54.聖女ちゃん溢れる
「おはよう、ナタリー」
「ダリアン?おはよ〜……で、何コレ?」
3学期初日。違和感は教室にたどり着く前に既にあった。しかし教室に入れば更にその異様な光景に頭を痛める。
「すごいよねぇ〜、流行りって。アタシ一番かと思ったのに、冬休み中に物凄い売れたのね」
そう言う不満げなダリアンの頭は白銀色で……何より教室の中は白銀色の髪で溢れかえっている。
「いや、何コレ」
わたしの2回目の問いに、ダリアンは腰に手を当てながら、
「だからぁ〜聖女様が流行ってるんだって」そう言って自分の白銀の髪を指差して笑顔で答えてくれる。
そう言われても男女共に白銀のかつらをつけたなんとも異様なその光景は、先生が来たら注意するかと思えば、先生もさり気なくワンポイントに白銀の髪をつけている。先生……、いや、みなまで言うまい。
そして授業の合間の休憩時間は『俺は何処で聖女をみた』とか『何回見た』とか『助けられた』とか『聖女のパンツは◯色だった』とか嘘でも抜かした奴には、どこからか消しゴムの鉄拳が飛ばされた。
*****
「な……なんなのですの!?」
その声が響き渡ったのはお昼の時間にタイミング悪く入った食堂で……。
嘆きの主は目の前で足元のよろついたシャルティエ様が取り巻きさんが支える横を……わたしはそ〜〜っと抜けていくとガシリと肩を掴まれる。
「ナタリーさん。ナタリーさんは普通ですわね。ちょっとこの一年生の状況をお聞かせ願えるかしら?」
「わ、わたし今、今すぐ食べなきゃ倒れちゃいそうなくらいお腹がペッコペコでしてぇ〜……」
失礼にならない様に掴まれた肩の手を離そうとすれば、それより先にシャルティエ様から手が離されたと思うと同時にパンパンとその手を叩かれると、取り巻きさんたちによって2人分の食事が食堂で一番良い席に運ばれ……、
「ナタリーさん、是非ご一緒に。わたくしのお薦めを召し上がって頂きたいですわ」
そう言って有無を言わせぬ笑顔で言われては、わたしはこくりと頷くことしか出来なかった。
*****
「流行り……ですの?」
不満げに寄せられたシャルティエ様の眉に気がつかないフリをして微笑みを返す。
「はい。下町にカツラ……ウィッグ屋さんが出来て、そこのメインが聖女様に似せたカツラで、それから町で流行しているそうです」
「それでそのお店にナタリーさんは行ったの?」
「えぇっと、友達に連れられて……?」
えへへと笑って言えば、シャルティエ様は綺麗な笑みのままステーキにフォークがグサリと刺された。
「行きましたが買ってません!!」
笑顔のその行動にわたしは慌てて言葉を追加する。
うん。嘘はついてない。買ってはない。アレを買ったのはダリアンだもの。
「そうなの?良かったわ……可愛いナタリーさんが……まさか憎き聖女派とか思いたくありませんもの」
「……憎き?」
背中をダラダラと流れる汗に気づかない振りをしながら聞けば、
「ここだけの話、フランツ様があの聖女に心に傷を追わせられたらしくて……最近また会ってくれませんの。聖女だなんて言いながら、この国の王子であるフランツ様に……何をしでかして下さったのかしら!?」
〝それはわたしのせいじゃないです!!! 多分偽の方です!!〟
っと叫びたいのは堪えながら、目を伏せる姿も美しいシャルティエ様から出ているお怒りのオーラに言葉が見つからず、とりあえずお肉を食べる。お肉美味しい。味付けされててすごく美味しい……!!
「ナタリーさん。シャルティエ様が心をお傷めなのよ?何か言う事ありませんの?」
取り巻きの一言に思わずゴクリと肉を飲み込んで、『美味しかったからこのお肉を口の中でもっと味わいたかった』とのコメントでは怒られると思いつつ、しかしそう言ってきた彼女こそ、見ればわたしのクラスメイトだった!聖女ブーム知ってたくせにわたしに丸投げしてるじゃん!なんならクラスの子に休み時間に借りてキャッキャしてたじゃーーん!
そう思ってジトっとした瞳を瞳を向ければ、何食わぬ顔して姿勢を逸らされてしまった。
しかしシャルティエ様の問題は結局聖女というより赤王子でのことなのだと思い……、
「シャルティエ様……フランツ様が会ってくれないと言うなら……、男性との関係っていうのは、ある意味駆け引きです……。押してダメなら引いてみろ。引かれたならばこっちも引いてみる……とかなんとかどうですか?」
自分でも何言ってるかよくわかってないけど、人差し指を立てて真顔で言ってみたら何故か周りがシリアスな空気になる。え?最後疑問系だったけど、みんな何故『……ゴクリ』みたいなテンションに??
とりあえず真顔だけキープしてみればシャルティエ様は立ち上がり、その美しい金髪に手を掛けてサラリと後ろに流すと、改めてこちらに真剣な瞳を向けて、
「……フッ、流石ナタリーさんね。あなたの御助言……心に留めておくわ」
そう言って去っていかれた。取り巻きさん達も何故かわたしに尊敬した瞳を向けて頭を下げて去っていく。
……え〝?あの助言でよかったの? 会話の流れ間違えた気がするけど……聖女から気が逸れたならまぁいいや!!
それにとりあえず大量に溢れる偽聖女のことはどうにも出来てないけど、話が逸れたならやっぱりまぁよし!と、シャルティエ様専用ランチはわたしが食堂でいつも食べるものよりやはり美味しい。
そしてそれをさっさと平らげてわたしは逃げる様に食堂を去った。
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