第一話:横倒しの世界と黒髪の彼女
また、負けた。
折れた三十センチ定規、辺りに散らばるボールペンの破片。
脳裏を掠るのは黒い残像。攻撃をことごとく流され、神速で腹部に放たれた一撃。左肩から右脇腹までを一気に切り裂かれた。
そして、現在。横倒しの視界。
先程俺に一撃を放った奴は、教師用の長い一メートル定規を刀の様に振るい、黒い長髪を靡かせる。
そして彼女の手には、《ロースカツサンド》。
薄れゆく意識、濁る視界。 ちくしょう、また昼飯抜きかよ。
「なに!?またお前飯抜きかよ!?」
目の前の男、津坂新吾は本当に憎たらしい笑みを浮かべて聞いてきた。出来ることならこいつの糞憎たらしい顔、いや、気持ち悪い目にチェストしてやりたい。マジで。
「仕方ねぇだろ。気絶してたら、残りの弁当売り切れちまったんだ。」
俺は机に顎を乗せ、パックのジュースを飲みながら答える。「アホだなぁ。あんなもんにこだわるから悪いんだよ。普通に弁当買えばいいじゃねぇか。」
「うるせぇな。あれを狙わねぇお前の方がアホみたいだよ。」
これみよがしに弁当をつつく新吾は、口一杯に食べ物を含み、誇らしげに胸をはってこう答える。
「俺には妹が作ってくれた愛妻弁当ならぬ、愛妹弁当があるからな!!」
「口に物入れて話すんじゃねぇよシスコン。」
ニヤニヤ笑いが止まらない新吾。
「ありゃ?葉月ちゃん嫉妬してる?羨ましいかい?愛妹弁当。」
ぐふふと下卑た笑いを浮かべるこいつは社会のために抹殺した方がいいのかもしれない。
「ちゃん付けするな。名前、好きじゃないの知ってるだろ。」
ケロリとした顔で弁当の山芋をほうばる。わ・ざ・と喉を鳴らして飲み込む腐れシスコン。
「いいじゃねぇか。水無月葉月、かっこいいじゃん。」
女みてぇだから嫌なんだよ。だいたい水無月葉月ってなんだよ。旧暦じゃねぇか。
まぁ、いい。それより腹が……。目の前の新吾の持つ箸が掴んだミニハンバーグを見やる。
視線に気付いた新吾はあからさまに嫌な顔をし、
「何見てんだよ。見てもやんないぞ。」
死ね、ケチ。
ふてくされた俺はものすごい音を立ててジュースを飲む。
と、思いっ切り頭をひっぱたかれた。
顎を机に乗せていた俺は案の定顎を強打、飲んでいたジュースを噴水の如く撒き散らす。
「きったねぇな!!って俺の弁当ぉぉぉぉぉぉ!!」
貴様は俺より弁当を取るのか?
痛みに悶絶しながら後ろを振り向く。
茶色い髪は肩でシャギィーが入れられている。端正な目鼻立ち。右が前髪で隠れている切れた瞳は俺を睨み付けていた。
「何すんだ藍璃!!」
痛めた顎を擦りながら目の前の未奈坂藍璃に怒鳴る。
藍璃は鼻を鳴らすと、俺の目の前に指を突き付けて言い放つ。
「負け犬には相応なことよ。またアイツに、また目前でやられるなんて。」
図星だったので何も言い返せない。俺はグッと歯がみした。
「学習能力が無いわけ?相変わらずヘリウムより軽い脳味噌して……。大体アンタは甘いのよ。あそこは戦場、半端な覚悟で攻撃したからやられたのよ。アンタは昔からそう。女になると手を出せない。アンタ本当に駄目駄目ねぇ。」
さっきからズケズケと、大体お前は取ったのかよ。
「あったり前じゃない!!今日も満足だったわ。」
この腐れ女が。
「あーあ、こんな負け犬といたら明日は取れなくなっちゃうかも。んじゃあね、負け犬さん。」
散々文句をつけた藍璃は優雅に歩き去っていく。
終始箸が止まっていた新吾は行動を再開する。
「いやぁ言うねぇ、幼馴染さんは。」
知るかよ。人のこと散々けなしやがって。
溜め息を漏らして、椅子の背もたれにより掛かる。
記憶がリバースされる。倒れた俺、長い黒髪。
「また樫本さんか?」
食べ終わった弁当に拝んだ新吾は、片付けながら聞いてきた。
俺は彼女の後ろ姿を思い出しながら、曖昧に頷いた。
今さらながらに効いてくる、藍璃の言葉。
「負け犬」
俺は何も言い返せなかった。
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