45.聖女ちゃん、助けられる。
それは油断だったのかもしれない。
しかしそれでも偶然と悪いことが重なってしまい、それは起きた。
「ぐぅッッ……あぁッッッ!!!」
思わず出た悲鳴と共に身体が夜の静かな女子寮の外壁に叩きつけられ、地面へと落ちていく。
寮のすぐ裏手で見えた黒いモヤに早めに気が付き、固まりきる前に被害が出るより先に叩いてしまおうと、仮面をつけて飛び出して……焦っていたのが悪かった。
勢いよく出たはいいがそれは対だったようで、隠れていて既に形を成していたクツワムシ型の魔獣が突然大きな羽を震わせ鳴き出すと、空気が震えた風圧のようなソレに、勢いよく飛びかかっていたわたしの身体はそのまま吹き飛ばされてしまった。
「ゴホッッ…!!」
直接殴られた訳でもないのに……それでも壁の段差へと打ちどころが悪かったのも重なって、咳と共に血を吐いていた。
「おい聖女!!何をしている!?」
夜にも関わらず意外と早く現れた王子を筆頭に、聞こえた三原色トリオの声。
彼らが魔獣をどうにか押さえつけられているようで、……その隙に早く回復魔法を使わなければと思うが、ぐわんぐわんと歪む視界と纏まらない思考がそれを邪魔する。
「聖女は……今は、ダメな様ですね。浄化も間に合いそうもありませんし、このまま倒すしかありません!」
「…………わかった」
ブルーノとイーサックの声も聞こえるが、それに反応することが出来ない自分に警報が聞こえる。
しかし動くのは本能的に身体が喉に血を留めない為に出す小さな咳だけで、指先も……いや、腕事態が痺れて動かない。
このままではマスクを取られるのが先か、魔力が消えて髪色が戻るのが先かと、そんな事が頭を過ぎる。
「よしッッ倒したぞ!!」
どのくらい時間が経ったのかわからないが、魔獣の断末魔と、王子の声がして戦いは終わりを告げたのだとなんとか理解したが、
「聖女は無事か!!?」
王子達のそんな声は、誰かに抱かれて走り去る私の耳には届かなかった。
*****
それからわたしを抱えたその人は暫く走ったようで、森のどこかに連れて行かれると、うつ伏せにされて一度喉の血を出されてペシペシと頬を叩かれる。
「回復ッ、回復魔法をっ!!」
言われて少し目が覚めて「……かい…ふく……」そうなんとか胸に手を当てて願えば、改めて塞がった傷と反作用のように「ゲホッッ」と大きな咳と共に喉の血が流れ出る。
回復はしたところで改めて己の身体を感じれば、吐血だけでなく背中にも怪我をしていたようで、ひどい貧血を感じ……、今が夜にしても視界が暗すぎることに気がついた。
しかしなんとか視線を上げれば、うっすらと見えるその姿は私と同じ姿。
そこでやっとわたしを抱えて移動したのはあのニセ聖女なのだと気が付くが、そんなことを構わずに動かぬわたしをタオルを濡らして拭いてくれたりと甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
御礼を言おうと口を開くが、口内に残る血の味と全身に力の入らないことに我ながら情けなく眉尻は下がり広角は上がる。
「馬鹿……」
何を言われたのかと、やはり貧血からの耳鳴りで聞こえないでいれば、顎を上げられ、月光の下その顔が近付き………唇が重なる。
心はひどく驚いているが身体が動かずに居ると、そのまま口内に水が入ってきて……そのまま顔を下げられ血を吐き出させられた。
しかしまた改めて上を向けられ唇が重なり、今度はその両手が頬に添えられる。
思わず小さな抵抗で唇を閉じれば、舌が割り込み、やはりそのまま喉へと水が通る。
こんなことまで出来るなんて、この人は聖女なのか痴女なのか……そんな混乱する頭で、それでも動けないと諦めていれば唇が離れる。
「……こほっ……すみ………ま…せん」
色んな意味でクラクラとしながらお詫びをつげれば、
「……おやすみ」
その小さな声と共に彼女は去っていく。
助けられたのだと、しかし言われた通り回復する為にも一度眠ってしまおうと、意識を手放しながらわたしは瞳を閉じた。
*****
朝、気が付けば布団の上に居た。天井は寮のもので、いつの間にか帰ってきたのだとホッと息を吐いて瞳を閉じる。
「帰巣本能って凄い……」
ゴロリと寝返りをうてば何かに当たって、間違えてクレープの布団にでも潜り込んでしまったのかもしれないと今更ながらに気が付けば……、
「君の帰巣本能は間違えてるよ……」
「!!!!!!????」
勢いよく目を見開くと、呆れ顔のアルフがわたしの布団で何故か一緒に寝ていて………!?!!!
「にょあああっるっふっ!?」
「そんな面白い名前じゃないけど?」
飛び起きそうになれば肩をグッと掴まれて口に手を当てられる。
「あのね、ナタリー。今、君が騒げば、例え忍び込んできたのがナタリーでも、疑われるのは僕なんだよ?わかる?」
至近距離の、しかもベッドの上のアルフという視覚ダメージに、口を抑えられたままにただただ何度も何度も頷く。
「だから黙ってね」
もう一度、いやもう10度頷いて、自分が血だらけだったと衝撃の事実に気が付いて慌てて布団を捲れば、
「あれ……制服……着てる」
「あたりまえでしょ。……もしかしてナタリー……本当に僕を襲うつもりだったの?!」
「ち、違くてッッ」
両手を上下に揺らして真っ赤になりながらも無罪を主張するが、アルフは身を守るように自分の身を抱いてそっと下がられた。無罪なのにぃぃぃっ!!
「あの、わたし、服、汚れて、なかった、かなぁ? って?」
血だらけだった?とか聞くのも変だと、しどろもどろに質問すれば、アルフに何を言ってるのかと呆れた顔を返される?
「知らないよ? 僕が起きたらナタリーが制服のままで僕のベッドで寝てたんだから。……何?忍び込むのに森か沼でも抜けてきたの?」
「いや、その、なんていうの? いや、なんでここにいるの??」
「こっちの台詞だよ」
わからないことばかりで、それでもパジャマのアルフがカワカッコよくて、でも今はそんなこと言ってる場合じゃないけど、将来的にはそんなことが日常的になきにしもあらずかもしれないと、なんならその方向でお願いしたいとか思っていれば、アルフに服を渡された。
「よくわからないけど、寮に帰らなきゃでしょ?それ僕の服。……流石に女子の制服着てたら男子寮出る前に見つかったら事だし。それ着て帽子と服の中に髪の毛入れて隠していったらいいんじゃない?」
「えっと、窓から出るよ?」
「僕の部屋3階だけど……何?やったことあるの?」
「滅相もございません!」
とりあえずハッキリと言えば信じて貰えるんじゃないかと言えば、何故かジトっとこちらを見てくるアルフから何故かそっと視線がそれてしまう。
「……まぁ流石のナタリーでもそんな訳ないか……。とりあえずみんな寝てるうちに出ていった方がいいよ。君も、変な噂流されたら迷惑でしょう?」
わたしはアルフなら大歓迎だが、学園で距離を取ろうと言ったアルフには迷惑なのだと気がついて「ごめんね」とだけ謝って大急ぎでそれを着て部屋を出た。
「着替え早すぎでしょ………バカナタリー……」
そんなアルフの声は聞こえないまま、誰にも会わずに寮を出てわたしは自室へと無事に帰る事が出来た。




