仮面のマッスル Ver. ゴブリンバスター 3
「こちらの淑女は……」
変態男は私に優雅なお辞儀をすると、隣で「あはんうふん」と一人もだえているジェシカを見ます。
「その、毒に侵されて」
相手は変態でも一応男です、あたしは急いで猫を五匹ぐらい被りました。
「見ればあなたは神官のようだ、奇跡で解毒することはできないのだろうか」
「すでに体中に毒がまわっていますので、解毒は不可能です。でも大した毒ではないので、時間が経てば後遺症もなく抜け切るでしょう」
面倒くさいからぶん殴っておけばいいのよ、と言いかけて。
なんとかあたしは言葉を飲み込むことに成功しました。
「そうですか」
変態はそう言って、不用意にジェシカに近付きます。
「お、男!」
するとジェシカは見境なく変態にしがみつきました。
まあ、そうなるとは思っていましたが……
「辛いだろうが、頑張ってください」
男はガバッとそんなジェシカ抱き返します。
ちょっと男のくせに慎みがないのが気になりますが……
まあ、変態だから仕方がないでしょう。
ジェシカがあらわになった下品な胸を擦り付けても、体中まさぐっても、変態は優しく抱擁するだけでした。
「も、もうだめ…… 我慢できない」
ジェシカが鉄仮面に手をかけ、あっさりとそれを外しても、男は動きません。
ついついその顔を覗き込むと……
二十代半ばぐらいの、チャラい感じのイケメンが現れました。
男か女かわからないほどの繊細な作りで、帝都に多い堀が深い系ではなく、黒髪に黒い瞳のシャープな顔立ちは、美少年好きのあたしにはかなりヒットです。
ジェシカが強引に唇を奪おうと顔を近付けたので、あたしがもう一度錫杖で殴り倒そうとしたら、
「頑張るんだ」
変態イケメンはジェシカの唇をかわし、力強く抱きしめます。
「あんっ!」
ジェシカの身体が一瞬ビクンと震え、腰から力が抜けたようにへたり込みました。
エロマンガビヤクのせいか、イケメン抱擁が良すぎたのか……
あっけなく昇天してしまったジェシカを、あたしがため息交じりに眺めていると、
「彼女は大丈夫なのか」
変態はジェシカを心配そうに見てから、そんなことをあたしに聞いてきました。
「ただの賢者タイムでしょう」
「彼女は黒いローブに大型の魔法杖を持っている。黒魔術師ではないのか?」
「女の性です。そっとしてあげてください」
あたしが両手を合わせ、神に祈りを捧げるポーズをとると、
「そうか、まだこの世界のことをよく知らないからな。迷惑をかける」
また妙な返答が返ってきました。
好みのイケメンですが、頭が残念なのはいただけません。
世の中上手くいかないものです。
「それよりもあなたは一体?」
あたしがもう一度問い返すと、男は例の仮面を被り直し、
「仮面のマッスル、ゴブリンバスター・バージョン」
後ろを向いて、自分の首筋を指さしました。
見ると仮面の後ろには下手な魔術文字で『ゴブリンバスター・バージョン』と、書きなぐられています。
なんだかとっとと家に帰りたくなりましたが……
残念なことに状況がそれを許してくれません。
「これからどうするつもりですか?」
「この奥にこの世にはあってはいけないものの気配がある。俺はそれを排除しなくてはいけない、あなた達はどうします」
変態イケメンに投げ飛ばされたゴブリン達はまだ気を失っているし、出口も目と鼻の先に見えていました。
しかしこのまま引き下がるのはあたしのプライドが許さないし、なんだかプンプンと金の匂いがします。
残念な変態ですが、あたしたちに危害を加える感じではないですし、どんな仕掛けか分かりませんがゴブリンたちを倒すことができます。
その仕組みにも、興味がありますし。
「なら、ついて行きます」
あたしがそう答えると、変態はヘタレ込んでいるジェシカに手を差し伸べ、
「そちらの淑女はどうされますか」
舞踏会にでも誘うように、優雅に腰を折りました。
「一生ついていきます」
ジェシカは目をハートの形に変えて、妙なことをのたまいます。
なんだか色々と心配でなりませんが……
あたし達は変態の後ろについて、来た道をゆっくりと戻っていきました。
+++ +++ +++
道中何度か小娘鬼には出くわしまいたが、逃げた三人のパーティーメンバーの姿はありませんでした。
戦闘になると変態は「マッスルバリア」と叫んで、筋肉で銃弾を弾き「マッスル内股」とか「マッスル背負い投げ」とか、妙な言葉を叫びながらポンポンと小娘鬼を投げ飛ばして……
あたしが気を失った小娘鬼にとどめをさそうとすると、
「悪を憎んで魔物を憎まず。彼女たちは操られているだけだ」
そう言って止めます。
しかもあたしの鑑定眼をもってしても、マッスルうんちゃらと叫び声が聞こえるだけで、魔力は一欠片も感知できません。
どうやら本当に筋肉だけで戦闘をしているようです。
もう一体何が起きているのかさっぱりです。
――あたしの中で、常識と言う大切な概念が揺らいだ気がしてなりません。
しかもジェシカは変態が妙な技を使うたびに、
「なんというキレだ!」
とか、
「腕を上げたな」
とか……
手を握りしめて感動しています。
「しかしこの小娘鬼をどうすれば」
通路いっぱいに散らばる気を失った小娘鬼たちを見てあたしがため息を漏らすと、
「そもそもはおとなしい魔物だと聞いています。彼女たちに森へ帰るよう説得してみましょう」
変態は意識を取り戻しかけたリーダー格の小娘鬼に近付きました。
小娘鬼は言葉を持たず「きゃっきゃ」とか「うふふ」とか「えへへっ」しかしゃべりません。どうやって説得するのかあたしが悩んでいると……
変態は、
「きゃっきゃ」
と言いながら変なポーズをとり、
「うふふ」
と言いながら変なポーズをとり、
「えへへっ」
と言いながら変なポーズをとりました。
するとそれを見ていた小娘鬼がこくこくと頷き、武装を解除して部下を連れて歩き出します。ついていった他の小娘鬼も、同じように武装を解除していました。
「ひょっとして、小娘鬼と意思疎通できるのですか?」
言葉を持たない魔物と意思疎通できるのは魔物の森を治める『大いなる意思』と呼ばれる女神だけのはずですが……
「ノリと誠意です」
変態はさらっとそう言いました。
もうなんだか頭が痛いです。
やはりあたしの中の大切な何かが、確実に侵食されています。
引きつる頬を手で押さえていたら、ジェシカが近づいてきました。
「先ほどは申し訳なかった。あたしがついていながらあのような事態を招き、あまつさえあんなことを」
「その件は忘れましょう、それより……」
女に襲われた気持ち悪さが背筋をなぜましたが、これは記憶の奥底にしまって一生封印することに決めたので、掘り返してほしくはありません。
どうやらあたしたちは目的地に着いたようです。
変態が大きな鉄製の扉の前で、中を覗き込んでいました。
そしておもむろに何かを取り出します。
「それはいったい?」
ジェシカが腐れ巨乳をボインと押し付けながら、変態に聞きました。変態もハッキリ態度には出しませんが、なんだかちょっと嬉しそうでムカつきます。
貧乳は変態にも相手にされないのでしょうか?
いえいえ例え仮面の下がイケメンでも、謎の戦闘力や魔物と意思疎通してしまう謎の能力や優しさがあっても、変態はノーサンキューです。
あたしは自分を取り戻そうと神に祈ろうとして、ふと思い留まりました。
そもそも修道院に入ったのは『金』と『自由』を手に入れるため。
――神なんか初めから信じていません。
やっぱり今のあたしはどうかしているようです。
「このビンの中身は油だ」
「まあ、どうするの?」
ジェシカが更にグイグイと胸を押し付け、上気した顔を近付けました。
もうおっぱいが変態の腕を挟み込んでいます。
いったいどこからビンを出したんだとか、もういい加減離れろよとか、突っ込みどころは満載でしたが、
「部屋の中にはさらわれた人たちがいるかもしれませんし、こんな地下で不用意に火を使うのは危険です」
あたしがそう訴えると、
「いや、これはこうして使う」
おもむろに体に塗り始めました……
ああ、やはり家に帰った方が良かったなと後悔していると、
「頼みたいことがある」
変態はそう言って、ジェシカとあたしに小声で話しかけてきました。
「やってみましょう」
その話が面白そうでしたから、あたしが頷くと。
「頑張るわ、ダーリン」
ジェシカがうっとりとした表情で微笑みます。
あのエロマンガビヤクは、脳を侵す副作用でもあるのでしょうか?
まさかあたしにも?
そんな一抹の不安を覚えながら……
――扉を開けて部屋に侵入する変態の背を見送りました。




