70.聖女ちゃんは守りたい
「ダリアァァンッッッ!!!!!」
壁が壊れると同時に消えた灯りの中でわたしの裏返った声が響き渡る。
しかしそちらに駆け寄ろうとすれば、ガラガラと崩れていく壁の向こうからは月明かりの中大きな何かのシルエットが見える。
「……何?」
瓦礫や埃の舞う前で、目一杯に眉を寄せながら腕を顔の前で交差させて立っていれば、少しずつその全貌が見えてくる。
「………もしかして……トカゲ??」
高さだけでも建物の2階以上もありそうなその姿は、今は正面で見えないが……その身体はかなりの大きさになるのだろう。
「キャアァァァァァァッッッ!!」
「落ち……つけ……!」
悲鳴とそれを宥める声に視線を向ければ、ダリアンの腰を片手で抱え滑り込んだかのように膝をついた正装姿のイーサック先輩がいることに気がつく。
その姿は落ちてくる瓦礫からダリアンを守ってくれたのかと思えて安心して、震える唇を一度噛み締めてから声を上げる。
「イーサック先輩……!!ありがとうございます!!ダリアン、早く逃げて!!」
しかしそう告げるがダリアンは腰が抜けてしまったらしく、イーサック先輩の腕を掴んだまま怯えた顔で首を左右に振っている。
「先輩、お願い! ダリアンを連れて先に……!」
イーサック先輩がダリアンを連れて行ってくれるならひと気はなくなると自分に強化魔法をかけようとした時、バタバタと走る音が聞こえてきた……!
「魔獣がついに中へと入ってきたか!!!」
「皆さんは逃がしました。ナタリーさんも、そこの彼女と逃げて下さい!!」
開けっぱなしだったメインの扉から現れたのはフランツ王子にブルーノ先輩。
3人揃ったなら、この大型魔獣でもダリアンを逃す時間くらいは出来るかと、私が駆け寄ろうとすれば、目の前に鞭が襲いかかってきたのを反射的に避けた時……全身にゾワリと鳥肌がたった。
「…………ナニ?」
その違和感の正体が分からずに距離を取ると、イーサック先輩も何かを感じたのか、一度私を見ると眉間に皺を寄せてから「すぐに戻る」と言い残し、ダリアンを担いで廊下へと向かう。
「ナタリー!!?」
「大丈夫、すぐ逃げるから!!ダリアンは足遅いんだから、先行ってて!!」
私がダリアン達へと視線を向けた魔獣を止めようと間に立ちはだかったのが見えたのだろう。
ダリアンの必死な声に私が笑うように軽く返して、それでも泣き声のような叫び声はそのまま少しずつ遠退いていくことに、イーサック先輩へと心から感謝を送り……、私は魔獣へと向き合った。
「ニャタリー、お前も逃げろ!!」
「ナタリーさん、トウドくんや建物内の人々は逃がしましたし内に居るのは危険です……!僕たちもこんな大きな魔獣は見たことありません」
……あっ。当たり前みたいに戦おうとしたけど、仮面も制服も着てないわたしはただのナタリーだったと自分の状況を思い出す。
「先輩方はどうされるんですか!?すっごく強そうだし逃げた方がいいんじゃ!?」
とりあえず言ってみると、フランツ王子は魔獣から目を離さないままに剣を抜き、
「俺たちが逃げては誰が外のシャルティエ……いや生徒たちを守るんだ!」
そう言うフランツ様の横では明らかに魔力を高めていくブルーノ先輩が頷くと、
「……僕にも守りたい人がいるんです。おねぃ……いや、ナタリーさん」
いや待てブルーノ先輩!この状況下ですごい呼び方しようとしなかった!!?
などとツッコミをする前に、トカゲがわたしへと向けて口を大きく開いて迫ってくる。
「ニャタリー!!」
慌てて身体を回転させて転がり逃げるが、何故が全身から鳥肌が止まらない。
「凄い……!!凄いです!!なんと立派なのでしょう!!」
その場にそぐわない恍惚とした話し方は、どこかで聞いたことのある声だと思えばフランツ王子が声を上げる。
「誰だ!!こんな時に!!」
至極最もなその問いに、わたしとブルーノ先輩も周りを見渡すがそれらしき人物は見当たらない。
「……イーサックくんはいないようですね」
その声が魔獣の方から聞こえてくると、弾かれたようにわたし達が目を向けたとき、オオトカゲの背中から人のシルエットが現れた。




