39.聖女ちゃんと聖女ちゃん?
学園からさほど離れてない森の中。
その魔獣が羽根を広げたその隙間へ、丸太を力一杯投げつければ耳を切り裂きそうな断末魔が響き渡る。
「はぁ…はぁっ……浄化…っ!!」
聖女の姿で息切れの中で手を合わせれば、カブトムシのメス型の魔獣が光となり消えてゆく。
ホッと息を吐いた瞬間ゾワリと全身に身の毛がよだち、意識する前に膝を屈ませれば、わたしの頭があったあたりを鈍器の様な物が通り過ぎる。
「クッ…!」
その鈍器が戻される前に曲げた膝をそのまま勢いよく伸ばし跳び、木の上へと逃げてつつその姿を確認すれば、それは大きな9メートルは優に越えたカブトムシの……今度はオス!?
その目は赤く血走る様に唸り声を上げてわたしの立っている木に突っ込んで来れば、バランスを崩しかけて必死に幹へと捕まり耐える。
「木から獲物を落とすならそれが一番よねっ!」
幼い頃に弟としたクワガタ取りも、確かに幹を蹴って落ちた昆虫を拾ったものだと思い出す。
立派すぎるツノを今度は右に振り上げると、横から勢いよく木を揺らされ、それが繰り返されれば飛び移ろうにも足元がおぼつかずバランスを崩すのは確実。
ならばこのまま飛び降りてその背中へ蹴りを喰らわすかとも考えるが、先程倒したメスのカブトムシの硬い背中の羽根は甲冑レベルだったことを思えば得策ではない。
グワングワンと揺れる木を掴む手から少し力が抜けていくのがわかり、それは肉体強化の効果切れを示している。
しかし追加でかけたとて、このカブトムシの容赦ない木揺らしがいつまで続くのかと思えば、追加で魔法を掛けて意味がどこまであるのだと容赦ない揺れの中で感じ、続いて二体の魔獣に少し心が折れかけてしまっているのかもしれない…。
そんな思いが頭をよぎった時、突然に横からカブトムシの元へと薄めの木が勢いよく宙を飛んでくると、その魔獣の下へと入り込む。するとその勢いにバランスを崩した巨体は半分程度飛んできた板の上に乗っていて、しかも先程メスを倒す為に投げた丸太のお陰で板は斜めになっている。
誰の仕業かを考えるより先に肉体強化魔法をかけ直し木の揺れが緩んできた瞬間、
「フンッッッ!!!!」
私は可愛くもない掛け声と共に木の上からカブトムシと反対側の木の板の先へと飛び降りれば、テコの原理で重いそのカブトムシの身がひっくり返った。
即座にその弱点になりうる腹部へと攻撃を仕掛けようと思うが、板の上から突然カブトムシが転げたこともあり、わたしもバランスを崩してしまう。
「ちょ、そのままで……!」
また元の位置に戻られては打つ手がないと、わたしも必死でバランスを取るが情けなくもお尻をついてしまった時、月明かりに照らされたその人物が森から飛び出す様に現れると…、躊躇い無く裏返ったカブトムシの中心部に剣を突き刺した。
絶叫とも聞こえるその声を聞きながら…その人は癖なのか、抜くと同時に血でも払うように剣を振り鞘へとしまう。
その髪色は…聖女になったわたしと一緒の白銀に輝き、髪型や…、それこそ身長もあまり変わらない様にも見える。
「…あなたは…?」
尻餅をついたまま聴けば、やはり仮面をしたその素顔は見えずに……ただ小さな声で、
「聖女様……いや、聖女ちゃんレベルか。もう大人しく下がっているといい…わ…」
わたしが立ち直す前に、それだけ言うとスカートを翻して木々の隙間へと素早く消えていくのを、それでもわたしは消えゆく魔獣を浄化しなければならず、追うことは許されなかった。
*****
「下がれと言われましても……」
「ナタリーってば、何か言った?」
教室でぼんやりと呟けばダリアンがいつの間にか目の前で聞いていたらしい。
「あっと…、なんでもないよ」
「そ?まぁナタリーがぼーっとしてるのはいつものことよね」
ダリアンは次の授業の準備にノートを出しながら話しかけてくれたその手は妙に赤い。
「ダリアンこそ手、どうしたの?それって傷じゃないの?」
「……!なんっでもないっ!」
慌てて握って隠されたその手は、何でもないにしては傷だらけで……
「ちょっと、ほら、なんてゆーか……なんでもないから!」
視線を逸らせて言われた言葉に返そうとすれば休憩終了の鐘が鳴り先生が入ってきてしまい聞くことが出来ず、悶々とした時間を過ごせば……まさかの考えが頭をよぎる。
しかしそれを確認しようとしても、ダリアンは視線を逸らしそれから数日逃げ回るようにわたしと話してくれなくなったのだった……。




