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その嘘は二つの月と共に踊る

「つくづく邪魔なぼーやだね、早く殺しておけばよかった」

 氷結は紫の瞳を細めて妖艶に自分の唇をペロリと舐めると、持っていた剣を抜いて構えた。

 そのセリフも態度も安いゲームの中ボスぽくってツボだし、ひんやりとした空気が漂ってきて心地良い。


 相変わらずボンテージからはみ出る爆乳もセクシーだ。


「討伐するには惜しいキャラだが、お前の悪もここまでだ」

 俺はカッコ良いポーズをとって、思念をエリザにコンタクトする。


「あの痴女を抑え込んだら、そのマントで縛りなさい」

「ただ縛るだけならまた逃げ出すんじゃないか? あいつの逃げ足は一流だ」

「あたしがサポートに入って、マントの能力を開放するから大丈夫です」


 エリザがそこまで言うのなら問題ないだろう。俺は上段から振り下ろされた剣とブルンと揺れた爆乳をかわし、バックを取って、

「マッスル裏投げ!」


 投げ技で倒し、

「クソ、毎回毎回!」

 吠える氷結を袈裟固めで拘束して、マントで全身をくるんだ。


「盟友たる運命の女神よ、『真なる勇者の烙印』を刻みし我が(しもべ)に、魔道の奇跡たる閉めたる門の加護を与えたまへ」


 エリザが最近鈍器として利用していた錫杖を振り回すと、マントに魔法陣が現れる。


「何、これは完全拘束術か!」

 氷結が途端に暴れたが、マントが生き物のように形を変えて痴女の身体を拘束し……


 ポンと安っぽい音の後、顔だけ外に出した状態で、巾着袋に包まれたような氷結が完成した。


 もっと小さくできれば、お土産売り場のキーホルダーとして販売できるかもしれない。


「あーあれはもうダメだね」「神代の魔法じゃあ何ともならないし」「大将が捕まっちゃたから撤退?」「ねえお兄さん、また遊んでねー!」

 それを見ていた魔族軍たちがぞろぞろと帰ってゆく。


「やる気あるのかな」

 エリザがブツブツ言いながら近付いてきて、巾着詰めの痴女と気を失って倒れたままの教主を鈍器でつついた。


「あのマントはいったい……」

「形が変だったからすぐには気付けませんでしたが、伝説の宝具で『閉めたる門』と呼ばれるものです。ねえ、アキラの魔法の師匠ってどんな人なんですか」


 首をひねるエリザに「職場の上司です」と答えると、更に首をひねった。


「聞きたいことがあれば、お二人に質問してください」

 俺はセイバーさんを縛っていた縄で、転がっていた豚野郎を拘束する。


「さあ、何だったんでしょう。こうやって見下ろしてると、どうでもよくなってきました」

 苦笑いするエリザに、


「さすがエリザですね。問題は過去の清算じゃなくて、これから何を成すかです」

 俺が笑いかけると、ポカンとアホ口を開けた後。


「アキラのせいだから、ちゃんと責任取ってよ」

 ニヤリとエリザらしい微笑みを返してきた。


「良かった」

 俺たちが話し込んでいたら、セイバーさんがモバイルを握りしめて安どのため息をもらす。俺とエリザが画面を覗き込むと……


「これ、会場の誰かが撮影してるライブ映像です。アキラ様が言った通り、今代の勇者様はなかなかのお人のようですね」


 ノリノリの会場をステージの上で盛り上げる真美ちゃんと、その横で対抗するようにマイクを持つセリーナちゃん…… 初期バージョンがいた。


「きっと私がいなくなった後、御屋形様が姿を変えて直接ステージに上がって『共鳴』を行ったのでしょう」


 動画を見る限り、アイドルの歌唱バトルに熱狂する会場にしか見えない。

 ラップバトルやダンスバトルは聞いたことがあったが、こういうのもあったのだろうか?

 もう絶対『共鳴』なんて関係ないだろうし。


 心配事があるとすれば、セリーナちゃんがスパッツを履いていないことだ。

 花柄の可愛らしいパンツが動画配信されてるけど大丈夫なのだろうか? しかもセリーナちゃんを応援している男どもの視線が熱すぎて、真美ちゃんが押され気味だ。


 きっとパンツは魔力を超える魅力があるのだろう。

 気持ちはものすごく理解できる。


「何やってるんですか、あのカマトト勇者は。それからアキラもそろそろ服を着てください!」

 エリザが俺の顔に鞄をぶつけた。


 さっそく服を着たら、セイバーさんがとても残念そうに俺を見たが、

「後はお任せできますか?」

 問いかけると、ニコリと笑いながら頷いてくれた。


「怪我の治療もしなくちゃですね」

 エリザがセイバーさんに駆け寄ったので、俺は鞄からモバイルを取り出し、画面を確認する。


「どこに行くのですか?」

 エリザが首を傾げたので、

「今夜の最後のパーティーです」

 俺が優雅に返答すると……



 エリザは何故か、深いため息をついた。



  +++  +++  +++



 エリザの送ってくれた情報では、帝都城内の奥にもう一部隊潜んでいた。

 その地図を確認しながら歩を進めると、天井の高いコンサートホールのような場所に出る。いや、ここは……


「社交界なんかで使うダンスホールだよ」


 聞きなれた声がこだまする。

 頭からすっぽりフードを被り、ローブで全身が隠れていたが、あの歩き方は間違いない。


 ホールは静けさに包まれ、窓からは二つの月の明かりだけが差し込んでいた。


「一緒に踊っていただけませんか」

 俺が片膝を付いて、手を差し伸べると、


「おどろかないんだな」

 先生は苦笑いしながらフードを取った。


「先生は俺たちを導きながら帝国の危機を救い、なおかつ魔族たちも守ろうとしていました。そんなことをする立場なら、この場所にいるだろうと」


「そこまでわかってるのなら、わたしと一緒に魔族軍にこないか」

 魅力的な誘いだけど……


「真美ちゃんやエリザや、他にも気がかりな人たちがいます。何故先生が魔族軍にいるのかもまだ理解できてませんから、もう少し時間がかかりそうです」


「来れば必ず理解できる」

「自分が納得できる方法で少しずつ進まないと、いつも迷子になるので」


「アキラ君らしいな……」

 先生は小さく息を吐いて、俺の手を取った。


「音楽もないが、それでも良いのか?」

「必要ないでしょう」


 俺が立ち上がると同時に、先生は得意のケンカ四つを狙ってきた。


 釣り手を取られたら、先生の思うつぼ。

 未だに先生の袖釣り込み腰を回避するイメージがわかない。


 俺はそれを嫌いながら、踊るようにホールを移動した。


 きっと知らない人が見たら、本当に二つの月明りの下で恋人同士が踊っていると思っただろう。

 先生も心からこの時を楽しんでいるのが分かる。


「技のキレもスピードもパワーも増したが、まだまだだ」

 熾烈な組み手争いの中、先生が嬉しそうに笑う。


 小内刈りに来た先生の足をかわし寝技に持ち込むと、

「寝技は更に腕を上げたようだが」

 すぐに俺の腕を取り、十字固めの体制に入った。


 だが、このパターンは何度も夢に見た。

 ――次はさせない!


 首筋に絡めてきた脚を避けながら、逆に足首固めを狙って体制を変えると、

「入りが単調だし、駆け引きが甘い」

 俺の勢いを利用して体を入れ替えると、スーツの襟で首を絞めてくる。


 ――送襟絞だ。

 完全に決まったこの技から逃れることはできないだろう。しかも相手は先生。


「その、いつかを待っている」

 遠のく意識の中、先生の声が耳の奥で響く。


「先生、俺は……」

 そこで言葉が止まってしまった。


 俺は何と言おうとしたのだろう。

 会えてうれしかった? 離れないでほしい?



 いや、それとも……



  +++  +++  +++



 目を覚ますと、目の前に紫ショートボブのタレ目魔族さんの可愛らしい顔がドアップだった。


「あっ、あたし回復魔法が使えないから、息が止まってる人族をどうしたら良いのか分かんなくて」

 そして艶のある自分の薄い唇に指を当て、「うふっ」と微笑む。


 俺の唇も微妙に濡れているが……


「そのっ、続きしますか?」


 そう言って倒れていた俺の上に乗っかって、細い腕を首に回してきた。

 俺の胸にボインと大きな二つの膨らみが押し付けられたが、例のレオタードのような服はちゃんと着ていて、残念なような、安心なような。


「何がどうなって?」


「えーっと、あたしが約束を守ってもらおうとここまで追いかけてきたら、ナナナ魔王親衛隊長がお見えになって、今後の彼を頼むって。ナナナ様は実質魔王軍のトップですから、これで堂々と奴隷兵を抜けれます。これから宜しくですー、ご主人様!」


 パチリと可愛らしくウインクすると、

「クリットって言います、可愛がってくださいね。じゃあ、その、いただきまーす」

 顔を強引に近付けてきた。


「何がじゃあだよ」

 俺が顔面を握りしめて押し返すと。


「御無体ですー、ご主人さまあ」

 両手をバタつかせながら、抵抗した。


 前の世界なら十七~十八歳ぐらいの容姿だが、戦闘中、五十年以上軍にいたようなことを話していた。


「すまないがまだ仕事が残ってる、そこの鞄を取ってくれないか」

 しかしスパイには見えないし、先生がそんなことするとは思えない。


「これですか、お仕事って?」

 俺がモバイルを取り出し、保存していた魔法メールを開くと、


「知ってます、これって詐欺メールですよね」

 クリットと名乗った魔族ちゃんが座り込んでいた俺の膝に乗っかって、モバイルの画面を覗き込む。


 もうこれ、何とかならないだろうか。


 振りほどくのも可哀そうだし、一応助けてくれたわけだから、仕方なくそのままで作業を進めた。


 決して柔らかな太ももの感覚に負けたわけじゃない。


「ああ、そうだな。この詐欺師には随分と煮え湯を飲まされた」

 俺はクリットに説明しながらモバイルを操作し、画像の下にあったボタンをタッチする。


 画面が切り替わると、パスワードの入力を求められた。

 確認するとその上には、『二つの月の行方は?』と書かれている。


 俺は先生との再会と、先ほどの再戦。

 そして窓の外で輝く二つの月を眺めながら、


ケ・セラセラ(なるようになる)

 と、入力すると……


 モバイルが突然光を発し、ホール全体が大きな魔法陣に包まれた。


「手間を取らせたようですまない。一般回線は盗聴の恐れがあるからな、それなりのセキュリティーが必要だった」


 久々に聞いた声に俺は苦笑いしながら、

「かまいませんよ陛下。あの写真はとてもセクシーで、俺の宝物のひとつになりましたから」


 そう答えると、

「思っていた以上に、面白い男だな」



 通信越しの皇帝陛下は、とても楽しそうな笑い声を上げた。

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