訳ない。おそらくダンジョンに行って稼ぐより収入も減るだろう。その点この三人はまだ危なっかしいので、安全に稼げる俺の案内役はなかなかいいのではないかと思う。それに実際に一緒に体験しながらの方が色々わかることもあるだろう。
「では明日からよろしくお願いします。冒険者は身分証明書として金属プレートが発行されますが、そちらは現在査定しているものを換金する際にお渡しします」
ジェームズに言われ、すっかり熊のことを忘れていたことに気づいた。そういえば熊っていくらぐらいするんだろう。
そして俺たち四人はマルコから査定結果を聞いて顎が外れた。
「おーい、戻ってこい。お前さんいきなり稼いだからなぁ。この辺りではモンスターで一番高いのはホーンベアなんだよ」
「いや、すまん。もう一度頼む」
「おう。支援金は十万シェル。ホーンベアは二百キロでそこそこの大きさだ。肉や内臓は今回は正直あまり状態がよくない。他には毛皮や爪など、ホーン系だと角も取引される。そんで魔石も持ってる。毛皮二十五万、爪は全部で十万、魔石五千、角五万、内臓と肉は状態が悪かったから頑張って十万だな。合計五十万五千シェル。フォレストウルフは肉は値段がつかない。主に毛皮と爪だ。毛皮が八万で爪は五万で合計十三万だ。そんで解体料金としてそれぞれ一割引かせてもらう。支援金と合わせて六十七万千五百シェルだな」
物価がわからないが、もし向こうと同じなら熊さえ狩れば俺は悠々自適に過ごせそうなんだが。
「ツッキーすげぇな」
「いや、まさかこんなことになるとは…」
「きちんと保存するか、その場で解体すればもっと上がりますよ。ツッキーさんは解体も学ぶべきでは?」
「か、考えとく」
「俺たちの稼ぎあっさり超すんだもんなぁ…まあ、こっちはツッキーの保護した分と明日からの依頼料もあるからしばらくは安心だけど」
「俺は役所のようなところに勤めていたが、その給与以外で大金を稼ぐなんてなかったから戸惑いしかないんだが」
三人に教えてもらったこのあたりの貨幣は硬貨のみで、金銀銅の三種類しかない。銅貨千枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚だそうだ。銅貨は小銭全般で、銀貨は千円札、金貨は一万円札のようなもんだと理解した。
「これが代金な。あと身分証明書の金属プレート」
名前やよくわからないマークの刻まれたドッグタグを思わせるプレートと銅貨五百枚、銀貨一枚、金貨六十七枚が目の前に出された。
金貨と銅貨多いなぁ…。
「あー…金貨二枚ほど銀貨に両替って出来るか?」
「言われると思って用意してある。ちなみにギルドに預けることも出来るぞ?」
「じゃあ金貨六十枚は預けたい。ついでに入れる袋を買いたい…」
「支援金の入った袋には入るだろ」
「銅貨のおかげ無理そうにしか見えない」
「ツッキー、とりあえず今は俺たちが獲物入れてた袋貸すから、明日買い物行こうぜ。どうせいっぱい買う物あるだろ」
エドは苦笑してそう提案してくれた。
「買い物か。それもそうだな」
「あと、武器も買うならもう少し手元に持っておいた方がいいと思います」
「素手でホーンベアに勝てるなら武器いらなそうだけどな」
アルの言葉もあってとりあえず預けるのはやめにしておいた。
ヴァンの言葉はもっともではあるが、やっぱり刀剣が欲しい。理想は刀、が。
「ツッキー?」
「あ…?」
「何か今、様子がおかしかったような…」
三人とも心配そうにこちらを見ている。
「いや、特に問題はない、と思う。疲れたのかもしれない」
「まあ、そりゃそうだよね。じゃあとっとと俺たちの方も終わらせてもらおう」
ヴァンがそう言ってマルコを促す。
三人とマルコとやり取りの間、俺は何となしに左手を見ていた。刀が欲しいと思ったが、その瞬間何かよぎった気がする。
(もしかして、俺も何かしらの妨害を受けてんのか?)
これは想像以上に厄介だなと傷一つない左の掌を見ていた。
ようやくタイトル回収できました。
けどまだ一日もたっていないんですよね。
時間かかり過ぎて申し訳ない…。