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聖女の誘惑

 店がオープンすると同時に、客がなだれ込む。



 勇者のチートは徐々に浸透し、多くの魔物が討伐されたことで街はうるおいに満ちていた。


 魔物から採取された魔法石やポーションの原料、皮や肉や骨も幅広く利用され、経済は活性化し、それを狩る冒険者もクエストの取り合いをしている。そのため武器支給がない駆け出しの冒険者間は仕事にあぶれ、格差が広まってもいるが……



 今日も呼び出しの俺たちは、ひっきりなしに繰り返されるオーダーに開店早々てんてこまいだった。


「また勇者ちゃんが来てるよ」


 なみなみと注がれたエールのジョッキを持って走り回っていると、マークが目線を送ってくる。


 オーダー先のテーブルにエールを置き、そちらに向かおうとすると

「その…… しばらく話をできないか」

 見覚えのあるとんがり帽子をかぶった女性が話しかけてくる。


 そこにはとんがり帽子に黒いローブの女性と、金髪碧眼の目を引く美少女が座っていた。


 奥のカウンターに座る真美ちゃんが気になったが、せっかく来てくれたのだし、

「もちろん喜んで」

 話したい事もあったからそのテーブルに座ると、やはりカウンターの奥から鋭い視線が飛んでくる。


 背筋に冷たいものを感じたが、

「ありがとうございます」

 テーブルに積まれた千ペル硬貨三枚を俺は受け取った。


「その、なんだ。あなたにはバレているようだが、立場上この姿でないと店に客としては入れない。申し訳ないが……」

 ニーナさんがとんがり帽子の下から赤い髪を揺らし、ペコリと頭を下げる。


「そんな、こちらこそ申し訳ないです。お忙しいところわざわざ来ていただいて」

 俺が二人に笑顔を振りまくと、


「あなたは本当に昨夜の方と同一人物なのですか? お顔は同じですが、とてもあのようなヘンタ…… んん、失礼しました。あのような行動をとる人には思えなくて」


 金髪碧眼の美少女は、俺の顔を覗き込むと不思議そうに首をひねった。

 昨夜は暗い採掘場の中だったから、しっかりと顔を見れていなかったが……


 その美しく整い過ぎた顔はまるで精密な陶器人形(ビスク・ドール)のようで、腰までのストレートの金髪は文字どおり輝き、肌はシミひとつなく澄んでいる。


 ちょっと人間離れした気品があり、どこかあの転移してすぐ出会った陛下と呼ばれていた少女にも似ていた。


 そう言えば、パンツも二人とも同じような白いレースのモノだったな。


「あれは仮の姿です、どうか秘密にしてください」


 きっとこんなチャラい男が、あの勇敢で素敵な仮面の紳士と同一人物だとは思えないのだろう。

 俺が照れを隠しながらなんとかそう言うと、


「はあ……」「うーん」

 ニーナさんと金髪美少女は二人同時に首をひねった。


 反応は微妙だったが、まあ驚きを隠すリアクションは人それぞれだ。


 きっとテレビの変身ヒーローが実在したら、変身後の自分の噂を耳にするたびに、恥ずかしさで身もだえしたに違いない。


 今の俺の心境はまさにそれだった。




 あのスタイルはミッシェルちゃんたちのコーディネートで、街で見かけた柔道着のような服をベースに正義の紳士を行おうと相談したところ、

「こんなのはどうでしょう」

 顔は隠した方が良いだろうと、普段から口数の少ないおしとやかなマリーちゃんが、わざわざ仮面を買ってきてくれた。


 見るとそれは鉄製のフルフェイスで、どこか拘束具のようなデザインをしている。


「あんたドMの変態だから、そうゆうの好きだよね」

 ミッシェルちゃんが笑いながら突っ込んだが、被ってみたらダークヒーローのようで結構良い感じだった。


「敵が恐怖を感じる必要があるかなって」


 マリーちゃんがこの世界の戦闘服…… 魔法少女みたいなピンクのミニスカートドレスで、もじもじと巨乳を揺らしながらささやく姿は破壊力があった。


 やはり戦士のスタイルには何かを圧倒するようなものが必要なのかもしれない。

 今の俺のマッスルは、まだそんな雰囲気はないからな。


「でもそれじゃあまだインパクトに欠けるよなあ、いっそ上着を脱いでみたらどうだ」

 ミッシェルちゃんの意見に俺は上着を脱ぐ。


「最高だ!」


 ミッシェルちゃんが歓喜の声を上げ、

「もう、その姿で踏みにじられたいです」

 マリーちゃんがピンクのミニスカートと大胆に空きすぎた胸元を揺らしながら微笑んだ。


「ミッシェルは露出狂だから、同じ露出の多い男が好きなのです。あまり素直に信用しちゃダメですよ。初めてあなたに会った時もボロローブ一枚だったから、ミッシェルが追いかけ始めたのが原因で……」


 しかしいつも冷静で、三人の中で一番知能派のレナちゃんにダメ出しされた。


 俺が肩を落とすと、

「まあでも、悪くないかもです」

 レナちゃんはさらりとした緑の髪を揺らしながら、体にフィットしたミニスカ・シスター服の裾をつかんでモジモジした。


「レナはイケメンだったらなんでもOKじゃね?」

「なんか母性本能をくすぐるダメなタイプのイケメンが好きらしいです」

 するとミッシェルちゃんとマリーちゃんが突っ込んだが……


 要約すると、きっと今の俺はセクシーでカッコ良いという事だろう。

 それ以来俺はこのスタイルで活躍し、今では誇りを持っている。




「ま、まあ…… あの格好のことはおいといて、聞きたいこともあるし話しておきたいこともある。それに色々とお礼もしたい」


 ニーナさんが小声でそう言って、恥ずかしそうに一万ペル硬貨を二枚テーブルに置いた。


「そうですね、あなたが助けてくれなければ、どうなっていたかわからないですから」

 金髪碧眼の少女が恥ずかしそうに顔を赤らめ、

「それに彼女の話ではあなたは転移者だとか。それで価値観と言うか貞操感が違うと…… それを踏まえまして、お礼をしようと……」

 ぼそぼそとそう呟く。


 前の世界の価値観を踏まえたお礼?


 俺が首をひねると、

「で、その、移動しないか」

 ニーナさんは真っ赤な顔でうつむきながら、硬貨を俺に向けてそっと押し出した。


 ここは人が多すぎるし、これ以上込み入った話もできないだろう…… 俺が硬貨を受け取ろうとすると、


「今夜も朝まで」


 後ろからそんな声が聞こえた。

 振り返ると……


 真美ちゃんが一万ペル硬貨を十枚、ドンとテーブルに積み上る。


「いやこれは、そう言う話じゃなくて」

 真美ちゃんにそう言うと、

「こんな下心満載の女の顔に騙されちゃダメ」

 怒りの形相で睨み返された。


「先に話しかけたのはあたしたちですが」

 金髪美少女が真美ちゃんを睨み返すと、

「この店のルールでは、より高額なオファーを出した方に優先権があるの」

 真美ちゃんも負けじと睨み返す。


 お客さんがバッティングした場合、その場で持ち金を限界としたオークションを行うのがこの遊郭のルールだが…… 今はそんな問題じゃない。


 俺が二人を止めようとしたら、

「十五万」

 真美ちゃんの積んだ硬貨を数えていたニーナさんが、懐から更に硬貨を積んでそう言った。


「二十万」

 真美ちゃんは静かにそう言うと、更に十枚硬貨をテーブルに置く。

 その声に店内から「おおっ!」と歓声が上がり、注目が集まった。


「三十五」

 頬を膨らました赤髪のニーナさんが更に硬貨を取り出すと、


「四十」

 真美ちゃんが更に二十枚硬貨を取り出した。

 ニーナさんがローブの中を何度か確認して悔しそうな顔をすると、真美ちゃんがニヤリと笑ったが……


「五十万ペル」

 カウンターに座っていた白いローブの女性が手を上げる。


 その声に店中の客が息をのみ、真美ちゃんは財布代わりに使用している巾着袋を力強く握りしめ、歯を食いしばった。


 きっともう、手持ちがないのだろう。


「オークションはお店の客ならだれでも参加できるのよね? 他に掛け金をベットする方はいないかしら」

 白いローブの女性が澄んだ声でそう言うと店内はざわついたが、だれも手を上げることはなかった。


「じゃあ決まり…… あらそうそう、この店では男から断る権利もあったわね」


 手を上げた女性は、そう言いながらすっぽりとかぶっていたフードを外して、青い髪と同じ色の大きな瞳をほころばせる。


 それは間違いなく…… 転移した際城にいた、聖女と呼ばれた女性だ。


 驚きのあまりアホ顔になっていたニーナさんに、

「明日休みを取ってこちらから会いに行きます」

 そう小声で伝え、

「安心して」

 真美ちゃんの顔を見て、笑顔でそう呟く。


「ふん」

 真美ちゃんは自分のフードを深くかぶって店を出て行き、

「ほ、ほかの店で飲みなおしましょう」

 ニーナさんは金髪美少女に話しかけながら、チラチラと俺を伺った。


「光栄です」

 俺が聖女様に向かって深々と腰を折ると、


「良かった、今回はフラれなかったようね」

 そんな意味不明なことを言いながら……



 ――青く大きな瞳を揺らして、もう一度楽しそうに微笑んだ。

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