33.聖女ちゃん口実にされる?
「アルフゥゥゥゥ!!!」
必死で伸ばした手は人混みに流され、小柄なわたしの視界は塞がれてしまう。
呼吸の仕方も忘れながら、なんとかその間を抜けた瞬間…大きな喝采の声が上がった。
「ん??」
喝采の声の中央には普段と変わらなく立つアルフと……倒れた犯人の姿。
「え???」
「あ、ナタリー。課題終わったんだ。良かったね」
ニコニコといつもの可愛い笑顔のまま軽く手を振り近付いてくるアルフにつられて手を振れば、目の前に立ち止まられる。
「おい、アルフだったな。先程は見事な手腕だった」
何が起こったのかわからないで困惑するわたしの横に、いつの間にか現れて褒める王子に、アルフは「身に余るお言葉です」と、胸に右手を当てて頭を下げる。
「あぁそうだニャタリー、とりあえずこれは返しておく。犯人はとりあえず今から警備員に引き渡し、そうだアルフお前も…」
「あぁ大変だナタリー、この腕はどうしたんだい?」
アルフはフランツ王子の言葉を遮る様にわたしの手を掴めば、たしかに腕には小さな傷。
「あっホントだ…。さっきバッグを奪われた時にでも傷付いたのかな?」
「それは化膿でもしたら大変だ!フランツ王子、すみませんが後はお願い致します!!」
妙に大袈裟に言うと、深々と頭を下げれば『フランツ王子』の言葉に民衆が気が付き騒ついた瞬間アルフはわたしの手を取って、王子目当てに押し掛ける人混みを逆に走り抜けていく。
「アルフ!?わたし大丈夫だよ!?」
「ナタリーを逃げる口実にさせてよ。折角のお祭りなんだからね」
悪戯っ子の顔で笑うアルフにつられて笑って頷くと、賑やかな街中を二人で手を取り走りだした。
「ここまで来たら大丈夫かな?」
「ねぇ、それよりアルフこそ大丈夫なの?わたし、アルフがナイフを向けられたところまでしか見てないから…」
確かに怪我した様子も見えない夏の薄着は安心感はあるがそれでも心配しない理由にはならない。
「一応さ、これでもナタリーほどでは無いにしろ、君のお父様に鍛えられてるんだよ。あんな正面から単純な動きで来た暴漢程度にやられるほどヤワじゃないつもりだよ」
「そっか…」
襲ってきた暴漢から身を躱し、相手がバランスを崩したところを蹴り上げてピンポイントに顎を打ち上げ倒れたところでわたしの視界に入ったのだろうと聞いてホッと息を吐けば、今度は繋いだままだった手に気が付き頬の熱が上がってくる。
「ナタリーは本当に大丈夫?さっきの擦り傷くらい?」
「うん大丈夫。バッグ取られちゃって…あっ、それでっ!」
今更ながらに気がついて、顔を出していた筈のぬいぐるみが無くなっていると慌ててバッグを開けてみれば、振り回されたせいか中へと入り込んでいたアルフワンコを見つけてホッと息を吐く。
「どうしたの?財布?」
「あっ、ううん。えっと、さっき貰ったぬいぐるみがね…」
そして我に帰れば、折角繋いでいた手を自ら離してしまったのだと心の涙がドバドバと流れる。
「貰ったぬいぐるみ?」
「いや、なんかイーサック先輩が景品でとってくれたんだけど……」
アルフに似て可愛いでしょ?と言って見せるのも変だし、アルフだと思って抱いて寝ることにしましたとかも言えるわけもなく、なんなら毎晩チューしようかと思ってましたなんぞ口が裂けても言えば変態扱いされてしまうと口籠って、なんとなくぬいぐるみもバッグの中から出すのを躊躇ってしまう。
「あぁ、そっか。それは邪魔したね」
「え?いや暴漢が悪いんでしょ??」
何のことを言ってるのかと首を傾げれば、先程までにこやかだったアルフの顔は、笑ってるけど…なんだか目が笑ってない気がする。
「アルフ?」
「じゃ、僕は行こうかな」
「もしかして…誰かと約束して…るとか?」
それは女の子なのかどうなのかとか聞ける権利も無いとモゴモゴと口をしていれば、
「ナタリーこそ先輩達とまたお祭りをまわるんじゃないの?もう落ち着いた頃だと思うよ?」
その言葉になんとか勇気をだして、その離してしまった手をもう一度掴み、
「…あれはっ、たまたま会っただけで!わたっ…わたしは、アルフと歩きたい!!!」
我ながら真っ赤かもしれないその顔は、自分では見えないとは思いつつも目を閉じで必死で言って…そっと目を開ければ、アルフの顔は少し驚いた後に柔らかく笑って、
「なら仕方ないな。ナタリーが迷子にならない様に一緒にいようか?山の愛し子の力も、泉の愛し子の力も街中では発揮できないみたいだしね」
そう言って口に手を当てて楽しそうにするアルフに、
「それは言わないでっ」と頬を膨らませれば、やっぱり優しく笑って、手は離さないで一緒に歩いてくれた。
*****
「いつのまにか空が暗くなったね。ナタリーもそろそろ寮に帰らなきゃだ」
「…うん」
お祭りのキラキラした夢みたいな時間はあっという間で、空はもう星が輝き始めて、この坂の上から見渡せば昼間は街中が賑やかに色めきだっていた人混みからは少しづつ子供は減り、お酒の匂いがし始めたことに気が付けば、学生であるわたし達の時間は終わりを告げてくる。
「楽しかった!ありがとうアルフ!!」
素直な気持ちと…胸に残る寂しさは少し隠して言えば、帰りを急ぐ子どもが間を通る事で繋いだ手が離された。
「そっか。うちの領地でもいつかこんな賑やかなお祭り出来るといいね」
「…うん!!」
その言葉はまだ二人で見れる未来が有るのだと嬉しくて、微笑んで大きく頷いた時、少し先を歩き出したアルフの背中のずっと先…それは学園に向かう森の中で何かが弾ける様子が見えた。
「なんだろう?」
アルフの言葉に返事を返すより早く駆け出して、
「また、一緒に回ろうね!!」
願いを込めてその言葉だけを告げて、ザワザワとする人混みをわたしは駆け抜けた。
主題の変更をいたしました。
混乱させてしまった読者の皆様申し訳ありません。
駆け回る聖女ちゃんは変わりませんので、どうぞ引き続き応援頂けると嬉しいです。




