ツッキーは力加減が苦手
今いる道の先の片方は特に何も見えず、もう片方はこれ見よがしに怪しげな巨大な木のようなものがある。
「誘われてるようにしか思えないんだが…当てもないしなぁ」
あと、向こうに何かあるというのは俺の勘も言っている。正直選択肢というものはほぼなかった。
「怪しいが、そういうところに飛び込まないといけないのもわかるんだが…準備不足過ぎて泣きたい」
射撃は苦手なので拳銃をたとえ所持していてもほぼ意味はない。そちらより得意な剣道で活用できる竹刀や木刀、最悪傘などがあれば心強いのだがそんなものはなかった。周囲は草ばかりでちょうどいい枝なども落ちていない。
「…まあ、多分素手で何とかなるだろうけど。いざとなったらこの兎放り投げてその隙に距離をとるか」
「月の」
「ん?」
スラックスの裾を引っ張った小鬼が兎を指さして尋ねてきた。
「それ、しまうか?」
「…しまえるのか?」
「しまえる」
小鬼は兎より小さい。手紙もこの小鬼より大きかったが厚みはなかった。
「あいつら本当に何でもありだな…いや、これはいい。色々呼ぶかもしれないしな」
断ると、小鬼はこっくりと頷いて俺の影に潜り込んだ。
「よし、腹くくって向かうか」
スーツ姿で頭潰した兎ぶら下げてるってシュールにもほどがあるよなぁと嘆きながら、巨木へと歩き出した。
ある程度歩くうちに、角付きの犬のようなものに数回出くわしたが、兎を投げたり鼻を蹴り飛ばしたりして追い返しながら進んでいく。
「この道沿いはあの程度って考えてもよさそうだな。初めの方に見た寒天状のはスライムみたいなもんだろう。兎とそれを捕食するであろう犬で大体サイクルは出来ている。さらに上の肉食獣のようなものはいるかもしれないが、あの犬や兎を捕食する程度なら動きにくいこの格好でも対処は出来ると思いたい、なぁ…」
ぶつぶつと状況を整理しながら歩くが、巨木に近づけている気がしない。
「…走らないと日が暮れるか?」
天候は曇りで、時間がわかりづらい。体力をいたずらに削る行為はどうかと思うが、このまま夜を迎えるのも避けたい。
一応森が近づいてきている気がするので草原自体は途切れるかもしれないと考え、ぐっと足に力を入れる。準備不足だが、その分重いものはもっていない。
犬に襲われそうになっても振り切れる程度の速度で走り出した。
走り続けて草原と森の境が近づいてきたころ、ようやく人っぽい気配を感じたのでスピードを緩めた。
そして、武装した少年たちを見つけた。
そこは森との境がかなり道に近づいているところで、森の方に分岐した道があった。その森の入り口あたりで兎と戦っている。
武装が現代と比べて貧相な上使いこまれていないように見える。見る限り動きもまだぎこちない。どう見ても戦うことに慣れてはいないようなので、距離を置いて立ち止まった。ここで下手に近づいてうっかり新手と間違われて襲われた場合、相手の武具の弁償に困る。とりあえず気配を薄くし、そっとあちら側から見えないように木の陰に回る。
兎に苦戦している少年たちの様子を見ている内に、少年たちの死角からスライムが近づいているのに気づいた。森の方からも隙をうかがうような気配を感じる。
「――狙われてるな」
スライムってどんな攻撃をするんだろうか。子供のころから家事や実家の手伝いで忙しかったため、ゲームとかはあまり詳しくないのでよくわからない。それに森の方のは、おそらく草原で会った犬よりも強いだろう。とてもあの少年たちの手に負えるようには思えない。
「こういう時加勢してもいいのかどうかもわからんな…もっと子供達の間で流行っているものをかじってみるべきだったか? 何やら異世界やらダンジョンやらが出てくる漫画とかが流行っているとは聞いたような気はするが」
昔から流行には疎い子供ではあったので今更過ぎるが、今いる場所は特殊能力によって発生した空間だ。おそらく能力者の知識などを基に形成されている可能性が高い。今後は似たようなトラブルに巻き込まれることも考えて、少し見ておくようにしようと頭にメモをしておいた。
「動くか」
森の方とスライムの殺気に、俺は木陰から飛び出して少年たちに駆け寄り、その頭上を跳び越えた。
それと同時に森から突撃してきた犬っぽいのをぶん殴る。
「ギャンッ!!!」
「犬か? いや、狼か? まあいい、か!!」
着地と同時に怯んでいる犬っぽいのの顎を狙い蹴り上げる。蹴りはうまく決まり犬っぽいのは弧を描いて吹っ飛び、ワンバウンド後地面に伸びた。
「うわあ!?」
「何だ?!」
「兎ばかりに気を取られるな!」
注意を飛ばしながら、跳び出してきた新手の兎を殴り飛ばす。声をあげた少年を見れば、どうも体当たりか何かされたのか体勢を崩している。
攻撃したスライムは別の少年が剣で叩き斬っていて、その寒天状の体が飛び散っていた。
「よし。スライムは何とかなったな。て、また、か!」
再び跳び出してきた兎を殴り飛ばす。
「何でこんなに兎が出るんだ? ここら辺に巣でもあるのか?」
「いや、違う! おい、呼び寄せの香を消せ!」
「呼び寄せの香?」
スライムを倒した剣を持った少年が指示を出し、魔法使いのような服装の少年が自分の足元に置いていた銀色の円柱状の容器に蓋をした。
「匂いを散らすぞ! 『ウィンド』!」
そして手にしていた杖のようなものを振ると、突風が吹いた。それと同時にかすかに匂いが変わる。
「森が近いから匂いが違うと思ってたんだが、それだけじゃなかったんだな」
「え、これはモンスターの嗅覚に合わせて調合してあるから人間が気づくのは難しいはずだぞ?」
蓋をした容器を鞄に入れた少年が驚いたように聞いてきたが、俺もはっきりと断言できるほど嗅ぎ取れたわけではない。
「何となく程度だ。それより、それで兎を呼び寄せてたのか?」
「使ったことないのか? 低級のモンスターにしか効果がないけど、数を集めたいときには便利なんだ」
「対処できるのなら便利だろうが、さっきのように別の奴に対しておろそかになるのならまだ使わない方がいい」
「何だよおっさん。説教かよ」
むすっとした表情で、剣を鞘に納めた少年が言ってきた。それを慌てて魔法使いとスライムに転ばされていた子が止めに入る。
「駄目だよ、エド! あの人はフォレストウルフから僕たちを守ってくれたんだよ?!」
「そうだ。俺たちはホーンラビットで手一杯になってたから、アルを襲ったスライムにも気づけなかったし、フォレストウルフにも気づけなかった。あの人は間違ったことは言ってないぞ」
「そ、そりゃそうだけど…」
仲間に叱られて勢いがなくなったエドと呼ばれた子供は、しばらくもごもごうーうー唸っていた。だが、自分の両頬を勢いよくバチンと叩くと、俺に向き直った。
「あんたに八つ当たりして悪かった。加勢してくれたおかげでアルも体当たりされたときの打撲と擦り傷程度で済んだ。ありがとう」
そう言ってエドは手を差し出してきたが、俺はため息をついてしまった。
「謝罪と感謝の言葉は一応受け取る。だが、やはりまだまだお前たちは弱いというか、その道具は使わない方がいい」
俺の突き放すような言葉に、エドは唇をかんでうつむいてしまう。
それだからダメなんだ。
「ホーンラビットだったか? あいつらを倒して終わりじゃないだろ。血の匂いもするからさっさと移動した方がいい。というか倒した獲物をまとめとけ。その間に俺はその匂いに魅かれてきてこっちをうかがってるのを倒してくるから」
「「「え?」」」
子供三人は全く気付いていなかったが、兎を十羽以上を倒したのだ。しかも時間がかかっている。
狼だけがここに来ているわけないじゃないか。
俺は背後の森からこちらをうかがう、今日この空間にやってきてから一番強い気配のモンスターに気づいていた。フォレストウルフだったか、そいつよりも森の中にいたはずなのに距離を詰めてきている。おそらく元々はこの子供を狙う狼が隙を見せたら出てくる気だったんだろう。
足に力を入れ、後方の森に駆け出した。一歩一歩地面を抉るほどの力で駆けているので革靴がもつかは不安だが、不意打ちしたかったのでしょうがない。
繁みの陰で身を潜めていたのは角付きの熊で、俺の急接近に一瞬動揺したようだが逃げずに前足を振りかぶってきた。
だが、それがどうした。
懐に潜り込み、手刀で首を跳ね飛ばす。その勢いのまま、惰性で迫る腕を叩き落とした。
「…しまった」
距離を取るのが遅れて、返り血を思いっきりかぶってしまった。首を飛ばせば血が出るのはわかっているから、あくまで手刀を叩き込むだけにするはずが勢い余って叩き斬ってしまったことも失敗だった。
「俺もまだまだ未熟だな。剣なしだと力加減がうまくいかない」
あくまで俺は剣道道場の跡継ぎだから間違ってはいないと言えばそうだが、被疑者確保とかする際うっかり殺しそうになるのはまずいな。最近子供の相手ばかりでそういう仕事回ってこないが。
血をぬぐいながら頭部を回収して、首から下も引きずって森を出ると三人に思いっきりビビられた。
「物はまとめたか?」
「いやそれより! あんた血まみれじゃん!!」
「返り血だ」
「というかホーンベアもいたんですか…僕たちじゃ、相手になんか…」
「と、とりあえずここ離れるぞ! そんだけ血の匂いさせてたらホーンドッグにも追われる!!」
「だろうな。ところでお前たち何処に住んでるんだ?」
「どこって…揺籃ダンジョン攻略用の村に決まってんじゃん。そういえばおっさん何処から来たんだ?」
「ようらんだんじょん?」
絶対違うと思うが、「ようらん」と聞いて思わず植物の方の蘭が浮かんでしまった。
俺が絶対に意味を分かってないことが分かった三人の内、魔法使いがはっとした顔で質問してきた。
「もしかして、『彷徨い人』ってやつじゃないか? 突然常識を全く知らない人がダンジョン近くにぱっと現れるってやつ。ダンジョンが呼んでるんじゃないかって噂を聞いたことある」
「よくわからん。気づいたらこの近辺で気絶してたから、あのでかい木のようなものを目指して歩いてた」
「あ、じゃあやっぱり『彷徨い人』だ」
「あの木の根元にさっき言った揺籃ダンジョンがあるんだよ」
「木の根元に?」
エドはそう言いながら兎を袋に入れて口を縛る。魔法使いは会話しながらも手をてきぱき動かし、アルと一緒に俺が倒したフォレストウルフを別の袋に詰めた。
「よし、これでいいな。そのホーンベアはそのまま持っていけるか?」
「袋があるなら欲しい。持ちにくい」
「いや、さすがに大人のホーンベアが入る袋の用意はないぞ」
「じゃあ、首だけ預かってくれ。担いでいく」
首を預け、胴体を俵を担ぐように肩に載せる。
「すごい力ですね」
「というかおっさん何処に武器持ってたんだ? こいつの首切り落としたんだろ?」
「手刀」
空いてる右手を手刀の形にして自分の首にあてて見せると、首の切断面と俺の手を交互に見る三人がドン引きしている。
「あー…用意できたからそろそろ出発するぞ。その村に案内してくれ」
「お、おう…」
「獣人なのかな…?」
「いや、どう見ても人間っぽいけど…」
とりあえずエドが歩きだしたので、他の二人も歩き出した。
「そういえば、まだ聞いてなかったが、お前ら名前は何て言うんだ?」
「そういや自己紹介なんかしてる暇なかったな。俺はエドウィン。エドって呼ばれてる」
「僕はアルフレッド。アルって呼ばれてる」
「俺はヴァンだ。あんたは?」
「俺は月影聖人って言うんだ。聖人が名前だ。まあ、子供とかにはツッキーなんて呼ばれてるな」
どちらかと言うとあまりその呼ばれ方は好きではないが、子供にとってはそっちの方が呼びやすいのかよく呼ばれるようになってしまい最近は諦めている。
「ツッキーか」
「ツッキーさん」
「ツッキーね」
うん、知ってた。
「俺もエド、アル、ヴァンって呼ばせてもらうな。ところで今更だが、血まみれの見知らぬ大人の俺って入れてもらえるのか? その村」
「多分大丈夫じゃねぇか? 俺たちもいるし、『彷徨い人』は一応保護されるべきもんだから」
「ツッキーさんは強いからすぐにダンジョンに行けそうですね」
「まあ、冒険者になるやつが多いから『彷徨い人』はダンジョンに呼ばれてるって言われるぐらいだし」
冒険者というのは秘境とかを旅するイメージなのだが、俺の認識がずれてるのだろうか。この三人の中ではダンジョンに挑戦するものが冒険者という認識っぽいように聞こえる。
村に着くまではその辺りの疑問点を解消する時間となったことは言うまでもない。
ようやく冒頭部分とつながりました。
そして冒険者という職も出てきました。
本当は3日に投稿したかったんだけどなぁ…。