2 Hちゃん
お昼休み、ちょうどいい空き教室で、いつものように話しながらトランプをする私達。
「はい姫の負けー。罰ゲームはさっき言った通り、好きな人の名前を言う! あ、今いないとかなしだから。いなかったら初恋の事を赤裸々に語ってもらうから」
「ううぅ……」
そう私に詰め寄るのは、昼休みだからと始めたトランプで、さっきから一切負けなしの英玲奈。
それも自分で持ってきたトランプで。
このありえないほどの強さは間違いなくイカサマ。
でも私にそれを見抜くことは出来なかった。
見抜けないイカサマはイカサマじゃないから。
で、負けてしまった。
チラリと一緒にやっていた小毬ちゃんと美琴をみると、二人も本気で安心したように肩をなでおろしてるので、私と同じ状況だったらしい。
「……はぁ……その、誰にも言わないでよ……?」
「あったりまえだよ! 流石にそこまで外道じゃないさ!」
「……変にくっつけようとか応援しようとか、余計なことも絶対にやっちゃだめだからね」
「……くっ、読まれたか。でも文武両道の才女、そして美しさと可愛らしさとエロさを併せ持つ、天下の櫻井姫香の想い人……! 応援したくもなるってものさ!」
「何その安っぽい褒め言葉……というかエロさは褒め言葉じゃなくないかな? ……とにかくそう言うのは無し。約束するなら……言う」
「あいわかった!」
「………………」
私と英玲奈の不毛な争いを見てた二人から声がかかる。
「姫香ちゃん! 大丈夫! 英玲奈ちゃんは絶対に私たちが止めるから!」
「うん、そこは信じてほしい。絶対余計なことはさせない。……最悪――してでも」
「小毬ちゃん……美琴……」
「え、ちょっと待って、みーこ最後何て言ったの!?」
喚く英玲奈を無視して、私は二人に向かって口を開いた。
「この罰ゲームを阻止してくれるわけじゃないんだね?」
「「うん。だってやっぱり気になるし!」」
「ですよね」
まあ、同じ穴のムジナと言うし、私がそちら側だったら同じ事言う気がするから、別にいいけども。
「じゃあ……いうけど、私が好きなのは…………隣のクラスの、鹿島大我くん……です……!」
私がそう言うと、すぐに英玲奈と小毬ちゃんが考えこみだし、美琴は僅かに肩を揺らした。
「んー? ……誰だ? 流石に隣のクラスの男子全員は知らないからなぁ……いや、でも、どっかで…………」
知らないなら知らないで、この話はおわりでいいかなと思ったけど、どうやら思い当たることがあったようで、先に小毬ちゃんが声を上げた。
「それって、帰宅部のエースさん!?」
「き、帰宅部のエース?」
「何そのパワーワード」
それも私も知らない情報を携えて。
「うん! うちの高校の近くにバス停があるでしょ? 学校が終わるとバス通学の人はみんなそこに並ぶけど、いつも一番前に並ぶ男子がいるの! その人が帰宅部のエース事鹿島大我君だって、帰宅部の先輩に聞いたことがある!」
「うちの学校に帰宅部なんて部活存在してないよね?」
「あ……それは機密事項にあたるから……で、でも、鹿島君は準部員ながらも、我が帰宅部が一目置く存在なんだよ!」
「準部員」
「うん、正式に帰宅部に所属してなくて、他の部活に入っていない人をそう呼んでるんだけど、準部員でエースって呼ばれるのはすごい事なの!」
「いや、正式に帰宅部って」
「機密事項だから……」
この学校に何の機密があるの。
私と美琴が小毬ちゃんとこの学校の機密に戦々恐々としていると、さっきまで妙に考え込んでいた英玲奈が「あ」と声を上げた。
「その名前思い出した。鹿島大我、大ちゃん。みーこ昔よく一緒に遊んでなかった?」
「え?」
その言葉につられて美琴を見ると、ビックリするくらい眉間に皺が寄っていた。
「…………いつの話してるのさ。小学校、それも低学年くらいじゃん」
「だからあたしも思い出すのに時間かかったの」
「えっと、美琴と鹿島くんて……その、幼馴染なの?」
「……ちょっと家が近かっただけだよ。ここ数年は全然会話もしてない」
そう、不機嫌そうに言う美琴に英玲奈がニヤニヤ顔で軽口を叩く。
「えー? 結構仲良さげだったでしょー? ねえぇ? 伊調美琴ちゃぁん?」
「そんな昔の事は覚えてない。もういいでしょあいつの話」
二人のそんな会話に少しだけモヤっとしてしまったが、気を取り直して聞きたいことは聞くことにした。
「ね。鹿島くんの昔のこと聞きたいんだけど」
「え……い、いや、だからそんな昔の事なんか覚えてないよ。というか、さ……あれはやめておいた方がいいよ、うん。あんまり自分の事しゃべらないし、結構運痴だし、頭だって……悪いわけじゃないけど飛び抜けていいわけでもないし……姫には釣り合わないと思うけど」
「え、釣り合う釣り合わないを私気にしたことないよ。それに鹿島くんちゃんと聞いたら応えてくれるし……何と言うか、鹿島くんは聞き上手だから色々話しちゃうんだよね」
「う、うん、まあそれはそうなんだけど……」
何やら妙に歯切れの悪い美琴に、小毬ちゃんが首をかしげる。
「あれ? そう言えばさっきここ数年話してないって言ってたけど、聞き上手なのは知ってるの?」
「……私は数年話してないけど、お母さんは話してるみたいだから、そこから聞いたの。スーパーでよく会うらしいし」
「? スーパーでよく?」
「うん、あいつの家、父親が海外に単身赴任中で、母親も仕事で家にはほとんどご飯食べるのと寝に帰ってきてるだけみたいだから、家事全般はあいつ一人でやってるって」
「へぇ……あ! じゃあ、エースさんが一番に帰るのは!」
小毬ちゃんの中では鹿島くんはエースさんで固定らしい。
「多分、そうなんじゃない……? タイムセールで良くかち合うって言ってたし」
思いがけず鹿島くんの事が聞けて、思わず顔がほころぶ。
「そっかぁ……鹿島くんは真面目だね」
「っ……いやぁ、そんなことないんじゃない? 色々手を抜くこともあるみたいだし、この前も少し疲れたって理由で学校休んだみたいだし」
「あはは、ずっと真面目なだけだと疲れちゃうからいいんじゃない? そう言うのも。というか家の事ずっとやってたら疲れちゃうのも仕方ないよ」
多分鹿島くんは自分だけじゃなくてお母さんの分もご飯作ったり洗濯したりしてると思うから。
「あー、ほら、疲れたってのは建前じゃない? あいつ、家で飼ってる猫二匹溺愛してるみたいだし、猫を構いたいから休んだ可能性もあるし」
「猫派かぁ!」
私と一緒だ。
「そんな会話をしていると、英玲奈が急に口を開いた」
「え、いきなりどしたの?」
「頭イカれたの?」
「……病院、いこ?」
「全員酷くない? 特に毬ちゃんが一番ひどいからね!」
「「「いや、急にそんなこと言い出した英玲奈(ちゃん)が悪い」」」
「ぶーぶー。……こほん、とりあえずあたしは言いたいことがあるから口を開いたの。……数年話してないのに随分詳しいのねぇみーこ」
「…………お母さんが頼んでもいないのにしつこく語ってくるから、頭に入ってくるだけよ」
「へぇぇなるほどねぇ」
「何よ」
ああ美琴の、眉間の皺がすごい事に。
すると私と同じところに注目してたであろう小毬ちゃんがぼそりと言う。
「アライグマ君みたい」
――……小毬ちゃん……。
「別にぃ。たださっきも結構運動音痴だとか頭の良し悪しとかも「それも同じよ」……そっかぁ……」
「………………」
「………………」
「「――――――ッ!」」
ここから先はいつもやってるコントに近い喧嘩になっていった。
いつもどういうきっかけでこの二人が喧嘩を始めるのかはわからないけど。
私はそれをいつものように観客の如くながめていると、小毬ちゃんがコソッと話しかけてきた。
「ねね、姫香ちゃん。エースさんに告白はしないの?」
「え?」
「姫香ちゃん可愛いから告白、成功すると思うんだけどなぁ」
「こく、はく」
小毬ちゃんが何気なく言った言葉に、私は――。




