29.聖女ちゃん怒られる?
「ならなんでイーサック先輩にはおぶられてたの?」
「アルフ…?」
真剣な瞳の色に思わず息を呑んだ時にはもう正面を向かれてしまった。
「あのね、気を失ってたみたいで…」
「気を…?」
「うん。木が倒れてきて、その下敷きになって」
その身体が固まった気もしたが、階段を登りだした上下の揺れでわからなくなってしまう。
「それ以外は…?」
「えっと、見ての通り…と、いっても今は乾いてきたけど、ずぶ濡れだったの。その、魔獣に?攫われて?泉に飛ばされまして…」
我ながら記憶力との戦いだと、なんとか辻褄を合わせて言えば、重いのかグイッと背負い直されてしまう。
「そうだったんだ…、災難だったね」
「そうなのよ!災難だったわ。こんなか弱きレディを…」
「…そうだね」
『ナタリーはどこでだって生きていけそう』といつも笑ってたアルフの声がなんだか妙に神妙でなんとかその顔を覗こうとしたところで二階に着いて、部屋はどこかと聞かれて指差し案内をする。
「鍵…空いてるけど?」
「クレープが下まで迎えに来てくれてたから、多分開けたままにしてたのよ」
「そっか。でも女の子なんだから油断しちゃダメだよ」
「うん。でもホラ、アルフは知ってるでしょ?わたしお父様とかなり鍛えてたし…」
笑って言えば部屋に入られて、そのまま椅子へと降ろされる。
「それでも…君は女の子なんだから」
心配そうな顔をして言われた言葉は素直に胸に刺さって、ただ黙って頷くことしか出来なかった。
「それで?どこ怪我したの?」
「足…と、痛いから、頭かな?」
自分の頭を触ればたんこぶが出来ていて、身を隠せるほどの木が倒れて来た割には浅い怪我だと思えて笑顔で言えば、無言でその頭に唇を落とされた。
「アァァァァァルフゥゥゥゥ!!?」
「ナタリーが昔言ったんじゃない『アルフが撫でるかチューってしてくれたら早く治る気がする』って」
真っ赤になるわたしに、ニッコリと笑っていつも通りの笑顔で告げるアルフに「その時は撫でてくれたよね!?」と必死で言えば、
「不満?」
などと、あざと可愛い小首を傾げる顔で言われたら「ありがとうございます!!!!」と、反射的に御礼を告げていた。
「……そっか。あはっ、良かった」
何が良かったのかわからないけど、キャパオーバーだと二の腕で顔を隠して頭も両手で押さえて聞くわたしの姿を見て更に楽しそうに笑われた。
「なんなの?アルフ!?」
学園に入って距離を取ろうと言ってた割に近いその距離は久々過ぎてパニックを起こしそうになる自分と、いやもう押し倒してもいいんじゃ無いかとか、アルフの可愛さにやられながらも後者はまず実行に移せるわけがないと、くすくすと楽しそうに笑う小悪魔アルフに目を白黒させる。
「僕、帰るね。クレープさんも来るだろうし、僕も女子寮に長居してる訳には行かないし…」
「あ・アルフなら大丈夫じゃない?」
下手したら女の子よりも可愛いその顔に思わず口が滑れば、ペチリとデコピンをされてしまう。
「ご、ごめんね」
「いいよ。僕だって自分の事はわかってるつもりだし」
眉尻を下げて笑うその顔は……激オコのお顔だと知っていて、立ち上がり謝ろうとすれば、そのまま肩を抑えられて「いいから。早く治してよね」そう言って、手を振り部屋を出て行った。
「アレぇ?アルフくんもう帰るの?」
「女の子の部屋に長々お邪魔したら悪いからね。クレープさんも入っちゃってごめんね」
「大丈夫よ〜」
扉が閉まる前に聞こえた会話はすぐに終わって、両手で治療薬やら包帯やらを持ったクレープが、
「ん・もう、ナタリーってば折角アルフ君と二人きりにしてあげたのに…ってナタリー!?」
怪我と緊張と緩和と恐怖とか色々からわたしは熱を出してしまった。
*****
「ですからナタリーは普通にちょっと疲れて発熱してただけですよ〜。今朝方には落ち着いてましたし〜、明日には復帰出来ると思いますけど、今は眠ってるのでそっとしといてあげて下さい」
部屋の前でお見舞いに来てくれたシャルティエ様にクレープが断りの返事をしているのを、寝起きの頭でぼんやりと聞いていた。
「あれ?ナタリー、起きてた?シャルティエ様からこれ、お花だって。綺麗だから花瓶借りてきて飾っておくね。」
「ん・ありがとう。そんな気を遣ってくれなくて良かったのに」
「あのねシャルティエは昨日も来たし、アルフくんも心配してたよ」
その名前にドキリとするが、クレープは気が付かなかったのかニコリと笑って、
「アルフくんは『ナタリー今まで風邪も引いた事ないのに』って、困った顔して笑ってたよ」
「それは可愛かったでしょうね…!」
つい溢れたその言葉に笑顔のままのクレープからほっぺを軽く摘まれた。
「みんなね、心配、してたの!……回復魔法、なんですぐに使わなかったの?」
「……怪我してるの見られて…、だからそのまますぐに回復する訳にいかないから…」
「ならもうそろそろ…いいんじゃない?知り合いのお医者様に頼んで、怪我は捻挫程度で魔物と対面したことでの恐怖で熱を出したって診断書してもらったから…」
心配そうな、それでももの凄い有能なルームメイトに感謝を述べて、足首と肋に手を当てて回復させる。
「ん…もう大丈夫。心配かけてごめんね」
「ホントだよ」
怒ったような顔で涙を浮かべるクレープが嬉しくて、治ったばかりの身体でその可愛いけど出るとこ出てる柔らかい身体を抱きしめる。……羨ましくなんてないんだから!
「でも、ナタリーも無理せず今日までおやすみね」
「え?まだ朝だし今から支度したら間に合うんじゃ?」
「はい♡三日間分の授業のノート。テスト前の追い込みで、このナタリーの休んでた三日間結構詰め込み授業だったのよ?だからまずは授業に追いついてね♡」
ドサリと渡されたノートを見て、下がった熱が更に血の気と共に下がった気がした。




