青い物
文花は気づいていた。
男の視線に。
瞳の湛える涼やかな青が、
その実あつく熱を孕んでいると、
今か今かと期待する自分に。
「一目惚れでした……」
「ーー、」
ほぅと吐き出す、
溜息が交じる。
一つ安堵の色深く。
(現代版は贈与ね)
一つ感嘆の無意識に。
(良い仕事だ)
「何だあの青二才」
歯噛みする父に木靴は見えず――
◇◇◇
"決して良い子は真似してはいけない"
周囲の安全に配慮して。ご理解ご協力をと触れ回り、文花は作戦を遂行した。
ひらり。
突進する馬車からの"アクロバットな回避"を披露して。
するり。
(靴を脱ぐのは達成したけど)
一向に、盗み持ち去る人など現れない。それはそうだ。
この時代に、この国で。
他人の履いた木靴を盗んでまで、揺りかご代わりにする者はいない。
某コミュニティサイトなら無料で貰えるネット社会。
(リアリティが足りないわ)
このままでは劇の成功は不可能だ。現代人の反応が見てみたい。
公道に面した私有地で。奇異の目に晒されながら、路肩の文花が待ち続けること数時間。
人工雪は溶けたけど。裸足の方の片足の、感覚がいよいよ麻痺してきた頃。漸く一人の青年が
そろり、と木靴に手を伸ばした。……伸ばすまでが長かった。
「……あの人早く声かけてよね」
(如何にもな異国人風の容貌。もしかして)
そう、ずっと期待している。
青空が消え、朱に色付いた空も終わり。過ぎる時間に焦れつつも。
文花はじっと、その時を待っていた――