71.聖女ちゃん問いたい
月明かりの下、浮かび上がるシルエットには……なびく白衣。
「……君は……この私にクワガタを押し付けた……ナタリーさんだったね」
「その節はすみませんでしたぁ!!」
見えたのはユノ先生だと分かり、反射的に綺麗な90℃で頭を下げてみるが……、先生のいる場所は魔獣の背中。
「え……? ユノ……先生?」
改めて顔を上げてそっとその顔を見れば、いつもの柔らかい笑みではなく……見たこともないほど冷たい瞳。
「ユノ先生!!生徒にこんなことをしていいと思っているのか!!?」
「ならば可愛い爬虫類にはいいと言うのかな?」
王子の言葉に返されたその意味がわからずに何を言っているのかと、じっと目を凝らせばその手に紐のようなものが掴まれており、その先には……何かが捕まっているように見えるが、それがわかるより先にユノ先生が語り出す。
「そうそう、魔獣はどうして出来るのかと……気になりましてね。調べているうちに見つけたんです……。魔獣の造り方」
「「「なっ……!?」」」
驚いて声を上げるわたし達に構わず、楽しそうに語るその姿には何故だか魔獣のような黒いモヤが見える。
「……先生、身体のソレは?」
「これかな?」
聞けば紐を引かれてそちらではないと言うより前に……言葉は息と共に飲み込んだ。
「聖女!!?」
フランツ王子が言うようにロープに巻かれていたのは、制服を着た白銀のポニーテールとともにグッタリと力なくロープに巻かれて意識の無い聖女……いや、わたしがここにいるのだからあれは偽聖女。
「ユノ先生!? 何故聖女を捕まえるのですか!?」
ブルーノ王子の声にユノ先生はため息とともに首を振る。
「聖女は虫の魔獣だけでなく、可愛い可愛いヤモリやイモリの魔獣まで倒したからですよ」
「は?何を言って……?」
会話を聞いて思い出すのは……、いつか学園側で倒したヤモリと湖のそばで襲われ、強化魔法をこっそりと使ったイーサック先輩がイモリを倒してくれたこと。
「あのぉ〜……先生、もしかしてですけど、その子は偽物ってこと、ありませんですかねぇ〜?」
おずおずと手を挙げて申し上げれば、先生の視線がこちらへと向くが、やはりいつもと違うその雰囲気は寒気が走る。
「偽物……。そうですね。偽物かどうかは……」
そう言ってこともなげに聖女を投げ出すと、大トカゲが口を開く。
「………!!」
ゾワリと背中に走る嫌な予感にわたしは無意識に飛び出してその口に運ばれる前に偽聖女を抱きしめ取り返す。
「う……!!」
必死で守ったものの、その足に歯が当たり傷がついたらしく偽聖女が苦悶の表情を浮かべる。
「なんて……ことを……!!」
奥歯を噛み締めてその美しい顔を見れば、楽しそうに笑っている。
「おい、ニャタリー!!?今の動きは!?」
「はははっ! そんなことを言ってる場合ですか?可愛いこの子は『コモドドビックトカゲ』の魔獣。毒を持っていて、そのうちその聖女は腐敗して死にますよ」
クスクスと楽しそうに笑うその姿に怒りを向ければユノ先生は歪んだ笑みを浮かべたのを見て、わたしの横でブルーノ先輩が声を上げて問う。
「ユノ先生、何故……!!」
「聖女を抱けば強くなるというなら魔獣ならばきっと食べる行為と一緒でしょう?聖女の話は我が家にも伝わってましてね。食べられて聖女が死ぬか、清き乙女に死にたくなるほどの傷を負わせるか……貴方達とやってることなんてさほど変わらないじゃないですか」
「なっ……!」
フランツ王子とブルーノ先輩が言葉を失えばユノ先生はケダモノでも見るような視線を浮かべる。
「自分の力を欲するという欲の為なら平気で行える。そんなもの虫唾が……えぇ、聞いた時はホント虫でもこの身を走ったかのような衝撃でしたよ。ねぇ、フランツ様にブルーノ君。君たちはどうです?」
先生が2人に問うた時、わたしはシャルティエさまに頂いたドレスのスカートを横へ切り裂いた。




