28.聖女ちゃん怪我をする
「…う……」
身体の痛みに目が覚めれば、緑の頭が目に入る。
「…イーサック……先輩?」
「…すまない。巻き込んで…しまった」
「いえ……」
木の下敷きになって気を失っていたのだと気が付き、全身痛いけれども今ここで治療魔法を使って治すわけにはいかないと、申し訳ないと思いながらもその背に身体を委ねる。
「今…学園に向かっている…」
「そうですか。お手数かけます」
これは暫く自分で治すわけにはいかないなと、数年ぶりに怪我人である状態を味わわねばならないのだと思えば辛さもあるが、わたしを聖女だと知らずに必死に守るように戦ってくれたイーサック先輩の肩や首元にも傷が見えて…胸が痛む。
…聖女ってなんなんだろう。
自分の大切なものを犠牲にしなきゃ、誰かにこうして傷がつくのだろうか。
わたし一人の犠牲ならば……いやそれでも…わたしは自分の怪我なら骨の一本や二本折られる程度なら…自分の貞操を守りたい。好きな人の為に守っていきたい。
でも…それは我が儘なのだろうか。
ちゃんとストーリーに通りにすればこうして誰かを傷付けなくて済むのだろうか……。
「泣いて…いるのか?」
「いえ、悔し泣きです」
「……それは泣いていると…いうんじゃないか?」
ポタリとその長い髪の隙間を縫って首元に落ちてしまった雫に反応されるが、それでも振り向いて心配そうに歪むその整った顔を見てもわたしの心臓はトキメキの音を立ててはくれない。
ただ一人、わたしの心臓を早鐘にするのは…
「ナタリーーー!!!」
この声だけなんだ。
「アルフ!!!」
「馬鹿!ナタリー、どうしたんだよこんな怪我して…!一人でどこ行ってたんだよ!」
珍しく焦ったようなアルフの声は心配をしてくれたのだと「ごめんなさい」とイーサック先輩の背中から降りて謝れば、
「ナタリーを…責めるな……。魔獣に攫われて……オレのせいで…怪我をした」
「あなたのせいで…?」
睨むようにイーサック先輩を見るアルフに慌てて首を振る。
「助けてくれたの。魔獣に…攫われて、えっと…逃げ出そうとしてた時に先輩が来てね。凄い魔力の弓で撃ち抜いてくれて…。でもわたしが隠れてた場所が悪くて…それで…」
「…怖かったのだろう。目の前に…魔獣が居て…震えていた…」
どんな設定だったのか思い出しながら言えば、そんな事は無かった気もするが、ナイス援護射撃と弓使いの先輩に感謝を送る。
「そうか…ナタリー、大丈夫だった?」
「うん。心配かけてごめんね」
アルフはポケットからハンカチをだして先輩に渡してお辞儀をする。
「取り乱して…すみませんでした。」
「いや、幼馴染が…心配だったのか…それにしても…その時はなんだか力が……溢れた様だった…」
「…力が、溢れた?」
「あ…いや、そうだ…不思議な…感覚だった」
なんとなく怖い顔をしたアルフにギュッと手を握られて驚くが、それは一瞬のことですぐにいつもの優しい顔に戻って、
「えぇっと、とにかくありがとうございました。ナタリーは僕が連れていきますので…先輩も怪我をされてる様ですし、お大事になさって下さい」
そう言うと手を引かれ、わたしも慌ててイーサック先輩へとお辞儀をしてその場を去った。
治療室に行くかと思えば向かう先は女子寮で、入り口にはクレープが待っていてくれた。
「ナタリ〜っ!大丈夫ぅ?!」
「クレープ…」
何故か空気の重かったアルフとの時間は、柔らかい話し方の彼女の声でなんとなく緩いでくれた。
「ナタリー、あれ?足も怪我してる?」
「うん」
えへへと苦笑いをすれば、治せなかった理由でも察してくれたのか「もう、無理しないの」と、笑ってくれる。
「ごめん…ナタリー。僕、気が付かないで、君に歩かせてここまで…」
「大丈夫よアルフ!それにアルフは知ってるでしょ?わたしの野生的な回復力!」
「そうだけど…」
幼い頃から回復魔法のことは言わないまでも、ひとより早めに治しはしていたので、昔からアルフやみんなに揶揄う様に言われていた言葉を返せば、それでも申し訳ないと顔色を悪くしている。
「そっかぁ〜、ならアルフくん、ナタリーを部屋までおぶって上げたら?階段はきついでしょぉ?」
「おぶ…!?」
「そうだね。ごめんねナタリー」
慌てるわたしなんて構わずにアルフは素直に頷いてくれる。
「では寮長には男の子が入る理由伝えてきまーす」
クレープはウインクをわたしにだけ見えるようにすると去っていき、アルフは素直に座ってその背をわたしへと向ける。
「えぇ!?重いよ?わたし、そのほら見た目よりもその…」
筋肉多いので…!!とは言いたくないけど事実のそれに涙をすれば「いいから」と早くしてと促されてしまう。
「失礼…します…。でもわたし達の部屋二階だから階段とかあるよ?」
「いいから…」
その背におぶされば、サラリとした髪が頬に触れる。……一本抜いてぬいぐるみに入れたら犯罪かしらとか、くんくん匂いを嗅ぎたいけど、くんくんしてるのバレたら生きていけないとか思えば逆に息の吸い方すら忘れてしまいそうになる。
「重くない?」
「重くないよ…」
「下ろしていいよ?」
「部屋までいったらね」
「えっと、歩けるよ?」
「ならなんでイーサック先輩にはおぶられてたの?」
その大きな瞳がこちらを向けば、いつもと違う真剣な色をしていた。




