52.聖女ちゃん聖女様のことを聞く
「冬休みもナタリーはお家に帰れないのねぇ」
「ん・まぁね。仕方ないよ」
2人の部屋で隣同士にベッドへと腰掛けながら、残念そうに言うクレープにわたしも少し眉尻を下げて笑うと、いいこいいことしてくれた。
「頑張ってるわねぇナタリー。いつもありがとぉね」
クレープの言葉は胸にグッと来て、熱くなる目頭を堪えながら「ありがとっ」と返す。
正体を明かしてないわたしに御礼を言ってくれるのはクレープだけだと、ギュッと、それでも優しく抱き締められる柔らかな丘の間でちょっぴりだけ甘えさせて貰えば、同じくらい柔らかな笑顔でいい子いい子も更に追加してくれる。
「そういえば、アルフくんはかえるのかな?」
「帰るんじゃないかな?なんかわたしの知らない間にも帰ってたみたいだし」
春の連休以来帰れていない私と違って、マメなアルフは帰宅しているようで感心と羨ましい気持ちが入り混じる。
「でも冬だしね……」
「冬はダメなの?」
苦笑いで返せば不思議そうな顔をされるけど、根掘り葉掘りと聞いて来ないでくれるのはクレープのいいところだと思う。
……ただ結局どこからか情報を入れてるのはクレープの怖さではあるので、3学期が戦いの山場になるとか、下手なことを全て言うわけにはいかないと苦笑いを返す。
「それなら一緒に買い物行こうよぉ〜」
「どの辺がそれならなのかわからないけど……いいね!!」
楽しい約束はただ幸せをくれるのだと嬉しくて大きく頷けば、
「冬休み初日、街の時計台の下で待ち合わせね」
クレープは笑顔で、まだわたしの知らない店や隠れた名店を案内すると約束してくれた。
*****
貰った成績表は中の中……か、中よりちょっぴり下くらい。
そこまで悪くなかったとホッとした昨日。
そして冬休み初日。終業式後にはクレープは自宅へと一度帰ってしまったので、ちょっひりお洒落して待ち合わせ場所の時計台へとむかってみれば……、
「ダリアン!?」
「あたしもクレープに誘って貰ったの。一緒していい?」
「もちろん!!」
思わぬ友人の登場に、嬉しくて正面から手を繋いでぴょんぴょんと跳ねれば、「恥ずかしいからジッとして」と笑顔を返された。
「クレープはね、昨日もしかしたら少しだけ遅れるかもって言ってたよ!」
「そうなの?それならナタリー、先にそこのお店一緒に見ない?」
「そこのお店?」
笑顔のダリアンに手を引かれて行けば、今日オープンだという店は大盛況で、女の子達が溢れかえるほどに店の前に居て……やや小柄なわたしでは何のお店なのかが全然見えない。
「寮のチラシが貼ってあったでしょ?」
「チラシ?」
記憶を辿ってもよくわからないと思っていれば、ダリアンに手を引かれて人の隙間を縫うように中へと入った。
「………え゛……?」
中も人だかりだが壁に沢山掛けられている商品でその店が何の店だかやっと察する。
「カツラ?」
「ウイッグっていうんだって!! しかも開店前から注目の品は……あちら!!」
ダリアンの楽しそうな声と共に指された方向を見れば、店の中央にはいかにもメインです!っとばかりに置かれたのは……白銀のポニーテール!!?
「なんで…………あの色?」
「知らないのナタリー!?聖女様だよ!?」
「流行ってるの?」
「それすら知らないの!?王都を救うスーパーヒロイン!!聖女様!!己の事をかえりみず、人々を陰ながらに救う姿は美しいのよ!!」
拳を握り語るダリアンの言葉をひくつく頬のままに、気になった事を聞いてみる。
「ダリアンも見たことあるの?」
「入学式の時と、学園の裏手で戦っているのを見たことあるのよ!!いいでしょ!ナタリーはないの?」
「わたしはないなぁ〜」
狭い店内のなか熱く語り出したダリアンに好奇の目が集まって、そして堰を切ったように観衆から「いいなぁ〜!」の声が上がり出す。
「ねぇあなた!聖女様ってどんな感じ!?」
「お店にあるポニーテールではどれが一番イメージに近いの!?」
「聖女様って大人っぽい?!」
見てないと言ったわたしは弾かれ詰め寄ってくる女性たちに、ダリアンは自信満々に語り出す。
「聖女様の動きは早くって、あまり目で追えないけど……白銀のポニーテールは躍る様に舞って、言葉は聞こえなかったけど口振りは優しそうで、愛おしむ様な視線はマスクで隠れて見えないけどこちらの心で感じるほど。あと何よりも遠くて早くて全体はあまり見えなかったスラリと伸びた脚は大人の女性だったと思うわ!!」
(……いや、ダリアン、それって見えてなくてほぼ想像じゃない?)
そんなわたしの心の声は周りからの歓声に消されて、とりあえずなんだか熱くなる頬のまま、流れこむ人々から外へと押し出されてしまった。
「しっかし……都会では何が流行るかわかんないものねぇ〜」
「ホントよね〜」
1人約束の時計台へと舞い戻り、ここからでも店内はダリアンの語りのせいかまだ盛り上がっているのを後目に呟けば、可愛らしいクレープの声が聞こえてきて振り向くと、フリルの沢山ついた可愛い服を着たクレープがベンチに座って手を振っていた。
「ごめんねクレープ。もしかして逆に待たせちゃった?」
「大丈夫。今来たところだから」
隣に座ってから改めてお店を見れば、やっぱり大盛況。
「クレープは知ってたの?」
「お店のこと?寮にチラシも貼ってあったしね。聖女様のシルエットのイラストつきで」
クスクスと笑い「ナタリーは何も言わないし気づいてないと思った」と笑われてしまった。
「ね・ナタリー。聖女様ってね。人気なんだって」
「そうなの?」
「今やイメージが独り歩きしちゃうくらい。『可愛い』『美人』『ミステリアス』……そして『正義』」
「………やめてよ」
最初はなんだか照れ臭くて、それでも最後は何かが突き刺さって、眉尻を下げて……多分わたしは変な笑い顔をして言う。
「……ナタリーはさ、多分なんか隠してて、ナタリーはそれが何か心の重しになってそうって……でもね、ナタリー。ナタリーがしてることは、結果こうしてみんなが素敵だと思える事なんだよ」
真っ直ぐに向けられた瞳とその言葉は……胸に刺さった棘を溶かして、気が付けば恥ずかしいくらいに大粒の涙が次から次に溢れていった。
「ナタリー。クレープはナタリーが大好きだよぉ〜」
ひっぐひっぐと情けなく泣くわたしを隠すように、クレープはその柔らかい身体で抱きしめられてくれる。
「クレープは……いつもずるぃぃぃぃ」
「だってナタリーの親友だと思ってるんだもん」
「わたしも……思っでるぅぅぅぅ」
「でもハンカチ挟んでねぇ〜。おじいちゃんに貰った新しい服のフリルはナタリーの涙用になっちゃう」
「もうなっでるぅぅぅ〜」
「あらあら」と笑うクレープを見上げてなんとか笑えば、
「あっ・クレープ来てたんだ!ねぇねぇ聖女様のウイッグ3つゲットしてきたよ!今日みんなでつけて町をまわろうよ!」
そんなダリアンの言葉に、ヒュッと涙が引っ込んだ。




