借りた物
文花は決めた。
八百万神にも開けぬ
天岩戸の扉の如く、
固く動かぬ決意だった。
「ラスト変えよう」
父のカードを胸に抱く。
文花には、
彼女の気持ちが分からなかった。
母を亡くし。祖母も他界し、
手料理や団欒を夢見ても。
夜の星、
流れる光に願うならきっと……
"富も力も"
眼力で、男を散らす――
結婚相手は父が理想。
◇◇◇
男はとても懐かしそうに、熱心に木靴を眺めていた。そして
ーー話し掛けてきた。
「これは貴女の物ですか」
「とても良い出来です」
「僕の祖国ではいつも」
「まさかの出会いだ」
食い気味に。木靴の出来を褒めちぎり、彼の国では日常的に使われていると。ここで会ったが百年目と、割合流暢な日本語で。……聞いても無いのによく喋る。
(母の遺品を褒めそやされて。嬉しくなった女の子は、この人なら、と木靴を譲ってしまう。御礼をしに家へやって来た青年が、暴力を振るう現場を目撃し、少女を保護施設に連れて行く)
「これぞ"生きる権利"の現代版ね」
それでも、文花の頭の中は劇の事でいっぱいだった。
「どこで手に入れられました」
などと聞かれても。
何処の誰の手に依るものなのか、文花自身にも分からなければ興味も無いし。
「日本の女の子が……珍しいね」
含羞草よろしく頷いていたら。木靴から文花へと関心が向いて、ちょっと面倒くさくなってきた。
(ここは早く帰れと言うところでしょう)
街灯がともる刻限に、女の子が一人出歩いて。
物語の時代なら尚のこと、人攫いにあってもおかしくない。
増してあの薄幸の少女は"金の美しい髪"を持っていたのだから。
("百年目"ってそう言う意味ーー)
唐突に気が付いて。自分にも拐う価値はあると。
絶対に出したくなくて、懐深くしまい込んだ
ーー異国人と言えど知らぬ者はいない印籠を。
つい、目が確認に動いてしまう。
ビルの隙間には闇色ばかり。もう仕事に戻ったのだろう。
(妙なそぶりでもみせたらこれを……)
そっと残りの木靴を脱いで。
途端、男が"ひっ"と悲鳴を上げて、脱兎の如く逃げ去った。身の危険を察知したのか。
「男は"黙して語る"ものでしょ……」
風と共に去る。二つ目の後ろ姿は不器用な男親のもの。
言葉ではいつもことごとく、語ってくれはしなかった。
もしかしたら、あの少女の父親も物陰で様子を見ていて。彼女が亡くなった日は、うっかりそのまま眠ってしまったのかも。
(お父様みたいな人でも)
仕方ないから探してみようかな……
物語のラストは"財を築いた父が迎えに"
もう少しだけ借り受けたまま――お母様には、申し訳ないけど。